例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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第5話 思惑

 

 

 

 

 

 

「負けたか」

 

 言葉にはいつも罠が張り巡らされている。鎌を掛けるという風に、そしてどんな状況に転がっていたとしても、こちらの有利に運ぶように。

 

『はい』

 

「予想外の出来事だな?」

 

『全て順調。予定通りです』

 

 電話口から聞こえる女の部下は期待通りの結果を出した何かに対して、どうやら嬉しがっているようだった。

 

「ではどうだ? あの刀使は?」

 

『確かに、あなたの眼に狂いはありません。全てを飲み込み吸収し力としている。流石は剣聖の――』

 

「次の一手には沙耶香を用いる。お前はそれを監視しろ」

 

『了解』

 

剣の事となると必要以上に饒舌になるのが部下の長所であり短所。それを遮る。

 

「沙耶香が負ける程であれば、親衛隊は出張らざるを得なくなる。強大な刀使はその存在自体が危険だ。それが伍箇伝を離れた野良となればな」

 

『では当初の予定通りに。…糸見が優った場合は?』

 

「その程度の刀使に用は無い」

 

『承知しました。お気を付けて』

 

「誰に物を言っている」

 

『失礼します』

 

電話を切って、女は眉間に寄ったシワを怒りのそれへと変えていた。

 

「―――顔立ちだけでなく、心も親に似ていたとはな」

 

 忌々しい。そう呟いて女は自身を抑え殺すように強く拳を握る。復讐の為に、自身の心を写し変えるように。

 

決して、誰にも悟られぬように。

 

 

 

 

 

 

 折神家当主執務室の出入り口は荘厳な装いである。

黒を基調とし、毎日綺麗に磨かれている扉の取っ手は金色の装いで常に美しく、真っ直ぐ電灯を反射する様はこの部屋の主に相応しい色である。

 

「現在会場の刀使達には待機命令を出しております、紫様」

 

「分かった」

 

 もしも常世全てを塗りつぶせる色があるとしたらこんな色だろう。これ以外に、人は何も見る事は無い。それはとても気味が良かった。

 

「加えて会場警備担当の刀使達には厳戒態勢を維持させています。…そして逆賊・衛藤可奈美と十条姫和の行方は未だ知れず…」

 

「ああ」

 

「報告は以上ですわ、紫様。…無礼を承知で申し上げますが、本当に追っ手を差し向けずにいてよろしいのですか?」

 

「その通りです。追うなとの御命令とはいえ、何もせずというのは親衛隊としての責が」

 

「いい。追っ手は出すな、追う事も許さん。何故ならこれから二羽の雛は、この世を回る。見えない膿を掻き出しながら。

 だから今はそれよりも、美濃関学院と平城学館の学長をただちに召集しろ。折神家当主直々のお願いだとな」

 

「…取調べというわけですね?」

 

「事情聴取に決まっているだろう。私を何だと思っている」

 

「…失礼致しました」

 

「紫様っ!!!!!!」

 

 その金色はとても好みの色だとも折神家当主は思った。その出入り口が、勢いよくバアン!と開かれるまでは。

 

「―――雪那。お前を呼んだ憶えは無いが?」

 

「知らせを聞き及び走って参りました!!」

 

「これは高津学長。一体何用ですの?」

 

 御前試合警備責任者の貴女から話を聞こうとしていた折神家当主親衛隊の面々は、所用があって県外に居た筈の鎌府女学院学長・高津雪那が突如現れた事に驚愕した。それは決して、面には出さなかったが。

 

いやしかし、

 

「何用も無用もあるか親衛隊!!!私は折神の膝元鎌府の長であるならば、大事にあって遅参など許されるか!!」

 

 ――いやでも走って来たって。 でもそれ位やってのけそうなのがこの女傑だなと、左右近衛大将・獅童真希と此花寿々花は思った。

 

「綿貫ッッ!!!!貴様が居てこのザマは何だ!!!!!」

 

「…申し訳ない限りです。学長」

 

「紫様の御前です。鎌府学長」

 

止まるわけも無いが、皐月夜見が小さく諌めた。

 

「数多いる刀使の中で貴様を衛司に任命したのはッ!!刀使としての貴様の実績と立ち居振る舞いを鑑み!世間が注目する御前試合において申し分ないと踏んだからだ衛門大将!!!

 そして我らが王たる紫様に、鎌府の体たらくを見せつける為ではないッッ!!!!!」

 

「―――、面目次第も御座いません。重ね重ね申し訳ない限りです」

 

「紫様!!反逆者討伐には何とぞ我が鎌府を!!! 伍箇伝護剣の切っ先の面目躍如、今度こそご覧に入れましょう!!!」

 

「駄目だ」

 

「駄目――ですか!!?」

 

親衛隊第四席刀使・燕結芽はこらえきれず吹き出した。

 

「奴らはまだ泳がせておく。今はあえて手を出さず美濃関と平城の学長、及び会場に居る刀使達に事情聴取を行う。お前はもうここで待機していろ」

 

「…まさか、裏で誰かが糸を引いていると?」

 

「可能性は潰す」

 

 王の言葉は絶対。雪那を含め、この場に居る剣士達は皆綺麗に頭を下げた。そして地面だけが瞳を覗いているその中で、一人の剣士は口中でのみ、

 

―――想定通り。

 

そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「高津学長。衛司としてのお役目全う出来ず、加えて折神の大門を逆賊に通らせるという失態。…重ねて謝罪致します。弁解の余地もありません」

 

「そうだろうな。そんなものなど刀使にはない。相手が自分より強いからといって勝てないからといって逃げていい理由も弁解なども、お前達には存在も許可もない」

 

 貴女の謝罪に対し雪那は鋭く視線と共に咎めてきた。

先程まで居た当主執務室を出て、貴女は居ても立ってもいられず鎌府学長に頭を下げている。鎌府の刀使として最上級生であり衛門大将という立場が無視という名の恥知らずを許さなかった。

 

「賊は御前試合決勝まで勝ち上がった相手。つまり、現伍箇伝刀使の中で最強の剣士達。――だからといってお前が負けていい免罪符にはならん。分かるな?綿貫」

 

「………」

 

「分かる―――な?」

 

 雪那の瞳の色を執務室の外廊下、ガラス窓から入る陽光がひどく濃くさせて貴女を頷かせる。

 目力と威厳あるその様は仰々しく言えば神の啓示にも似て、遠巻きに見ている人間、すれちがう人間は恐るべし鎌府学長と思わざるをえなかった。

 

次の行動という指針を秘密裏に授けようとしている場面にしては。

 

「ベストを尽くします」

 

「ベストか。では万が一あの逆賊どもが再度ここに、紫様に危害を加えんとすればお前はどうする」

 

「勝ちます」

 

「どのように」

 

「我が剣我が身の、全霊でもって」

 

貴女は嘘偽りない言葉で返した。

 

「……」

 

・・・・・。

 

「任務に戻れ綿貫。刀使として、今為すべき事をしろ」

 

「はい」

 

「お前は最上級生だ。後輩の面倒も恙無くな」

 

「はい」

 

 目配せと雰囲気作りが終わって、貴女と雪那は別れ別れに歩き出す。その爪先の向きは正反対だが、行く先への道のりはひどく似ていた。

 

 

 

 

 

 


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