「これはまた。よくもまあこんなにもノロを掻き集めたものです」
折神家・祭壇の地下に私が赴くと、そこには国中から集められたノロが文字通り所狭しと貯蔵されていた。
気持ち悪いにも程がある。これだけの量は、恐らく20年前の時以上だろう。
もう一度大災厄を起こすには相応しい。
なので私は安行を抜き、思い切りそれらの中心に切っ先を突き入れた。
「勝負の邪魔です。消え失せて下さい」
口に出す。邪魔だと。言霊をしっかりと。
するとノロは急速に形を成し、竜のような化け物へと変生していった。
消えたくないのだろう。まだこちら側に居たいのだろう。御刀の精製に伴い産まれ落ちた物がノロ。人の業によって生まれたモノは、生殺与奪の権を人間に委ねたくはないと意思を持っているのかも。
古い大樹のように巨大な竜の形を成したノロは牙を剥き、殺意と共にそれを私に向けて来た。
「――だから言っているでしょう。邪魔ですと」
御刀を一閃。跳びながら横に振るう。勢いそのままに回転し、生じる遠心力はまるで舞いの様な斬撃を生じさせ続け、気付けば竜は。いや、化け物は影も形もなくなっていた。
葦名無心流秘伝・桜舞い。
「雑魚も化け物もこの場には必要ありません。だから早く来てください衛藤さん。待っていますよ?」
◆
折神家本邸・折神の王門は不気味なほど静かで、開門している事を除けば非常事態だとは誰も思わないだろう。
何故なら今、ここにはあの四人がいる。
「またここにやって来るとは。流石と言うか何と言うか、――乾坤一擲と言った所のようですわね」
「また逢ったね~!おねーさん達!」
「………」
近衛兵衛の左右大将。当代折神家当主親衛隊四名総出のその意味は。
「ボク達こそ折神の刃。紫様を護る剣。――来い、叛逆者。生殺与奪の権はとっくに、ボク達にある」
「今度こそ確実に倒して御覧に入れますわ」
「………」
臨戦態勢。
可奈美たちは親衛隊の構えを見て取って、身体の震えが止まらなかった。S装備を装着した事で実力が底上げされている身でも、それで尚及ぶかどうか。
剛の者だと見て分かる。見て分からない者などここにはいない。……この四名を降し、大荒魂の元へは行けないかもしれない。心はそう理解し始めている。
だから震える。心身を奮い立たせる為に。
―――そんな時、
「ところで獅童さん、此花さん。燕さん」
「何だ。夜見」
「作戦に変更はありませんわよ?ここで斬るか斬られるか」
「いえ、一つ言い忘れた事がありまして」
「? 夜見おねーさん?」
夜見はゆっくりと親衛隊と可奈美たち六名の前方、『写シ』を張った彼我の間に進み出た。刀を抜き、燕達を見つめながら。
「裏切り。御免」
宣言、見える切っ先。
寿々花と真希は一瞬我を忘れた。ポカンとした表情を夜見にだけ見せて、しかしその彼女が斬りかかって来ると、身体は即座に反応して大きく間合を取る為に後退した。
またなのか。二人は思った。
「夜見。――何故!!」
対する夜見は口を開かず前進。近衛大将らを相手取る。
その渦中で、背中で示す。行けと。可奈美たちに。
「…やるしかない。寿々花!」
「―――了解ですわ」
道を示す中、対する真希と寿々花は瞳を赤く光らせた。ノロの発動。それは冥加の証。彼女達の全盛が今ここに訪れていた。
「なるほどお。そう来たんだね~」
剣戟が重なる。片や冥加、片や一般。
静かだが内に秘める熾烈な心と剣は、流石は皐月夜見だと断ずるに余りある。
燕は一歩も動かない。静観するのは斬り合いにあっても尚十全にこちらの間合を捉えている夜見が恐ろしいからか。
「っく!流石は夜見だな…ッ」
「―――」
親衛隊二人をもってしても上手く事が及ばない(勝れない)事実。
この皐月夜見はここまで強いものだったのかと、真希と寿々花は歯噛みをして、
「夜見おねえーさん?」
「―――!」
「結芽!?」
何故か目蓋を限界まで開きながら後退する夜見を、只々見詰めていた。
「真希おねーさん、寿々花おねーさん。ここは私に任せて先に行って。叛逆者の人達が紫様の所まで辿り着いちゃう」
「いいのか?結芽」
「また頼んで宜しいんですの?」
「今回は違うかもだけど~、この夜見おねーさんは強いから。だから行って」
「…分かった」
「気を付けて、結芽。……夜見さんも」
「――――」
『迅移』を使って走り去る二人を、夜見は瞳に映せずにいた。そんな暇(いとま)は一片たりとも最早ない。
視ろ。観ろ。相手を見ろ。
醸し出す滲み出るその雰囲気、その闘気。待ってましたと言わんばかりにその気色を味わい笑う魔戦士(ブラッド・スター)を。いや魔剣士を。
ずっと、刀を抜かずに此方の間合を窺うこの剣豪を。この刀使を。
彼女こそ当代折神家当主親衛隊第四席にして最強の華。折神の刃鳴。
S装備を身に着けた可奈美たち六名を、全て彼女一人で片付くかもしれないという予測をも。だからこそもう一人の刃鳴、皐月夜見は燕を見る。ここで食い止め足止めをする為に。
―――いや、勝つ為に。
「?」
ふと、思う。―――勝つ?
誰に? この人に。
何で? だって。
「――――」
それは不可思議な自覚だった。
今この時、夜見の心は只一つの事柄以外何も感じていない。己を認め、輩出してくれた恩ある高津学長への想いは遥か。しかし、今この時だけは。
昂らず、荒ぶらず。静かで、より強い何かに押し退けられている。いや、内包され始めている。其れはシンプルな、闘争心だった。
―――負けっぱなしは性に合わない。でしょ?
「……燕さん。ノロを打ち込まれていない貴女も薄々気付いている筈。私達が王と慕っているあの御方は、大荒魂です」
「なのかもね」
「折神家当主親衛隊として、刀使として、我々は大荒魂を祓う義務がある。違いますか」
「違わないよ~もちろん。でもそんな事より、今の私にはやるべき事があるからさ~。
また立ち合おうよ、おねーさん」
―――歩く。間合を図る。距離、メートルにして7か、8か。彼女の戦闘態勢を確実に。
殺害を行う為に。勝つ為に。魔剣は今、確かにここに。花散らす、風の宿りは誰か知る。
「アナタは今宵も私に敗れる。あの夜と同じように。見上げた空の下で、月を見上げて倒れていれば?」
口にする安すぎる挑発は期待の裏返しであり武者震いの証左。
故に燕は凄絶に笑い、しかし、何故か夜見も同じく笑った。合わせ鏡の様に。
夜見が刀を右肩担ぎに構える。それはやった事も稽古もした事のない構え。…ジゲン流蜻蛉。いや、刈流・指(サシ)に似た構。
その理由は。
「 いざ尋常に――― 」
きっと。
「 勝負!!!!!! 」
勝敗も。この心と刀が知っている。
◆
「行こう!皆!!」
「応よ」
「イエース!ヨミヨミが親衛隊を足止めしている間にレッツ&ゴー!大荒魂を倒せば私達の勝利でーす!」
「…でもその前に、高津学長がいる」
「今度はオレ達全員で相手をする。相手はノロを打ち込んで舞い戻ってきた英雄だ。卑怯とは言わないだろう」
「――勝とう。可奈美ちゃん」
「うん!」
走る可奈美は答えて、そういえばあの人いなかったなあと独り訝しんでいた。縹色の長い髪が、思えば可奈美にはずっと心に引っかかっていた。
「!? 可奈美ちゃん!後ろ!」
「え……っ?」
「逃さないぞ。叛逆者」
「これより先には行かせませんわ」
赤い四つの瞳が暗闇の中を縦横無尽に全速で駆けずり回っているその景色は、可奈美にとって恐るべきものであった。
「あっちゃーでーす。…ヨミヨミは負けましたか」
「ううん、違う。…多分燕結芽を相手取ってると思う」
「じゃあプランBだな。おいエレン、プランBは何だ?」
「ンなもん無いデース!――と言いたい所ですが、ここは私とカオルとマイマイ、そしてサーヤに任せて先に行って下さーい!ひよよんにかなみん!」
「任せていいのか?エレン」
「ALL RIGHT!!ぱぱっと終わらせてそっちに加勢しマース!」
「オレ達が行くまで倒れるんじゃねーぞ、二人共」
「…任せて」
「舞衣ちゃんッ!」
三人が答える中、舞衣だけは背中と眼でもって可奈美に答えを返していた。
「すまない、恩に着る。行くぞ可奈美」
「うん!!」
刀剣の戟音は響き合う合戦の合図。それを背にして、可奈美と姫和は進み征く。
為すべき事を為す為に。勝つ為に。迷わずに。
二人は折神家本邸の奥にある、大きな欅の木が鎮座している場所に辿り着き、そこで足を止めた。
恐れ。迷い。殺気。闘気。
生気。執着。慄き。怖気。
そのどれでも無い感情が、その場を支配していたから。
「―――待っていたわよ?ヒイラギさん」