『負けちゃった』
『あっちゃだね、可奈美』
悔しさともう一つの感情を込めて、可奈美は笑って言った。
『初めて戦った時と全然違う。あれが本来の流派…、ううん違う。全てを取り込んで力にしてきた。あれがあの人の剣、葦名流。その大元、源の剣なんだね』
『葦名…?』
それを聞いて、美奈都は少し考える素振りをした。
『知ってるの?師匠』
『うちのご先祖様がその剣の使い手だったんだって話を聞いた事がある』
『へ~不思議だね~」
『そうだね不思議だね~』
和やかに話が進む。こうやって自分は負けたんだよと。貴女ならどうしたかと、どうやったら上手くやれたかなと表面上は。
そして可奈美は本題を切り出した。
『というわけで師匠。―――いいえ、藤原美奈都さん。是非あの人と戦ってみて下さい』
『…ぇえ?」
戦えるわけがないだろう。世迷言を一笑に付して美奈都は弟子に言った。
『聴いて、師匠。あの人は多分誰に負けても勝っても嬉しくないし、悔しくもないし何とも想わない。只一人、お母さんを除いて』
『お母さんは止めて?可奈美』
『そんなの剣士じゃないよ。ましてや刀使でもない。只の復讐の鬼だよそれ』
『………』
・・・・・。
『お母さんとあの人に何があったのかは分からない。けど!心底もう一度戦いたいって思えるような何かが有った事は分かる!
そしてそれはお母さんも同じ。…でしょ?』
『………』
歳若い母は瞬きをせずに耳を貸す。
可奈美には知りようがない。かつての大荒魂との死闘を。親友であり後輩である柊篝を救う為に、命を投げうち『迅移』の第5段階を使った一人の刀使の半生を。
―――もうこの先、強者と戦う事は無い諦観を。
もしもあの江の島に最初から両者だけが居て、サシの一騎打ちが出来たら勝ったのはどちらだろうかと。ありもしない想像も。
だからこそ。
『あの人は待ってる』
『………』
『あの人はこの日の為に、色んな人を巻き込んだ。全部、藤原美奈都さん。貴女とまた戦いたいから』
『…………ふーん』
『炎を消してあげて、師匠。あの人の黒く燻る炎を。野心でも怨嗟でも何でもない、只の純粋な闘争心を。
きっとそれが消えなきゃ、あの人はこれから生きてても死んでてもいられなくなる。お母さん』
――そう言って、可奈美は御刀・千鳥を自身の腹の前に持ってきた。刀身の半ばを軽く握り、切っ先を真っ直ぐヘソに向けて。
『何する気?………なんて、一つだけか。それで私があっちに行けるって?』
『そう言われたの。呼んできてくれって』
『私、何にも出来ないかもよ?』
『お母さんじゃないと何にもならないんだよ。始まらないんだよ。悔しいけど多分これは、剣者として刀使として』
可奈美は拳に力を込めて言った。師に、母に、先達に。今を生きる人として。
…同時に羨ましくも思った。生涯唯一人の誰かの為に鍛えて頑張って、その誰かがこれ以上ない時と場面でやって来る。斬り合える。
――だからこそ。
『分かった。やれるだけやってみる』
『後でお話聞かせてね?いつもは私ばかりだったから。そしてどうか、どうか貴女達の本懐を』
突き刺す。意識が消えるその前に見えたのは、我慢を止めた最強の刀使。
衛藤美奈都の全盛期、可奈美の憧憬。剣聖・藤原美奈都が炎を瞳に宿していた。
◆
「久しぶり、天下無双!」