BanG Dream! 二つの星と笑顔の魔法! 作:黒マメファナ
俺が大学に通い始めて約二週間が経過し、そしてこころとの契約を結んで三週間が過ぎた。
変わったことは、あるのかと問われると、あるんだと思う。少なくとも俺は変化をあまり感じてはいないけど。つぐみにはびっくりされるくらいこころとの距離が近いらしい。
「大地、おはよう」
「ん、おはよ」
いつものように起きる前に数分間、こころは俺の肩に頭を乗せる。寝起きだというのにクセの少ないサラサラの金色の髪を手ぐしで通すと、太陽の光を反射してまるで天の川を思わせるようにキラキラと輝きを放っていた。
今日は、俺とこころがこうして過ごす最後の日だった。最後と言っても何か特別なことなんてない、パーティにこころの恋人役として出席するだけ。
「こころ?」
「なあに?」
「いや、まだ眠いのかなって」
普段ならもうすっきり起きてもいいはずなのに、こころの視線は下をむいて俺の肩に額を重ねている。問いかけてもこころは首を左右に振るだけで、離れようとはしなかった。
桜はすっかり散ったけど、陽気はますます春の色を濃くしていく。春眠不覚暁、俺も思わず大きな欠伸が出て、このままこころのぬくもりを感じたまま目を閉じたいくらいだ。
「ほら、歩きに行くの遅くなるよ」
「今日が最後だから……もう少し」
「……少しね」
「ええ」
俺に変わったところはない。最後の最後、パーティが終わった翌日、明日の昼までこころの偽彼氏として、俺ができるだけのことをするだけだ。傍にいて、隣で太陽の輝きを見守ること。
──こころがリブートしたのは更に数分後、まさしく俺が思った少し後のことだった。
「礼服にはもう袖を通したかしら?」
「うん、一応ね。着せられてる感が自分の中では強かったけど……黒服さん的にはよかったって」
「楽しみだわ!」
楽しみにされても困るけどねと歩きながら、ため息を吐く。あれを着こなすことがセレブの仲間入りだというのなら、俺はきっと一生平凡な男なんだろう。そう思えるほどに、試着した時に違和感があった。
他愛のないおしゃべりをしながら歩いて、シャワーを浴びてごはんを食べる。いつものルーティンとなった朝の一連の動作の中でも、ほんの少しだけ、もう終わりなのかという感慨に似た気持ちが胸から溢れてきた。
「振り返ると、本当にあっという間だったな」
「そうね、でも、大地がいるのが当たり前だと思ってしまうくらい、嬉しいことや楽しいことがいーっぱいあったわ!」
「俺も、ここが俺んちみたいな気分だよ」
「それは、とってもいいことだわ」
迷子にというか行きたい場所に行けるようになった。客間とハロハピ会議室を往復できるようになったし、なによりこころの部屋と往復できるようになった。
朝ご飯を食べ終わった後は昼まで時間がある。またどっちかの部屋でのんびりと雑談でもするのかなと思っていたらこころは笑みを向けてきた。
「大地、ちょっと出かけるわよ!」
「急だね」
「さっき決めたもの!」
「そっか」
そう言っていたこころは先に玄関で待っていた。赤白ボーダーの半袖シャツに丈の短いオーバーオール、履き慣れたスニーカーにくるぶし丈の靴下という始まりを感じさせる服装だった。彼女は手持ち無沙汰だったのかその場で──玄関出てすぐの芝生で側転からのバク転をしていた。そこ、マットの上じゃないのになんでそんなキレイにできるんでしょうね。
「それじゃあ行くわよ!」
「どこに?」
「公園よ! あたしと大地が会った公園!」
「わかった」
元気よく、弾けるような笑顔は春というよりはもう真夏のような眩しさだった。目一杯に手を差し出され俺はその手を取って歩き出す。芝生も噴水も桜色だった庭は、まだチラホラと花びらは残っているが、上を見上げるともう緑色に変わっていた。そんな景色の中、俺たちは歩幅を合わせてこの関係が始まった場所、公園まで歩いていく。
「大地は、これからどうするの?」
「どうするって……うーん、そんな将来に関わってるわけじゃないし」
「ふふ、大地は前とあんまり変わらなさそうだわ!」
「それは──確かにね。この一ヶ月が特別だっただけで、きっと元の俺に戻ってるよ」
家から大学に通って、友達やサークルの先輩や同輩と他愛のないことをしゃべって、ゲームして、バイトして。
その中でも外せないイベントがライブだろう。ハロハピの追っかけとして、いちファンとして、いちオタクとして笑顔をもらいに行く。そして、ああでも変わることはそこできっとこころは俺のことを他人としては扱わないんだろうってことだ。
「あたしは、最初のうちは大地に電話いっぱいするわ!」
「……夜にってこと?」
「そうよ! おしゃべりしながら眠るの」
「それ、俺は初耳なんだけどね」
「今考えたの、そしたらきっとあたしは大地の声を聴きたがるって思って」
「そっか」
なんだか容易に想像ができたけど、それはハロハピのいちファンでもなければいちオタクでは絶対にないね。というかなれない。
俺とこころは一度契約を結んだ以上、もう二度と共犯者だった頃の関係が間に立ち続けるだろう。スマホのトーク履歴の上の方にこころがずっといるんだろうか。タイミングが悪くて連絡が取れない、もしくは気付かなかったら、どうなるんだろうね。
「きっと、大地のいるところまで走って行くわね!」
「それは、困る時の方が多い気がするから今のうちにやめた方がいいって忠告しとく」
「覚えておくわ!」
まぁ、こころのことだから覚えてくれてはいるだろうけど、それでも心配になったり不安になったりしてすっ飛んでくるんだろう。
そうやって後のことを考えているとなんだか思っていた以上に、俺はこころの顔が見られる気がするよ。なんだか五月が終わったら俺とこころは全くの他人に戻るようなテンションだったけど、そんなわけないよな。
共有した思い出は忘れることはできても消えることはない。少なくともファンとしてライブを見に行っても、こころが俺のことを知らないと思っていた頃には戻らないんだ。
「それで、どうして公園に?」
「それは、この子たちがいるからよ」
そうやってこころが抱えあげて見せてくれたのはいつぞやの野良猫たちの一匹だった。どういう理由で、というのは様々あるとしても、野生として生きているはずだがまるで飼い猫のように──借りてきた猫ではなく、まるでこころが飼い主であることを認めているかのように大人しく抱えられリラックスした鳴き声を上げた。
「時間がある時は、こうやって……ふふ、一緒に遊んでいるのよ!」
「そうだったんだ」
「ええ! あたしのお気に入りの場所なの、大地にはまだ紹介していなかったから」
「確かに、そっか……それであの時もここにいたんだね」
「そうよ!」
決して餌を闇雲に与えているわけではなく、ただ一緒に遊んでるといった感じだ。あくまで、なんていうんだろう──こころ自身が大きな野良猫という感覚だろうか。猫たちのコミュニティの一部であるような感じだ。
そのうちの一匹、茶色の毛並みの猫が、きっと猫たちの中でもきっと特に人懐っこい性格なのだろう、俺の足元にやってきて甘えた声を出してくる。
「どうした? 遊んでほしいのか?」
「そうみたいよ!」
「そうかそうか」
手を伸ばして背中を撫でるとますます寄ってくる。こうやって人懐っこい動物に触れ合うのは、犬でも猫でも好きだ。なんならウサギでもいいかもしれない。こうやって恒温動物の温かさを感じるのは時間を忘れそうな癒やしだと思うし、かわいいなぁとも思う。
しばらくその猫と戯れていると、突如として背中に体重がかかった。猫が乗ってきたのかと思って見えないながら背中に手を回す。手触りはすごくサラサラしている。しかも長い──いや長すぎる、これじゃあ髪の毛だろ。そう思った瞬間もちもちの何かが手に触れて俺は背中にいる正体が何かを察知した。
「猫かと思ったらこころか」
「当たりよ!」
「当たりよじゃなくてだな」
もちもちの正体は俺の背中に乗ってる、猫にしては巨大な生物の頬だった。白くて柔らかいさわり心地のよい頬を持つその生物は俺が再び猫を構い始めたのが不満だったのか、ますます体重を掛けてくる。その体重はその巨体に見合っており、猫なんかよりもよっぽど重量が掛かってくる。そしてそれこそが彼女の言葉にならない不満の大きさであるように感じられた。
「自分でここに連れてきといて」
「でも、大地ったらあたしをほったらかしでこの子ばっかりだわ!」
「怒るなよ」
「別に怒ってないけれどっ」
怒ってるってか拗ねてるじゃん、という野暮な言葉は口から出すことなく、その生物──こころを真正面に誘導して撫でていく。
正直なところこれでいいのか、猫と同列の扱いでいいのかと疑念を抱いたが先程の猫と同じように更に距離を詰めて寄ってきたため、疑念は解消された。本当にそれでいいのか弦巻こころ。
「大地の手は、安心するわ」
「そっか?」
「ええ、本当はもっともっと不安なことたくさんあったのに、大地の手があたしを守ってくれているって思えたの」
そんな優しい言葉に、俺は驚いた。もちろん俺にそんな大層なことが、こころを守るなんてことができるとは思えない。それでも俺がこころの隣にいて、その手でこころに触れられたのは、誰よりもこころ自身が俺の傍でキラキラの笑顔を輝かせていたからだ。
──キミにキラキラの勇気と笑顔をもらったから、俺はキミにとっての安心を根付かせることができたんだ。
「それじゃあ、あたしと大地で循環しているのね、笑顔と勇気と、安心と」
「うん」
「大地っ!」
「うわ、っと──どうしたのこころ?」
急に強く抱きつかれてしゃがんでいた状態だったせいで尻もちをついてしまう。
それでも倒れることはなんとか耐えて、こころを支えながら疑問を口にすると、俺を押し倒す未遂をした金色の太陽は俺の目をじっと見て、今までにないくらいの笑顔を俺に向けた。
「これって、とーってもすごいことだわ!」
「そ、そうだね……?」
「だって、大地がいてくれれば、あたしの笑顔も勇気も、無限大なのよ!」
「それは、すごいことだね」
──こころの語る『世界を笑顔に』する方法とは、言わば笑顔の伝染だ。自分の笑顔を、楽しい、嬉しいという気持ちをまっすぐ音楽やパフォーマンスで伝えて、他の人を笑顔にしていく。それがいつの間にか輪になっていく。
それをこころは俺に、俺はこころに向けていくことで、循環するシステムが出来上がるってわけだと思う。そして気持ちを伝え合う、共有する、それってなんだか。
「すごく──俺にとってもすごいことだ」
「ええ!」
「こころは、まさしく俺にとって太陽だったんだな」
眩しくて、暖かくて何も実っていなかった俺に夢や勇気を芽吹かせてくれた。何もないと思っていたのに、こころが照らしてくれたから、俺は自分の持ってる自分の温かさに気づくことができた。俺が誰かを笑顔にできるんだって気づけた。
最初はもうステージの上で輝く星であるこころと、ステージの下で応援するだけの俺の人生は交わらない他人同士だと思っていたけど、そうじゃないんだな。
「こころ」
「大地……?」
「手を伸ばせば、こころはすぐそこにいるんだよな」
「ええ、傍にいるわ」
それからしばらく、俺とこころは野良猫たちを置き去りにして最後の時間を過ごした。パーティ中はまた違った顔でいなくちゃいけない。恋人としての役割をちゃんと演じなくちゃだ。この演じるってことに対して演劇部のエースである薫さんに相談したことがある。彼女はカッコいい微笑みを浮かべながら、たった一言だけ教えてくれた。
「演じるのではなく、
「それも──何かの受け売り?」
「さあね」
信じることで、信じ込ませられる。そのためには自分よりも何よりも嘘を共有してくれる相手を信じることが大事なんだけど、それは俺にとってはとんでもなくイージーなことだ。なにせ相手はこころだから。
戻ってお昼を食べたらすぐに礼服、スーツともまた違うような、上手く言葉にはできないけどパーティに出席するようの服に着替える。部屋ではなく衣装部屋に呼ばれて、雇ったらしいスタイリストさんが髪の毛を整えてくれて、伊達メガネを掛けさせられた。掛けたほうがしっくりくる、らしい。
「お、おまたせ……どう?」
「ふふ、大丈夫、カッコいいわよ!」
「こころがお世辞言えないって知っててよかったよ」
こころの採点はかなり緩いけど、少なくとも自分で思っているより似合っていないということはないようだ。
安堵の息を吐きながらも俺はこころのドレスを目に止めた。彼女は鮮やかな真紅のドレスだった。パーティ用のものだから当たり前なんだろうけど、胸元は空いており肩紐意外は腕を隠す服装にはなっていない。スカートの丈も膝上と少し短めみたいだ。
「ヒールはやっぱり苦手だわ」
「申し訳ありません、こころ様」
「ああ、だからちょっと背が高いのか」
「そうね、なんだかいつもより顔が近くにあるわ! こういう楽しみがあるなら我慢できるわね!」
ちょっとだけほっとしたような空気を感じた。基本的に黒服さんはこころの笑顔のために、そしてこころが世界を笑顔にするために時には彼女の突飛な発想や発案すらも叶える本物の魔法使いたちだ。そんな彼女たちなのだから、履き慣れないし運動性の低いヒールを履かせるのは苦しいのだろう。本人はあんまり気にしてるようには思えないけど。
──車に乗り込み、行き先は横浜へ。あれだけこころと確認し合ったとはいえまだ少し不安な気持ちもあって手先の冷たさを気にしていると、自分より小さな手がそっと包んでくれる。
「大丈夫よ、大地はいつもの大地で」
「うん、ありがとう」
「頑張らなくても、きっとあなたはあたしのフィアンセに足る人物だって、思ってもらえるわよ!」
「それ、偽彼氏より肩書が重いって」
偽物の婚約者は、余計にバレた時が怖いって。そうやって苦笑いしていると力が抜けてくる。変わらない笑顔を向けてくれるこころは、今日はやっぱり化粧もしているせいか、いつもよりも女性の艶やかさを感じなくもない。リップの輝きに不意打ちされてドキっとはするけどしゃべればいつも通りのこころだから安心する。
「到着致しました」
「ええ!」
「はい」
フェリーではないため、近くの駐車場に停車したようだった。
黒服さんが俺の側のドアを開けるため、俺は出てすぐ振り返り次に出てくるこころに向けて手をのばす。これは黒服さんに教えてもらったエスコートのマナーだ。こころが躓かないように下から手を握り、元気よく飛び出てくるこころの補助をした。
「バッチリね、きっと審査員がいたらみーんな十点満点出してくれるわ!」
「それはよかった」
「ええ、行きましょう」
扉が閉まると黒服さんはまたこころの影となる。まだ人が集まる時間ではない豪華客船へと向かっているとスーツ姿の男性が一人やってくる。主催者側の人物だろうか、彼はこころの顔を見てから、そして俺の顔を見て怪訝そうな表情をした。無理もない、こちとら溢れ出る一般人オーラが出てるだろうからね。
「お迎えに上がりました弦巻こころ様、それと──」
「常磐大地、あたしの未来の旦那さまよ」
「──かしこまりました」
内心でどんどんグレードアップしてないかなぁとツッコミを入れる。俺、当初偽の彼氏って扱いだった気がするんですが、今や未来の旦那さまですって。というかなんか高そうな指輪を左手薬指に装着させられたのはやっぱりおしゃれじゃないんですね。よくよく見るとこころにもお揃いの眩い指輪が巻き付いていた。すぐれた舞台は小道具もまた一級品、ということなのだろうか。
「恋人じゃあ、少しインパクトが薄いって思ったの」
「なるほどね」
「それに、今の大地なら問題ないでしょう?」
「はは……精一杯やらせてもらうよ、お姫様」
「薫のマネはしなくていいわよ!」
「あ、そう」
やっぱり別に演技をする必要はなく、ただいつものようにこころの隣にいればいいらしい。本当にいいのかな? 俺パンピーだからお登りさんみたいにキョロキョロすること間違いないし、社交界のマナーとかなんにも知らないし。いやちょっとくらい調べたけどさ、わかんないことをこころに訊ねたらにっこり笑顔で必要ないわって言われるしまつである。
「ふいー、会場でかかったなぁ」
「そうかしら?」
「俺にとってはでかいんだよ」
下見をして、控室代わりの客室で休憩する。といっても服脱げないからあんまりリラックスはできないけど。こういう時は場慣れしてるこころが羨ましい。後で直してもらうとしてもこころなんてベッドにゴロゴロし始めてるし。
──そしてなんて表現したらいいのかわかんないけど、高校の時の体育館がまるごと船の中に入ってる感じだ。誰もいなくしてゴールと線をつければバスケやバレーくらいは軽くできそうだった。
そんなことを考えているとこころが勢いよく立ち上がり俺の前にやってくる。この純真な少女の笑顔、何が言いたいのかなんて幾らでも想像できてしまった。
「それじゃあ、パーティ始まるまで少し探検しましょう!」
「言うと思った」
「迷子にならないようにね!」
「それはこころの方でしょ?」
これはこころなりに気を遣って緊張しないようにしてくれているんだ、と好意的に解釈しておくとする。当たり前ながら暇で動き回りたい可能性の方が高いんだけどさ。
ただ俺もここで独りじっとしておくよりかはこころと一緒にいた方がいいと判断して一緒に歩くことにする。よく考えたらクルーズ船なんて乗るの初めてだし、どんなものがあるんだろう。
「あたしが持ってるスマイル号は色々あるわよ!」
「こころが──いや、今更そんなものでは驚かない」
「ハロハピで使いたいわって言ってお父様に相談して買ったの!」
「……え?」
買ってもらった、つまり個人所有ですか。今更でも驚くようなことあった。そりゃね、天下の弦巻家だもの、豪華客船持ってたって言っても不思議じゃない。今乗ってるこれだってグループの所有物らしいし。大富豪は船内に住みたがるものなのかもしれない。
──でも、こころの言うスマイル号とやらは
「まずはこっちよ!」
「はいはい」
そう言って、色んなところを一緒に探検した。カジノやバー、レストラン、プール、スパなどなんとなーく想像の範囲内だったもの、シアターもマジックショーやる場所とかあるって聞いたことあるし想定内だった。ただ、フィットネスクラブだの、美容室なんてものもあった。なんというか、クルーズ船が航海するホテルと呼ばれる意味を実感したね。住めるよマジで。
「気に入ったのなら、いつかあたしの船にも招待するわね! あたしのなら泊まりたい放題よ!」
「はは、ライブがあるなら呼んで」
「ええ、もちろん!」
ちょっとバタバタとしている何人かとすれ違いながら、一通りの探検を終えた。今頃は最初に下見をした会場でパーティをするために大忙しなのだろう。ご苦労さまですと言葉に出さずに激励を送っておいた。
そして、しばらくいつものような雑談をして始まったパーティでこころはマイクを持って満面の笑みを振り撒いていた。
『みんなー、今日は来てくれてありがとう!』
歓声が上がる。拍手が送られる。それをスポットライトの当たらない特等席で眺めながら俺はなんとも言えない感情が胸中から溢れて止まらなかった。
──なんか、思ったのと違う。これじゃあ俺がハロハピのライブ行ってる時のテンションとなんにも変わらないよ。なんならこの中に混ざっても不自然じゃない自信に満ちあふれてきた。なるほど。これが薫さんの言っていた自信ってことなんだろう。いや絶対に違うだろ。黒服さんたちもこころも大丈夫って言ってた理由がようやく理解できたよ。
そんなこころの短くも笑顔あふれるスピーチが終わり、俺はこころの隣で立食をしていた。するとここは社交界のように政府高官や、有名人がこころと一言を交わす。
「進学おめでとうこころちゃん」
「ありがとう! 」
「今年はどうやらキミにとって素敵な伴侶ができたようで、喜ばしいよ」
「ふふ、素敵な人なのよ大地は」
「それはよかった──キミ、大地くん」
「はい」
「どうか彼女がいつまでも笑顔でいられるようにしてあげてほしい」
「……ええ、善処はさせてもらいます」
恰幅のいいアジア系とは思えないおじさんに流暢な日本語で話しかけられてることにびっくり、そしてどこかの王国の国王様だと知ってさらにびっくりした。
後は、まぁ何人か嫌味を言いたそうな若い男の人もいたけど、概ねはみんなお腹の底から笑顔のように感じた。これが、両親の出自だけじゃないこころの築いた求心力なんだなと思ったのは大臣がひとりのハロハピファンとして応援してるからねと言っていたところだった。世界を笑顔に、って冗談じゃないのかもしれない。
「びっくりしました、まさかフィアンセを連れてこられるなんて」
「サプライズよ!」
「いやいや、わたくしは主催者ですよ? 言っていただけましたら、そちらのお祝いも兼ねることもできましたのに!」
二十代くらいの鮮やかなドレスと艶やかな雰囲気の女性がどうやら主催側の社長ということで、女性だったんだと驚いた。後でこころに訊ねるとお友達なの! と満面の笑みで言われてしまった。お友達、なるほどわかんないけど。
そんな挨拶を待つだけだとしても、たくさんの人と話しをする機会があってやや疲れてしまって黒服さんから許可をもらって甲板で風に当たっていた。五月の夜の風は決して寒すぎるというわけではないものの、陸地よりもやや涼しげで、心地よかった。
それにしても、本当に誰も疑わない。一般人ですと説明しても大抵はそうなんですね〜くらいのリアクションをされてしまう。それが弦巻家両親の願いだったからと優しく微笑んだ人もいた。
「やっぱりすごいな、こころって」
「あら、あたしがどうかしたの?」
「……いいのか、主役がこんなところにいて」
「あなたも主役だわ」
「俺はせいぜい助演でしょう」
ポツリと夜闇に消えるはずだった独り言に応えたのは本人のこころだった。彼女は俺の隣にやってきて少し遠くに見える夜景を眺めながら、その金色の輝きを風に靡かせ笑っていた。
その横顔が、今日はいつもよりも儚げというか、すぐに消えてしまいそうな気がして俺は言葉をテキトーに続けていく。
「なんか、すごくアットホームというか……暖かいパーティだな」
「そうね、お呼ばれするパーティはもうちょっと、なんというかみんなあんまり楽しそうじゃないわね」
「なんとなく俺はそっちのイメージだったよ」
「でも、だからあたしが笑顔にしてあげるのよ!」
「こころらしいね」
この船がまた陸に接続したら──正確に言うとその次の日のお昼に荷物を運び終えたら、俺とこころの契約は終了となる。長いようで短い一ヶ月の終わりが、もうすぐそこまで来ていた。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、終わりの時が迫っている。ふと、こころと共有した時間が夜の海に浮かび上がっていく。こころの表情が浮かんでくる。
色んな笑顔があった、デフォルトの目を大きく光を蓄えるようなキラキラ笑顔、目を細めて笑う楽しそうな笑顔、口許がほころぶ嬉しそうな笑顔、春の日差しを思わせる優しい微笑み。それだけじゃない。こころの喜怒哀楽全てが俺に向けられていた。
「こころ──」
それは子どものわがままだ。幼い子どもが好きな玩具の前で床に寝転がり駄々をこねているのと同じだ。そんな理性の蓋がひび割れていく。わがままだとしても、みっともない哀れな言葉だったとしても。まだ俺は夢を見ていたかった。
まだ、映画を観に行ってない。また、こころとデートするって約束を果たしていない。言い訳じみたわがままが朝露のように胸に溜まり、あるいは雪のように降り積もった。
「こころ、俺さ──」
「──大地、契約しましょう?」
「え……?」
だけど、俺の言葉をこころが遮って、思わず訊き返したくなるようなことを笑顔と一緒に俺に向けた。まるで春のあの日を思い出す笑顔をもう一度、暗がりだったけれどそう確信できた。
だけど契約の更新はなしって前もって俺が言っている。それを反故にはできないんだ。
俺が力なく首を横に振るけれど、こころはそんなことでは黄昏の夕日にはならなかった。ただ金色の太陽のまま、俺に向かってズルをしてくる。
「それは、黒い服のあの人たちと──でしょう?」
「は……いや、でも俺は」
「今度は弦巻こころ本人と契約を結んでほしいわ! それなら、延長にはならないわ!」
「いやそれは屁理屈じゃ……」
太陽のように、あるいは真夏のひまわり畑のような、黄金の笑みだった。子どもの頃に思い描いた真夏の原風景のような、美してくてそして輝いていて、懐かしさすらも感じる無敵の笑顔だった。
ゆっくりと手を俺に向けて伸ばしてくる。古きは終わり、そしてまた新しい俺とこころが始まっていく。
「大地、あたしの傍にいて。またたくさん、二人でお話して、デートして──たっくさんの時間を過ごして」
「き、期限は?」
「大地があたしに愛想を尽かすまで、でいいわよ!」
「逆もありえるよ」
「そうかしらね? ならどちらかが、の方が対等かしら?」
「冗談だよ」
手を握る。仮の契約成立を表す握手をすると夜闇の中だっていうのにはっきりと表情が見えるんじゃないかってくらい輝く笑顔で、こころは指を絡めてくる。もう少し二人で夜空や夜景を見て話をしたかったけれど、これ以上主役が舞台裏から出てこないと、お客さんも不安になってしまうから、戻らないと。
「戻ったらちゃんと契約書を用意してもらわないとね」
「そうしましょう!」
「あと一旦は家に帰らないと……まぁ、ウチの親は喜んで送り出してくれそうな予感はする」
「次はあたしがご挨拶しないといけないわね!」
「契約主だもんね」
「ええ!」
これからはもっと、俺はこころの傍にいることになるんだろう。それなら奥沢さんたちハロハピのメンバーともちゃんと話をして、俺もできることをしよう。
太陽に照らされて胸の奥から出てきた夢という大樹の芽を実感しながら俺とこころは再びきらびやかなパーティ会場へと戻って行く。
「あたしは大地の太陽になるわ」
「うん、もうなってくれてるよ」
「そして、大地は優しくて安心できる。あたしにとっての大地はまるで名前の通りだわ!」
「そっか、ならもっとそう思ってもらえるように、俺はこころの傍にいるね」
俺はこころの周囲を回り、その輝きと温かさをエネルギー源として夢や世界を芽吹かせていく。こころは俺という恵みの星を見守り、そしてその大樹の温かさに安心と笑顔を得る。
以前はステージの上と下、決して交わらなかった二つの星は、笑顔の魔法を通して手を繋いでいく。そして、いつだって一緒に新しい世界へと冒険しに行くんだ。時には友達や仲間たちと一緒に。時には二人きりで。
──そうして、いつしか世界は笑顔に変わっていくんだ。こころが俺を変えてくれたように。
「二つの星と笑顔の魔法」THE END
Thank you for reading!!
あとがき(少し長いかもなので読み飛ばして構いません)
みなさんにとって「弦巻こころ」とはどういうキャラクターでしょうか。とんでもない金持ち家庭の娘、金髪お嬢様、純真無垢で天真爛漫、突飛で明るくてちょっとおバカなキャラ、みさここてぇてぇなどなど。まぁ中にはサイコパスなんて意見もありますね。
私が彼女に出逢ったのは今から五年前の五月下旬のこと、作画もアレだし中身も対して面白いとは思わなかったアニメのアプリをなんの気なしに始めてその最初のガチャでした。
「☆3 無敵のヒーロー」御存知の方もいらっしゃるでしょう、初期星3でした。そこから私は笑顔のヒーローとしての彼女に惹かれていきました。
リリースから二ヶ月と少しです。言わずもがな、私が最初に惚れ込んだ彼女は初期の初期、バンドストーリーの一章です。その中で彼女の言葉が私の胸を打ったのです。
「勇気がないなら、あたしがあげるわ!」
「当たり前じゃないっ。ヒーローになろうと思えばみんななる!」
「決まってるわっ。その時はあたし達以外の誰かが思い出させてくれるわよ!」
世界を笑顔にするために、世界中の楽しいことを探すという目標を立てたハロハピの笑顔を届けるということは何も彼女たちだけに与えられた特権でもなんでもなくて、笑顔を忘れた人に笑顔を思い出させてあげて、その誰かがまた誰かに笑顔を思い出させてあげる。そうして世界が輪になっていくという理屈で、私はその単純かつ素敵なアイデアを先頭に立って成し遂げようとする彼女がまさしく私にとっては二次創作、バンドリで小説を書くという勇気の一歩になって、それから四年半以上が経とうとしています。
そしてなにより魅力的なところは、彼女の「誰かのことを認めて理解する能力」だと思っています。彼女は慧眼で、当初から瀬田薫の内に眠る弱さや、のちに解決するはぐみの「勝敗を恐れる心」や花音のいざという時の思い切りのよさに言及していました。
ただただ世界を笑顔にする。みんなを笑顔にする。そう言って邁進するだけではないまさに太陽のような暖かな慈悲を持ち合わせています。そして彼女は作中でも語りましたが突飛で予想のつかないところはあるけれど、決してカミサマではなくて、人間なんです。人外だのなんだの言われがちな彼女ですが、あの子は自分が特別だなんてちっとも思っていなくて、悲しいことがあれば落ち込むし、うまくいかないことがあれば顔をしかめます。痛みを知っているから、笑顔のない人生がつまらないことを知っているから、彼女は笑顔を思い出させてあげると瞳を輝かせるのです。
今回の作品はそんな彼女の魅力がほんのいちミクロンでも伝わればいいなと思います。スケジュールの問題で泣く泣くダイジェストにしましたが本来はあと四話分くらいある予定でしたので、 その半分でも構いません。
さてさて、長く語りましたが、よろしけば一言で構いませんので感想をいただけると嬉しいです。
No.62
P.S. ぼくはZEXALの推しは圧倒的にカイト様ですが好きな「No.」Xモンスターの口上はネオタキオンです。最近P限定ばっかりですが、また違う作品で会えるのを楽しみにしております。
――黒マメファナ