『続きまして、皆さんお待ちかね刀使さんのニュースです。刀剣類管理局より、本日行われた折神家当主御前試合は滞りなく終了したとの情報が入ってきました。ただ、どの校のどの刀使さんが優勝したのか等は後日改めて公表するとの事で、どうやら年に一度の晴れ舞台は、当事者だけでなく関係者各位にとっても手に汗握る熱き試合であったものと思われます』
――逃走のさなか。風に乗って聞こえるテレビの音を、一人の少女は耳をそばだてて聴いていた。彼女の刀使としての力はその気になれば聴覚にも及ぶ為、たとえ今は刀を抜いて戦えなくとも現状の分析・把握は出来るという事だろう。
道行く人と景色を鋭く睨む瞳を隠しながら。逃亡者・十条姫和は裏路地へと入っていった。
「………まずいな」
「何が?」
「ここは人目につきすぎる。木を隠すには森の中と言うが、緑森の中に紅葉の木が一つだけあれば隠す意味がない。ここはもう離れて、高速道路に乗るトラックの荷台にでも便乗しよう。遠方であれば、宿も取りやすい」
「オッケー!」
御前試合決勝、すなわち折神紫暗殺未遂事件から数時間後、某所にて。姫和は何度目か知らない怪訝な瞳を彼女にくれていた。
「……いや、おい待て」
「え?」
「お前。いつまでついてくる気だ」
「う~ん…と、気が済むまで。かな?」
「迷惑だ」
天下に名を轟かす折神家。その当主の暗殺未遂という誰がどう見ても反旗を翻す行為をした姫和と、彼女の逃走の手助けをしてしまった可奈美は静かに一旦身を隠し、休息を取っていた。
少しは体力が回復したのだろう。もうついてくるな邪魔だからと、姫和は可奈美に強く言い放っていた。
「だって姫和ちゃんの事放っておけないんだもん!」
「…私はずっと独りだ。その方が気楽でいい」
「そんなの駄目だよ!」
「お前は恐くないのか? 天下の折神家当主に刃を向けた私が。自分のこれからの人生が。刀使として、もうまともな道は歩めないぞ」
「恐くない!…って言えば嘘になる、けど、それ以上に姫和ちゃんの事放っておけないもん!!あとちゃんと試合したいから!」
「……物好きめ。どうなっても知らないからな」
――妙な連れ合いが出来てしまった。観念しながらそう思って、可奈美の表情を窺う。そこに迷いは欠片も無かった。
・・・・・。
「よし。運よく鎌倉を離れる事が出来たな。
まずはこの御刀と制服を隠せる服とケースを買って、その後はそこのホテルで夜を明かす事にするぞ」
「ここって東京だよね? ほら見てうわっはぁ…!たっかいタワー!」
「……おい」
「え?あ、ごめんうるさかった?」
「それもあるが、今はそうじゃない。さっきから嫌でも目に付くから言っておいてやるが。―――いつまで擦っているつもりだ?」
「? 何が?」
「その横腹」
姫和が指差すと、可奈美は目を見開きながらその場所を凝視した。古傷も何もない無傷なままの身体と服が、そこにはあった。
「………もしかしてずっと擦ってた?私」
「気付いてなかったのか?」
「いや~…それが全然」
「あの鎌府の刀使に斬られた箇所だろう。あの間合で居合を使うなんて只の馬鹿かと思ったが、柄手を掴みに来ることを最初から想定していたのなら話は別だ」
――誘われたな。そう言うと、可奈美は大きく頷いた。
「強かった!」
「写シを剥がされながらよく攻撃を止めなかったな。一歩間違えれば真っ二つになっていたぞ。お前は」
比喩ではない。あの十文字の斬撃は躊躇も容赦もなかった。
『写シ』があろうとなかろうと、あの鎌府の刀使は本気で御刀を抜き、可奈美を斬殺しようとしてきた。
「全然憶えてない。無我夢中だったから」
「…変な奴だな。只の死にたがりなのか?」
「そんな事はないけど」
擦るのを止めて、深呼吸を一回。頭の中で闘いをシミュレートしながら、次はこうしてみようかなと可奈美は思った。それはまるで呼吸のように、血の流れのように。あくまで自然体であった。
「あの人何て流派かな?姫和ちゃん知ってる?」
「知るわけないだろ」
――こいつと話していると疲れがたまっていく一方だ。もう今日は寝て、体力の回復に努めよう。『深移』の行使は体力の大部分を消費する。…正直、もう眠たくて眠たくて敵わない。
「寝る」
「ぇえ!?もう?夜ご飯は?!もっとお話ししたいよ私は??!」
「………」
「姫和ちゃああん!?!?」
おどけてしゃべっていながらも、この刀使が今抱いている本音は只一つ。姫和はそう確信する。
――次は私が必ず勝つ。
ずっとそんな眼をしている可奈美を遮って、姫和はさっさとホテルに入るやいなや眠りにつく為に布団を敷き始めた。
「………」
自分も含め、真剣勝負において次などある筈もないが、心底そう思えるのならばそれは強さ。ならば私もこいつのように次を切望すべきだろうと、腑に落とそうとして頭(かぶり)を振る。
――そんな必要はない。亡き母の為に。
「…為すべき事を…為すんだ」
滅殺の誓いは今もここに。永久に、この復讐の念が潰える事はないのだと。姫和は自身にそう願いを掛け続ける。それが消えたら、もう何も無くなってしまうから。
「ねえご飯は姫和ちゃああん?!?」
…そしてやはりこの変な連れ合いは変な奴だなと、それだけは眠る前に腑に落ちた姫和なのだった。
◆
『ではその子達を見つけて匿えばいいんですね?』
「ええ、貴女しか頼めないの。お願いできる?」
『勿論!任せて下さい!それに何だか奇妙な縁も感じてますから』
「……縁、ね」
名付けるとしたらウキウキという風な声を電話口から聞き、美濃関学院学長・羽島江麻は神妙な顔をして頷いていた。
ついに事態が動いてしまったという諦観にも似た、まるで断崖絶壁の上からの逆落としに。伸るか反るかこの計画を成功させ、彼女はかつての友の仇を取る為に行動していた。
『自分の学生の頃を想い出すような。そんな個人的な縁ですよ』
「成る程。モチベーションが高くて何よりだわ。頼むわね、累」
『了解です、江麻さん』
「――ただ、これから私は折神家に拘束されると思うから逐一連絡はやれないと思うの。紗南達は紗南達であっちが忙しいだろうし。…だから準備が出来次第、すぐにあっちへ二人を送ってね?」
『お任せ下さい。自分の身とその子達を護りつつ、任務を全うしますから』
「…ありがとう。じゃあ一旦切るわね?」
『とんでもないです。あ!すいませんちなみにもしもですけど、…東京方面以外に逃げちゃってたらどうしましょう?』
『大丈夫よ。それは無いから』
『了解です。では後ほど』
・・・・・。
「江麻ちゃん。鎌倉までご苦労さんやね」
「いろはさんこそ。お久しぶりです」
「ほんと、久しぶりやねえ。かつての仲間同士でお茶する為の紫ちゃんからのお誘いやったら『迅移』つこてでも馳せ参じるのに。…詰問の為の緊急招集やなんて、嫌なことやねえ」
「もう私達には迅移は使えませんよ、いろはさん。…口惜しくはありますが」
「ふふ、冗談や冗談。若い子らの頑張りを支えるんが今のウチらの役目やからね」
「……はい」
江麻はかつての先輩であり戦友である五條いろはに目礼した。
今や互いに伍箇伝の学び舎を預かる立場になったが、あの日の、20年前の戦いはいつも彼女達の心の中に煙のように燻り続けている。
それは絆というのだろうか。それとも枷か。――それを決めるのは、
「平城学長、美濃関学長。ここまでのご足労、感謝致します」
「あら真希ちゃん。ご無沙汰やね、調子はどない?」
「それなりです。お二方はすぐさまこちらに。紫様がお呼びです」
「ええ。分かってるわ」
「勿論や」
促され歩きながら、名前を変えたかつての母校(鎌府)が視界の端に見えて。いろはと江麻はもう会えない二人の友を思わず偲んだ。それは決して、たとえ心を読む化け物であっても判らないよう巧妙に隠していたが。
「久しいな。二人とも」
……それはこの人も同じであればよかったのにと。彼女達は切に願って止まなかった。
「御無沙汰しております。局長」
「お久しゅう。紫ちゃんはホントあの頃と変わらずで何よりです」
「…この度はうちの生徒がご迷惑をお掛けし、真に申し訳なく」
「定型の謝罪や世辞はいらん。だから単刀直入に訊く。衛藤可奈美と十条姫和、この二人の今回の行動の裏には誰がいると考える」
「…。申し訳ありません、心当たりは何も」
「こちらも同じくです」
「そうか、知らないか。ではこれよりあの二人を確保するようこちらは動く。両学長はここに滞在し、この件に協力しろ」
「承知しました」
「しかし真に解せない事が一つある。――平城学長、貴様に預けておいた御刀・小烏丸は所有者もなく適合する者もいなかった筈だ。だのに、今回それを使っている刀使がいる。 妙だな?あの御刀の適合者はここ20年現れていない。あの柊篝を除いてな」
それを聞いて、いろはは平身低頭に近い仕種で謝罪した。
「報告が遅れまして申し訳ありません。小烏丸があの子を選んだんです」
「?小烏丸、ですか?」
何故今その御刀が? 江麻は初耳という風な顔と声で訊いた。
「逃亡者の一人である十条姫和の御刀だ。そして衛藤可奈美は千鳥の適合者。何とも奇妙な縁が感じられるな?美濃関学長」
「…事が事でなければ昔話に華を咲かせたかった所ですが。今は彼女達の動機と行方を調査する事が先決かと愚考致します」
「違いない。では中央作戦指令室に移動願おうか。鎌府学長は既に来ている」
「承知しました」
「そうですか、流石雪那ちゃんやね」
――呼んではいなかったのだがな。
当代折神家当主は嫌そうに呟いたが、それ以外の者達はどこか嬉しそうに言ったのだった。