今回この話に登場する島は架空の島です。
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ここは日本の何処かにある小さな島『飛鳥島』。その島の端っこに建てられた堤防の上で、私、西垣優子はいつものように釣りをしていた。と言っても、いつも通り小一時間経っても釣り糸が揺れる様子はない。
「釣れないなぁ」
ただ波にゆらゆらと揺られるだけでルアーに食いつく感触もない、そんな時間が続きすぎて、私は飽き飽きとしたため息を吐いた。
別にこれで釣れなかったからと言って今日の晩飯がなくなる訳じゃない。ここ飛鳥島を囲む海には食用にできる魚が沢山泳いでいて、日々の食事には困らない。野菜だってここの自然とお日様のおかげで自分達の畑で事足りている、まさに自給自足の生活ってやつだ。
ただ、だからといって無駄に取る訳にはいかない。あのことも考えて、食べる分だけ漁で釣って、それ以外で食用のために釣ることは特別な事情がない限りは掟で禁止されている。
だから今、私がやっているこれは都会でいうキャッチアンドリリースする釣り堀と同じで、釣ったあとは海に戻さないといけない。
「……あっつい」
さっきから頭を直射してくる陽の熱線のおかげで、帽子の中が蒸れて暑い。耳の毛もダニに噛まれた時みたいに痒くて痒くて。
「……あぁっつい!」
暑さに耐えきれなくなった私は右手で帽子を掴み、引き剥がすように取って折りたたんでいた2つの狐耳を立てた。ちょっとした海風が耳毛と尻尾を仰いで、少し涼しい。
ここまで来て言うのもなんだけど、私は普通の人間じゃない。父さんが人間で母さんが狐の妖怪、所謂ハーフというやつだ。
いきなりこんなこと言われたら混乱するかもしれないけど、飛鳥島は人と妖怪が共に暮らしている珍しい島だ。別に特別珍しいわけじゃないようで、京都や奈良みたいな他の場所に行くと私達の仲間が沢山いるらしい。行ったことないけど。
「おーい! ユウコー!」
後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると、道路を挟んだ向こう側の料理店の日陰で、幼なじみの祐希が犬耳をピクピクとさせながら手を振っていた。
「なにー?」
「昼飯ー! おばさんがさっさと帰ってこいってー!」
「わかったー!」
もうそんな時間になってたんだ、今日も朝から垂らしてたのに全く釣れなかった。
……ミシッ
「おっ?」
釣り道具を片付けようと立ち上がった瞬間、何かが釣り糸を引く微かな音が耳に入った。
「うおっ!?」
と思った瞬間、釣竿が勢いよく海の中へ引き込まれていき、私は咄嗟的に両手でグリップを掴んで踏ん張る。凄い引きの強さと動き、ゴミでもない、かなりの大物に違いない。けど、このままじゃ引きずり込まれる。
「ユウコー!? 大丈夫かー!」
突然の状況に祐希が叫びながら走ってきて、私の体を覆う形でグリップを握ってきた。
「ユウキ! 離したらあかんよ!」
「分かってる!」
日差しが容赦なく照りつける中、私とユウキはその場で踏ん張り、グリップを握りしめて引き続ける。相手も負けじと右往左往と糸を引きながら暴れつづける。
けど、ここで引き下がっては妖か……人げ……どっちでも良いけど私のプライドが許さない。それ!
……ムニュッ
ふいに、私の胸部あたりに何に掴まれたような完食が伝わってくる。いや、ようなというより掴まれている。
「ゆ、ユウキ! あんた!」
「え? ……あ、ち、違うんだ! わざとじゃ……」
ブチッ
私が怒鳴り、ユウキが謝ろうとした瞬間、何かが鈍くちぎれる音が聞こえてきた。
「「あっ」」
すぐあとに、私とユウキの体が急にふわりと浮き上がり、後方に向かって飛んでいく。押されてもいないのにまるで押されたように、綺麗に。
「「ぎゃっ!」」
そして私はユウキと重なる形で堤防から落ちて、地面に体を強打する。
釣竿の方はと云うと、私達が勢い余って離したせいで、さらに後方に吹っ飛んで、落ちると同時にポッキリと折れてしまった。
「「…………」」
負けを喫した私達を笑うように、狙ったあいつは堤防越しにパシャパシャと跳ねて、さらに虐めるように、日差しが私達の肌を照り続けた。
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「全く、昼飯になっても帰ってこないあまりか釣竿まで壊すとは、お主それでも妾の娘か?」
「ごめんなさい……」
場所は変わって、ここは私の住む1階建ての一軒家。そこの畳の間で、私は仁王立ちする女の人の目の前で正座していた。狐耳を恥ずかしげもなくピクピクと動かし、恥ずかしげもなく若い子が着るようなワンピースを纏ったこの人が、私の母さんで狐妖怪の1人でもある西垣狐火その人だ。若く見えるけど歳はうん百歳とかなり重ねていて、正直こんな格好でこんな口調で話しているのは見てて痛い。
「聞こえておるぞ」
「なんで」
「顔に出ておるわ」
こんな感じに心の中まで読み取られはしないものの、顔で相手の思う大体のことは分かるらしい。
「とりあえず、和が帰ってきたらお説教じゃ、よいな?」
「はーい」
「……ところでユウキ、お主何故右頬が腫れておるのじゃ?」
「あ、いやー、なんでもないですよこのくらい」
母さんは端に立っていたユウキの頬が赤くなっていることに首を傾げた。流石に助けてもらったのにこれはやりすぎたかも。
「ただいまー」
「ん、帰ってきたな」
台所に向かおうとした瞬間、玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開けられ、母さんは小走りで向かった。私とユウキもあとをこっそり着いていくと、この時期にはかなり厚着の服を纏った男の人……ではなく、私の父さん、西垣和が片手にクーラーボックスを担いで玄関に立っていた。
「おかえりなのじゃ、今日はどうじゃった?」
「ああ、いつも通りだ。ほれ」
お父さんがクーラーボックスを開けると、中から艶々とした新鮮なイワシが沢山入っていた。
「うむ、これなら今日の昼も夜も美味い魚を作れるのぉ」
「へへ……おおユウコ、ユウキも来てたのか。なんで頬赤いんだ?」
「いやぁ、まあ、はい」
父さんも気になったようで、ユウキはさっきと同じように笑って誤魔化して、私も目を逸らした。
「ユウキ、釣りはどうだった? でかいの釣れたか?」
「あー、その……」
「ん?」
「……ユウコの阿呆は、海の民に勝負を挑んで負けた挙句に、釣竿を壊しおったのじゃ」
「なんだって?」
父さんの表情が少し強ばったものになり、私は殴られる覚悟で目を瞑った。
「そうかぁ、負けたのか。ここの海に住む魚はみんな逞しいからな。そう簡単には釣らせて貰えんよ」
「うん」
「ま、経験だと思えばいい。とりあえず着替えたい」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ。ここは父親らしく叱るべきじゃ」
「何言ってるんだい、何事も経験、そのためなら釣竿の一つや二つ、壊れても仕方ないだろう」
「むー、お主というやつは、そういうところが甘いのじゃ」
母さんが呆れる中、父さんは靴を脱いで、私の頭をポンっと叩くとそのまま台所に向かった。私はと言うと、怒られなかったことに驚いて呆然と立ち尽くしていた。
「ほれ、ユウコも手伝え」
「あ、うん」
「あ、俺も手伝います」
何も分からないまま、とりあえず私達は母さんと一緒に台所に向かった。
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「ふぅ、美味かったぁ」
「いつもと変わらないよ」
1時間後、昼飯のイワシの焼き魚を食べ終わった私は、お腹を撫でるユウキの横で麦茶を飲んでいた。そう、母さんの薄い味付けの焼き魚はいつもと変わらない味だ。
『もうすぐ〇〇の文芸会館にて、亀甲亭一座主催による落語の公演会が開かれます。そこで今回は、亀甲亭亀助師匠と、その弟子亀美さんがお越しくださいました』
「おー見ろ、キーナちゃんが出てるぞ」
「ラジオは聴くものじゃ、それに今はキーナじゃのうて亀美じゃ」
丸テーブルの真ん中に置いたラジオから流れる番組に、父さんも母さんも耳を釘付けにして聞いた。
今放送してるラジオ番組に出演している亀美さんことキーナさんはこの島の出身で、実は私とユウキの幼なじみでもある。幼なじみといっても10くらい歳が離れてるから、お姉さんと言った方がいいかもしれない。
ちなみにキーナさんも私達と同じ妖怪と人間のハーフだ。
「にしても、あの子も立派になったのう」
「ああ、島を離れるって聞いた時はどうなるかと思ったけど」
父さんと母さんはしんみりとしながら話した。
キーナさんがここを去ったのは今から数年前、成人するにあたって、この島に残るか島を出て働くかを決めた時だった。キーナさんの両親はこの島に残って自分達の仕事を継いで欲しいと思っていたけど、キーナさんは昔からラジオやテレビで触れていた『落語』に憧れて、半ば喧嘩をしてこの島を出ていった。
今はすっかり仲直りしたようで、ときどき島のみんなに手紙を送ってくれている。この前の手紙には亀甲亭の兄弟弟子の人達と仲良さそうにしている写真も一緒に入っていた。
「俺も大人になったら島を離れようかな」
「おじさんが許してくれると思わないけど」
「だろうな」
私とユウキは顔を合わせて冗談半分に笑いあった。
私もユウキも、今のところ島を離れようとは考えていなかった。
「「…………」」
「母さん? どうしたの?」
「どうしたんおじさん、なんか顔くらいよ」
「……いや、なんでもないぞ。な?」
「そ、そうじゃな。さてと、さっさと洗い物を済まさんといかんのう」
「手伝う」
父さんと母さんは揃って作り笑いで誤魔化しながら台所へ引っ込んで行った。というよりは逃げて行った。
「……なんかあったのか?」
「さあ?」
少し怪しい2人の言動に、私達は首を傾げた。
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「島を出るか」
「トラメさんはどう思う?」
別の日、私とユウキは、3学年上の先輩のトラメさんと一緒に、運動場の鉄棒に腰を掛けながらだべっていた。
「……私は家業を継ぐことに不満はないから、多分出ないだろうな」
「やっぱりなぁ」
ユウキは納得したように呟いた。
トラメさんの本名は白月虎目、代々この島を管理している白月家の当主の娘で、次期当主として名前が上がっている、所謂ええ所のお嬢さんというやつだ。
ちなみにトラメさんは私達と違って虎妖怪のご両親から生まれた純血らしい、その証拠に私達よりも獣っ気が強い。ただ本人も何世代前の先祖が人間と交わっているらしいから、純血なんてものははなから信じてないんだとか。
「キーナさんみたいに外に出る人も少なくないんだろ?」
「そうだな。だが私の場合はこの島を仕切るという大切な役割があるから、どちらにしろ離れるわけにはいかない……なんて、実際はみんな好き勝手暮らしているからなんとも言えないな」
「違いない」
トラメさんは白髪から生えた虎耳を畳んで笑い、私達も釣られて笑った。
そもそもキーナさんみたいに島を離れてる人はそう珍しくないのが現状で、島外の高校に通ったり、都会で就職する人も少なくない。今頃外の世界で妖怪ライフを満喫しているに違いない。
「でも変だなー」
「何が?」
「いや、この前同じような話を母さんと父さんの前でしたんだけど、2人ともなんかなんにも言えないようなら顔しちゃって」
「ああ、それな。俺も家に帰って父ちゃんに話したら睨まれたよ」
「相変わらずキレやすいねー、ユウキのお父さん」
「父ちゃん気が短いタイプの犬だからな、母ちゃんには手懐けられてるくせに。ははっ」
「…………」
「トラメさん?」
「ん? ……ああ、そうか」
私とユウキは他愛もなく笑う。そんな中、トラメさんは黙りとしていて、声をかけると少し複雑そうな、何かを誤魔化すような笑みを浮かべた。
「おっと、そういえば教頭先生から呼び出しを受けていたんだった。じゃあ私はこれで」
「え? ああ、また」
トラメさんは鉄棒から降りると、そのまま校舎へ歩いて行く。
「……そうだ」
途中で止まると、トラメさんは振り返って虎眼で私達を見つめた。
「君達が怖いもの知らずなら構わないけど……一度飛鳥島神社を探ってみるといい。君達が知りたいことがわかるだろう」
それだけ言い残すと、トラメさんは前を向き直して、逃げるようにとっとと歩いて行ってしまった。
「飛鳥島神社か……」
「でもあそこの中って立ち入り禁止だよな?」
飛鳥島神社はこの島の唯一の神社で、ユウキの言う通り、あの中に入ることは私達島民でさえも許されていない。その神社を調べるだなんて……トラメさんは何を考えているのだろう。
「……よし、ユウキ」
「?」
私は覚悟を決めてユウキと向き合う。そんな私にユウキは首を傾げた。