例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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第11話 例えばこんな彼女の復讐

 

 

 

 力を授ける。…しかし力とは一体何のことだろう。

沙耶香は学長の声を思い出し、没頭していた素振り稽古の手を止めた。

 

 稽古をするしかない。――それが今の沙耶香の心情であり、それしかやる事はなかった。 

 

 美濃関の衛藤可奈美と再度立ち合う。そんな時が来るのかも分からないまま、けれどじっとしている事など出来ない。そんな想いが沙耶香の手と頭を動かし続けていたのだ。

 

「……少し休もう」

 

 雑念が生まれ、それを雲散させようと考え歩く彼女が、鎌府の校庭に出る。4月の風が妙に冷たくて、まるで雪でも降るのかと息を吐いては吸ってを繰り返す。

 ふと掌を見ると、小指の竹刀ダコの隆起が目に留まった。幾つかの手相線周りにはそれと同じくらいの硬さのタコがあり、握ってみると掌全体がまるで鎧のようだった。

 

 ――これでも足りないのかな。

当たり前な事に気付きながらふと顔を上げると、そこには黒髪の剣士がいた。

 

「あの、…鎌府の。糸見沙耶香さん、ですよね?」

 

「……」

 

 自身の野暮ったい髪よりも綺麗で、手入れが行き届いている長髪。左腰の御刀。最近見慣れた美濃関の制服。

 スラリと、しかし若干膝を曲げた脚とスタンスはまさしく刀使のそれであり、しかし心配と書いてある緑の瞳は美しかった。

 

だからしばし見惚れて、沙耶香はやっと頷いた。

 

「やっぱり。……あ、私、柳瀬舞衣って言います。可奈美ちゃんと会ったん…ですよね?元気そうでしたか?」

 

「…うん」

 

「よかったあ…!」

 

「でも強かった」

 

沙耶香は素直に言った。

 

「…え? やっぱり戦ったんですか!?」

 

「次は負けない。じゃあ、さよなら」

 

 この人も強いけどあの剣士程ではない。

ぶっきらぼうにそう思い、立ち去ろうと母指球を支えに爪先を上げる沙耶香が地面を滑るように歩いた。

 

「あ。ちょっと待って?」

 

 しかし回り込まれてしまった。稽古に行くのに邪魔をしないでほしい。…この人は悪い人だ。

 

「ちょっと話をしませんか?クッキーもありますし」

 

「分かった」

 

 即答する。何故なら甘い物に悪いものはない。そして甘い物をくれる人に悪い人もいない。むしろ正義なのではないか?沙耶香はこっそり信仰している。…この人は良い人だ。

 

「甘いもの、好き?」

 

「うん」

 

「良かった! ちょっと作りすぎちゃってて。お話しながら一緒に食べようよ、沙耶香ちゃん」

 

「うん」 

 

一人稽古の前に糖分を補給することも大事。同上。

 

「ね、可奈美ちゃんの剣どうだった?不思議だったでしょう?」

 

「……うん。まるで雲の中を進んでる感じだった。ふわふわしてて、ゆるい。でも軽くない」

 

「………」

 

「何度も見てきたの?」

 

「え?」

 

「美濃関で」

 

 同じ学校に居て一緒に稽古をしていれば感じる何か。

重さ、或いは圧。或いは闘気。それをずっと間近で体感していたならば。きっと、気付きは誰より多い筈。

 

沙耶香は舞衣の瞳の奥を見た。

 

「――うん。何度も見てきたし、味わってきたよ。だからまだ満足に勝てた事がないんだ。御前試合でも負けちゃった」

 

「あの試合、憶えてる。居合という選択肢は悪くなかった。でも速かった」

 

「見切られちゃってたよね」 

 

 ――剣に真摯な人だ。

傍から見れば何にでも興味がある風に見えるがその実、可奈美に負けないくらいの探求心が特にある。沙耶香はそう思った。

 

「あの剣士に勝つには勝機とか、呼吸とか、技量とかの領域だけじゃ多分難しいのかもしれない。技を操る心と身体の力の多寡が、勝敗を分けると思う」

 

「……。どうすればいいかな?勝つには」

 

「稽古する」

 

 自身の御刀の柄頭を触って、言い切る。それしか勝つ方法を知らない。それは舞衣も同様だった。

 御馳走様を述べて小さくお辞儀する。――元気が出た。やっぱり、甘い物は正義だ。沙耶香の信仰心は揺るぎなかった。

 

「沙耶香ちゃん。私も一緒に稽古していいかな?」

 

「………」

 

「迷惑じゃなければだけど――」

 

「沙耶香ッッ!!!!」

 

「! はい」

 

 了承の声を出そうとしたその時。沙耶香の心身を覆いつくすような、途轍もない剣幕の声がこの場に響いた。

 

「美濃関の。邪魔よ」

 

「は、はい…」

 

「来なさい沙耶香。力を授けてあげるわ」

 

「――、はい」

 

「あ、…沙耶香ちゃん」

 

 鎌府学長に半ばむりやり手を引かれて去ってゆく沙耶香の後ろ姿を、舞衣は心配な表情で見送った。

 

 

◆ 

 

 

「高津学長? お待ち下さい、糸見を連れて一体何処へ行かれるのですか」

 

「お前には関係ない。それより、折神の本邸にいる全鎌府の刀使に撤収命令を伝えろ。重ねて別命があるまで通常任務に戻れとな」

 

「………」

 

貴女は苦虫を潰した顔を繕って、沙耶香を見つめた。

 

「――了解、致しました」

 

「沙耶香と私は所用がある。お前は自身の為すべき事を為せ」

 

それは計画発動の合図であった。

 

 

 

 

「見てご覧なさい?沙耶香。これは私が紫様より直々に拝命された任務の一つ。その成果。これを身体に打てば、貴女は何も感じず何も考えず、ただ紫様に尽くす為だけの刀使になれる」

 

「………」

 

・・・・・。

 

「誰にも負けないし、誰にも手出しされない。そんな存在になれるの。今の貴女にはうってつけの物。分かるわね?」

 

「………」

 

沙耶香はジッと、雪那の持つ注射器を見つめている。

 

「怖がることはないわ。――強くなりたいのでしょう?ならばこれを受け入れなさい。それだけでいいのだから」

 

「………」

 

首筋に近づくそれが。打ち込まれるその前に、

 

「―――?」

 

「…………」

 

沙耶香は雪那の腕を掴んでいた。

 

「? 沙耶、香……?」

 

「―――、……す」

 

震える喉から漏れる空気が脳を通過する。それはハッキリと、沙耶香に言葉を出させた。

 

「…嫌、です」

 

「――――」

 

 否定の言葉。

反して言葉を失った雪那は、手から注射器を取り落とした。カランと無機質な音を立てて転がるそれの中身は、眼前の少女とは違ってひどく濁っている。

 

「嫌です」

 

 それだけ言って、沙耶香は自身の御刀をしっかり握って走り去った。一人残された女はただ黙って、そのままの表情で電話を手に取った。

 

「成った」

 

『了解』

 

全ては順調であると伝える為に。

 

 

 

 

「結芽」

 

「は~い?」

 

「鎌府に更に貸しを作る。今からこの場所に行け」

 

「え? あ、それってつまり~、面白い事って事ですか?」

 

「ああ、戦闘も許可する。糸見沙耶香を捕縛してこい」

 

「了解しました~。でもそれじゃあここの警備が手薄になりますよ?」

 

「私が居る。それに勝る警備など無い」

 

「さっすが紫様~。ささっと終わらせて帰って来ま~す」

 

 ―――これで全てのお膳立ては整った。そう思って折神家当主は、ゆっくりと扉を見つめて椅子に座った。

 

 

 

 

 

 

 目的地までを繋ぐ長廊下には誰もいなかった。

それもその筈で、現在折神家当主親衛隊は総員出動。隣接する鎌府女学院の刀使も命令通り総員が退去している。

 

現折神家戦力は、当主折神紫ただ一人。 

 

 自室に戻った彼女は大刀なんぞ目もくれず、デスクの二番目の引き出しに仕舞っている脇差を取り出した。

 鞘を払い、切っ先、物打ち、鎬、鍔柄、茎。点検異常なし。

 元の鞘に戻し、ちょうど20年前に使用していたベルトを腰に巻き、脇差を左に佩く。

 

 ―――無人の長廊下をひた歩き、目的の部屋へと向かう足取りは思いのほか軽い。何故なら今、想い出と信念だけが彼女に。今日この日の為だけに、彼女の足と心は動き続けてきたからだ。

 

『貴女のような恥知らずになる方法を今度教えて下さらない?』

 

 その一歩に出会いを。

 

『ツッコミなさいよ不愛想刀使』

 

 その一歩に憧憬を。

 

『危ない所、だったわね』

 

 その一歩に敬愛を。

 

『チームの仲間を護るのに理由は必要ない。紫様なら、そう、言うわ…』

 

 その一歩に闘志を。

 

『だからちょっとさ、もしかしたらもう貴女とこうやって会えなくなるかもしれないからさ。――ちょっと私と斬り合ってくれない?』

 

 その一歩に敵愾を。

 

『アンタに借りを作ったままだなんて。私が私で無くなるわ』

 

 その一歩に嫉妬を。

 

『…………気持ち悪いわ。貴女』『何とでも。 私の勝ちね』

 

 そしてその一歩に、悔恨を。

 

『――私はもう御刀を振れない。だから、これを貴女に。後はどうか』

 

万感を込めて、扉を叩く。計4回。

 

「入れ」

 

「………」

 

ノブを回しながら、女は記憶を辿る。

 

『――これで良いんでしょう?』

 

『……なに?』

 

『これでやっと。やっと貴女はあの方の傍付きになれる。私が邪魔だったんでしょう?ずっと』

 

『そうだ。ずっと邪魔だった。お前が』

 

『美奈都先輩とあの人が待っているから。――じゃあね』

 

『待て』

 

『……?』

 

眼を瞑り、神経を尖らせる。筋骨、五臓、六腑に気を廻らせて。

 

『待て。――――篝』

 

「お前か。あれだけ言ったにも拘らずここに来るとは、もしや獅童と此花がもう二羽の鳥に負けたか?それはそれは、」

 

「………」

 

『私とお前。どちらがお姉様を護るに相応しいか、決着がついていない。だからまだこちらに居ろ』

 

『………なあに?それ』

 

『19年だ。ずっとお前は私にとって眼の上のコブだった。学生の時から、お姉様の傍にはお前が居た』

 

『………』

 

息を吐いて、10数えながら息を吸う。

 

『お前と私の苗字が変わっても。…お前はいつも私の前、お姉様の隣り。私はお前に引導を渡さねば気が済まん。勝ち逃げは許さない』

 

『………、ふふ』

 

 ――か細い呼吸。それを自分の意志で止め、女は鯉口を切っていた脇差の柄に利き手を飛ばした。

 

『ごめんなさい。紫様を、あの御方をどうかお願い』

 

眼玉を開き、瞬きなどしないように。怨敵を瞳に宿して、

 

「予想通りだな?高津雪那」

 

復讐の幕が上がる。

 

「警察庁特別刀剣類管理局・相模湾岸大災厄特務隊主遊撃手の名に懸けて。―――大荒魂、折神紫。お前を斬る」

 

 

 

 

 

 

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