例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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第9話 ブレイドアーツ 3

 

 

 

「貴様は――鎌府のッ!!」

 

 時は少し戻り、沙耶香は累の部屋に窓から特攻(ぶっこみ)、反逆者にして御前試合決勝進出者・十条姫和を単身相手取っていた。

 一人で成し遂げろ。それが命令だからだ。

 

 二合打ち合い、互いの力量を看破し。三合四合打ち合い、最早何も感じず。あとは斬るのみ。

 

 互いに屋内15階の部屋から広い屋外へ、即ちバトルフィールドを求めて地面に飛び降り向かいながら、更なる剣を繰り出し打つ。姫和は地面が恋しいと思った。人の剣術は地に足を付けている事が基本であり、空中で振るうには身体の回転による遠心力でしか撃剣の動力に充てられない。

 

 そのエネルギー法則を根底から覆すには『迅移』という己とあちらの時間流の差異が要るが、瞬間的にしか使用できない為、剣を振り続けるには地面を必要とするのが姫和を含めた一般的な刀使達である。

 

しかし、だからこそ彼女は驚愕した。

 

「…まさか」

 

 ――こいつは持続的に迅移を行使して剣を振るっている。流派は恐らく小野派一刀流。厄介だが、…まだ私の方が。

 

 そう考えたのだろう。

迅移の結果生じた急加速によって姫和は沙耶香の意表を突き、彼女を袈裟懸けに斬り捨てていた。

 

「…っ!」

 

 はやさは力である。つまり勝機。

そんな感想をしかし彼女は脇へと追いやり、曇りなき心で油断なく眼前の剣士を見る。

 ――隙の無い姿勢、所作。気勢は充分。剣先を天頂に向けて大きく上段に振りかぶり、『写シ』が剥がれた生身の剣士がこちらを見ていた。

 

「『写シ』無しで。――やる気か」

 

「………」

 

頷く必要のない沙耶香が、姫和に向けて大きく足を踏み込んだ。

 

「――ッッつ!??」

 

 斬撃を刀で受け止める。間合もタイミングも完璧に強固に。

しかし姫和の脚は訳も解らず瞬時に『く』の字に折れ曲がり、そして驚愕という力でもって眼を見開いていた。

 …しっかりと受け防ぎ、流した筈。

しかしその全てが叶わず、彼女の全身はまるで波濤に攫われるが如く態勢を崩し、為す術なく倒れゆこうとしていた。

 

「―――な、」

 

 何だその剣は、と言う前に。姫和の頭蓋には沙耶香の豪剣が縦一文字に迫ってきて、

 

「駄目ッ!!!!!」

 

「!?」

 

 そんな一撃必倒の剣を。『迅移』による一撃でもって横から逸らされた沙耶香が、クルリと刀を回して再度間合を図る。

 現れたもう一人の反逆者・衛藤可奈美を視界に収めながら。

 

 諸手右上段の構のように大きく振りかぶり再度、沙耶香は打つ。

受けられても、防がれてもそれごと敵を叩き斬る豪剣の彼女は今、まさに留まらぬ水と化していた。

 

「そんな魂の籠ってない剣じゃ!何も斬れないッ!!!!」

 

「―――」

 

 可奈美は手を伸ばす。そして掴む。全てはたった一合の打ち合い。

たったそれだけで、彼女には沙耶香の剣を量るには充分だったのか。無手で掴まれ投げ飛ばされる妙法村正を、持ち主はただ見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「そんな魂の籠ってない剣じゃ!何も斬れないッ!!!!」

 

 敵に奪われる御刀を見て、思う。

ああ、これでは戦えない。私の任務を果たせない。せっかく和美が教えてくれてたのに。この人には、少しも効かなかった。

 …付け焼き刃だった?そうかもしれない。でも何なのだろうこの気持ちは。……魂が、籠ってない?

 

一体何を、この人は言ってるの?

 

「私、衛藤可奈美!また試合してくれる?」

 

 今度はきっと楽しい事になると感情を、瞳に描いて。この人は言う。

私は懸命に、毎日、これからも、今も、この剣を命と見立てて刀使を全うしているのに。

 

なのに何で、こんな言葉をこんな人に言われなくちゃいけないの?

 

「………」

 

 刀を納める眼前の剣士はまるで何事も無かったかのように笑顔で。…先程の剣戟なんて、全部いつもの事だと言うようにありのままで。私だけを見ていて、でも何も映していなかった。

 

「姫和ちゃん。累さん、大丈夫かな」

 

待って。

 

「あれでも元刀使だ。これくらい難なくかわせるだろう」

 

「そうかなあ…」

 

待って。

 

「とにかくだ、応援が来る前に速くこの場を離れよう。可奈美」

 

「うん」

 

「――待って」

 

 二人の視線が向けられる。純粋な疑念と敵意、それが向けられる。飛ばされた御刀を拾い握り直した、私目掛けて。

 

「…魂って、何?」

 

「貴様、まだやるか」

 

「待って姫和ちゃん!」

 

「教えてほしい。刀使の魂は、この刀の事の筈。私はちゃんと振るっている。…なのに何で、私には籠ってないなんて言えるの?」

 

 紡ぐ言葉と同時に、何かがこの身体と心に生じてゆく。

――私は刀使。これ一刀のみを使う、ただ独りの刀使い。それは貴女も同じ筈。…だけど、何故?

 

「私は一刀流・糸見沙耶香。護剣の切っ先(鎌府)」

 

 だから教えて。

私は知りたい。たった独りでここまで強くなった剣士の心を。貴女の答えを、私は知りたい。

 

「貴女に勝つ」

 

だから私は。静かに、刀を鞘に納めていた。

 

 

 

 

 沙耶香が御刀を納める。無論のこと和平の意思表示ではない。

だらんと右手を地面に向けて下げ、左手親指を鍔にそっと掛け、柄頭を可奈美の正中線に向けている事もまた同様。

 

 ――戦闘態勢。これこそが刀使いの、一つの極致の姿である。

 

「……おい」

 

「うん」

 

 姫和が視線と両刃造の切っ先を外す事なく、可奈美に問う。どうすると。勝てるかと。斬れるかと。出来るかと。

 

「今の沙耶香ちゃんに、その剣は合ってないよ」

 

 答えを言う。否と。姫和にとっては是と。

魔戦士じみた闘気を放ち続ける刀使いを眼の前にして、可奈美は言い放った。

 

「……」

 

 ――葦名流。居合わせ続ける今の沙耶香の姿勢は、その流派の奥義の一つである。動きは単純、二度斬り付けるだけというものだが、この技が奥義と呼ばれる所以は使い手の精神性、つまり無心にも似た一意専心に有るという。

 

 戦国時代末期に興ったこの剣は、有象無象強者弱者老若男女の区別を問わずその全てを斬ったとある武人が、自身の剣術を周囲に分かりやすいよう編んだ物である。

 

 こう来たら、こうする。相手はこう来る可能性が高いので、こう動く、刀を手繰る。ではなく。

 何も考えずにこう叩き斬れ。それがこの葦名流の初伝であり奥義。すると自然、使い手は何も考えず疾く斬るようになるので、それを更に極めた結果、今、沙耶香が取っている構に行きついた。

 

 奥義・葦名十文字。

相手にこちらの動きの予測も感知も許さない、刹那(スペース)を斬る恐ろしい疾さの抜刀術。無心の入り口。

 

「………」

 

「………」

 

 可奈美は思った。これはあの人の剣だと。御前試合で斬られた、あの剣だと。

 教えたのだろうか?それとも元々一刀流の技だったのか?そんな疑問はどうでもよくて。

 

 柄頭から発する圧と、沙耶香の瞳が真っ直ぐにこちらを見詰めている事が、相も変わらず何よりも怖かった。

 

「お前に。こいつを斬る覚悟があるのか」

 

姫和が言う。

 

「斬らない」

 

手を打つような音と弾みで、可奈美が言う。それが、葦名十文字の口火だった。

 

 

 

 

 中段に剣を構えた可奈美に向かって、音も無く沙耶香が近付く。右手はまだ柄に掛かっていない。まだ抜かないか、それとも左手で抜いてくるのか。可奈美は限界まで瞼を押し開け、剣士を見詰めた。

 

 一歩近付く。

そのまた一歩、沙耶香が近付く。柄を取れと言うように。押さえてみろと言うように。可奈美はジッと、間合と沙耶香を見詰めた。

 

 指呼の間が狭まる。それが次第に対話の間に。そしてついに対話の間が斟酌の―――、

 今こそ。沙耶香は村正の柄にその右手を掛けた。

 

右か。左か。下か。上か。

 

 それを認識した瞬間、可奈美は『迅移』を発動した。鞘引きが見えたと同時、沙耶香もまた同段階の『迅移』を発動。もはや柄頭しか見えなくなった。

 柄頭の向きを注視する。左右からの抜刀ならば横向き、上ならばそのまま、下ならば鍔を返すのがブレイドアーツ(人の剣術)であるとすれば、極論、居合とは鍔柄を見ていれば対処出来る技。

 だったら最初から見えないよう柄頭を相手に向けずグルリと左腰に回して構えればいいじゃん。などと思い込んだ者は、居合術を過大評価したことに対して生命の対価を払わねばならなくなるであろう。敵に最も近づくこちらの肘腕、それが敵の刀の軌跡の好餌である事を若武者は知るまい。

 

 ―――下!

 

 可奈美は沙耶香が刀を鞘内半ばまで抜いた所で、柄頭を返したのを見た。

 斬り上げ抜刀。そう見てとった可奈美は構えを中段から下段に移した。防いで勝つ、後の先の勝機である。

 

勝機を獲った。可奈美も姫和も沙耶香も、一様にそう思った。

 

「――ッ」

 

可奈美の御刀をすり抜けるように真横に抜刀される妙法村正を、貴女が見るまでは。

 

 

 

 

 勝負あった。そう断じたのは貴女だった。

沙耶香は可奈美が構を変更した瞬間を狂いなく捉え『迅移』の段階を変更、第1から第2へと移行していた。

 刀使としての本能で可奈美も同じく第2に移行したが、その瞬、僅かな時間流の狭間に沙耶香は鞘を下から横に、柄頭を横に今こそ切っ先三寸より抜刀。葦名十文字を放っていた。

 

「疾さのみを専心した刀法。これを破るならば同じくはやさを専心した刀法のみ」

 

 貴女は言う。依然変わりなく。これこそ葦名の奥義の一だと過不足もないと。

 

「―――しかし糸見。相手は最初から、貴女を斬ろうとしていないのですよ」

 

見誤ったなと物陰から。貴女は断じていた。

 

 

 

 

 

 

剣が空を舞う。まるで時が巻き戻ったかのように。

 

「何、で……?」

 

 信じられない光景を、沙耶香は眼にしていた。

下からではなく横からの抜刀斬撃を、可奈美は刀を握る右手と左手の間、柄で受け止めていた。無論の事『八幡力』を使用しての防御である。そしてそのまま村正の切っ先をまるで流水のように受け流し、止めを放つ為に振りかぶる沙耶香の御刀の柄を無手で取り、再度投げ飛ばしていた。

 

 ――同じ相手に同じ技。無刀取りの完遂。

それは完膚なきまでの敗北を沙耶香に与えるに等しい行為であり、彼女が膝から崩れ落ちるに値する光景であった。

 

「最初から、勝機なんて考えてなかったの…?」

 

「ううん、考えてたよ。ただ斬らないって、写シを張ってない人なんて絶対に斬らないって。決めてたから」

 

「決めてた?何で……?」

 

情けだろうか。沙耶香は冷たく思った。

 

「だってまた試合したいもの!」

 

 御刀を手放し、可奈美は右手を差し出し手を握る。暖かいなと、沙耶香は思った。

 

「憶えてる?一回戦での沙耶香ちゃんとの試合、私すっごく!ドキドキしてたんだ!」

 

「………」

 

この胸の中のその奥も。

 

「また試合しようね、沙耶香ちゃん!」

 

「追っ手だ。今は退くぞ可奈美」

 

 眼を合わせ立ち合いの礼をして、走り去ろうとする反逆者。

追わなければならない。任務だから。でも、何でか脚が動かない。

 

 ―――知りたい。

魂とは。剣とは。刀使とは。そしてこの胸の奥に生まれた、熱い何かの正体とは。私が為すべき事とは。

 

「糸美。無事でしたか」

 

「………、うん」

 

――でもそれは自分で考え知るべきだと、教えられた気がした。

 

 

 

 

 

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