BanG Dream! 二つの星と笑顔の魔法!   作:黒マメファナ

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第二話

 俺にとって、第一の試練となったのは弦巻家での生活を始めて、一度寝て起きた次の日、翌日に起きた出来事だった。朝起きて、顔を洗ってランニングではなくウォーキングをする。まだ少し肌寒い道を歩いていく隣にはいつもとは違い太陽が常に俺の傍を回っていた。

 ──弦巻こころ。自分が追いかけているハロハピのボーカルでありリーダー、そして今現在は俺がテンポよく歩を進めると身長差があるためこころは小走りになる。最初は歩幅を合わせようとしたけど、こころは首を横に振ったのだった。

 

「あたしのことは気にしないで!」

「気になるよ?」

「このくらいならずーっと走っていられるわよ!」

 

 体力すごすぎでしょ。しかも俺としゃべりながらってことなら尚更バケモノみたいな体力してるよ。結局そのままくるりと軽く弦巻家の敷地を一周して、シャワーを浴びて、約束通り一緒に朝食を摂る。昨晩は俺がなんとなく食べたくなったためカルボナーラになった。一瞬高級店の料理かと思うものが出てきた時にはびっくりしたけど。今日は目玉焼きトーストだ。これも食べてみるとパンのふわふわもちもち感が尋常じゃない。

 

「今日の予定は何かあるかしら?」

「ん、ないよ」

「あたしはハロハピ会議があるの! よかったら見学していってくれると助かるわ!」

「……へ?」

 

 ハロハピ会議とはなんなのかと問うとこの家に五人が集まって今後のライブの予定や新曲をどうするかみたいなのも話し合うらしい。なるほどね、ここなら演奏できるスペースもあるからわざわざスタジオを取る必要なく練習や作曲なんかもできるもんな、便利だよなぁうんうん。

 

「……うん? それで、俺も?」

「ええ! 五月に向けて紹介しないといけないもの!」

「あ、あー」

 

 五月、俺はこころのダミーとしてたくさんの人に紹介されることになる。挨拶がゲシュタルト崩壊してしまうかもしれない。そして、それは嘘を吐かなくていい協力者たちにも周知されなきゃいけないことだ。特にハロハピのメンバーには早めに顔見知りになっておく必要がある。

 それはつまり、一度に複数人の女性と、しかも昨日まではステージ上で見上げることでしか接点をもてなかった女性と仲良くならなければならないということだ。

 

「や、やばい……」

「なにがやばい、のかしら?」

「いや、あの俺ね、ハロハピのファンなんだよ?」

 

 悪い言い方をすればオタクなわけだ。それが単なるこころの友人が一人二人だって言うなら対応できるけど、今までファンとして追いかけてきたキラキラしたあのメンバーとなると話が変わってくる。心臓が早鐘を鳴らし、呼吸は覚束なくなって、汗も掻きそうだ。もっと単純に言い直すと緊張するんだよ。

 

「はぐみちゃんは……まぁよくコロッケ買ってるし多少は面識あるけど」

「大丈夫よ! 薫は面白いし、花音は──きっと花音のほうが緊張してしまうわね! ミッシェルは、今日は来るのかしら? 美咲は最初はきっとお腹の痛そうな顔をするけれど、すぐ仲良くなるわよ!」

 

 瀬田薫さん、松原花音さん、そしてミッシェル、と顔を順番に思い浮かべていたところで美咲、という知らない名前がいたのを疑問に思った。バンドのメンバーは五人でそれぞれ薫さんがギター、花音さんがドラム、ミッシェルはDJで、はぐみちゃんはベースだ。裏方の人なのかな。こころは俺の疑問に対して楽しそうな笑顔を見せた。

 

「美咲も、ハロハピの大切な仲間よ。六人目の」

「そっか」

「それに美咲が一番ミッシェルと仲良しなの! 」

 

 相槌を打ちつつ、気付いたことがある。こころはやっぱりいっつも笑顔だけど、その中でも色んな笑顔がある。そして昨日も確認したことだけど、やっぱり彼女にも特別な人がいる。ハロハピの話をする時のこころはいつもよりも優しい、秋の夕暮れのような笑みを浮かべていた。

 

「大地は、お部屋をまだ覚えていないわよね?」

「まぁね、まだ一晩しか過ごしてないわけだし」

「それなら部屋で待っていて! 一緒に会議する部屋に行きましょう?」

「ありがとう、頑張って覚えるよ」

 

 お風呂やトイレはすぐ近くにあって覚えたけど、正直なところ自分が居候している客間からこころの部屋まで迷子にならずに行けるかというと絶対に無理だ。なんならプールみたいに広い大浴場もあるとこころに言われたけど一度も行ってない。俺の部屋の近くにあるのは個人用の小さなものだし。

 

「一ヶ月か」

 

 朝食が終わって部屋に戻り、隙間の多いクローゼットを開けてジャージから着替えながら独り言を呟いた。一ヶ月、長いようで短くて、でもやっぱりこうやって毎日を過ごすと考えると長い。特に見るわけでもない九時のバラエティめいたニュースを流しながら、身支度を整えていると扉がノックされた。

 

「はいはい」

「迎えに来たわよ!」

「ありがとう」

「でもまだ少し時間があるから」

「わかった、どうぞ」

「ええ」

 

 こころを招くと彼女は物珍しげにキョロキョロと周囲を見渡した。自分の家とはいえ、俺が過ごしやすいようにって模様替えされた客間だから、気分的には他人の部屋にやってきた感覚なんだろうな。部屋の端にあったテレビの前に置かれたソファに座った彼女に俺は元々自分用に買ってあった紅茶を淹れた。

 

「あら、ありがとう」

「うん……何か、気になるニュースはあった?」

「そうね」

 

 こころはじっと画面を見つめる。テレビの向こうではカメラに向かって大仰なリアクションをしつつ私見を交えて伝えるキャスターがいた。俺は、どちらかというと座って淡々と伝えてくれるニュースのほうが好きだ。この時間はやってないから、言わば代役みたいなものだ。それを見つめるこころは、意外なことに笑顔でなく真顔だった。普段からずっと笑顔の彼女が真顔というのは、少しだけ怖いと思ってしまう。

 

「どうして──どうしてこの人たちは、こんなにも()()()()()()()()()()()()()()ってことが気になるのかしら?」

「……何を考えて?」

「結婚とか、恋愛って、知っている人の恋愛は確かにあたしだって気になるわ。ハロハピのみんなが恋をして嬉しそうにしていたら、あたしだってとっても幸せな気持ちになるもの」

「そうだろうね」

「でも、この人たちが気にしているのは、有名人なだけで知らない人の恋愛だわ。なのに、こんな風にニュースになるものなのかしら? あたしには、わからないわ」

 

 ──彼女は、少しだけ不機嫌なように思えた。不機嫌な弦巻こころを初めて見た。口角が常に上をむいてる彼女が眉をひそめて、ひどくつまらなさそうな顔をしている。きっとそれは、自分を重ねているんだろう。こころの恋愛、結婚というのはこころのことを知らない人もきっと注目するだろう。まさしくこのニュースで矢面に立たされている、一般人男性との結婚を発表した芸能人に対する俺の知識くらい、弦巻家の一人娘というだけのレベルだ。

 

「こころ」

「なにかしら?」

「ニュース変わったよ」

「そうね」

 

 ニュースは東京の水族館で始まっている春のイベント特集、なるものが始まっていた。主にクラゲにライトアップして桜色にすることで花びらを表現する幻想的で、美しいものだった。それを見たこころの表情もまた、花が咲いたように明るいものに変わった。薄暗い水族館にライトアップでピンクになったクラゲが揺蕩う。なんというか、夜桜を思わせる景色だった。

 

「花音が好きそうだわ!」

「そうなんだ」

「ええ、花音は水族館が好きなの! お部屋や他の小物もクラゲやペンギンのグッズばっかりなのよ!」

「……うん、それでいいんだよこころ」

「なにかしら?」

「楽しいことを考えていないと、ずっと笑顔にはなれないでしょ? なんて、こころに言うのは今更かもしれないけど」

 

 それは逃避とも言うのかもしれない。でも、少なくともこころはまた笑顔に戻った。世界を笑顔にするには、そういう単純な逃避も必要なんじゃないかとも思う。傷つく覚悟を持つのも必要だけど、常にその覚悟を持って、口を真一文字に結ぶのはきっと、幸せなこととは言えないだろうから。

 

「そうね……きっと、大地の言う通りだわ」

「よかった」

「わぁ……見て、とってもおいしそうなパフェだわ!」

「いやでっかいな、こんなの食べ切れる?」

「うーん、あっそれなら! 大地と二人ではんぶんこしたら、ちょうどいいんじゃないかしら!」

「それは名案だね」

 

 キラキラと笑顔をこちらに向けてくるこころはもうすっかり見慣れたこころだった。見慣れたと言っても、昨日までは遠い存在だった彼女が手を伸ばせばあっさりと触れられるほど近くにいるというのは、まだ若干の緊張が残っているけど。でも、こころはそんな他人の距離をすっとばして、まるで長い間二人でいるような自然さがあった。彼女の笑顔が、仕草が為せる技ということなんだろう。

 

「こころ様、みなさま集まられました」

「ええ! それじゃあ行きましょう大地!」

「うん」

 

 部屋を出て、昇ることも降りることもなく、俺たちはそこに辿り着いた。最初に通された応接間の近くだったようで、俺が入った部屋よりも幾分か大きな間取りをしているその部屋には私服姿の四人の女性がいた。こころと俺の登場に一瞬だけ明るい顔をして、これはこころが来たと思ったからなんだろう、続いて隣にいる俺に対してほんのりと怪訝な反応をされた。ひとりを除いて。

 

「ジョーさんだ! なんでこころんのおうちにいるの?」

「はぐみちゃん……おはよう」

「あ、おはよ!」

 

 オレンジの短髪とオレンジのパーカー、そしてクリーム色の下地に小さな花柄のワンピースのスカートを揺らして小柄ながらボーイッシュでありエネルギッシュに変な渾名で呼んでくるのは、この中では唯一の顔見知り、ベースの北沢はぐみちゃんだった。つぐみの実家である羽沢珈琲店とは道を挟んで隣にある北沢精肉店の長女であり、また店番や配達などの手伝いをしているためそこのコロッケを買う際に知り合い、以前から一応知り合いでもあった。なにせ元々もっと小さな頃から羽沢珈琲店に入り浸っていたんだから。

 

「じょー、さん?」

「大地がどうしてジョーさんなの?」

「俺の名字がね」

「そうそう! はぐみ、最初全然読めなくて!」

「待って、三人で会話進めないで!」

 

 そう言ったのはキャップを自分の前に置いたねずみ色で『FUN』とロゴがデカく胸に書かれたプルオーバーのパーカーの女性だった。黒髪ボブで右目上の前髪にピンクの髪留めをつけており、この中で俺が顔を知らない人物であるため、彼女がおそらく「美咲」だろうと判断した。

 

「自己紹介するから、とりあえずはぐみちゃんは座ってて」

「うん!」

「ふえぇ……」

「何かが始まりそうな予感がするね……ふふ」

 

 視線が注がれる。事情はどうやらこころが話してくれるらしく俺は自己紹介だけでいいらしい。俺は注がれた四つの視線、一つの歓待と三つは大小ありつつも概ね疑問と怪訝、いや五つだった。隣からは金色の光が放たれるように一つ、期待が込められた視線が注がれていた。大きく自分の体内に響く鼓動を感じながら息を吐く。

 

「……常磐(ときわ)大地(だいち)です。常々の常と一般の般に下が石って書いてトキワ、ダイチはそのまんま地面の大地で」

「はぐみ、常磐だから、ジョーさん?」

「うん、ジョーバンって読むって思ってたから」

 

 まぁジョウバンとも読めるからあってるといえばそうだけど。ジョーさんは奇跡的な渾名だよ。下の名前ダイチだからジョーさん要素皆無だし。そんな自己紹介をすると、こころが続けてかくかくしかじか、と事情を説明してくれる。どうしてここに俺がいるのか、何があって知り合ったのかとか。その事情に対してのリアクションも四人は様々な反応を返した。

 

「ふえぇ……そ、そんなことが」

「なるほど、さしずめ儚きナイトというところか」

「ナイト! ジョーさんカッコいい!」

「……ふーん」

「ならば私も名乗ろう、と言っても名前は知っているのだったね」

「美咲以外は知っているのよ、ね?」

「まぁ」

「とはいえ、名乗られたら名乗り返すのが礼儀さ」

 

 そう言って紫髪のポニーテールの女性がするりと美しい仕草で立ち上がった。ハロハピの女性人気の九割を占めているであろう彼女はその人気を裏付けているような振る舞いで細いストライプのパンツに眩いほど白さのワイシャツと黒いベストという一見するとメンズかと思うような服装をしていた。

 

「瀬田薫、よろしくナイトくん?」

「ナイトはよしてほしい」

「なら、大地さん、でいいかな?」

「呼び方は好きにしていいよ」

 

 俺の身長とそれほど変わらない彼女の名乗りはまるでそこがスポットライトの下であるかのような錯覚を受けた。平時からこれなんだから、彼女の美しさにアテられて女性ファンが卒倒するのもわかる気がする。俺としても目を逸したいくらいイケメンだなという感想だし。

 そんな薫さんの態度に触発されたのか、ずっとふえぇっておどおどしていた彼女と黒髪の美咲さんの間に座っている松原さんがやっぱりおどおどしながら立ち上がる。そこまで無理をしなくても俺は彼女のことをよく知ってるんだけどな。

 

「え、えと……松原、花音……です」

「よろしくお願いします」

「ふえぇ、ええっと、はい……」

 

 水色のナチュラルウェーブしているであろう髪を薄黄色と紫の、多分パンジーの髪飾りでサイドテールにまとめており、コミュニケーションを取るために近づいてくれてるんだろうというのはわかるけど、男性慣れしていないせいか顔が、というか耳としかもトップスが水色のオフショルで丸出しの肩まで赤くなっていると悪いことをした気分だ。袖や襟、この場合は襟って表現で合ってるのかわかんないけど襟は半透明なレースがアクセントになっており、胸元には紺色のリボンがついている。下は少し透明感のある白い膝上くらいのスカートの、かわいらしい清楚な感じだ。

 

「あの、無理して関わろうとしなくていいから。こっちの事情だし」

「え、あ……は、はい」

 

 なんというか、守ってあげたくなる庇護欲があるね彼女は。バンドやってる時は結構堂々とドラム叩いてるし、そうドラム担当なんだよね。ふわふわっとした笑顔が男性人気の秘訣だ。後この中では一番にスタイルが男性好みするというか。まぁそこはどうでもいいだろう。俺は、こころくらい健康的なのが好きだけどね。

 

「奥沢です」

「美咲! 美咲だけは大地が知らないのよ?」

「あんたが散々名前呼んでるから必要ないでしょ、まぁ関わりはないだろうけどよろしくお願いします」

 

 はぐみちゃんは顔見知りだから最後となる俺が唯一顔の知らない彼女は奥沢美咲、というらしい。すごく素っ気ない態度を取られて、まぁ花音さんや薫さんに完璧に受け入れられてるかっていうとそうでもないんだけど奥沢さんはそれが最も顕著だった。でもそれはどっちかというとこころに対して、相談なしに勝手なことをしてという呆れにも捉えられた。

 

「奥沢さんは、どういう位置づけなの?」

「ああ、まぁ裏方と()()()()()()()()()ですよ」

「……そっか、じゃあ一応よろしく」

 

 DJ(ディスクジョッキー)ってことは、どうりで顔を見たことないわけだ。彼女は普段の活動で素顔を晒すことはないんだから当然だよな。ハロハピ最後のメンバーであり、ガールズバンドの中でも超絶異色の存在にしてハロハピの象徴でもあるピンクのクマのキグルミ、それがミッシェルなのだ。普段はミッシェルランドというお城で暮らしているかわいらしい女の子のクマ──という設定の、元は羽沢珈琲店や北沢精肉店のある商店街のマスコットキャラクターをこころが気に入って仲間に勧誘、という名の裏では弦巻家が権利やらなんやらを買い取ったようだ。

 

「自己紹介も終わったところで、会議を始めるわよ!」

「邪魔にならないところで見ておくよ」

「ええ!」

 

 隅っこに座ってこころの観察に徹することにする。正直なところ目的としては顔を合わせることで不意に弦巻家で出逢っても驚かれないようにすること、目的を知らせることで輪の中に入ることじゃない。ハロハピはあの五音のバランスがいいのであって、そこに俺が混ざっても不協和音にしかならない。不和を生み出すだけだろうし。

 

「依頼は今のところ、病院と老人ホームが二つ、あとは遊園地と水族館ですね。あとはCiRCLEからも」

「ふえぇ……た、たくさんだね……」

「本当は取捨選択してほしいところなんですけど」

「全部行くわよ! 世界を笑顔に!」

「──って言うと思ったんだけど、病院と遊園地は五月にズラしたほうがいいと思う」

「春は大忙しだねっ!」

「それでも世界のために私たちは演奏し続けるのさ、ああ、儚い……」

 

 端っこでわいわい盛り上がる会議を傍聴しておいてとんでもなく失礼な感想だけど、思ったよりもまともな話し合いがなされてるね。奥沢さんが総まとめをして、こころが意思決定をして、残りの三人は意見を出したり同調したりと発言をする。そして埋まっていく予定を眺めて、どんな演奏をするかという話し合いに突入する前に、だけど俺が言わなきゃいけないことができてしまった。

 

「こころ」

「大地、どうしたの?」

「次の週末かその次の週末、どっちか空けて」

「何か予定あったかしら?」

「いや、なかったけど……季節限定ジャンボパフェ、そこまでらしいから」

「ジョーさんジャンボパフェ食べるの?」

「……食べたいなら一人でもよくないですか?」

 

 俺が食べたいわけじゃない。もしかしたらこころもそこまでして食べたいものじゃないかもしれない。でも、一応ね。忘れてる可能性もないわけじゃないだろうし。あの一瞬の感想を俺だけが覚えてるだなんて、なんだか少し恥ずかしい気もするけど。

 恐る恐るの俺に対して、こころの反応は劇的だった。瞳が大きく開かれてたくさんの光を蓄えてキラキラと輝く。口角が天井を向いて、最大級に嬉しそうな顔をしてくれた。

 

「──そうだったのね、危なかったわ!」

「う、うん」

「それじゃあ、美咲……どうしたらいいかしら?」

「あーはいはい、じゃあやっぱりCiRCLEも五月にズラすよ」

「ええ、お願いね!」

「ふふ、二人ではんぶんこ、楽しみね!」

 

 こころが急に立ち上がり、ホワイトボードのところに元気よく赤文字で「CiRCLEでライブ」と書いてあった場所に「大地とデート」と書き直した。それはハロハピの予定じゃなくてこころ個人の予定でしょう。

 なんてツッコミを入れる気力は彼女の満面の笑みに奪われてしまって非常に居心地が悪く、俺はまたいそいそと部屋の端に置いた椅子に座った。

 

「デート、本物の恋人同士みたい!」

「ふふ、かわいらしいナイトくんだ」

「いやかわいいって感想は違くない?」

「え? 私も、そう思ったなぁ」

「花音さんまで」

「だって、ちゃんとこころちゃんの見てたものを覚えてて、わざわざ確認しに来たんでしょ?」

「なるほど……って相手は年上男子なので多分怒られますよ?」

「恋人だってみんなに思ってもらえるように、あたしと大地の時間を共有するから本物じゃなくてもデートなのよ!」

 

 こころの言葉はボールみたいに弾んでいて、言ってよかったなと息を吐いた。あとでデートしたいなんて言われて残念だねなんて言ったらこころは落ち込む、のだろうか。そうなのねなんて言ってすぐに切り替えてしまうのかもしれない。俺はまだこころがそれにどういうリアクションを取るのかわからない。でも、少なくとも教えてあげたら喜んでくれた。あのよくぞ言ってくれました、みたいな笑顔はライブの時とはまた違ったキラキラした光を放っていた。

 

「ミッシェルがいないのは残念だけれど、みんなで練習しましょう!」

「おっけー!」

「大地は見学していく?」

「いやいや、練習は流石に。ファンたるもの現地で聴くことが大事なんだよ」

 

 会議が終わって、少し練習、みんなでお昼を食べるという予定のところで俺は出かけることにした。今日はいるだろうかと少しの期待を込めて羽沢珈琲店へと。

 入り口を開くと扉に取り付けられたレトロなベルが俺の来店を知らせてくれる。入ってすぐ、というかいらっしゃいませと近寄ってきた彼女は客に向けるスマイルとはまた違った種類の笑みを浮かべた。

 

「あ、大地くん!」

「こんにちは、つぐみ」

「うん、空いてる席どうぞ!」

 

 幾分か弾んだ声で一名様ですと水を取りに奥のキッチンへと向かうつぐみの背中を見つめて席へ座る。一応、事情を説明された後に連絡して大丈夫だよとは言っておいたけど、ちゃんと自分の口からも伝えるべきだと感じていた。後は何も考えずにお昼ごはんを食べるというとファミレスかここくらいしか思い浮かばなかったというのも理由として挙げられる。

 休憩まで少し時間あるから待っててと微笑む昔なじみから水を受け取ってトマトソースのパスタとアイスコーヒーを注文する。料理が運ばれるまでゲームでもするかとスマホを横持ちに変えた、その時だった。目の前にちょっとギャルっぽい、と言ったらそうでもないけど、かわいらしい女子が目の前に座ってきた。

 

「──大地さん、ですよね!」

「はい?」

「やっぱりそうなんだ! えっ、すごい、久しぶりですね!」

「え、あ……?」

 

 誰だろう。確かに俺は昔はここに出入りしていた。中学入って二年三年になる頃から通わなくなったけど、それまでは本当に特に羽沢珈琲店は常連と言えるレベルだった。だけど、こんな女の子覚えがない。

 ああでも、覚えがないとすると逆に可能性が浮かんでくる。あれだ、つぐみの幼なじみたち。確か複数人でいつも一つのコミュニティを形成していて、なんかその中の一人にこんな感じの子がいたような。

 

「あー、もしかして私のこと忘れちゃってます?」

「あ、あはは……ごめん、つぐみの友達、だよね」

「はい! 上原ひまりです、中一の時以来ですね!」

 

 薄いピンクのおさげ髪に眉毛くらいの長さに揃えられた前髪、大きな目はコロコロと表情を変えて、身を乗り出した際にはシャツU字にゆるく空いた襟から宇宙が見えた。

 上原ひまり、ピンと来たわけじゃないけど、確かにつぐみの友達にそんな子がいたような、いなかったような。なんか一人すごく騒がしい子がいるなと思ってたから多分、それが彼女だろう。

 

「それで、えーっと上原さん? はどうして俺のところに?」

「つぐと仲良さそうにしてる男の人がいて、もしかしたら! と思ったら知ってる人だったから!」

「あはは、もしかしてはないけどね」

「ええー、違うんですか〜?」

 

 恋バナではないことを丁寧に重ねて念を押しておく。こんなやり取りで、少し思い出した。

 上原ひまりはつぐみが中一の頃から、そして多分今も続けているだろうバンドのリーダーでもある子だ。幼馴染み五人で組んだバンド。確か名前は『Afterglow(アフターグロウ)』だったっけ。五人が同じ空を、屋上の夕焼けを見て付けた名前で、五人が五人でいる意味──という感じだった気がする。つぐみが嬉しそうにそんなことを話してくれたのはもうずっと前の話だ。

 

「でも、他人行儀ですね。昔は私のことひまりって呼び捨てにしてくれてたのに」

「……それは、嘘だよね」

「あはっ、バレます?」

 

 バレます。俺は異性を下の名前で呼び捨てにするのはつぐみとこころ以外にいないから。というか俺としては既に四人、まぁはぐみちゃん抜いても三人の女子とほぼ初対面みたいなやり取りをしているせいか、正直彼女の相手をする体力、気力がないというのはある。こんな距離感で話したことあったっけ? 

 

「……ホントに忘れてる」

「え?」

「なんでもありませーん」

「おまたせしました……ってひまりちゃん? なんで?」

「大地さんとおしゃべりしてた!」

 

 パスタを置きながら驚くつぐみと、カラカラと笑う上原さん。やっぱりつぐみ的にも彼女が俺の目の前にいるというのはおかしなことらしく、目を白黒させて、言葉にはしていないが納得のいく説明をするまで下がるつもりはないようだ。このことから、俺が本当に上原さんと昔に関わりがあったわけではないことを示していた。

 

「いや、ほら! 前からつぐの仲良い男子って知ってたし、何回か挨拶したし!」

「ひまりちゃん、あの時って確か──」

「わー! わーほら! そういうのは、思い出さなくていいから!」

「わわ、ごめん」

 

 俺からするとちっともよくわからなかったが、どうやらつぐみは今の彼女の受け答えで何かを思い出したらしく納得したように下がっていった。なにやら言われて困ることをつぐみが口走ろうとしたようで、頑張り屋で真面目なつぐみが他人の秘密をうっかり漏らしてしまいそうになるというのも、なんというか幼馴染みなんだなぁという気持ちになっていると上原さんは少々頬を染めて咳払いをしてから俺に向き直った。

 

「でも本当に久しぶりですね? どうかしたんですか?」

「いやそれが実は──」

 

 またこの羽沢珈琲店に、そして商店街に出没するようになった理由は特に隠しておくほどのことでもないため事情を説明していく。ハロハピの追っかけとして活動の中心地にやってきている。その後にこころの偽彼氏をやらされることになった話はまぁ、積極的に明かすことでもないだろう。こころと一緒にいるところを見られた時に二人で説明すれば万事解決だろう。

 

「へー、あっ、じゃあじゃあ! ついでにアフグロも推していきません? ウチも商店街中心で活動してますし!」

「え、えーっと」

「つぐのキーボード、ちゃんと聴いたことないですよね? 気になりませんか!」

「ちょ、お、落ち着いて……」

 

 立ち上がって俺に向かって身を乗り出してくる。なるべく視線を上に向けて、鼻息の荒い彼女を鎮める。はっとしてまたちょっと恥ずかしそうに座った。

 まぁ確かに、確かにあのつぐみがバンドをやってて、しかも結構ロックな雰囲気の曲もあるとなれば気にならないわけじゃない。癒やし系のつぐみしか知らない俺では想像ができないくらいだ。

 そんな葛藤が伝わったのだろう、上原さんは満面の笑みで俺の前にチケットを差し出してきた。そこには商店街近くのライブスタジオであり、地下にはライブハウスも併設されている『CiRCLE』でのライブチケットだった。

 

「夕方からなので、ぜひ!」

「あ、ああうん……」

「それじゃあ!」

 

 俺はその日付を見てうーんと唸ってしまう。その日付は俺とこころがデートの約束をした日だった。これは持ち帰ってこころに要相談だなと俺は少し冷めかけたパスタの麺をフォークに巻き付ける。ヘタクソだったのか思ったよりも麺を巻き込んでしまい、一口じゃ食べ切れるかどうかというギリギリのサイズになった塊を口に放り込み、俺はつぐみが向かいにやってくるのを待っていた。

 

 

 

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