例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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第八話 placidus

 

 

 

巨大なタンカーを雪那は初めて目にしていた。

 

 海路というものに今まで疎く、そして接点も体験も無い彼女のような人間にとって、船というものはとてつもなく巨大な鉄の塊である。

 

 大小様々な荒魂を見てきた歴戦の刀使であっても、人類が作り上げた鉄塊はまるで大仏のようでいて、言うなれば威厳とそれ相応の圧迫感があった。

 ――人間ってこんなもん作れるのねえ。

江ノ島ヨットハーバーから眺める雪那は、しかし気持ちを入れ替え綺麗にお辞儀する為に息を吸って、居住まいを正した。

 

「隊長。相模雪那です。現時刻をもってこの083小隊に配属になりました。よろしく願います」

 

「へ~、貴女相模さんっていうの。よろしく。そしてようこそ、我が小隊へ。これで人員は貴女を入れて6人になっちゃったわ」

 

「そう。幻のシックスマンってわけ」

 

「相模湾に相模さんが来るなんて。なんか面白くなってきたわね?」

 

「いえ別に。むしろ全然」

 

「ソークール!」

 

「そこは乗りなさいよ~」

 

「あっははははは!」

 

 職権乱用。その言葉が雪那の頭の中を支配していた。

彼女を含め、ここにいる小隊6人は所属校も違ければ学年も違う。そう、折神の当主が権力でもって集めた私兵。そう断ずるに余りある。

 

「何考えてるか当ててあげましょうか」

 

「?はい?」

 

「こいつらはどんな粗相をして折神の当主様に命じられてここに来たんだろうな。 そんなトコでしょ?」

 

「……まあ、はい」

 

雪那が頷くと、伍箇伝・綾小路の制服を着たチームメイトは薄く笑い始めた。

 

「まあ人生も人間も間違いも色々ってね。葵様は恐いお人よ? それが今言える範囲の精一杯」

 

「ま、今回だけのチームだろうけど。お互い上手くやりましょうね?」

 

「はい」

 

 互いに自己紹介を終わらせると、小隊長が今回の任務の概要を説明し始めた。

 

「私達の今回の任務はあそこに見えるタンカーの監視任務よ。あの中には御刀とノロが山のように入ってる。

 厳重に分散して保管してあるらしいけど、いつ何時荒魂が現れてタンカーとその中身を襲ってグチャグチャにするか分からないわ。私達はそれを監視し、異常が起き次第殲滅、そして被害拡大を阻止する事。何か質問は?」

 

「何も起きなかった場合は?」

 

「シャンパン(ノンアルコール)でお祝いよ」

 

「任務終了の目安は?」

 

「あのタンカーがこの国の領海を出るまで」

 

「りょうかーい」

 

「九月なんて真夏もいいとこ。そして今夜は湿度がムシムシときてる!あ、湿度ってわかる?空気のジメジメ度!!この任務、我々の肌にも健康にも悪いんでは?」

 

「仕事よ。冗談言ってないで割り切って」

 

「は~い」

 

「いっくらキツくても金になるからね。タダ働きはゴメンよ。貴女もご同様だと嬉しいわ、相模さん?」

 

「そうですね。私も同意見です」

 

雪那が努めて笑い、小隊5名が下卑に近い笑みを浮かべたその時である。

 

「……ん?何これ」

 

「?どうしたの」

 

「今私がいた」

 

「ええ、そうね。私の眼の前にいる貴女が私を見つめてるわね。今ここで」

 

「違くってそうじゃなくって。デジュブよ」

 

「デジャブー?」

 

・・・・・。

 

「私が私を見つめてたのよ。錯覚かと思ったけど、もう一回みたら今度もまた」

 

「やばいじゃんそれドッペル?それ見たら死ぬやつじゃないのそれ?」

 

「落ち着きなよ、売れないホラーかっての」

 

「………。どうやらそうみたいです」

 

「は?」

 

 ふと横を雪那が見ると、そこには自分自身といって間違いないだろう人物が彼女を見ていた。あちらの彼女もご同様なのか、こちらを見てはびっくりしている。

 

「あれ、私もだ…。私が私を見てる」

 

「何で?何で?」

 

「待った。これってもしかして私達の『写シ』じゃ、」

 

「龍だ!赤い龍だ!」

 

「ちょっと今度は何言ってんの!?」

 

 デジャブを最初に見たチームメイトの一人が、今度は空中を凝視しながら叫ぶ。その迫真さはもしそれが演技だと言われたら問答無用でレッドカーペットを歩かせて、見事表彰ものであるだろう。それほど真に迫っていた。

 

「怪獣王VS古代悪魔の冒頭部分でしょそれ。アンタ細かすぎて伝わらないモノマネ選手権に出てみない?」

 

「首都防衛移動要塞呼んでこなくちゃダメじゃないの。それも三号機を」

 

「………違います。恐らくはこれは『明眼』」

 

 よく分からない軽口をスルーしながら雪那はそう言うと、遠くのタンカーを見やりながら鯉口を切り『迅移』を発動。第1を通り越した。

 

「明眼?」

 

「普通じゃ見えないものが見える。刀使の能力よ。使える人初めて見たけど」

 

「てことはこの子にしか見えない何かがホントにそこにあるってこと?」

 

「そうらしいわね…」

 

「総員抜刀」

 

 隊長がそう言う前に、雪那は第3段階の迅移を発動した。今までは第2までが限界であった筈だが、今何が彼女に味方しているのか御刀である妙法村正が、一際キラリと光を放っている。そして雪那は、

 

――いや、雪那も見た。

 

「あれは!!」

 

 それはおよそ、どのような物とも無機物とも似つかない異形だった。

分かるのは二対四枚ある翼で身を覆い、二本の腕が胸前で組まれ、最たる異形の四つ首が天を仰いでいる事。

 

 『明眼』のチームメイトの刀使と雪那は息を呑んだ。

文献にも伝聞にも見た事も聞いた事もない、眼前の怪物の姿に。巨大に過ぎるその図体に。

 

ゆっくりと。八つの眼玉を覆う目蓋が開かれ、こちらを睥睨するその眼光に。

 

「『写シ』!!!」

 

 隊長の声が聞こえたと同時。化け物は組まれていた筈の左手を空に掲げた。すると雪那達の視界が瞬時に赤く光り、この世の全ての音が消えた。

 雷を落としたのだと理解が及ぶ時には、彼女達の『写シ』の全てが剥がれていた。

 

 斬撃でも打撃でもない。爆発という名のエネルギーの衝突、衝撃が彼女達の全身を粉々にしたのだ。

 

「 &############# 」

 

 叫びにも似た滅びにも似た何かの喚声。それがやっと脳に届くと、雪那は眼をゆっくりと開け始める事が可能になった。

 

「…な、…何が…?」

 

 理解と言う名の納得と対処を自身に行う為、雪那は眼前の光景を心の中で説明し始める。

 それが一種の洗脳と自己暗示である事は戦士の中では珍しくない通例である。

 

 翼を広げた巨大な竜が咆哮しながら空を飛んでいる。

…竜としか形容できる語彙がない自身に辟易とするが、それ以外ならば何と説明したものかと頭の片隅で考える位には余裕が戻ってきている。

 雪那は『写シ』を張り直し、小隊とタンカーの安否を確認した。

 

「――ちょっと。何よこれ…」

 

 タンカーはものの見事に崩壊転覆し、周囲は赤い稲妻が地と空を駆けずり回るように迸っていて、港は荒魂で溢れていた。小隊は隊長を含め5名が現在意識不明。『写シ』がなければ身体すら残らなかっただろう。

 

 あのタイミングで命令が出来、そして即時に従ったチームメイトを雪那は言葉に出さずに称賛した。流石刀使だ。

 

「って私も刀使よ」

 

 『八幡力』を使ってチーム全員を担いで物陰に移動させる。この場で動ける刀使は自分しかいない。今、この島の民間人を荒魂から守る事が出来るのは自分だけ。退けば老いるぞ臆せば死ぬぞアイツに勝つぞ。

 手に持つ御刀を一瞬強く握りしめ、使命感と目的を再度胸に灯し、彼女は仲間と自分に言った。

 

「救援を呼んできます。それまでご無事で」

 

 『迅移』を発動する。上を見上げる。

竜のような何かと眼と眼が合う前に、雪那は視線を真っ直ぐ前に向け刀を振るう。

 

「生きて立ち合ってもらうわよ。もう一度」

 

時間という名の空を裂く妙法村正の刃が、彼女の相模湾岸大災厄の狼煙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「相模湾岸に荒魂多数現出。かなりの数との報告」

 

「かなりじゃ分かりません。再度精密な報告を要請」

 

「了解」

 

「関東一円にも近年稀に見る数の荒魂が現出。相模湾に現れた大荒魂に呼応しての反応と思われます」

 

「再度精密な報告を要請。数とタイプ、規模を入念に。でなければ救援を出せません。現場はそれを今待っています」

 

「了解」

 

「葵様。相模湾岸の被害は甚大です。加えて荒魂の発生規模。座視していればこの国全体が荒魂に呑まれてしまいます」

 

「………」

 

「相模湾岸にいる刀使及び民間人の救援と救助を大至急。美濃関と鎌府には既に援護要請及び総出撃命令を出しています。

 加えてこれらの状況を鑑みるに、大荒魂を討滅しなければ荒魂の現出を抑える事は不可能と愚考致します」

 

「私が出ます」

 

「駄目よ」

 

 当代折神家当主親衛隊・燕結唯は言い放ちながら背中を向け、歩こうとした瞬間を葵に呼び止められていた。

 

――理解に苦しむな。結唯は思った。

 

「…現在大荒魂は藤沢市に上陸北上、侵攻を開始しています。現場は頑張っていますが、このままでは鵠沼はおろか藤沢駅すら壊滅の憂き目に合う可能性大。全て人口密集地です。

 現地の刀使達ではヤツを斬り祓う事は困難と判断。だから私が出ると申し上げているのですが?」

 

「貴女でも無理よ。防衛線を構築なさい。境川橋を第一、石上駅を第二防衛ラインとし、刀使部隊は鎌府を中心に形成。合わせて第3段階以上の迅移が出来る刀使のみを招集し、藤沢市役所に結集なさい。足りなければ平城と綾小路に救援要請。

 ――私はこれより出撃し、藤沢駅で指揮を執ります。そこが最終防衛ラインよ」

 

「………」

 

 当主が現場に出るなんて正気の沙汰ではない。しかし結唯はその言葉を胸の内にしまって、ゆっくりともう一人の親衛隊員を見た。了解と、いつも通り答える同僚がそこにはいた。

 

「ここを突破されれば大荒魂は国道一号線に到達。被害は更に拡大するわ。その前に何としてでも、ヤツを討つ」

 

「………」

 

「それじゃあ不満?クロクロ」

 

 結唯は細めている眼光を瞼を使って力づくで閉じ、刀使として最年長である自分の立場を自覚した。

 

「ないです。先程おっしゃられた作戦内容を、鎌府学長に助言として伝達します。その後我々は藤沢駅へ」

 

「葵様、行きましょう」

 

 もう一人の親衛隊・綿貫和絵は鋭い視線と言葉で当主に先を促した。しかし当の葵は、何故か動かずに手で顔を覆っていた。

 

「……葵様?」

 

「40年前のあの日。こんな風に母は動いていた」

 

「?」

 

「母は方々に連絡し、でも全ての防衛ラインは突破され、最後にあの人へ何かを伝えてた。そして大荒魂は、…大古竜はあの人と共に何処かへ消えた」

 

独り言だ。和絵と結唯はあえて黙った。見覚えのあるこれは戦士の通例である。

 

「あの時は首都に大古竜の侵入を許した。我ら刀使の防護が破れた歴史上唯一の事例は、あの時だけにする。――すべきなのよ」

 

 指の間から見える彼女の瞳の色と光は。

和絵の錯覚でなければそれは歓喜と昏い殺意と、そして復讐の色で塗りたくられていた。

 

「往くわよ結唯、和絵」

 

「了解」

 

 ――だからこそ。我々がこの人を護る。

刀使として最後となる戦場へと、この国で最も強い集団は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、貴女は刀使さんだね?」

 

「ええそうよ。民間人は手早く避難なさい」

 

「いやぁ、それがね、避難先が無くなっちゃってね。どうしたもんかと」

 

「……。ご家族の方は?」

 

「ああ、勘違いしないで下さいよ?家族は厚木に住んでて、僕は独り今日観光でここに来たんだ。

 大学生になって初めての夏休みだから、江の島で軽く誰か引っかけようと思ったのに鳴かず飛ばず。それでこのザマってわけ。いやあ、世の中って予想以上にキッツイね」

 

「あっそ。じゃあグッドラックね」

 

「ああちょっと!おいてかないでくれ淋しいじゃないか!」

 

 四つ首竜の荒魂は怪獣のように上陸し、北上し続けている。今頃は鵠沼辺りにいるだろう。

 幸いにも江の島大橋は無事で、雪那は偶々そこを通る一台のバスを体を張って呼び止める事が出来ていた。それで何とか小隊の刀使と民間人を乗せてここから避難させる事は出来たが、大々的な救援はすぐには来ないだろう。海路も空路も荒魂がうじゃうじゃ居る為絶望的。バスや車が通る気配もない。

 

 自分はまだ元気なので、生き残った民間人を捜索しここから避難させる事が刀使としての急務である。

 雪那は当面の食糧を調達しながら生存者を探していた。

 

「刀使さん程強くないけど僕だって男だ。足も腕もまだ元気に動く。ヤバイ誰かを助けようと思ってここらを歩いていたんだけど・・・・。どうやら誰もいなくてね」

 

「…そう」

 

「ちょっと鬱になってきた所で刀使さんに会えるなんてさ。僕ってちょっと幸運と不運の差が激しすぎやしないかな?

 せめて自分で出し入れをさせてくれよって死んだら神様仏様に言うつもり」

 

若干ハイ気味に男はまくし立てた。無理もないが。

 

「とりあえずは落ち着いてこれでも食べてなさい。腹が減ってると何もかも上手くいかないわよ?」

 

「ありがとう!」

 

「ゆっくり、少しずつよ」

 

「・・・モグモグ。あ、これは言うとお腹が膨れてハッピーになる魔法の言葉ね。 ところで君って年下?ちなみに僕は19歳の大学生」

 

「女性に歳を訊くわけ?」

 

「ああ、ごめん失礼。撤回するよ。僕は高津ってんだ。名前なら訊いてもいいだろ?」

 

・・・・・。

 

「相模よ。鎌府刀使衆の、相模」

 

「相模湾の刀使の相模さんか!いや待ってホントに?あ、これってやっぱり運命じゃないかなあ!?」

 

「こんな運命別に要らないわね」

 

 変な連れ合いが出来てしまった。

電光雷轟めまぐるしい地獄の雷のような世界の只中で、雪那は思ったのだった。

 

 

 

 

 

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