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「お、おい、マジで行くの?」
「ここまで来たんだから、行くに決まってるでしょ」
夕暮れが近づいた時間帯、私はユウキを連れて、いつもの帰り道とは別方向の道を進んで、島内にある森の中に出来た土道を歩いていた。この道は飛鳥島神社へ続く通路で、元旦には島のみんなが列を作ってお参りにここを進む。
「もしバレたらどうすんだよ。それに呪われでもしたら……」
「腐っても妖怪の血が流れてるんだから、これぐらいで呪われるんならそれもまた本望よ」
「わけわかんねぇ……」
「怖いならいいよ、私一人で行くから」
「な、何言ってんだ、俺だって半分は妖怪なんだ。罰も当たる覚悟ぐらいあるぞ。犬根性だ」
「どんな根性よそれ」
そうこう言っている間に、目の前に一際拓けた場所が見えてきた。両端の木立も段々数を減らしていって、数歩進んだところで土道が途切れた。
「相変わらず静かだなぁ、ここは」
鳥居の下で、私達は辺りを見回す。いつもと変わらない中程度の大きさの神社と、そこから鳥居を繋ぐように敷き詰められた石畳、狛犬と狐の間みたいな2匹の動物の石像が鎮座している。
ココがこの島の唯一の神社、飛鳥島神社だ。別に秘密の場所でもなんでもなく、さっきの道と同じで元旦になると島のみんながお参りでここを訪れる、昔から親しまれている神社だ。
「よし、行くよ」
「お、おう」
私とユウキは脇を締めて、1歩1歩と石畳を踏みしめた。いつも普通にお参りしているはずなのに、今日だけは足が重い。まるで御社殿から目に見えない逆風が吹いているような、前に進もうとしても押し返される感覚だ。
「ゆ、ユウコー……」
「だ、大丈夫……大丈夫」
いつの間にか私達はお互いの肩を掴みながら進んでいた。もうこうなったら羞恥心も何もない。幼なじみとくっついてでもこのまま進んでやる。
1歩1歩進んでいく。そうしていると、ようやく木製階段の前までやってきた。私とユウキは息を飲んで同じ片足を出して、一段一段を足を踏み締めながら上がっていく。軋む音が妙に怖くて、上がっていく度に音が歪んでいくように聞こえる。
そしてようやく上がりきった私達は、目の前に立ちはだかる扉に立ち尽くす。実際はないはずなのに、禍々しい黒い何かが中から扉の隙間から漏れ出ている気がする。いつもと違う禍々しさに私の狐耳とユウキの犬耳が自然に折り畳み、しっぽもぼっと膨らむ。
「よし、開けるよ」
「こ、こうなったらやけだ」
私とユウキはお互いに音を鳴らして唾を飲み込み、腕を伸ばし、私が右側を、ユウキが左側に格子戸に触れる。
「「せーのっ!」」
そして声を合わせて、格子戸を同時に開いた。
「……なんもない」
パンっ! という乾いた音が一瞬だけ響いた後、私達は目の前の光景を見て唖然とした。
あれほど歪んだ黒い空気が漏れ出ていたはずなのに、部屋の中はそんなものがあったかも分からないほど静かで、物も何も無いがらんどうな状態だった。いくら田舎島の小さな神社とはいえ、ここまで空だとは思わなかった。
「な、なあ、ユウコ……あれ」
「……うん」
暗さに目が慣れた私達は目と鼻の先、より少し上、この部屋の奥にある神棚らしきものが鎮座していることに気がつく。そう、あそこにこの島の神様が眠っていて、今私達はその神様の部屋の中に土足で上がり込んでしまったのだ。こんなに罰当たりなことをしたのは、多分人生で初めてかもしれない。
「……ん?」
「ど、どうした?」
「いや、あれ」
「あ、おい」
ふと、私は神棚の前に何やら長方形のものが立てるように置かれていることに気がつき、好奇心と恐怖心が混じった感情に赴くまま足を前に出す。床の軋む音が建物の古さを伝え、ユウキと一緒に震える中、とうとう神棚の前に来てしまった。みんなが島を出る話になるとどうして不安そうな顔をするのか、それを知るためだけにここまで来たけど、正直言って腰を抜かしそうになる。
「これ、なんて書いてあるの?」
「いや、古すぎてわかんねえ……」
覗くように神棚の前に置かれた長方形のものを見る。それはどうやら手紙か御札のようなもので、筆文字で縦2行分、昔の文字で何かが書かれていた。
「いつの時代だろ?」
「わかんねえって」
私達は顔を合わせて首を傾げた。
「戦の犠牲となった全ての人と妖怪、ここに眠る。現代語で言うとこうなるじゃろうな」
突然、後方から謎の声が聞こえてきて、驚いた私達は思わず肩を跳ねさせ、サッと後ろを振り向いた。
「か、母さん?」
「お、おばさん……え、父ちゃんも?」
振り向くと、腕を組んで格子戸にもたれ掛かる私の母さん、狐火の姿があった。もう片方には、ユウキのお父さんの犬丸おじさんも同じような姿勢でこちらを見ていた。半妖の私達の耳にも気配を捉えることが出来ないなんて。
「やっぱりこうなると思ったぜ」
「全く、妾達の子に掟を破らせるようなことを仕向けるとは、小娘にも困ったものじゃ、のうトラメ?」
「いいじゃないですか、どちらにしろもう少ししたらこの子達も知ることになるんですから」
ギシギシと木製階段を上がる音が鳴ると、虎耳を跳ねさせたトラメさんが姿を現した。
「お主、それでもこの島の次期当主か」
「まだ当主にはなっていないので」
「ふん、本っ当に父親に似たな」
3人は話に盛り上がる中、私とユウキは終始わけがわからなくてグイッと首を傾けていた。
「……と、ここに居座ったら本当にお怒りをくらいそうだ、別の場所に行こうか」
「べ、別の場所って?」
「ふむ、なら妾の家で話そうぞ」
「母さん?」
「ユウコ、ユウキ、お主らには話さなければならぬな」
母さんは何処か疲れながらも、真剣な表情で私達を見つめてきた。
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「「……」」
時間は流れて、丸いお月様が顔を見せて、狼人間のみんなが本能に目覚めそうな、そんな時間帯の西垣家の居間で、私とユウキは隣り合わせで正座していた。
私達から見て縁側には犬丸おじさんと美幸おばさん(ユウキのお母さん)、反対には父さんとトラメさん、そして目前には胡座をかいた母さんが、いつも邪魔だと言って隠している九本の狐尾を揺らしながら座っている。
「さて、どこから話すべきか。のう犬丸?」
「初めからでいいんじゃないか。でないとあの神社のことも分からないだろ」
「和はどう思う?」
「俺も初めからでいいと思うぞ。ユウコ達にはその方が分かりやすいと思うしな」
「美幸もそれでよいか?」
「ええ、それで良いと思うわ」
「ふむ、では」
と言って、母さんはいつの間にか手にしていたキセルの火皿に火をつけて、吸口からゆっくり煙を吸い込んだ。あれは確か小さい頃に母さんが吸っていたものだった気がする。もう何年も押し入れの中に眠っていたはずだ。
「ふぅ〜、ではお主ら、心して聞け」
「は、はい……」
緊張しながら答えると、母さんは凛とした表情を浮かべて話し始めた。
その昔、私が生まれるずっと前、母さんがまだ数百歳若かった頃、この地球(主に日本)では人間と妖怪との間に軋轢があって、今みたいに共生しているなんて云うには程遠いぐらい毎日のように争いを起こしていたらしい。
原因はどちらもお互いを見下していた、要らない恐怖心をお互いに持っていたという単純な理由だったようで、そんな理由のために多くの人と妖怪が命を落としていった。
その闘いは始まってから数十年も続いたらしく、時代が流れるに連れて表沙汰にはならなくなったけど、歴史の裏では続けていたらしい。
けど、流石にこれ以上の争いは無意味で両者の破滅をもたらす、と考えた人と妖怪が協力してこの戦いに終止符を打ったそうだ。
そのメンバーの中には、母さんと犬丸おじさん、キーナさん家の人達やトラメさん家族、京都の偉い妖怪さん達もいたそうだ。
「そして時は流れ、妾達のような争いを好まない妖怪や人間達の一部がこの島に移住した。あの神社は二度とこのようなくだらぬ争いが起きないことを願い、そして争いで死んでいった仲間達を眠らせるための慰霊替わりのようなものなのじゃ」
「…………」
「…………」
今まで知らなかった真実に、私とユウキは口を紡ぐしかなかった。まさか私達の知らないところでそんなことが起こっていたなんて。
「このことは本来、成人を迎えた者、若しくは島を出ることを決意した者に告げる決まりなのじゃが……この虎娘が掟を破りおったわ」
「全く、虎の妖怪はどうしてこうも」
「まあいいじゃないか、犬丸も狐火もかっかするな」
「そうよ」
トラメさんを睨む母さんと犬丸さんを、父さんと美幸おばさんが宥める。トラメさんはと言うと、何故かそっぽを向いて虎舌を出していた。
「……ねえ、聞いていい?」
「なんじゃ?」
「昔のことは分かったけど、どうして成人とか島を出るときに話す決まりなの? それに島を出ることはそんなに珍しくないんでしょ?」
私が思ったことをぶつけると、母さん灰皿盆にコンコンと灰を落とした。
「……確かに島を出た者は少なくはない。じゃがその大半は京都の妖怪達の組合に入っているか、若しくは自分の素性を隠して生活しておる。少なくともここよりは不便かもしれぬ」
「でも、他の場所でも共存してるって……」
「それはあくまで京都や奈良の組合に入っている者の場合じゃ……いや、その者達でも素性を隠すものもおるな」
「もし正体がバレたら何をされるか分からないな」
「それって……」
「……まあ簡単に言うと、島に残って安全に暮らすか、外で迫害を受ける覚悟で生活するか、それを選ばせるためにこんな掟を作ったわけだ」
母さんと父さんの言葉を、トラメさんが分かりやすくまとめて言い放った。
「……人間から虐められるのを防ぐために……島から出さないために半分脅す……てこと?」
「……極端に言うとそうなるわね」
私の言葉に、美幸おばさんは少し苦虫を噛むように話した。多分、キーナさんの時も、他の人達の時も同じように真実を告げられたのだろう。
「……一緒に争いを止めたのに、妖怪が隠れて暮らさないといけないなんて、解決してないじゃん」
「……解決はした。解決をした結果、妾達妖怪が選んだ道がこれなのじゃ。妾達のように個々で人と分かり合えた者もおる。そしてこうして共に暮らし、お主らのような半妖が生まれた。それだけでも大きな進歩なのじゃ」
「……元はと言えばどうでもいいことで争いを始めた昔の奴らが元凶だ。今生きている奴らの、誰が悪い訳でもない」
「「……」」
母さん達の言葉に、私も、疑問を吐いたユウキもただただ黙るしかなかった。今まで嘘をつかれていたことがショックなのか、それとも人と妖怪の現実を話されて驚愕しているからなのか、色んなものが私の中で混ざりあって渦巻いた。それはユウキも同じだろう。
そんなこちらの様子を伺いながら、母さんはキセルを置いて、姿勢を正して私の顔を真っ直ぐ見た。
「ユウコ、妾はお主に傷ついて欲しくないのじゃ。外の世界はここよりも残酷で、島で育った者では容易に耐えられたものではない。できればお主にはここに残って欲しい、それが妾と和の思いなのじゃ」
「母さん……」
母さんはきつね色の瞳で私の目を見つめる。
母さんも父さんも外の世界の残酷さを知っている。母さんに至っては当時の悲惨さまで見てきている。だからこそ、2人とも私にはこの島を離れて欲しくないんだろう。あの時、ユウキと冗談で島を出るなんて話をした時にあんな表情をしてたのは、多分こういうことだったんだ。
「身勝手な親ですまぬ。しかし、もしお主がどうしても島を出たいと言うのなら、その時は妾も和も腹を括ってお主を送り出すつもりじゃ」
「私は……」
続けてなにか言おうとしたけど、母さんのどこか悲しそうな表情を見ていたら何も言えなくなってしまった。いや、そもそも私自身、真実を聞かされたばかりなのに、これからどうしたいのかなんてこれっぽっちも考えれていなかったから、どっちにしろ何も言えなかったのは変わらないかな。
「ユウキ、お主もじゃ。妾にとってお主も我が子同然、できればここを離れて欲しくはないのじゃ」
「俺は」
「……島を出るも出ないもお前の勝手だ。だが島を出るなら、その時は親子の縁を切る。いいな」
「えっ!?」
「もう、そうやって脅すようなこと言って。素直にここに残って欲しいって言えばいいじゃない」
「……ふん」
「父親ってどうしてこうも素直になれないのかしら」
強ばった顔でそっぽを向く犬丸おじさんに、美幸おばさんは呆れた表情でその背中を睨んだ。多分おじさんもおじさんなりにユウキのことを心配しているのは間違いない。けど母さんが前に言っていた『父親としてのプライド』とおじさん自身の性格もあって、正直に気持ちを伝えられないんだろう。それが不器用な人の特徴らしい。
「……よしっ! この話はこれで終いにして、みんなで晩飯でも食べるか!」
空気を読んだのか、父さんが気を取り直したように手を叩いてそう言った。
「ところで今日のメニューは?」
「焼きイワシだ」
「じゃあ私もお手伝いします。あと私の分は塩多めで」
「阿呆、お主に食わせるイワシなどないわ」
母さんのジト目を無視して、トラメさんは父さんを手伝いに台所に向かった。
一方のユウキは頭がこんがらがったようにまだアワアワとしていた。私も同じようなもんか。
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もっと時間は流れて、むせかえるような昼と違って涼しい風が吹く夜の時間帯。晩飯を食べ終えた私はユウキと一緒に縁側に座って、黄色に輝きながら真上で鎮座している真ん丸なお月様を眺めながら、3角切りでとんがった赤いスイカを食べていた。これは島の西側にあるキーナさんの実家のスイカ畑で取れた、真っ赤で甘いスイカだ。
「なあユウコ」
「何よ」
「お前、さっきのこと頭に入ってるか?」
「……正直色んなことがありすぎてこんがらがってるかも」
「だよなぁ」
私もユウキも、突然の事実を幾つも聞かされたせいで心の中は呆然としてしまった。
過去に起きた人と妖怪の争い、今の両者の共存関係の真実、そして……
『実は妾と犬丸は当時付き合っておったのじゃ』
『『ええっ!?』』
『昔の犬丸はそれはそれはモテモテでのぉ、妾も見蕩れてしまうほどの妖気を持っておったのじゃ。とはいえ、いざ付き合ってみればこれがまた面倒臭い犬男で、伴侶とするには性格の相性が悪すぎたのじゃ』
『ふん、雄を侍らせてた狐がよく言うぜ』
『侍らせ……えぇ』
『か、母ちゃんは知ってるのか?』
『もちろん、和君も知ってるわ』
『ついでに言うと和さんと美幸さんも昔付き合ってた』
『えぇ……』
『こらトラメ、要らぬことを言うな』
『いいじゃないですか、言っても減るものじゃないんですから』
『ちょっと待て、なんでトラメが知っているんだ?』
『お父様とお母様が話していたので』
『あの虎夫婦……』
なんていう、知りたくなかったというか知らなくても良かった衝撃的な真実まで塞いだ耳の隙間から聞かされたおかげで、私達の頭の中は未だに混乱している。
ちなみに後ろでは、さっきのことを皮切りに母さん達が昔話で色々と盛り上がっている。大人の恋愛、特に人と妖怪の恋話っていうのは私達にはまだ早いらしい。
「でもなんかショックだよなぁ」
「争いのこと?」
「それもそうだけどさぁ、俺達にとって当たり前なことが実はそうじゃなかったって、しかも妖怪側が隠れて暮らさないといけないなんて、やっぱ腑に落ちねえよ」
月の斑点を数えながらユウキは口と犬耳の先を尖らせた。私もユウキの持つ疑問は何となく分かる。きっと島を出たみんなの中にも、島に残った人の中にもユウキと同じように疑問を持った人がいたに違いない。
「「あむっ」」
私達は同じタイミングでスイカの赤い果肉にかぶりつく。シャキシャキと崩れるや否や、甘い味が口いっぱいに広がり、晩飯のイワシの塩辛さが一瞬で吹き飛んだ。ちなみに私は塩をかけない派で、母さんは白い所ギリギリまで削ってからシャーベットみたいに食べる派だ。
「……ユウキ」
「ん、なんだ?」
「私、いつか外に行ってみたい」
私の発言にユウキは軽く蒸せて、驚いた顔で私を見た。無理もないか。
「お、お前、父ちゃん達の話聞いてたか?」
「聞いてたよ? けどやっぱり気になるよ。外の世界が本当に母さん達が言った通りの光景なのか……だから、この目で確認したい」
「ユウコ……」
母さん達の話を信じてないわけじゃない。けど、本当に外の世界は残酷なのか、もしかしたらこの島みたいに一緒に人と妖怪が安心して共存している場所もあるんじゃないか、人と妖怪の間に生まれた子どもとしてなのかどうかは分からないけど、そんな探究心が私の内に湧き上がってきた。
「……そうか。ま、お前がやりたいって言うなら仕方ないか。俺は応援するよ」
「ほんと?」
「こんなことで嘘なんてつかねえよ」
「……ありがと」
ユウキが子どもみたいに微笑んできたので、私も微笑み返した。そしてもう一度2人でタイミングを合わせたようにスイカに齧り付き、種の混ざった果肉をシャリシャリガリガリと咀嚼して、甘いスイカを口の中いっぱいに広げた。雀にそっくりな夜虫の鳴き声も相まって、より一層それらしさが出ている。
「綺麗な月だねー」
「そうだなー」
「(仲良しだねぇ)」
すぐ後ろでトラメさんがスイカに塩を振りながらこっちを見ていることに気づかずに、私とユウキはお互いの尻尾をフリフリと揺らしながら、真ん丸笑顔の綺麗なお月様を見つめた。