藤原美奈都と知り合ったのは雪那が中学3年生の時だった。
中学生と高校生との、珍しくもない合同任務。自分の五体全てを使う凄腕の先輩刀使は片手で刀を振るえばもう片方の手で荒魂を殴り(金剛身)、そのまま前蹴りを放ったかと思えばすぐさま両手で(八幡力)敵を一刀両断する。その攻め、その速さは誰にも真似できない。
美奈都は優れた刀使である。
『写シ』(自分の身体が隠世にいる自分に、エネルギー体に変わる)以外における刀使の基本的技能を――『迅移』(早く動ける)、『八幡力』(力持ちになる)、『金剛身』(身体が堅くなる)――全てバランスよく極限近くまで駆使できるのは刀使界広しと云えどもこの剣士だけだと雪那は思っている。
そんな(一見気さくで面倒見のいい)現在高校2年生である先輩が、再び雪那と一緒に任務に就く事になったよ!と言ってきた。ただしどうやらツーマンセルという訳ではないようで。
「―――え。折神先輩と一緒の任務ですか?」
「うん!あとは篝と江麻と紗南、いろはさんと結月さんも一緒だよ。いや~楽しみだねえ!」
「はあ、まあ、…はい」
乗り気でない事があからさまなように、雪那は折神と名の付く人種を避けていた。
嫌いと言えるほど詳しくはない。ただ単純に師から教わった事を反芻すれば、彼女達折神家が碌な人間の集まりではないのは一人予想できた為だ。
「それで肝心の任務は何なんです?美奈都先輩」
「それは私から説明するわ」
「!」
凛とした声が嫌でも雪那の背筋を伸ばさせる。同時に顔を向けると、二人の刀使がそこに居た。
「お疲れ様です。…折神先輩」
「お疲れ様。貴女が相模雪那さんで合ってるかしら?」
「はい。そうです」
「良かった」
微笑む先輩と、眼を閉じてすまし顔の同輩(柊篝)。正直家に超帰りたい。しかし仕事と割り切るしかない時が来たのだろう。何かと世話になっている先輩(美奈都)は心底楽しいと笑っている。
「あと今回任務が一緒なのは結月さんといろはさん、江麻に紗南だよね?ちょっとコレ最強チームじゃない?このメンバーなら何が来たって負ける気しないよ紫!」
「そうね。誰かさんが独断専行とかしなければね」
「?誰の事?」
「胸に手を当てて考えてみて頂戴」
「同感ね」
「江麻!それに先輩達に紗南も!お疲れです~」
「お疲れ様です先輩方。…それでそろそろ教えてほしいんですが、任務内容は一体何なのですか?折神先輩」
「潜伏した荒魂の討伐任務よ」
「…潜伏?荒魂がですか?」
雪那は疑問を呈した。――刀使の命である御刀、その精製の際に生まれるノロという変な物質が集まったのが荒魂であり、高密度に集まると知性を得る個体もいる事は授業で習ってはいたが、基本的に急に現れて荒ぶるのが荒魂である。その為潜伏などという高い知性を持つとは、にわかには信じがたい。
「今回の敵は高い知性を持っていることが分かっているの。既に4人もの刀使が討伐に失敗している。だから私達で今度こそ祓い斬る。何か質問は?」
「ありません」
「人員配置は?紫ちゃん」
「いろは先輩と江麻が守備手、美奈都と篝が攻撃手、相模さんと紗南が遊撃手。これでいこうと考えてます。私と結月先輩はチーフを務めながら状況を鑑みて各手を補う形です」
「はーいすみません紫センパイ。もしかして今回の任務って長丁場を予定してます?」
「いいえ。そんな予定はないわよ、紗南」
「というと?」
「スピードが命。速攻で片を付けるわ」
「そうこなくっちゃ!」
「……」
雪那は舌を巻いた。任務ならば遊撃型の方が良いと思っていた事を看破されたのもあるが、何より折神紫という刀使の眼光にやられていた。攻撃攻撃攻撃、そしてフォロー。彼女にあるのは任務を全員無傷かつ無事に全うする事のみ。火のような人だと雪那は思った。けど不思議と火傷はしない温度。
「――出発しましょう」
「お?雪那やる気満々だね?」
「初めてチームを組む先輩達や後輩の前で不様な格好は見せたくありません」
「雪那ちゃんやったっけ?よろしゅうね。吉野いろはいいます」
「私は鏡島江麻。よろしくね」
「伏見結月だ」
「新見紗南ッス。センパイ方、よろしくお願いします」
「敵荒魂は地図でいうと鎌倉市西部、丁度この山の辺りに潜伏しているとの情報よ。早速任務開始といきましょう」
「了解です」
◇
「いや~しかしまさかあの雪那センパイと組んで仕事出来るなんて光栄ですよ」
「そ?」
「荒魂よりも走りまくる刀使だって有名ですよ? そうそうそれで一度訊いてみたかったんですが、『迅移』も『八幡力』も使わないでどうしてそんなに走れるんです?」
「足が動けなくなったら死ぬだけだからよ。違う?」
「アタシらには『写シ』があるじゃないですか。肉体をエネルギー体に変える絶対防壁。最近の学者先生たちの研究だと、現世の自分を隣り合わせの異界である隠世の自分に写し変えるのが『写シ』だとか何とか。刀使が刀使たる所以ですよ」
「だから自分は大丈夫だなんて思考は失くすことね、後輩。それ、命取りになるわよ?」
「おお~コワ!肝に銘じときま~す」
中学3年生で後輩刀使である紗南の軽めの口調に、雪那は不思議と腹が立たなかった。その理由の半分は、自分もこんな風に何だかんだ生きてるなあと共感を得たからであり、そして何より紗南の抜け目のなさが気に入ったからだろう。
ヘラヘラしてるようで抜け目なく他者とコミュニケーションを取り、分析し、それでいて常に周囲に目を光らせている。この子は分からないという感情が嫌いな性分なのだろうと雪那は踏んだ。それは好ましく、そして何より遊撃手(同僚)に相応しかった。
「アンタみたいな後輩が鎌府中学にいるとは知らなかったわ。中々出来るじゃない、紗南」
「へ? ありがとうございます。でも言っておきますがそれ雪那センパイが一匹狼なだけですからね?」
「そう?」
無知って事か? それはまずかったかなと雪那は思った。
「そのスタイルはカッコいいっすけど上手くないよなってアタシら後輩は思ってますよ。…あ、スイマセン生意気言いました」
「いいわよ別に。むしろ教えてくれて感謝感激」
「恐縮っす」
「――皆静かに。着いたわ、この辺りに荒魂がいるはずよ」
総員抜刀。紫と結月の鋭い声が、微笑みかけた雪那達の利き手を自身の御刀の柄へと迅速に走らせた。
「後は斬るだけ。なんて、簡単やとええね?」
「いろは」
「はいはい。油断なんてしてへんよ、結月」
「報告によると荒魂は複数ではなく一体のみとの事らしいが……」
「?妙だね。みんな、これ見て」
「どうしたの?美奈都」
「この辺り、一方的に四方八方斬られまくってる。木も地面も石も」
「敵はドでかい荒魂なんとちゃう?」
「いいえ、いろは先輩。そんなにも巨大な荒魂ならもうとっくに反応がある筈です。でも荒魂を示す計器には何も無し」
「しかもこれは御刀による斬り口だ。荒魂のものではない」
「……、ここで何があったんすかね?」
「…まさか待ち伏せ?」
「――先だってここに派遣された刀使隊のリーダー・寺霧歩羽は待ち伏せを食うような奴じゃないわ」
「待ち伏せじゃないよ。紫」
「――?」
「荒魂の足跡一つないんだもん。こっちの理屈に合わない。敵は恐らくそういうタイプ」
「かき消すように姿を消せる荒魂ってわけですか……」
「待って。じゃあまさか既に私達の近くに?」
「うん。多分ね」
「…それにしては楽しそうですね、美奈都先輩」
「え?そう見える?」
「見え見えです」
「あちゃ~困ったあ。どうしよ?紗南」
「美奈都センパイのお好きなようにすればいいと思います。マジで」
「とにかく哨戒しよう。総員陣形を崩さず5メートル間隔、音を立てるな」
「仇は取ってやる」
◇
歴戦の刀使とは。一般的に中学3年生からだと言われている。
刀使としての能力や剣術の強さだけではなく、実績と経験が身についてくるのが丁度この頃だからだ。今雪那がいるこのチームは鎌府高校3年生から中学校3年生までの計8名。つまり彼女たちは歴戦も歴戦、強者の集団と言っても差し支えない。
―――さあ出てきなさい。御刀が待ってるわよ。
雪那達に油断は無かった。緩みすらも。
「!?」
だから陰から飛来する何かを御刀で打ち落とす事が出来ていた。このように。
「いた!見つけた!!!」
「マジすかセンパイ!?いたぞ!いたぞおおおおおおおおお!!!!」
まるで雷速。斬撃を振るう雪那の剣は、しかし現れた何かにかすりもしない。…何故?もしや透明になれるのか?空気にでもなれる化け物なのか?
雪那の数多の疑問が振るわれる斬撃の数を超えた頃、紫をはじめチーム全員が四方八方に御刀を振るい始めた。
「敵は何処だ!?」
「透明になれるみたいです!!」
「斬れないって事すか!?!」
「そんなわけあるか!御刀で斬れない荒魂なんていない!そんなモノがいたら刀使はとっくに絶滅してるッ!!」
「ということは―――、」
「当たってないだけって事ね。 美奈都!篝!」
「了――解!」
篝の斬撃と刺突が、そして美奈都の滅茶苦茶な、或いは合理を突き詰めすぎて向こう側に行ってしまったのだろう斬撃が眼前の空間のありとあらゆる面積体積を制圧する。次第に辺りは刀使達の斬り口だけが眼に見え、敵は影も形も有りはしなかった。
「寺霧達はこれで疲弊した所をやられたってわけね。…どう?二人とも」
「…手応えなしです」
「同じく!」
「センサーに反応は?江麻ちゃん」
「何もありません。ゼロです。しかも御刀で斬った感触も痕跡も、何一つありません」
「…どういう事だ………」
「荒魂がステルス機能を持っている…、としか考えられません。にわかには信じられませんが」
「――まさか早く動いている。とか?」
「! なるほど、元々時間流が異なっている敵の可能性か。ならば『迅移』を、」
「結月先輩。私は『迅移』を使って斬りましたが影も形もありませんでしたし見えませんでした。…しかも最初に来た攻撃は只の石飛礫」
「なめられたもんっすね私ら」
「ねえ雪那ちゃん。つこたのは何段階の『迅移』やったの?」
「?1から2までです。出し惜しみはしてません」
「ああ、そうやのうてね。…つまり敵さんは、少なくとも私らにとっての3段階以上の『迅移』やないと視認すらできひんって事やないか?って」
「!」
「…やってみる価値はありますね」
――敵は我々とは違う時間流の中を泳いでいる。肉眼で敵が見えないのもセンサーに反応がないのも我々があちら側の時間に足を踏み入れていないから。
1分は60秒という時空を生きているのが我々だが、彼らにとって我々の1分が10秒であるという異時空があると仮定し、そして1分に1回行動出来るという共通項目があるとすれば、我々は1回しか行動出来ないが彼らは6回行動できるという出鱈目が成立する。
要はストップウォッチを2つ用意し、10秒ごとにスイッチを押せるのが荒魂で、60秒ごとにスイッチを押せるのが我々のようなもの。相手の方が早い。
勝つ為には我々も敵の時間流に入る必要がある。
「この中で3段階以上が出来る者は美奈都と紫、私と篝か。ならばフォーメーション変更だ。異論はあるか?紫」
「ありません。我々4人で攻撃手を務めましょう。いろはさんと江麻、雪那と紗南は援護を。敵は早い時間流にずっと入っているようだけれど、私達の『迅移』は瞬間的にしか発揮できない。あちら側に、ずっとは入れない。仕損じた場合はそこを突いてくる可能性があるわ」
「了解」
「そこが逆にチャンスってわけですね? どんな存在でも攻撃の最中には防御力を失う。援護と後の先、了解です」
「…了解」
「あ、…ごめんなさい相模さん。初対面の貴女を呼び捨てに…」
「いえ。――問題ありません」
申し訳なさそうにこちらを慮る紫に、雪那は身体の中心に力を入れながら答えた。素晴らしい心根を持つリーダーに、ましてや年長者に気を遣われるなど失礼どころか恥だと一人勝手に思ったからだ。
上手くやるというのは気遣いあってこそであり、だからこそ紫も雪那も何の間違いも犯していない。むしろこれがなければ禍根を残すのが人間関係である。
――だからこれは感情の問題。慚愧(ざんき)という、人間だけが持つ機能の真価。雪那は初めて折神家次期当主と眼を合わせながら答えていた。
「呼び捨てで構いません。私も、これからは紫お姉様と呼ばせて頂きます」
「……それは何だか気恥ずかしいのだけど」
「お姉様は尊敬に足る人物ですから」
後悔はしない。それが、今の雪那が出した結論だった。
◇
「では『迅移』を。結月さん、美奈都、篝。斬って祓うわよ」
「了解」
「わくわくするね!(了解!)」
「…本音……。 了解です、紫様」
―――迅移。
4人の先輩がそう言った瞬間に、雪那といろはと江麻と紗南は『迅移』を発動、第1を通り過ぎて第2段階まで到達した。敵は見えない。今はまだ。
先輩達は第3に到達しただろう。その領域でないと見えない景色に、恐らく敵はいる。…勝負は一瞬。斬るか斬られるかそれだけだ。
「…?」
もう『迅移』が解ける頃合いだと雪那は思った。しかしその時、かすかに、黒いモヤのようなものが瞳に映った。
「 NOE6NQT 」
「―――?」
「 2B4UBSQ 」
…憐れまれた。雪那は直感で思った。
「 TW>TU &J%F 」
「………何?」
「ッ仕損じた!!!」
「雪那センパイ後ろ―――!!!!」
―――勝てるかな お前は。
迅移が解けた紫と紗南の叫び。同時に雪那の身体が脳を介さず後方に刀を振るう。その遥か手前に、雪那は胴を真っ二つにされていた。
「……っ」
斬られた。このクソ野郎。
『写シ』が剥がれ、文字通り生身となった彼女に向けて荒魂は今こそ止めを。屈辱と怒りが斬り捨てられた写シの雪那を通じて今の雪那も抱いて、せめて一矢報いようと刀の切っ先を伸ばす。
――届け。
「雪那!!!」
先輩の叫びと雪那の切っ先をかわした荒魂は、笑みのようなものを浮かべながら手に持つ死を刃を眼前の刀使の顔面目掛けて―――、
「『深移』」
―――振るえなかった。
「………、柊…さん?」
「危ない所、だったわね」
荒魂の顔面から突き出た切っ先。それは独特な両刃造(もろばづくり)の御刀の物。雪那の知り合いでそれを持つ刀使は一人しかいなかった。
「何、今の」
「私の奥の手、といった所。かしら」
「…何で…私を」
「チームの仲間を護るのに理由は必要ない。紫様なら、そう、言うわ…」
「柊さん!」
「篝!!!大丈夫!?」
「昏倒しただけみたいやね…。外傷はなし脈はある」
「今のは迅移の一撃?でも早すぎる……」
「篝のとっておきでしょうね。とにかく江麻と紗南は残敵確認。結月さんは救護班を呼んで下さい。他の者は篝を中心に円陣防御」
「了解!」
「柊さんは何で私なんかを…」
失神した篝に駆け寄り、楽な姿勢を取らせる。雪那は別にこの不愛想刀使と仲がいいわけではなかった。刀使として互いに上手く任務を遂行出来ればいい。…それだけの存在だった。
「為すべき事を為す。それだけじゃないかしら」
「紫お姉様…」
「あの場面で私達には出来なくて、けど篝には出来る何かが有った。この子はそれを為した。打算も何も無しに。……本当、私には過ぎた側付きよ」
「………」
朱音以外の折神の人間とは違って。紫はそう続けて、篝の背中を優しく撫でた。確かな絆がそこにはあった。憧れの表情と敬意も。
だからこそ、雪那は誓いを一つ増やす事にした。
「…借りは返すわ。必ずね」
コイツには絶対負けられない。篝の閉じた瞼を見つめて、雪那は決めたのだった。