例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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改めて作者の妄想てんこ盛りなのでご注意を。






第13話 Identity

 

 

 

 物心がつく遥か前から、私はいつも同じ夢を見ていた。

人が刀を振り回し、化け物と言って差し支えない異形と戦う夢。そしていつも、化け物が負けていた。

 

『――何故だ』

 

敗者が言う。断ち斬られた頭蓋が。これが私の人生最初の記憶。

 

『何故負ける。何故勝てぬ』

 

何が足りぬ。そう言い続けて彼女はその日、私を見て聞いてきた。

 

「どう思う?」

 

「わかんない」

 

率直な感想を私は言った。

 

「人間が化け物に勝てるわけがない。そうは思わないか?」

 

「それって逆じゃないかな」

 

「逆?」

 

「化けものだから人間に勝てない」

 

「そう―――か? そういう事か」

 

得心がいったソレは、夢の中でのみ出逢い話せた、私の秘密の友達なのだった。

 

 

 

 

 彼女と私の交流はこの夢の中だか異世界だかでのみ行えた。ぼんやりとした形でしか見えない存在ではあったが、私にとっては大事な友だった。

 

「剣を学ぶようになったのか。和美」

 

「うん。私のお母さん、とっても強い剣士さん?なんだって。だから私にも少しずつ教えるって」

 

「嫌ではないのか?」

 

「嫌…てっいうか、何だか怖い感じだった」

 

「ほう?」

 

「これは自分も相手も殺す物だってお母さんが言ってて。そのお顔が怖かった」

 

「なるほど。つまり恐怖を抱えて生きるのが人。というわけか?」

 

「よく分かんない。どうなんだろう…」

 

 チラリと、私は彼女を見る。物知りだから。色んな事を教えてくれるから。彼女は頼りになる。信頼の構築はその程度でよかった。

 

「――やってみればいいだろう。わからないものが、分かるまで」

 

「うん。やってみる」

 

自分に言うように、いつも彼女は私にそう言った。

 

 

 

 

「ほう。それが和美の御刀か。大和守安行といった所だな?」

 

「うん、安行。お母さんとお父さんがプレゼントしてくれた」

 

「元は母の御刀だな?それは」

 

「うん」

 

「この世界にも連れてくる事が出来るとは。どれ、少し稽古していけばどうだ。相手になろう」

 

「いいの?やったあ! あ、でも、起きてる私に影響とかあるのかな? クシ」

 

クシとはこの友の名である。本来は奇魂というらしい。

 

「何事も経験。そうだろう?和美」

 

「うん!じゃあ行くよ!!」

 

「来い」

 

 いつの間にか出現するクシの手。私と同じ姿。そして私と同じ御刀・安行。クシはもう一人の私なんだ。

 

 なんて、私は彼女を思い始めていた。そしてそれは真実であった。

 

 

 

 

 やることも他に無かったので、文字通り私は寝ても覚めても剣の稽古に没頭した。母の指導は厳しく優しく、そして夢の中でクシ相手に成果を確かめる日々。それらは充実の一言だった。

 

 そうこうして我が家の流派を学び取ってきた私だが、ある日ついに新たな流派を。…いや、我が家最古の流儀を学ぶ日がやってきた。

 

「――葦名無心流か。和美が学んでいる葦名流、その祖が最初に始めたという剣の流儀と。随分と技が多いようだな?」

 

「ええ。ただ流儀流派というよりも、心得に近いようですね。より強さを、より高みを、あらゆる流派を。他者であれ何であれ飲み込み続ける。綿貫家はそれを守り、記し続けているといいます。

 しかし私に出来るかどうか。……特に『竜閃』など魔剣と言った方が正しいでしょう」

 

「魔剣?」

 

「母から伝書と共に現存する無心流の剣を聞かせてもらいましたが、いや、あれは他に何と言っていいのか」

 

「どんなものだ?」

 

「斬撃が飛ぶのです」

 

「―――ほう?」

 

「ただひたすら敵を斬って斬って斬りまくる。如何に斬るべきか、如何に斬ろうか。そう突き詰めるうち、気付けば刃は飛ぶようになる。母は冗談を好みませんので、真実なのでしょう」

 

私は笑った。それしか出来なかったから。でも彼女は違っていた。

 

「―――飛ぶというのか」

 

「?何ですその顔は。まさかクシは見た事が?」

 

「ある」

 

私と同じ顔の友は眼をギラリと光らせた。炎にかざした刀のように。

 

「奴は我流と言っていた。無心流ではない筈だが畢竟、剣とは極めるとそんな事が出来るのだろう」

 

「成る程。…口伝によれば無心流の祖と二代目もそれが出来たと聞いています。伝説は真実だったのでしょう」

 

「和美。お前も出来るようになりたくはないか?」

 

「なりたくないとは言いませんが、…果たしてそれだけの時間が私にあるかどうか」

 

 現代は荒魂という明確な敵が存在しているとはいえ、昔と今は違う。斬って斬って斬りまくれるほど、眼に見える敵も斬っていい敵もいないのだ。

 

「可能だ。ここで稽古を行えばいい」

 

「ここで…?」

 

「刀使には『迅移』という力があるだろう?無限にある『隠世』の階層、異なる各々の時間流を引き出す力だ。それを使う」

 

「迅移は瞬間的にしか使えませんよ」

 

「問題ない」

 

 すると、クシは瞳からピンクスピネル色の光を放つ。それは『迅移』にしてはおかしな様相だった。

 

「現世ではこれを『無念無想』と言うそうだが、これは隠世のとある階層の時間流を引き出しているだけだ。そして複数人がこれを使うと、対象者の時間は停止する。持続的な迅移同士による相乗効果だ」

 

「まさかそんな事が……」

 

「隠世に不可能はない。――無論、それでも足りぬかもしれぬ。稽古をしていても、和美。お前の刀使としての寿命が先に尽きてしまうかもしれぬ。

 だがこれで私と立ち合い続ければ、お前も奴と同じ事が出来るようになるかもしれない。あの藤原美奈都と」

 

「………」

 

あの修羅と。

 

「どうする」

 

 渇望の色。切望の眼差し。それを私は拒絶する事が出来なかった。他ならぬ友を、剣への期待を、何処までやれるのか私を。

 

「やりましょう。私達で」

 

「そうこなくてはな。和美」

 

 

 

 

「出来たな」

 

「ええ、出来ました。これが秘伝――『竜閃』」

 

「和美。頼みがある」

 

「何でしょうか?」

 

「お前の体を私に貸してくれ。起きている、云わば表のお前の」

 

「答える前に教えて下さい。それは何の為に」

 

「復讐の為に。勝つ為に」

 

やっと同じ土俵に立てた悦び。この時のクシにはそれがあった。

 

「藤原美奈都に、ですか」

 

「そうだ」

 

「その人が何処にいるのか分かるのですか?」

 

「探し当てた筈。お前ならば」

 

「正解です。いいでしょう」

 

 この時期、私は起きていてもある種の勘(第六感)が働くようになっていた。例えばコレをしておこうとか、あれを調べてみようとか。だから先の災厄の英雄・藤原美奈都の居所を突き止める事が出来ていた。

 

 そしてついに夢の中で、私は確信する。

全ては友の為だったのだと。彼女の本懐を遂げさせてあげたいと。御刀の切っ先を腹にあてて、私は思った。

 

「よいのか。真に」

 

「私は刀使になる身です。これくらい出来なくては」

 

「気付いていたのか、我が荒魂だと」

 

「そして。私の友だと」

 

「…すまない、和美」

 

「水くさい。何年の付き合いだと思っているのです」

 

 

 

 

 

「久しいな、藤原美奈都」

 

「冗談。今は衛藤だよ?」

 

 

 

 

 

 何の感触も痛みもない、腹に突き立てた刀。その光景の次に私が見たものは。

 表の体でもって復讐という名の本懐を遂げた筈の友の、なんとも悲嘆にくれた姿だった。

 だから尋ねる。だから怒る。だから負ける。

 

「何故です」

 

「勝てぬと分かった」

 

「同じステージに立てた筈」

 

「違う。違うのだ、和美。…お前の体を借りても、所詮我は化け物。人には勝てない。ブレイドアーツを、真に理解することなど出来ぬ」

 

「………」

 

・・・・・。

 

「対峙して、初めて理解した。奴は本当に別次元だと。……心底恨めしい。我はどこまでいっても化け物で、奴はどこまでいっても人間だということが」

 

「………」

 

「ああ、この身が初めから人間であったならば。人間として、人間の奴と正真正銘の一騎打ちが出来たものを。

 ――こんな事なら。我はあの日、奴に斬られたまま消え失せておけばよかった」

 

 薄く笑う、ひどく似合わない下卑た笑顔。互いに刀を握りしめ、けれど私は一歩近付いた。

 

「待ちなさい」

 

「?」

 

「――クシが人間となる。いや、正真正銘、私となればいいのですね?」

 

「?何を言っている?」

 

「腹を斬りなさい。今度はあなたが」

 

「我が?」

 

「あなたは私の魂の一部。例えるなら前世の私。表では私、ここでは私とあなた。

 ならばその表裏を一つとするまで」

 

「正気か?それは―――、化け物である私と完全に融合するという事だぞ和美」

 

「それは違います。元は一つであった人間の魂が元通りになる。ただそれだけの事」

 

「だとしても―――。いや、果たしてどうなるのか分からぬ。こちら側の存在があちら側に行くのではなく、あちらとこちらの存在が一つとなるなど――」

 

「出来ます。必ず」

 

「何故(なにゆえ)」

 

「私達がそう思い、願っているから」

 

・・・・・。

 

「私達なら出来る。………そう言うのか、和美」

 

「クシ。あなたは本当に私の半身で、親友でした。あなたの本懐、そして私の本懐を遂げましょう。共に、藤原美奈都に一太刀を。一矢を」

 

「………感謝する」

 

 ありがとうと。前世の己である我が友はそう言って刃を腹に突き立てた。そして瞬間、崩れゆく意識の中、私は全てを知った。

 勝ちたいという渇望を。あの日の復讐を。人間の真価を。自分を。

 

 ――奴の強さを上回る。それは産まれた時からずっと、私にあった原初の想いだったのだと。

 

 

 

 

 

 

「もうじきです」

 

もう夢はみない。

 

「藤原美奈都は案の定、衛藤さんの中にいた。一目見て分かりました。あちらは気付かなかったようですが」

 

友に逢う事は二度とない。いや、逢うまでもない。

 

「後は奴がこちら側に来るよう上手く誘導するまで。一つ一つ確実に、工程を踏んでいくとしましょう。なので次です、高津学長。この御刀を貴女に」

 

「はい」

 

「今から舞草の刀使達と拠点を潰してきて下さい。場所は口伝でのみ伝えられました。ここです」

 

 紫様を奥の部屋のベッドに寝かせ、そして私は地図に指を差す。今の彼女、鎌府学長は記憶が少々曖昧だ。舞草の本拠地は思い出せないだろう。

 

「その為に私は舞草に入ったのですから。貴女という力の襲撃があれば、この場所に居る朱音様と衛藤さん達は必ず撤退する。そして、彼女達はここに来る筈です。そこを叩きます」

 

「はい」

 

「ではよしなに。よろしく願いますよ?」

 

「はい。お姉様」

 

 

 

 

 

 

 冥加という存在になるとは。それは『隠世』を通して、対象者が持つ全時間における全盛の精神・思考速度・筋力を一時与えるという事に他ならない。

 

 屈辱と歓喜と叛旗の塊である幼年期。それらを乗り越え万能感と更なる屈辱と怒りで満たされる青年期。成熟し、余裕と諦観と理解の範囲が広まる壮年朱夏老年期。 

 彼女の全盛は今から20年前のそれであり、云わば今の雪那は過去の自分という『写シ』を張っているようなものだった。

 

「親衛隊が三人も揃って何だこの失態は」

 

「申し訳ありません高津学長。まことに不甲斐なく」

 

「夜見、貴様も敗れるとはな。少々意外だ」

 

「………は」

 

「報告によれば、あの反逆者たちは米軍の潜水艦に乗って逃げたと。それは間違いないな?」

 

「はい」

 

「山狩りは失敗。奴らは何処に行ったか分からず仕舞いと。そうだな?獅童、此花」

 

「その通りです」

 

「あんなものがバックに付いているとは。やはり彼女達は反折神家・舞草の一味と見て間違いないですわね」

 

「――そうだ。紫お姉様を脅かし、今まで拠点すら分からなかった秘密組織だ」

 

「? お姉様?」

 

「しかし、それも終わる。もはや奴らのアジトは、こちらに知れたのだからな」

 

「………高津学長?」

 

「申し訳ありません、よく聞こえませんでしたわ。学長?今なんと?まさか舞草の居所が分かったというのですか?」

 

「ああそうだ」

 

「いつの間に……」

 

「紫様がそうおっしゃったのだ。従え」

 

 雪那はピシャリと言い切る。そして左腰の御刀に手をやって、位置を正す。それは違和感の欠片もない仕草だった。まるで現役の刀使のように。

 

「……、なるほど。しかしその紫様の御姿が見えないようですが?」

 

「奥の社にて御勤めである。妨ぐな」

 

「了解」

 

「そして紫様は舞草の壊滅を望んでおられる。今すぐに」

 

「では私が参りますわ。折神に仇なすもの悉く討つ事こそ親衛隊の責務。この右近衛の将が直ちに」

 

「駄目だ。左右近衛大将は待機との命令である。従え」

 

「……では夜見か結芽が?」

 

ふるりと首を振る。そして告げられる彼女の言葉は衝撃的なものだった。

 

「私が征く」

 

「―――は?」

 

「―――はい?」

 

「何だ」

 

 一応この人間は目上である。という敬意の目ではなく、何言ってんだこいつはという奇異の目が雪那に向けられる。

 この場にいない第四席と、眼を伏せている第三席を除いた全ての人間の眼差しを一身に受けて、雪那は歩き出した。

 

「失礼、まさか鎌府学長が冗談を嗜むとは思いもしなかったもので。左兵衛大将を向かわせます。結芽はどこに?」

 

「私は冗談が嫌いだ。その私が征くと宣言した」

 

「いつから趣味が自殺になったんですの?学長。貴女が凄腕の刀使だったのは20年も昔のこと。『写シ』を張れない元刀使に用はありませんわ」

 

「―――これの事?」

 

「…なんと」

 

 それは彼女たち現役の刀使がよく見る景色だった。身体をエネルギー体に変える『写シ』。身体から発するその独特な燐光は彼女達のみに見えるモノ。

 体内のノロが馴染んできたのかついに口調すら変わり、いや呼び戻した彼女は列強の如き剣気を携えて、ここに来た。

 

「まさか学長。……貴女も?」

 

 つまり今、正真正銘の『写シ』を張った時のみ彼女は。

かつて江の島から生存者を連れて無傷で帰還し、そして特務隊主遊撃手でもあった歴戦の鎌府刀使。護剣の切っ先・相模雪那が、ここに再臨したのである。

 

「アンタたちはここを守ってなさい。私は出撃するから」

 

「お一人で本当によろしいのですか?……高津学長」

 

「…高津?………高津、ああ、そうだったわね。問題ないわ。後はよろしく」

 

「……――了解。御武運を」

 

 夜見達は頭を下げる。何だかよく分からない感情がそうさせる。

それは恐怖か、或いは怒気か。各々万感を去来させ、しかし剣士達の檜舞台はついに日の目を見る。狂うこと無くギアは廻り、定めを巡る。砕け散るまで。

 

戦いが、彼女達を待っている。

 

 

 

 

 

 


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