「相模さん。聞いたわよ?この間の戦闘、相模さんのお陰で損害ゼロに抑えられたって」
「機動隊の人たちも感謝してたわ。流石ね」
「とんでもないです~。刀使として、私は職務を果たしているだけですから~」
高校生となった雪那は刀使として優秀であった。現場を息一つ乱さず駆けずり回り、逆に荒魂の方が疲労して(そんな訳もないが)動きが止まったと同僚の刀使達が声高に言うほどである。まさに天才だと、雪那は優秀さ故に可愛がられていた。
丁寧に一礼するそんな後輩を見て、先輩の刀使達はやはりと頷いた。
「そう言っていつもそつなくこなすんだから。―――ね、次の折神家当主親衛隊の席、狙ってみない?」
「相模さんがその気なら――。推すよ?」
「……」
雪那はニッコリ笑ってお辞儀した。
「いえいえ~、私はまだまだ1年坊。親衛隊の方々は雲の上の存在です。なので毎日日々是精進!狙う気なんてありませんよ~」
「あらそう?残念ね」
「やる気が出たらいつでも言ってね?――私、相模さんと一緒に刀使が出来て良かったと思ってるから」
「ありがとうございます先輩方!」
・・・・・。
「―――ったく、師範の言う通りね。派閥作らなきゃ生きてけないのかしら。高校の刀使って」
誰も。気配も全くいなくなった事を察して、雪那はぶっきらぼうに言った。荒魂を斬って祓う日々はそれなりに充実しているが、隙あらば先程のように部活動よろしく勧誘の嵐である。
「吹奏楽一緒にやりましょうとかだったら入ってやるのに。…やれ貴女は凄いだの貴女がいてくれればだの、貴女と組んで一緒にやりたいだの。口振りは煽てオンリーなくせして、その実は私利私欲の土台としか相手を見ていない。あんな混ざりもん共が刀刃を振るってるだなんて、中学の頃には無かったわよ」
中学生と高校生の刀使の違い。それは将来を見据えてきた年月である。
将来はこんな刀使になろうという純粋な思いが初志にはあって、それがいつの間にか将来はこんな人間になろうという漠然とした物に置き換わってしまっている。本来ならそれは大人に近付いている証拠なのだと拍手すべき事柄だが、今の雪那にとっては目障り以外の何物でもなかった。
――刀使とは御刀に選ばれた人間。『写シ』を始め隠世(異界)から力を引き出せる人間。それが出来なくなれば刀使は御刀を返還し、一般人に戻る。多くの刀使はそれが高校卒業と同時に訪れる為、高校生となった刀使はこれからこんな刀使になろうだとか今この時が全てだ等といった初心と思考が子供じみて見えてくるのだろう。
御刀を振るえなくなり、あの頃の自分は刀使として頑張っていたなと追憶に変わる時がすぐそこまで来ている。そういう風に自身を捉えれば、保身を考えて当然と言えば当然だ。
そう、刀使になった人間の人生は何も刀使の間だけで終わるものではない。終わった者もいるが、それは殉職者として個々人の心と公の墓碑に刻まれ続けている。そうならなかった者にとって、刀使以外の人生を考える時期が今というだけなのだろう。
メメントモリ(死を想え)は刀使として生きる上で重要な思想もしれないが、数多の死線に立ち、生と死の狭間を行き来してこちら側に帰ってこれた者ならば死を懇願した時にこそ勝敗は決まるという哲学を持ちやすくなる。生きる為に。だから今のうちに派閥を作り、或いは加入して自身の今後・将来に活かそうとほとんどの刀使は躍起になるのだろう。それはある意味では賢い生き方だと、雪那は思った。
「こんな賢い刀使さん達を抱えてる折神家。 キナ臭いとは思わない?柊さん」
「………」
気配を感じたと同時に顔を後ろに向けると、そこには音無く歩く同級生が目礼だけを返していた。いつものように。
「クラスメイトに挨拶も無しだなんてホント柊さんってばクールねえ?誰からそれ教わったの?人の神経を逆撫でするやり方をもう体得してるだなんて、尊敬しちゃうわ凄いわねえ。貴女のような恥知らずになる方法を今度教えて下さらない?私、恥知らずになりたいわ?」
「……」
「ツッコミなさいよ不愛想刀使」
鎌府高等学校1年。同級生・クラスメイト。柊篝(ひいらぎかがり)は雪那にとって初対面の時から鼻につく女であった。いつもクールな眼差しでクールな佇まいで、授業が終わるといっつも何処かに独りで行くくせに、戦闘となると誰にも比肩できない熾烈な剣を繰り出すそのコントラスト。雪那は素直に、この同級生を怖いと思っていた。
「ね。貴女いつも何処かにフラッと行くわよね?何処に行ってるの?」
「……」
「今日は何でここにいるの?私達は今日待機命令じゃあないわよね?え?まさか私に用でもお有りかしら?柊さん」
「……」
「もしかして口きけないのアンタ?」
「きけるわよ」
不断の努力で驚きの表情を顔に出さなかった雪那を、ここに第三者がいれば褒めちぎる所である。それだけ篝の声を聞いた回数も人間も少なかった。
「あらそう?じゃあ何してんのアンタ?」
「別に何も」
「へ~、風の噂で貴女が次代の折神家当主様に側仕えしてるって聞いたんだけど。ねえ、どんな人なの?その人」
「紫様は偉大なお方です」
「そ。紫様っていうの」
『姫‼紫様‼ 一体なぜなのですか―――っ』
ついにこの時が来たなと、雪那は思った。
◇
「柊さんが何処で何してようが私にはどうだっていいんだけどさ?その折神紫って人、」
「先輩を付けて。私達より1学年も上よ」
「ああはいはい。で、その折神紫(おりがみゆかり)先輩なんだけど、どんな人?」
「偉大な御方です」
「いつになく饒舌で嬉しいわ、柊さん。でももう一声ほしいから詳細に語ってくれない?」
「紫様は偉大な御方です」
「成る程。で、貴女は何故その偉大な御方の御側付きなのかしら?こっちならもっと詳しく話してくれるでしょ?」
「それが私の務めなので」
「で?」
「……」
「続きは?」
「……」
「え?終わり?」
もう?と更に訊くと、篝は一つ頷いて踵を返していった。
「これっぽっちも分からないわよ……ッ」
不愛想な刀使は本当によく分からない。なのでこれは自ら探りを入れなければと雪那は決心した。
「――おやおや?後輩が困ったちゃんになってる気配。どしたの?雪那」
「…美奈都先輩」
篝と入れ違いに快活な笑顔と共に現れた女性。それは今年も御前試合出場が決まっている先輩刀使・藤原美奈都であった。――強い人。雪那はそう思っている。
「篝と喧嘩でもしてた?」
「よく分からない人間と喧嘩するほど暇じゃありません」
「アハハ!よく分からないって」
「…ちょっと折神先輩について訊いただけなのに」
「ん?紫の事?」
「? 美奈都先輩は折神先輩のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も友達だしー」
「そうなんですか?一体どんな人です?」
「うーん…そうだねぇ」
私には及ばないけど。先輩はそう言ってから続けた。
「強いし、格好いいね。友人になれて良かったって心底思えるくらいには」
「……成る程。そこまでですか」
「しかも今年は私と紫で御前試合だし~? ま、護剣の切っ先鎌府刀使の力を見せつけてくるよ。優勝するのは、私だけどね!」
「……」
…どうせ今年も優勝だろうな。雪那は思ったが、それ位この人の剣は尋常ではないのだ。
立ち合った事は一度も無いが、仕事を共にした事はある。その時見た眼前の先輩の剣は正直よく分からない物だった。形に嵌ってるわけでも、融通無碍というわけでもない。流水というわけでも烈火というわけでもない。例えるなら輪のようなスポンジのような、でも決して千切れない。
世の中にはこんな刀使がいるのか。最終的に雪那が行き着いた結論がそれだった。
「ね。ちょっと立ち合ってよ雪那!」
「遠慮しておきます。体調が優れないので」
「一度くらい立ち合ってくれてもいいじゃ~ん。篝と一緒で後輩が皆つ~め~た~い~~!」
「柊さんと立ち合いでも何でもよろしくやってて下さい」
「雪那のいけずー!」
天下無双とはこういう剣士の事を言うのだろうなと。雪那は今もこれからも思い続ける事となる。