『――あら、小さい懐かしいお客さんだこと。なになに?お茶飲みに来たの?』
剣に生き、剣と共に生を歩む者。
最期までそれを貴ぶ者。全ての刀使の頂点、全ての剣士が目指し越えるべき大山。それが今そこに、相も変わらずそこにいた。
『久しいな、藤原美奈都』
『冗談。今は衛藤だよ?』
『…そうだったか』
『ほうじ茶でいい?』
『ああ』
剣聖・藤原美奈都。住居の和室に客を通した女は、かつて天下無双と称された人物だった。
『病はだいぶよくないと聞いていたが―――』
『ん?そう?』
『――何だ、案外しっかりしてるではないか藤原美奈都。安心したぞ、天下無双』
『なあにそれ。天下無双なんて周りが勝手に言ってただけで、私は只の人間。知ってるでしょ?』
『………』
・・・・・。
『それに、この天の下に双つと無い者。そんなの皆が皆。同じだと私は思うよ?』
『………』
テーブルの上に出されたほうじ茶に手を伸ばし、客は音無く啜った。初めて飲む琥珀色の、やけに美味い水の水面に映る顔は、ジッと己を見続けていた。
『今も。 お前か私のどちらかだと思うんだがどうだ?』
『或いは。そのどちらでもないかも』
皆が同じなのであれば、否応真偽も何も無い。全部ただの言葉。天下無双はそう続けて。――そんな事より最近息子と娘が可愛くって可愛くって!
そう、衛藤美奈都は言葉を継ぎながら、
『……なに?』
『―――』
茶を啜るような無音と早さで、刀の切っ先を喉元に突きつけられていた。
『どうだ』
『……』
『死んだぞ』
『うん』
いつの間に跳んだのか両者の間にあるテーブルの上に両足をぬたんと着け、これまたいつの間にやら刀をサッと抜き、殺そうとする。
――達人の域。極まっている技の冴え。天下無双とはこういうものの事を言うのだと客は告げていた。
『闘えば私が勝つ。藤原美奈都、お前は私に斬られる』
『そうだね』
『先も無い剣聖よ、何か言い残す事は』
『そうだねぇ。――貴女が』
『?』
『貴女がでっかい荒魂か何かであっても、そうだね』
天下無双の顔で、女は客を見て笑っていた。
◇
セキュリティマンション等の建物が立ち並ぶ、いわゆる金持ちな人間が住んでいるエリア。光るネオン、タワー型商業施設、会社ビル、コンビニ。華の大都市その一角。
将来はこんな所に住んでみるのも良い経験になるかもしれない。
「……和美?」
貴女は店で買ったファストフードバーガーとポテトを沙耶香と共に店内で食べながら。ジッと、夜窓の外を見ていた。
「ああ、すいません。何でしたか?」
「学長から連絡。もうじき、逆賊の潜伏場所が特定できるみたい」
「予測地点は?」
「おおよそこの辺り。車で移動したみたい」
「成る程。彼女達を手引きした者がいると」
「うん」
鎌府学長・高津雪那からの連絡によると、逆賊達の氏名は衛藤可奈美と十条姫和であるという。
大会参加者及び伍箇伝の各学長への事情聴取により、内通者がいた形跡は無し。――よって両名を捕縛し、裏に誰がいるのか?そして協力者等の存在を聞き出し今後の民衆の平和と治安維持に貢献されたし。
沙耶香に下された任務の内容はそのような物だった。
「それ美味しいの?」
「まあまあですね。コーヒーは苦手ですか?糸見」
「…飲んだ事ない」
食後のコーヒーを飲んでいる最中。携帯のマナーモードバイブレーションが沙耶香に着信と発見の報告を知らせる。
――開始の合図。それは敵を斬って捕らえての戦いの合図であり、失敗不可ないつもの仕事のスタートだ。
「……了解。これより任務を開始します」
「何処です」
「元美濃関刀使、恩田累という人の住居。ここから西に3.5キロ。15階」
「了解」
勘定をすませ、外に出た二人がヘルメットを装着しバイクに跨る。
噴煙を上げ走るそれが夜闇の一部から輝く光の一筋となって他を牛蒡抜き、光源である二人の刀使は御刀の鯉口を切りながら目的地に着くと、同時にヘルメットを脱いでは空へと跳んだ。
「――武運を」
「………」
頷いて、沙耶香は窓からダイナミックに部屋に斬り込んでいた。
――何という胆力。知ってはいたが。
貴女は彼女の剣気に恐れ入ったが、そう思ったのも束の間。幾つかの戟音を発しながら逆賊の一人・十条姫和とそして沙耶香は窓から地へと落下していく。
自殺行為ではない。『写シ』を張りながら、『迅移』を行使する事が前提である刀使同士の戦闘である。
「待ってて姫和ちゃんっ!!!!」
「………」
貴女は打ち合わせ通り部屋の玄関方面へと回り込み、安行の鞘に左掌を静かに当てる。美濃関の制服を着た刀使(衛藤可奈美)を物陰に隠れてやり過ごし、貴女は無人に見える玄関口に声をかけた。
「―――貴女が恩田累ですね?」
「あちゃあ~…もう一人いたかあ」
肯定の意を示す妙齢の女性、恩田累は両手を挙げながら現れて来た。
「抵抗は無意味ですよ?」
「はいはーい!私は無抵抗な一般市民ですうー!あの子達の事は二人で濡れネズミになってて寒そう家出かな~?大人として放っておけないな~って思って家に上げましたー!!本当です信じて下さーーい!」
「成る程。では署までご同行願います」
「勿論でーす!」
「……」
「………」
貴女は指で輪っかを作った。
「………。 こんな感じ?」
「ええ。役者の才能がありますよ、累さん。署ではそのように」
「…計画は大丈夫?」
「あの方は命を賭しています。たとえ刺し違えてでも、為すべき事を為すでしょう」
「そっか。今更だけど、こんな時は刀使じゃない事が恨めしくなるよ。
…あ、例の場所はあの子たちに教えたけど、大丈夫かな?ちらっと見えたけど和美ちゃんの連れの刀使、凄腕でしょう?」
「分かりますか」
「こんなんでも元刀使だからねー。もしかして、教えてる?」
「ええ、少し」
へらと笑う顔を作る累は、元・美濃関学院の刀使である。
10年前に御刀を返納して刀使を辞めたが、現役当時は柔よく剛を制すという風な剣腕だった事を、同門の貴女は今も憶えている。
「十文字すら物にしました。現鎌府の主力の一人です」
「……成る程ね。じゃあ本当にもうすぐなんだ。その子が勝とうが負けようが?」
「はい」
「分かった。あの方にも伝えておくから。師範にもよろしく」
「はい、累さん」
累は静かに、貴女に両手を差しだした。