バルバルサン短編集   作:バルバルさん

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 トアルート王国首都のトアルートダム。ここは治水技術や道路が発展しており、外観は訪れた者に感嘆の息を吐かせるのに十分な美しさを誇る。だが、その王城の内部は腐敗しかけた果実のよう。

 貴族の力を増したい貴族達と、集権主義の国王とその周囲が醜い争いを行っている。

 それに対して国を守る軍内部はグラヴィス・ヴォン・グルシム将軍が引き締めを行っており、反発もあるが彼を慕う者が軍と民両方に多く存在しているため両陣営共に無視できない存在となっている。


 そんなトアルートダムでは最近、貴族や金持ちの男中心に金品を巻き上げられる。あるいは金庫の金をくすねられるという事件が多発している。

 その犯人についてわかっているのは女性であるという点のみ。
 その謎の盗人を王都警ら隊が血眼になって探しているが、捕まる気配は未だ無い。

 
 さて、そんなある日の事。

 平民よりも身分が上の者たちがゆっくりと酒を楽しむ店の奥の席。

 店のろうそくの炎でゆらゆらと照らされているのは、長めの黒髪を指で巻き、ほどくという動作を続けている、黒いドレスで着飾った妖艶な雰囲気を持つ女。

 その女は蠱惑的な紅色の唇を動かし一言。消えるようにつぶやく。

「あぁ……つまらない」

(カクヨムに投稿した物を、加筆修正して投稿しました。)


堕とされるのは、きっと……

 私の名前はリリア。ただの街娘……ではなく、良く言えばちょっと手癖の悪い、悪く言えば世間をそこそこ賑わせている盗人の女。

 

 そんな私にも盗み以外のプライベートな時間はある。たまには男を釣って、貢がせて、ちょっと高い宿をとりたい気分の時もあるのだ。

 

 だけど、今日は本当に外れの日だった。

 

 街を歩いていたら声をかけられ……つまり、男を釣れたのだけど。まあ、ついて行ってやればこれが本当につまらない男だった。

 

 

「なーにが、『俺は女を鳴かせるのが上手いんだ』よ。自分が鳴いている時間のほうが長かった癖に」

 

 

 ハァと軽く溜息を吐く。

 

 髪を指に絡ませ、解く。この時間のほうがよっぽど退屈しのぎになる。

 

 結局のところ、その男からは寝ている間に金品を根こそぎもらって、別れてやったけど……

 

 ハァ、つまらない。本当につまらない。

 

 

「マスター。少し氷でお酒が薄くなっちゃった。変えて頂戴」

 

 

 そう店のマスターに言い、店内を見渡す。自分は店の奥側、壁際にいて店内を見渡せるのだけど。数人の人影はあるが、特に語るべき人間はいない。

 

 あぁ……この退屈な時間。ここから私をさらってくれる。そんな素敵な存在はいないのだろうか。

 

 そう思いながら、再び髪を、指に絡ませ、解く……

 

 ふと、カランと店の戸が開く音がする。だけどそちらのほうは向かない。誰が入ってきたかなんて、興味も出ない。

 

 でも、入ってきた存在はどうやら私に興味があるようで、こちらに歩いてきた。

 

◇◇◇

 

 俺の名前はグラヴィス・ヴォン・グルシム。このトアルート王国の将軍の役職を拝命している。

 

 最近、隣接するヨアルーク国との小競り合いにもひと段落が付いたので王都に戻ってきていた。

 

 とりあえず、一休み……と行きたいところだが、俺は上流階級の人間には顔が知れすぎている。貴族連中や、元老院に役人……王城では静かに酒も飲めやしない。

 

 というわけでそこから抜け出し、少し窮屈な平民風の服を着てお忍びでやってきたのは、最近王都に出来た静かに酒を楽しむことのできる店。

 

 ここなら、店内の誰かが俺の顔を知っていたとしても、大騒ぎにはならないだろう。

 

 カラン、カランと扉を開け、奥のほうの静かに酒が飲めるであろう場所に行こうとすれば、既に先客がいた。

 

 なんとも退屈そうで、酒に口もつけず髪をいじっている女が一人座っている。

 

 まぁ静かに酒は飲みたいが、一人酒というのもつまらない。この女性と一緒に飲んでみるのも一興か。

 

 そう思い、俺は彼女に声をかけた。

 

 

「どうしたんだ? この世のすべてがつまらないというかのような顔をしているな」

 

 

 そう言いながら、俺は彼女の隣の席に座る。

 

 近くで見れば、少し湿った雰囲気のある長い髪が魅力的で、蠱惑的な唇をもつ女だった。

 

 

「マスター、軽い酒を二つ。俺と彼女に。俺が奢ろう」

 

 

 そう酒を注文しつつ、彼女のほうを向く。

 

 彼女が飲んでいたのはそこそこに強い酒だったが、話をするなら軽い方がいいだろう。

 

 

「女が、そんなつまらなそうな顔をするものじゃない。どうせするなら。もう少し笑顔を含ませたほうが魅力が出る」

 

 

 俺の言葉に、彼女は返答しつつ俺の方を向いたが、なぜか顔が一瞬固まる。

 

 まさか、俺の顔を知っていたのだろうか。緊張はすぐほぐれたが、もしかしたらパレードなどで俺の顔を知っていたのかもしれない。

 

 そして酒が運ばれてきて、普通の男なら一瞬で惚れそうな笑みで、乾杯しませんかなんて聞いてきたので、俺も持ってこられた酒のグラスに手を伸ばした。

 

◇◇◇

 

 近づいてきたのは、力強いオーラを体から発する男。顔はまだ見ていないが、きっと精悍な顔立ちだろう。

 

 そんな彼は私に酒を奢ろうとしている。ちょうどいい。まさに、妖精が蜜をもってやってきた。そう東洋のことわざが浮かぶかのよう。

 

 この男を釣って、再び退屈しのぎでもしようじゃないか。

 

 

「あら、ありがとう。中々素敵なことしてくれるじゃない」

 

 そう言いながら、私はその男のほうを向いて……一瞬、固まってしまった。すぐに、その緊張を隠せたのは奇跡だろう。

 

 何故なら、目の前にいたのは私を血眼で探している王都警ら隊の上の上。頂点に君臨する男だったのだから。

 

 なぜ、私の天敵の軍の人間……しかも、将軍がこんな場所に?

 

 妖精が蜜をもってくるどころか、ドラゴンが自分を狙うためにやってきた。みたいなもの。

 

 彼が何か言っているが、正直耳に入らないというか、内心の冷や汗を隠すことで精いっぱいだ。

 

 中々、彼の目を直視できない。もし彼と見つめ合い、万が一正体がばれたら……?

 

 だが、声をかけられた手前、顔を背け、再びうつむくのも不自然だろう。ならばと意を込めて、彼のほうに体を向ける。

 

 赤い、精悍な赤い髪の毛と目。剣だこのある、固そうな手。オーラに違わぬ、戦う男というべき存在が私の隣に座っていた。

 

 続く彼の言葉を聞くに、私の正体が盗人であるとは知らないし、気が付いていないようだ。

 

 その時、自分と彼の前に頼んでくれた度数の高くない紅い酒の注がれたグラスが置かれた。

 

 このまま固まっているのは不自然だろう。私は、彼に淑女の笑みを浮かべて、紅いグラスを手に取り。

 

 

「乾杯、しませんか?」

 

 

 なんて一言。

 

◇◇◇

 

 彼女と、自分の間に紅い酒が運ばれてくれば、自分もそれを手に取り。

 

 

「ああ、乾杯でもしようか、俺たちの人生が、一瞬交わったこの時に、乾杯」

 

 

 なんて少々キザったらしいことを言って、コツン、と小さく乾杯。

 

 そして、緊張している風な彼女に、小声で。

 

 

「そう緊張しなくてもいい。今君の隣に座っているのは、少々高い服を着た、将軍似のただの男だよ。緊張して飲む酒は不味いからな。将軍似の顔というのも困ったものだよ」

 

 

 そう言って小さく肩をすくめよう。そしてそのまま。

 

 

「さあ。そんなつまらない表情などやめて、酒を楽しもう。今、君の前に注がれた紅い酒には、『君は魅力的だ』という意味が込められているという……君は魅力的だよ。男を泣かせるほどに魅力的だ」

 

 

 そう囁き、自分の酒で唇を塗らそうか。

 

◇◇◇

 

 何とか淑女の笑みをとりつくろってはいるものの、心臓が相手に聞こえるのではというほどに音を立てて鳴っている。

 

 彼が本当に、自分の知っているあの将軍だとしたら。

 

 自分など一介の盗人。彼の前では吹けば飛んでしまうような存在。水と油。それほどまでに相性が悪い。

 

 どう対応するのが一番良いのだろうか。

 

 そう考えていれば、相手もグラスを掲げてきたので、こちらも、軽く音を鳴らし、乾杯をしておく。

 

 軽い音が鳴り、相手が酒を含めば、こちらもコクリと一口。しかし、味など全くわからない。

 

 

「ふぅん。高い服を着た、将軍似の男ねぇ。そんな言葉、本当に信じる人はいないと思うけど。まあ、そうしておくわね」

 

 

 幸いなことに、彼は権威を振りかざす乱暴な男ではないようだ。

 

 しかし、心を揺さぶるような力強い言葉は、間違いなく彼が将軍であると本能に知らせてくる。

 

 どう切り抜けようかと悩んでいた時。ふと心の中で、何かが囁いた。

 

 この男を堕とすことができたら?

 

 

「キザというのは、あなたのためにあるような言葉ね。ふふっ。魅力的か。でも、私はこのお酒みたいに、きれいな色していないわよ」

 

 

 紅い酒で、自分の唇を濡らしつつ。コクリ、コクリと喉を鳴らす。

 

 その酒で濡れた唇を、赤い舌で一舐めし。

 

 

「男を泣かせるほど? ならあなたは。将軍似のあなたは泣いてくれるのかしら?」

 

 

 淑女の笑みを一転。妖艶なものに変化させよう。

 

 そう。これはちょっとした勝負なのだ。

 

◇◇◇

 

 

 相手は納得していないようだが、自分のことを将軍似の男ということにしてくれたようだ。

 

 先ほどの言葉は、自分でもキザとは思ったが。実際にそういわれれば、軽く笑ってしまう。

 

 

「はは。そう言ってくれるな。女の扱いは、たしなむ程度にしか勉強していない。不勉強なものでね」

 

 

 彼女も酒を口に運んだので、自分も再度、酒で喉を鳴らす。

 

 

「ふむ。確かに紅くはないが、黒い君の姿は……そうだな。まるで黒真珠か、ブラックダイヤのようだ」

 

 

 そう言ってグラスを置き、紅に燃えているとよく言われる俺の瞳が、相手の黒い姿を映す。

 

 

「ブラックダイヤの逸話を知っているか? 数多の貴族の手を渡り歩き、その貴族達を不幸の底に叩き落してきた、魔性の宝石だとか。君の魅力は、そんな魔の物を秘めているようだ。はは、なんてな」

 

 

 そう言った後、泣いてくれるか。なんて妖艶な笑みを浮かべる相手の言葉を聞いて、薄く笑い。

 

 

「ふ、女に泣かされる趣味はない。今も、これからも。だが魔性の宝石を手にした時、俺がどんな不幸を味わうかは興味がある。俺を屈服させるような不幸を味わうか、それとも、その不幸ごと、俺がその宝石を燃やしてしまうか」

 

 

 そう伝える。そんな俺の顔と瞳が、酒に映って揺らめいていた。

 

◇◇◇

 

 女の扱いが不勉強とは聞いて呆れる。

 

 彼の続ける言葉はキザながらも知的で興味をくすぐり、間接的に相手を喜ばせるような言葉だ。言うなれば、女を堕とす為の言葉だろう。

 

 彼の瞳が映った紅い酒。まるで、私を惑わしてくる炎のように揺らめいている。

 

 だから私は、彼の言葉の深さ、重さを探る為。その言葉に言葉を重ねていく。

 

 

「手にすれば不幸になる宝石。それを知った上でも手に入れたいって思う人も居るわ。貴方もそうなの? 奇特な人」

 

 

 実際の彼の赤い瞳に己の黒い瞳を重ねるように、目を合わせ。そしてカウンターに乗せられた肘、その先の頬を包む掌の小指で、己の唇を弄りながら、ゆっくりと話す。

 

 

「燃え尽きて唯の炭になってしまったら捨てられそうな勢いね。それは自信? それとも虚栄? それとも、事実なのかしら?」

 

 

 自分の口角を少し上げる。その隙間から微かに漏れる赤い舌。

 

 それは唇を割る様にゆっくりと横に撫で動き、紅い唇をさらに蠱惑的に濡らすだろう。

 

 さあ、彼はどう返すのか。

 

◇◇◇

 

 相手から漂ってくる色気。どこか妖気すら漂わせるそれは、確実に自分を堕とすために蠢いていると、心のどこかで小さく警鐘がなる。

 

 だが、それが何だというのだ。

 

 女が男を堕とすために色気という武器を使っているのだ。なら、それを受けて立っての男ではないか。

 

 不幸になると知ってなお、手に入れたいかと問われれば、軽く笑みを続け。

 

 

「手に入れれば不幸になるか。上等ではないか? 宝石とは、古くより争いばかりを引き起こし、感じる幸せと言ったら所有欲のみ。それは女にも言えることだ」

 

 

 炎と漆黒の瞳が交わる。自分の炎の瞳で、女を焼くように眺めつつ。

 

 

「女を手に入れ、所有欲も肉欲も満たされた後に何が残る? 愛が残れば上等なものだ。残るのは、相手への想いという名の束縛と、醜い嫉妬からくる争い。これだけ見れば、宝石そのものだよ、女というのは。だがな」

 

 

 そこで、再び喉を酒で濡らし、続ける。

 

 

「女には宝石にはない心がある。その心があるからこそ、宝石より楽しめる。女の心をどう燃やし、どう美しく愛でるか。そこに男が問われるんだよ。いわば、女を美しく燃やすのが男の役割だ。その後に役割は残っていない。だからこそ、俺は君という宝石のような女を愛で、燃やしたい。その果てに不幸になろうとな」

 

 

 俺は笑みを深めながら。そっと頬杖をついていない方の頬へと手を伸ばし。

 

 

「燃え尽き、ただの炭になるほど君を愛でられるのなら。男としてそれ以上の役割はない。例え不幸になろうと、それが降りかかるのは、役割を終えた男にだよ。宝石のような女である君が心配する必要は無い」

 

 

 そう言って、俺の燃えるような体温を、武骨な掌から彼女の頬へと伝えようか。

 

◇◇◇

 

 私は数多の男をあの手この手で堕としてきた。しかしどうやら、彼にはなかなか通用しそうにない。

 

 しかも彼は、気障な台詞の上に情欲を擽るような言葉まで乗せて来る。

 

 それが、たまらなく愉快。

 

 私は彼の言葉をゆっくりと聴いていた。ただ、何をするわけでもなく。その瞳を見つめながら、ゆっくりと。

 

 彼の言葉が終わり、己の頬に彼の手が添えられれば、掌に乗っていた顔の重さを彼の掌へと移し、その掌へゆるりと頬を擦り付ける。

 

 それまで私の顔を支えていた掌は、己の頬を支える彼の掌にそっと、添えられた。

 

 

「一々魅力的な言葉。女の扱いが慣れすぎているんじゃないかしら? とても人生経験が豊富のようね。まるで本当の将軍様みたい」

 

 

 正直、彼の言葉を聞き入ってしまったのも事実。彼の掌に頬を寄せるのも、打算では無くその言葉に酔ってしまったから。

 

 けれども、女はその魅力的な言葉を受けるわけにはいかない。職業柄、女は女になってならない。

 

 だから頬に添えられている彼の掌、唇近くにあるその親指を食みながら言葉を続けた。

 

 

「気障で酸いも甘いも知った素敵な貴方に教えてあげる。私に一番効果的な言葉は、抱かせてくれ、その一言よ。それを知った上で、更に言葉で酔わせてくれるのかしら。期待しているわよ?」

 

 

 彼の親指を軽く吸い、後ににやりと嗤った。

 

◇◇◇

 

 相手の言葉はどうにも俺の心を高ぶらせてくれる。

 

 どうやら相手は俺以上に酸いも甘いも知った女の様だ。

 

 自分の武骨なもう一つの手が、自分の頬に触れた女の手に触れ、包む。

 

 しかし抱かせてくれ、か。それを言うのは簡単だ。だが、俺もまたそれを簡単に言う気はない。

 

 

「ふ、抱かせてくれか。俺の口からその言葉を引き出す気かい?」

 

 

 そう言って、相手の頬を優しくなでるように、掌を微妙に動かす。

 

 

「男は女をの心を燃やし、愛でる生き物だ。君に抱かせろと迫って、体を重ねるなんて、そんなつまらない心の燃やし方はないだろう? 君に、この男に燃やされたいと思われなくちゃ、男として君を燃やしがいがない」

 

 

 そう言いながら自分の頬を撫でる手を、優しく掴み、自分の胸、心臓の上にその掌を置かせて、自身の熱い鼓音を相手の掌へと伝えようとする。

 

 

「感じるか? 俺の鼓音。君を燃やしたいという昂りが、ここまで鼓音を大きくさせている。君という宝石のような女性と、言葉で酔わせ合うだけで、ここまで鼓音を大きくさせる。ここまで、俺の体温を高ぶらせる。君も興味はないかい? 俺の熱で燃やされた果てに、何が残るのか。君に、俺を最高まで昂らせ、君を燃やす魔法の言葉を教えるよ」

 

 

 そして相手へと顔を近づけ、耳元まで唇を近づけ、囁こう。

 

 

「抱いてくれ。この一言だ。この一言が、君の唇から出れば、君を灰も残さず燃やし愛でて、君という宝石に最高の輝きを与えよう。そしてその果てに俺に見せてくれ。君が俺に与えられる、最高の不幸を」

 

◇◇◇

 

 こんな状況を作ってしまえば、抱かせてくれと懇願してくる男は掃いて捨てる程いる。

 

 そんな男は私にとって唯の財布でしかない。そして彼は、唯の財布では無かった。

 

 彼の続けられる言葉に、私の心が心底喜ぶのをかんじていた。

 

 こうも挑発し、色香を届けても自分の優位性を保ち続ける彼。

 

 きっと彼が私よりも年齢を重ねているからであろう。言葉から伝わる重さが、私の女心を揺さ振っていた。

 

 

「その強引さも、計算の内かしら。憎い男ね、貴方って」

 

 

 彼の厚い胸板へ手を運ばれれば、熱と共に鼓動が伝わる。

 

 私によってここまで高ぶってくれるのは正直嬉しいが、やはり今、心を許すわけにはいかない。

 

 彼は間違いなく、将軍なのである。扱いを間違えば、彼の言葉通り燃やされるだけの女に成り下がる。

 

 続けられる彼の言葉は至極色めいていて、すこぶる魅力的だ。しかも私に抱いてくれと言わせようとしている。

 

 もし私が普通の町娘ならば、間違いなくそう口にしているだろう。そう思うほどの、甘く、男らしい言葉。

 

 耳元に注ぎ込まれる、彼の低く、優しくも強い言葉に大きく心臓を跳ねさせながらも、女は気丈に振る舞い、言葉を返す。

 

 

「私、そんな言葉を簡単に吐くような女に見えるのかしら。ううん、言いそうに無い女に言わせるのが愉悦。そんな顔してるわ。違う? だから私は言わないの。言うのは貴方よ?」

 

 

 彼の胸元に触れる手。それを胸板を確かめるように緩く動かしながら、私は甘くゆっくり、彼に囁き返した。

 

◇◇◇

 

 自分の言葉が、相手に届いているのは確かなのだろう。

 

 だが、決して男になびかないその気丈さ、気高さには敬意を払わなければならない。

 

 だからこそ、自分も言葉を紡ごう。相手の心をとろけさすような、真摯な言葉を。

 

 

「計算なんて。俺は君が魅力的な宝石だから、何とかなびかせようとしている、ただの男だよ」

 

 

 そう言いながらも、続く相手の甘い言葉には。

 

 

「ふ、簡単に言うとは俺も思ってないさ。君は気丈で、そして心の強い女だ。だからこそ、その気丈な心から、俺に抱いてほしいと思われれば、それ以上に嬉しいことはないさ。君はどう思ってるんだい? その、強く気高い女としての心の鎧の奥では」

 

 

 そんな、甘く力強い言葉を紡いでいる時だった。外が、にわかに騒がしくなっているのに気が付いた。

 

 

「あのくそ女はどこだ!」

 

 

 どうやら、どこかの女に金をスられた男が、目を血走らせて、ナイフを持ち、その女とやら探しているようだ。

 

 そして、その男は店内に入ってきた。

 

 騎士として、将軍としてだろうか。反射的に、相手の頭を、包み守るように自身の胸と背で隠そう。

 

 相手の耳に、直に自分の熱い鼓音が響くように。そして、その男が自分の方へと寄ってきた時。通報を受けた王都警ら隊が店内に入ってきて、男を取り押さえる。

 

 

「ふぅ、せっかくの酒の席が台無しだな」

「あ、あああ、あなたは将軍閣下!」

 

 

 隊員たちが驚き、店内がざわつく中、俺は彼女を放しつつ。

 

 

「さて、どうやら。お開きのようだな。せっかくの酔わせ合いだが。次回に持ち越すとしよう」

 

 

 そう言って、騎士よろしく相手の手の甲にキスを落とし。

 

 

「ではさようなら。レディ。次合う時は、あなたを燃えるほどに酔わせてみせましょう」

 

 

 そうキザにキザを重ねた言葉を言って、王都警ら隊たちと共に、店から去って行こうか。

 

◇◇◇

 

「私は宝石の様に高価で珍しいものじゃないわ。どこにでも居る普通の女よ」

 

 

 そう返答をしようとした時、周囲が突然騒がしくなる。店内へとなだれ込んで来る男は、何やらくそ女などと叫んでいた。

 

 そのくそ女は、彼によってその身を守られ、その男の視界から隠されるのである。彼の体に寄り添い、怖がる淑女を演じながら、私はその幸運に胸を撫で下ろす。

 

 間も無くして訪れる静穏。己の甲へ口付け、去っていく彼。

 

 正直、助かった。

 

 あのままの空気が続いていたら。そう考えると大きなため息が漏れた。

 

 でも心のどこかで、あの時間が続いてくれたらと思っている自分には、気が付かないことにした。

 

◇◇◇

 

 静かになった店内、取り残された女。

 

 女は店主に何かを伝えると、程なくして目の前に一杯の酒が置かれる

 

 それをカウンターの上に残したまま、女は酒代をカウンターの上に置き、ゆっくりと席を立ち、店を去る。

 

 将軍に己の存在を誇示した女。これから先、再び邂逅する事はあるのだろうか…多分、きっと、ある。

 

 何故なら彼は将軍なのだから。価値として最上級、そんな男なのだから。

 

 だからこそ今、ここで別れ、更に彼の心に己の存在を植え付けられた幸運に喜ぶ。

 

 女の代わりに、残された酒に込められた酒言葉。

 

 その言葉は「忘れないで」である。

 

 

 

 

 

 その少し後、店に帰ってきた男は、その酒を見て……

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