バルバルサン短編集   作:バルバルさん

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とある事務所に、呪いのビデオテープを預かってくれという依頼が飛び込んできた。
事務所の主はものすごく興味を持ち、嫌がる助手が買い物に出かけている間にビデオを再生する。
そのビデオから出てきた女性は、目の前の事務所の主にこう質問してきた。

「この罪は許されるのでしょうか」

(カクヨム様にも投稿済み)


この罪は許されるのかと、呪いは問うた

 この罪は許されるのでしょうか?

 

 

 

 目の前の存在はそう問いをかけてきた。

 

 実際に口が動いたわけではない。鼓膜が揺れたわけではない。

 

 だが、そう聞いてきたのは理解できた。

 

 

 

「ふむ、難しい問いをするね。お嬢さん」

 

 

 

 それに対して、私は一人用のソファにゆったりと座り、両手の指を組ませて瞳を閉じて一瞬思考の海へと沈んだ。

 

 かちかちとレトロな時計が鳴らす音、ザーザーとノイズたっぷりに音をがなり立てるブラウン管のテレビの音。

 

 その二つ音が支配する部屋の中で思考しつつ、目の前の客人用の椅子の隣に立った彼女の問いをかみ砕いて文章にし、言葉にしようとする。

 

 

 

「しかし、奇妙な気分だね」

 

 

 

片目を開けて目の前の女性を見る。

 

目も見えないほどに長く伸ばしきっている湿った髪、ちらりと髪の向こうに見える落ちくぼんだ目、じめじめと湿った茶色い服。白い唇に黄ばんだ歯……

 

 

 

「趣味でレトロな品を集めていると、こう言った品もたまに手に入れることがあるんだが……まさか、呪いのビデオに相談を持ち掛けられるとはね」

 

 

 

 そう。目の前の女性は、私を呪い殺すはずの呪いのビデオから出てきた存在なのだ。

 

 

 

 

 永く、井戸の底にいた。

 

 長く、存在していた。

 

 永久に、忘れられないことがあった。

 

 永く、長く、永久に私は存在するのだろう。

 

 私が井戸に沈んだあのテープが存在する限り。

 

 そして、この怨念は決して消えることはない。

 

 テープが存在する限り私は消えない。

 

 テープが存在する限り呪いは消えない。

 

 そう。消える事は無いのだ。

 

 

 

 

「話を整理しよう」

 

 

 

 私は、ある程度考えをまとめた後にすっと立ち上がり、お茶を用意しようとした。

 

 普段は手慰みにやっている探偵業の助手君がやってくれるのだが、今この場所にはいない。

 

 この部屋は私の趣味の部屋で、レトロな物がたくさん置いてある。中でもお気に入りなのは、髪が伸びるといういわくの付いた人形だが……まだ、伸びるところを拝見できていない。

 

 レトロなティーカップを用意しながら、私は彼女を背に言葉を紡ぐ。

 

 

 

「君は呪いのビデオの中の人で、ビデオの内容を見た者を呪い殺す。という解釈で合っているかな?」

 

 

 

 その問いに対して肯定の意思を感じつつ、緑茶が完成する。

 

 相談してきた女性に何も出さないのは私の主義に反するのだ。

 

 彼女の前に緑茶の入ったカップを置きつつ、自分用に紅茶も用意する。

 

 

 

「一流の探偵なら、一目見ただけで好みのお茶の種類くらい当てて見せろ……私の師匠の言葉さ。君は温かい緑茶が好きと見たのでね」

 

 

 

 再びソファに座りつつ、私は顎に手を当てる。

 

 

 

「さて。そんな人を殺す存在が、罪は許されるのかと問う……ふむ、難しい。非常に難解だ」

 

 

 

 だが、言葉に反して私は不謹慎ながらワクワクしていた。

 

 恐らく、あと一歩で難しい問題が解けそうな学生はこんな気分なのだろう。

 

 

 

「お嬢さん。今から私が返す答え、これはあくまで私が君について想像し、私の中で導き出した回答だ……という事を念頭に聞いてほしい」

 

 

 

 そう最初に断っておき、出した緑茶に触ろうともしない相手に、私は回答を始めるため一口、紅茶を飲んだ。

 

 

 

 

 何人呪い殺したか。

 

 十、二十、三十……

 

 私は殺した。最初の方に殺せたのは私を殺した者達。

 

 次に殺し始めたのは私の死に際を見た者達。

 

 皆、井戸の底に沈めてやった。

 

 だが、満たされない、満たされないのだ。

 

 最初の内は喜びに近い感情を持っていた。

 

 だが、四十人目に差し掛かると、ただ機械的に見た者を殺すだけになった。

 

 満たされない。晴れない。ただ悲しく、沈んだままの私の心は沈みゆくままなのに気が付いた。

 

 それからほどなくして、私は疑問を持つようになった。

 

 私は、何だと。

 

 

 

 

「先ず。君の言う罪とは君を見た者を殺してしまう事だと仮定しよう」

 

 

 

私は、真っ直ぐ彼女の落ちくぼんだ目を見ながら話す。

 

 

 

「なるほど、人殺しの罪……それは許されることではない。そう、世間一般的には言うだろう。だが、仕方のない殺しというのも存在すると私は思う」

 

 

 

 そこで人差し指を立て。

 

 

 

「例えば死刑囚に死刑を執行する刑務官。例えば戦場の兵士。例えば腹ペコのライオンによる捕食……ほら。人を殺すことが、ある意味で、と頭に置かれるが、肯定される瞬間は確かに存在する。なら君の場合はどうだろう」

 

 

 

私は、すっと立ち上がってレトロなテレビに向かう。

 

 

 

「君は見た者を無条件で呪い、殺す。この無条件で、というのが厄介だね。君の意思ではなく、ただそうあるから。という理由で殺人の罪を犯す……そこには、君の個人はない。君自身の怒りも、憎しみも、悲しさも、そう言ったものは全て無い。ただ、そうあるから殺す」

 

 

 

ぽんぽんとテレビの頭を叩きつつ、再び彼女の方を見る。

 

 

 

「それに君は気が付いた。自分の殺人に、自分の意思が乗っていないことにね。だから私の事は殺さず、この問いを投げかけている。さて、前置きが長くなったね。君の問い、この罪は許されるのでしょうか? という問いに答えよう」

 

 

 

―――答えは、否だ。

 

 

 

 

 私は何なのだろうか。

 

 その疑問を持ったのと、私の死が再生されなくなったのはほぼ同時期だった。

 

 ゆっくりと、井戸の底の暗黒の中で私は思考した。思考してしまった。

 

 そして、思考の果ての結論は、私という存在、呪いが行っていたのは、殺人という罪だという事だ。

 

 最初のうちに殺した者たちに対しては罪悪感などないが、最後の方に殺した。殺してしまった無関係な者達について考えてしまう。

 

 あれは仕方がなかった。私を見たからいけないんだ。私は悪くない、悪くない、悪くない!

 

 だが、井戸の底では誰も私の叫びにこたえてはくれない。私を死から救ってくれなかったように、ただ暗闇があるだけ。

 

 そんなある時に私は再生された。

 

 目の前の男性はひどく驚いてはいたが、狼狽まではしてはいなかった。

 

 そんな彼に、私は問いを投げかけた。

 

 

 

 

「さて、君の罪は許されることはない」

 

 

 

 その言葉を吐いた瞬間に気温がぐっと下がったように感じ、生理的嫌悪感や恐怖が沸き立つ感覚がした。たが私は堪えつつ言葉を続ける。

 

 

 

「何故なら! 罪とは、許されるものではなく、許すものだからだ」

 

 

 

 次にわたしの吐いたその言葉に対して困惑の感情が伝わってくる。そして私は続けた。

 

 

 

「罪とは、自分が許される、なんて自分勝手な物じゃない。他人が許すものなんだ」

 

 

 

 そっと私は彼女の肩に手を置く。ひどく冷たくてじめっとしている。

 

 

 

「罪は呪いだ。罪を罪と自覚した時からずっと自分を苛む呪い。だが、それは決して悪い事じゃない。なぜなら、罪を心に持っている者は他人がそれを許すことができるからだ。罪を罪と気が付かない論外な者は、許すことはできない。なぜなら、彼らは罪を持っていないから……君は、どうかな?」

 

 

 

 私は、彼女を真っ直ぐ見た。

 

 

 

「君は罪を罪と自覚した。自覚できた。なら、許されようだなんて思っちゃダメだ。普通の人間になら罪を償えとも言えるが、君に対してはそうもいかないだろう。だから……」

 

 

 

 一拍置いて、息を吸い、フゥと吐いて……

 

 

 

「許す。罪を犯すしかできず、暗闇の中で罪にもがき苦しんだ君を、俺が許す。辛かったろう。寂しかっただろう。だけど、もう君は人を殺すことはない。永遠の温かい闇の中、ゆっくりと眠れ……」

 

 

 

 

 ばち、ばち、ばち……

 

 ビデオテープの入った機械から煙が上がる。

 

 テレビから煙が上がる。

 

 やれやれ、骨とう品で高かったのに壊れてしまったな……残念だ。

 

 呪いのビデオにとらわれていた、あの哀れな呪いは消えられたのかな。

 

 それとも……いや、きっと消えられただろう。そう思った方がいい。

 

 さて、呪いのビデオを引き取ってくれという依頼人からの仕事は終わったが、やることができてしまったな。

 

 どこかの井戸の底に眠るお嬢さんを見つけないと夢見が悪そうだ。

 

 扉の外で、バタバタと音がする。助手君がやってきたのだろう。

 

 今起こった出来事を語れば、彼女はどんな表情を作るかな?

 

 楽しみにしつつ、私は扉を開けようとして視線を感じた。

 

 ふと横を見れば、そこには湿った髪を長く伸ばした人形が、にこりと……

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