閑話休題、やっとここまで来る事が出来ました。皆様のお陰でこの妄想話は次回で完結です。ここまで読んでくれた方、お気に入り登録をしてくれた方、感想を書いてくれた方、本当にありがとうございます。
皆様方に、天下無敵の幸運を!
―――死闘の前段、或いは前置き。一人の刀使が敵を降していた。
「…見事、ですわね」
「………――」
「真希さんすら完封。私も力及ばずとは。流石は、ここに攻め込んでくる程の剛の者ですわね」
「……」
横になっている寿々花達に対し、立つ沙耶香は黙って首を横に振った。
…自分はそんな大した存在ではない。一緒に戦った舞衣や薫、エレンのお陰だからだ。
自分一人では勝てない。可奈美と違って。
それが心底分かる位には、沙耶香は自身を理解していた。
「貴女達は何を望みますの?」
「……」
「我ら親衛隊を突破し、このまま紫様へと至る。よもや当代最強の刀使・折神紫を討ち取り名を上げるのが目的と?…時代錯誤ですわね」
「違う。少なくとも、多分、私のこれは我が儘」
「我が、儘…?」
「可奈美達と一緒に戦いたい。もっと先を、剣を、もっと見てみたい」
だから進む。親衛隊二名を降し、奥の社へと辿り着き更に先へと。地下へと下り、闘いの芳香がする場所へと沙耶香達は進んだ。
肌がひりつく。そこは逃げ出したくなるような闘気の坩堝と歓喜の渦中。そこで彼女は、終生忘れられない光景を見た。
「…!」
―――それは神話の闘いの具象だった。
修羅が右に左に得物を振るい、天を叩き割りながら軋む戦場を駆けずり回って同じく修羅を斬ろうとする。ときに防ぎ、ときに躱し、ときに刀を鞘に納める。――真剣勝負の死合い舞台の最中において、抜いた刀をわざわざ鞘に納めるなど愚の骨頂を通り越して暗愚の域だろうが、この修羅はそういった思考と知見の埒外にいた。
あえての納刀、あえての抜刀。その全てが勝つ為の方程式であり、常人には真似すら出来ないだろう間合の騙し合い。めくるめくそれらが刹那のように切り替わり連続し、勝機すらをも意のままに操る修羅道の化身。闘戦の権化。
その修羅の名を、剣聖と云った。
◆
「君が姫和ちゃんだね? うんうん、篝そっくり!」
刀を納めて、私は敵を見続けていた。無論の事和平の意思表示などではない。
――戦闘態勢。『奴』を眼の前にして、もはや言葉は要らず、有るのは只この刀だけでいいからだ。
「可奈美をよろしくね。君みたいな子が傍に居るのなら、あの子は独りぼっちにはならない筈だから。ふふ、護れて良かった」
「………」
まるで母親を見るような瞳で。親友を、篝さんを取り返せて良かったと心底嬉しそうな表情で。しかしそう言って奴は改めて私を。
……いや、最初から視界と間合に捉えている私を、奴は再度見つめ直したのだった。
「来なよ」
「―――」
笑みを浮かべる。お互い、無言で歩く。間合を狭める為に。斬る為に。勝つ為に。今度こそ殺しきる為に。
刀は互いに左腰、左手鯉口既に切り、雌雄決する真っ向勝負の始まりは居合が全ての口火で巣口。
「セイ!!!!!」
「オオ!!!!!」
抜刀。顔面・体幹を狙う柄頭が右手によって驀進し、しかし同じ狙いだった為に互いのそれは空中で激突した。
彼我の狭間にて、押して押して押しまくる私の柄頭はゴリゴリと『八幡力』を発動しながら、しかし互いのそれらは微動だにせず。張り詰めた糸のような眼光と眼光とが只々互いを、ひたすらぶっ叩くように重なっていた。
勢力伯仲。しかしそう思った瞬間、奴は獰猛に笑った。及第点と言うように。
「―――ッッッッフ!」
「ォオオッ!!!!!」
同時。性懲りも無く。
鞘を握る左手が鞘を離れて握り拳の形をしながら邁進する。敵のツラ目掛けて。
衝突する。互いの拳は互いの敵のツラに、柄頭は柄頭に。
空中で火花散らす攻撃は『金剛身』を掛けて行った物ゆえに私達は合わせ鏡のように微動だにしなかったが、只地面だけが重さと強さに耐えきれずに深く陥没した。
…時間が停まる。錯覚?いや、それは『迅移』の発動或いは変化。互いにそれを知覚し、私は出かかった刀を納めながら跳躍した。
「――セイァアアアッッ!!!!!」
―――葦名無心流秘伝・仙峯寺菩薩脚。
蹴りを藤原美奈都の全身に連続でぶち込み、しかし硬い。
つまり『八幡力』を全開にしての私の蹴撃は、奴の『金剛身』を貫く事も破る事も出来なかったという事。
いや、むしろ。
「――――、ォォォォォォォオオォォォォォォッ!!!!!!!」
私の脚に奴が拳を叩き込んでくる。
互いに納刀した御刀の鍔を親指で僅かに押し上げたままで、片や足で片や腕で打ち合う。
その全てがまるで刀を振るっているかのような運体。重心の操作法。達人のそれ。奴は刀を抜いていてもいなくてもそれが出来るし、出来て当たり前なのだ。
――私の『八幡力』が破られる。押し負ける。
特筆すべきは、奴はまだ一度も『八幡力』を使っていないという事。『金剛身』が強すぎて、硬いという事が唯一無二の『武力』と化している。
流石と言う他ないが、ならば打ち砕くまで攻めるのみ。しかし私の眼前にはヤツの背中が、靠撃が迫って来ていた。
「ォオオオオオオオオオオア!!!!!」
気合を叫びながら互いの背中が激突し合う。衝撃の余波は更に地面を沈み込ませ、私はヤツの眼光を逸らさず見て勝機を練った。
楽しい。そこにはそう書いてあった。
「血が滾ってきた!!!」
―――利き手を柄に飛ばす。
「行くぞ、美奈都ぉっ!!」
ウズつく闘気は抜刀を促し、私も奴もそれを止めず。
振るわれる白刃はその場で斬撃を生じさせ、敵に向かって飛んでいった。
「ッッッ!!!!」
「――!!!!!」
藤原美奈都の斬撃と同じく等しく私の『竜閃』が常人では有り得ない奇跡と軌跡を現実のものとする。
あの時はここで負けた。だから今度は勝つ。今度はもっと長く楽しむ。私はあの日の、江の島の続きを体感していた。きっとそれは、奴も同じだと笑顔を信じて。
「ズェア!」
「セイ!!」
誘うように刀を納めた藤原美奈都はグルリと柄頭を左腰に回した。すると右手で掌底打ちを繰り出してくる。
硬すぎるそれを私が御刀で斬り防ぐと同時、左腰に差した刀を左手順手で奴は抜刀し腰を切り、私を真っ向から叩っ斬った。それは居合抜き等という大道芸ではない。敵を殺す武芸である。
――両利きであるこの刀使にとって刀をどっちで持って斬ろうか、抜こうか等という思考はない。右が良いなら右、左が良いなら左。
利き腕が斬り落とされたらもう何も出来ない等という常識の埒外にいるのが奴だ。剣聖だ、修羅だ。
人間の底すらない進化。底をも凌ぎ超える藤原美奈都の執念と闘志が、歴史に名を連ねる剣豪と名を連ねる事を良しとしなかった剣の鬼をも奴の後塵と言う名を拝している。
瞬時に『写シ』を張り直し、御刀を振るう。敵は左手で振るってくる。
そんな敵を私は斬る。無論浅い、軽い、すなわち罠。
奴は瞬時に『写シ』を張り直し、何事も無かったかのように今度は右手で刀を持ち直して振るってきた。
…何の為に? 私を斬って捨てる為に。
刀の柄尻を指三本だけで挟みこんでの斬撃はさながら長刀長巻。それに対する間合を奴は私に強制的に生ませ、距離感を幻惑させていた。
しかも片手のみで扱うという異常さ。それは刀を持つ・振るうのコントロールを上手くやらねば敵に容易く強く弾かれ武器を失うというリスキーな所業。それを奴は平気で何処吹く風で刀をまるで槍のように振るってきていた。
「―――ッッッ!!!」
「―――♪」
斬撃が飛ぶ。奴の攻撃一閃一閃に付随するそれらを弾き、防ぎ、時に私は反撃する。
すると消える。奴が、瞬時になんてもんじゃないとんでもない早さで私の眼の前に現れた。
「『深移』!!?」
「アッハハハ!!!!」
更に私は勘違いを正した。だってここまでくれば間合の把握もクソもない。『迅移』の段階をすっ飛ばす事すら可能にした剣聖は銃弾のようにこちらの間合に侵入し、こうやって斬ってくる。しかしそれは柊家直系の刀使だけが使える力の筈。
「どこで学んだ!」
「練習!!!」
出来るか。そんなもの練習で、この女以外に。
刀使という存在そのものであるかの如き剣士。それがこの藤原美奈都なのだから納得する以外に方策はない。
「――ッハ!!!!」
「ズェイ!!!!!」
…そんなコイツを斬るには。勝機は。
「ォオオオオオ!!!!!!!」
「アッハハハハハハッハ!!!!!」
単に斬るだけでは駄目だ。そんなものは『写シ』を一回剥がすだけで終わってしまう。……奴を負かす。それはつまり心を挫くしかない。折るしかない。
今の奴は恐らく何十回も『写シ』が張れる筈。それぐらい出来る筈。
腕、足、心臓、肺臓、それら一つを斬っても奴は絶対に参らない。気概が違う。笑みが違う。迷えば敗れる。
迷うな。だって私は勝つ為に此処に居る。
「―――!!ッスッゥエエヱアアアアアアアア!!!」
「ズウゥェアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
片手で振るう御刀から繰り出される飛ぶ斬撃たちが更なる亀裂をこの戦場に生ませる。恥も外聞もない。互いの雄叫びは反響し、蹴撃攻撃斬撃は天地を揺らし砕き、眼光は鋭く前だけを見る。敵だけを見る。
――あの日の江の島で戦った時と同じ。
化け物の首をこうして奴は全て斬り、しかしその前に篝さんが『ひとつの太刀』を使っていた為に、藤原美奈都は彼女を救うため第5段階の『迅移』を使って私達の戦いは完全な終わりとはならなかった。
…今思い出しても虫唾が走る。
心底、あの生き汚い化け物は余計な事しかしなかった。
「あれ?あれあれ?疲れた?」
「そんなわけがないだろう…!」
「やっり~! でもそれじゃどうしたの?もしかして攻めあぐねってる?負け認める?今度こそ参ったする?」
「それをするのはお前だ、藤原美奈都!!!!」
右腕を斬られる。咄嗟に御刀(安行)を左手に移していたので致命傷は『写シ』を張りなおして無かった事にする。
………勝機。勝機は、速さか早さか疾さか否か。
私は刀を鞘に納めた。
「へえ?居合?」
藤原美奈都が動きを止める。恐れからではない。それは洞察の為であり相も変わらず斬る為の行為。
「………」
「葦名十文字、だっけ?柔剣って名前しか伝わってない古い剣士が、最も得意としたっていう葦名流の抜刀術」
――不意を突く。先を獲る。といったそれら諸々を、考えるのを止める。
「じゃあ私もやろっかな!!」
「………」
「私の剣は見知っての通り我流!最初は新陰流だったけど、今は只の我流。名前なんて無い。でも『八幡力』を使ったこの居合には、不知火って名前を付けてみた!」
「……」
――いつかきっと何処かで誰かが辿り着くって信じてる。ていうか可奈美が将来振るってくれる!
そう言って、藤原美奈都もまた鞘に刀を納めた。
「惜しいけど、これが最期の勝負だよ。刀使さん」
・・・・・。
そういえば。
「綿貫和美だ。私の名前は」
「そう。 和美ね、憶えておくよ」
――そういえばお互い名乗っていなかったなと、私は思って、
「人類最速の居合。見せてやろう」
啖呵を切って。斬り込んだ。
◇
氷るような時の中で、私は安行の鎺(ハバキ)を真っ直ぐに抜き出した。同時に、奴もまた刀を抜きだす。
勝負は一瞬。悟られたら終わり。死即生、必死即ち生くる也。その他諸々、心に映すは無心の氷面。
――互いの心の中を覗く。
そこには楽しいと、この期に及んで一色の喜びが有った。互いに、柄頭が迫る。
如何に斬ろうか、如何に斬るべきか。そう突き詰めるうち、気付けば刃は飛んでいた奴の切っ先三寸が鞘から放たれ風と闘気が収斂し結集し、斬撃が藤原美奈都の剣から発せられるその前に―――。
私は、奴の顎に安行を命中させ、復讐を成し遂げていた。