例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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悩んだらマジカルブレイドな風潮。





幕間 沙耶香たちサイド

 

 

 

「分からない……」

 

大荒魂が討滅されるほんの少し前、糸見沙耶香は暗闇の中を突き進んでいた。

 

「何で…あの時………、」

 

『―――嫌です』

 

 払いのけた右手を見る。学長が持っていた注射器から嫌な予感がして、それを拒絶した右手を。

 

「強くなれる。多分、そう。でも何だか違う。アレは、違う」

 

 勘である。それは刀使としての賜物。経験はまだまだ歴戦とは言えないにしても、彼女は立派な刀使であり剣士である。

 変だと感じたものには近付かない。近付かせない。それが沙耶香の第六感であり、結果的にそれは正解でもあった。

 

たとえ払いのける事が、鎌府学長に予期されていたのだとしても。

 

「……こういう時、和美なら」

 

 携帯電話を取り出す。自身が信頼する先輩に掛けたが、電源が入っていないようだ。

 

「………お腹すいた」

 

 木陰に隠れ、呟きながら。沙耶香は甘い物と一人の刀使の顔を思い出していた。

 

 

 

 

『あ、沙耶香ちゃん?どうしたの?』

 

「……」

 

『眠れないの?』

 

 優しい声が沙耶香の鼓膜を通して、彼女独特の暖かさを心で感じる。電話の相手は沙耶香にとって掛け替えのない存在となりつつあった。少し前に一度話して、連絡先を交換しただけであったが、こういう時こそそういう相手が要るのかもしれない。

 沙耶香はもう一度、携帯電話のディスプレイに映る文字を。通話相手・柳瀬舞衣の名前を見た。

 

「あ、…あの…」

 

『ん?なあに?』

 

「私。…私、一体どうすれば」

 

『……え?…沙耶香ちゃ、』

 

 通話を切る。手前勝手に。それは弱音を吐く事に慣れていないからだろうか。或いは、こんな弱い自分を、誰かに見せたくなかったからだろうか。弱さを経てない強さなんてない。そんな普通な事を、今この時忘却してしまったからだろうか。

 

―――或いは。

 

「―――誰?」

 

「見いつけたあ」

 

敵に発見されたからか。

 

「結構探したよ~?まずは久しぶりだね~、沙耶香ちゃん」

 

「……。えっと、」

 

「あれ?忘れちゃった?ひどいなあ、私を忘れちゃうだなんて」

 

「ううん、ごめん。忘れてはいない。ただ名前が分からなくて」

 

沙耶香は油断なく、しかし本当に分からない事を正直に相手に言った。

 

「え?あっ、そう?何だお名前を知らなかったのかあ~。そういえば自己紹介なんてしてなかったねあの時は!」

 

 笑う一人の刀使。その服装はどの伍箇伝の物とも異なる物。それは彼女が護剣ではなく折神の刃である証拠であり、そして纏い始める剣気にやっと沙耶香は思い出した。

 

……油断できない人。

 

「折神家当主親衛隊第四席・燕結芽だよ。改めてよろしくね、糸見沙耶香ちゃん?」

 

 

 

 

 燕結芽という人間は当代の折神の王が四番目に見出した者であり、そして親衛隊の中で最も強いとされる剣士である。

 20年前、藤沢駅防衛戦を戦い抜いた燕結唯の娘という事を抜きにしても、その実力は親衛隊の誰もが認める本物。そして単身生身で荒魂を斬り殺した事もある生粋の剣士だとも。

 

「紫様からの命令でね。沙耶香ちゃんを連れ戻しに行けってさ。場合によっては斬り合ってもいいって」

 

「………」

 

「でも今の沙耶香ちゃんとは斬り合っても無駄かな~。だって迷ってるもの」

 

「………迷う…」

 

「答えはとっくに出てるのに、それを認めたくない。だから無理して他の答えを探してる。みたいな顔してるよ~?」

 

「………」

 

 燕はつまらないモノを見るというよりは、もっと面白いものを見せてほしいなという期待の眼差しを沙耶香に向けていた。

 

「それが楽しいのなら、それをしたいからなら良いけどさ~~。もしも楽しくないのなら、」

 

「…ないのなら?」

 

「私どころか、他の誰にも勝てないよ?」

 

「………勝て…ない?」

 

「だってそうでしょ? 自分はこうだ!なんて自信満々が真実良いわけじゃないかもだけど、これが今の私!って言えるくらいには楽しまなきゃ損じゃないかな?何より剣が鈍るし、純度も足りなくなるよ」

 

「……純度」

 

「私達は刀使。刀を使う者。誰よりも、刀を上手く扱える者の筈。選んだ者の筈。今の沙耶香ちゃんじゃあ、才なく心なく刀刃を弄ぶ事になる。そんなんでいいの?」

 

「………、それは、嫌」

 

ひねり出した言葉。答えに、燕はやっと嬉しい顔をした。

 

「ふっふーん!ならやっぱり答えはもう出てるよね!」

 

「私は………っ」

 

 沙耶香は発する。必要な事は何か、今何をするべきなのか、答えは何処か、留まるべきは此処か。

腰の御刀の柄に利き手を飛ばし、間断も悔いもなく抜刀し、同じく剣気漲る刀使を眼に宿す。

 これが楽しい。これがいい。双方心に炎を灯して、勝利を叫ぶ。

 

「さあ、貴女のお名前なんですか?」

 

「一刀流・我流、糸見沙耶香」

 

それが彼女だけの。天下無双の答えだった。

 

 

 

 

「―――沙耶香ちゃん!」

 

 声のした方に眼だけをやる。するとそこには先程電話で話した柳瀬舞衣がいた。

 美濃関の制服、御刀、立派な刀使の装いで。こんな夜に、ただ一度だけ会っただけの沙耶香の為に、彼女は奔走してくれていたのだった。

 

「大丈夫?怪我はない?」

 

「何、で……?」

 

「電話の時、私まだ鎌倉にいたの。沙耶香ちゃんが何かトラブルに巻き込まれたのかもと思ったら、居ても立ってもいられなくって」

 

 だからといってこんなにも早くこの場所を、自分がいる場所を特定出来るか? いや、刀使ならば可能。納得する沙耶香であった。

 

「――まさか、貴女が?燕さん」

 

「ちょっとちょっと~!またいきなり犯人扱いは止めてよね~!! まあ、当たらずとも遠からずだけど?」

 

「――ッ!」

 

「これから沙耶香ちゃんと斬り合うんだからさ~。邪魔しないでよね、美濃関のおねーさん?」

 

「させません。たとえ相手が貴女でも」

 

「ん?あれれ?おねーさんは私の事ご存じなの?」

 

鯉口を切り居合腰のまま、舞衣は右手を柄に掛けた。

 

「当代折神家当主親衛隊・燕結芽さん。綾小路出身の刀使。有名ですよ、刀使になる前に荒魂を斬った天才って」

 

「あれお母さんが勝手に言いふらしてるだけだから鵜呑みにしないでね?何だか照れるけど~」

 

 真実とも嘘ともどちらにも取れる声と表情で燕は言った。

そして観察する。舞衣の構えを、居合を、勝機を。

 

「うーん、沙耶香ちゃんに比べておねーさんはまあ普通っぽいけど~…、何だかやる気満々みたいだし~。うん!よし!決めた!斬ろう!」

 

 抜刀する。互いに『写シ』を、しかし舞衣だけは『明眼』も発動。そんな彼女に燕は平に構えた刀で突こうとする。

 それを見切り、舞衣は居合抜刀で刀を叩き落とした。そして返す刀で反撃するが、燕はそれを後方に跳ぶ事で躱した。

 

「親衛隊に刃を向ける事は…えっと、何だっけ、……あ!折神家当主に刃を向ける事と同義!その上でこの身と斬り結ぶというのか!」

 

「――先に抜いてきたのはそちらです。つまりこれは正当防衛です」

 

「そっかそっか~。そうだよね〜、じゃあ、やろっか。おねーさん」

 

 建前と本音を笑顔で述べ、燕は構を変化させた。

剣先をやや天頂、右肩担ぎに。左足を前、右足を引く。まるで幕末維新の時代を震撼させたあの剣のように。

 

「?……ジゲン流?」

 

舞衣が呟く。沙耶香が戦慄する。燕が、二人に答える。

 

「刈流(かるのりゅう)・燕結芽」

 

 そして舞衣が斬ろうと考えたその刹那。まるで壁がそのままスライドしたかのように、燕の全身と刀が前に出た。

 

 振り下ろされる御刀・ニッカリ青江を肉眼では追えない。――神速。正に世に現れたそれを舞衣は『明眼』でもって捕捉、後の先を獲る為に一歩後退した。

 それは不足なき回答であり、もし刀で迎え撃つように打ち合っていた場合、舞衣は自身の御刀で自身の『写シ』を破らせていただろう。

 

 超高速の運体により繰り出される斬撃はエネルギーの塊であり、それに劣るエネルギーである何かをぶつけても、弾かれるか押し潰されるだけである。

 ――だから躱す。

攻撃の最中であるが故に無防備となった燕に刀を振り下ろす。舞衣は後の先の勝機を獲っていた。

 

 しかしそれ(後の先)に対して先を獲る技がある事を失念していたのは、彼女のミスであった。

 

「小波」

 

 呟く言葉は果たして自身に言い聞かせる為か。答えの為か。それを聞いた舞衣の両腕は斬り飛び、同時に『写シ』が剥がれた。

 燕は自身の斬り下ろしが失敗した瞬間瞬時に左足を踏み込み、御刀を斬り上げていたのだった。

 

「…!」

 

「舞衣!!」

 

「…とろくさい」

 

 沙耶香が舞衣に駆け寄る。しかし燕は、何だってこの剣はこんなにも遅いんだろうかとニッカリ青江を見続けていた。

 

「お母さんのようにはいかないなあ…。なんであんなにも速く振れるんだろ。

 私の小波(さざなみ)は竜の首だって斬り落としたのよ!だって。腰をもっと回転させた方がいいのかなあ…、でも回転はなぁ~」

 

「今のは、――燕返し?」

 

「巌流の剣なわけないよ。私は刈流。ウチの家伝の剣法。…ってあれ?何だかイイ顔になってないかな?沙耶香ちゃん?」

 

「………」

 

 ――看破する。今のは後の先に対して先を獲る勝機の剣。

しかし左足を踏み込む事と、斬り上げる為の急激な両腕の捻りが最速の斬撃の邪魔をしている。完成すれば、より無敵に近くなるもしれないが。

 

「もしかして師匠が何人もいるのかな?それとも何でもかんでも吸収するようにって教わっているのかな?」

 

「………」

 

沙耶香は御刀を鞘に納めた。より疾く燕を斬る為に。 

 

「沙耶香ちゃん…ッ、ダメ!それは」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 対する彼女も刀を納める。抜刀が来る、と沙耶香と舞衣が思った瞬間、しかし距離を取った。きっかり十メートル。

 それはまるで月に住むと言われていたウサギのようにピョンと嬉しそうに飛んで飛んで飛び跳ねて。

 

燕が、地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 ―――速い。そして早い。それを見て取った時、待つ沙耶香は敵の間合の捕捉を第一とした。

 まるで猫のように静から動への移転。消失、とさえ見紛う異様の瞬発。燕は歩速と歩幅も迅移も一定にせず、しかし一貫して疾走。この妙法村正を抜刀して、確実に斬れる間合を掴み取れるか。

 

 それが出来れば勝てる。それが出来なければ負ける。

真剣勝負とは畢竟、ただそれだけの物。運も実力も力も何もかも、勝敗の二文字にのみ全て含まれている。

 

 高速にも関わらず、最初、コンクリートを蹴る足音は沙耶香の耳に聞こえなかった。

 やがて、それが聞こえてくる。衣擦れ?いや、鉄板上の油に火をかけた音。足音の急激な拡大は、反比例して激減する相対距離を物語る。

 

 ――突進抜刀。距離感を狂わせ、かつ尋常でない速度でもって斬る攻撃一辺倒な抜刀術。しかしそれは沙耶香にも言えた。

 

 居合・葦名十文字。一瞬二斬の斬撃を確実に叩き込む。

敵はまだ右手を柄にかけていない。左手は鞘を握り、居合腰のまま迫って来ている。月が放つ銀光にも似た眼光が煌々と沙耶香を見定めて、無表情に。殺意と闘志と剣気がそこにはあった。

 

 間合が詰まる。表裏二つの切羽が鍔を押さえるように、正しく向かい合うように、燕と沙耶香は、互いの瞳の中に己の姿を視認した。

 

「――ッッ!!!!」

 

 咆哮たる息吹を吐き、沙耶香は抜刀した。左斜め下から抜き上げ、右斜め上からの斬り下ろし。一歩で。敵が攻撃をしようと企図した瞬間、手を柄にかけようと意図した刹那(スペース)をしかと捉えて。

 たとえ後方に回避しようと横に移動しようと体当たりをしてこようとも、その遥か前に妙法村正は燕を斬る。沙耶香にはその約束された至近の勝利が見えていた。

 

 ―――だから、そんな事は有り得ないのだ。

 

「………ぇ、」

 

消えた。

 

「………迅…移?」

 

 否、早さも速さも関係ない。ただ消えた。

舞衣を見る。刹那にあっては僅か瞳孔を横に向けただけであったけれども。果たして答えは、何だそれ?と上空を見詰める彼女の瞳にあった。

 

燕は、そこにいた。

 

「………――うそ」

 

 曲芸か?絡繰りか?幻惑か? 飛翔である。

勝機は掴んだ筈であった。どのような動きを見せても確実に斬れる間合を沙耶香は掴んでいた。しかし相手はその遥か上を行っていた。

 

 今こそ右手は刀の柄へ。まるでシステムを実行するかの如く沙耶香をひたと捉える瞳は永遠の暗黒。はためく彼女の長い髪は翼のように。

 燕結芽は沙耶香の頭上空中で前屈宙転し、抜刀していた。

それは三千世界の剣士達刀使達が無意識にイデアと捉えているブレイドアーツの究極。その一つが今、此の世に現れた瞬間であった。

 

 

『敵の眼に留まる映る事なく、全身を巡る神経・筋肉・血管・第六感すら気付く事なく敵を斬れる。あらゆる状況を想定してそれに打ち勝つ技を用意する。

 そこまで達すれば、確実に無敵である。

無論、夢だが。矮小な人間が空想する下らない幻想だが。果てなる高みを目指して、一歩一歩進んでいく事は可能なのだ』

 

 

 

 

 

 ――――我流魔剣 昼の月

 

 

 

 

 

 

 

 

 燕結芽は翼を生やし、その果てに指先を掛けていた。

そしてそれを沙耶香が理解した時、彼女は自身に必要な剣が何なのか、心と頭に芽吹き始めていた。

 

「楽しかった。沙耶香ちゃん」

 

 背中を斬られた事で写シが剥がれ、しかし捕縛する素振りを見せない燕が踵を返すその姿に。…何故?と言葉を返す。

 

「ちょっと残念だけど、今は私と斬り合い続けてる時じゃないよね。おねーさんと一緒に行ったらいいんじゃない?高津のおばちゃんと紫様にはテキトーに言っておくからさ」

 

「敵なの?味方なの?…貴女は」

 

「敵の敵は味方かもだし、そのまんま敵かもね」

 

 だからバイバイと、燕は手を振る。舞衣が沙耶香に駆け寄り、そしてまた誰かが近寄ってくる。

 美濃関の学長だ。どうやら色々と皆裏で動いているらしい。

 

「ま、いっか。次はもっと面白い事になるかな~」

 

 帰路につく剣士は求め続ける。この先に前人未踏の更に先が、絶対にあるのだと。月は夜を輝き照らし、その下の彼女をまるで白昼のように映し出していた。

 

 

 

 

 

 

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