知らぬ間に巨大組織のトップ3になっていた件について 作:ないものねだり
ブンッ、と勢い良く手が振り下ろされる。
爛々と燦めく瞳が私を貫く。そして──そして──、
「……んん?」
「……あ、あら?! おかしいわね! なんでかしら、トウボク!!」
──そして、いつの間にかソレは彼女の隣にいた。
存在感を感じさせない、その足取り。人として鍛え上げられる技術、その頂点に立つであろうそれが、足取り一つでこうも分かるものか。
コツコツと音を鳴らして止まったのは、白髭を垂らした老人であった。彼はゆっくりと辺りを見渡すと、不思議そうに首を傾げる。
「……はて、申し上げにくいのですが……主殿。恐らくですが先ほどのやり取りからして、御友人殿の加護の切り忘れかと存じますな。
「……忘れてたわ!! ごめんなさいね!! トウボク!!!」
どうにも抜けているところがある。それも魅力ではあるのだが……今回ばかりは彼女にとっての大失敗。そして私に取っては途轍もないチャンスだ。
だが、そもそも戦闘になるなんて思ってもみなかったから、大した物は持ってきてない。咄嗟に手持ちに思考を巡らせ、そしてある物に突き当たった。
「それじゃあ、解くわよ! さよならね! リゼア!!」
手をかざされる。トウボクの視線がこちらを見据える。そして、時間がないと悟った私は、後先考えず後ろ手に握った物を、思いっきり投げつけた。
パリンとガラスが割れ、そして紫に染まった粉末が撒き散らされる。
次の瞬間、目の前に刃があった。
地面から粉末が沸き立つ。白銀に染まった鋭い刃が、研ぎ澄まされた闘気に濡れた瞳が私を貫き──、
「頼んだわよ──っ!!?」
「──これは」
トウボクの表情が驚いたようなそれに代わり、シトラが息を呑む。躊躇ったように剣速が鈍る。
異様な粉末に、シトラを助けるか私を切るか迷ったのだろう。出来れば前者を選んでくれと強く願う。
「──トウボク!! 私は無視しなさい!!!」
そして、響いたそれに一番驚いたのは私だった。
「──承知致しました」
首元に刃が迫る。走馬灯が駆け巡ろうとする。そして、私は──バキン、と胸に忍ばせていた
「……おや、おかしいですな。確かに手応えは……」
目の前で、何度か剣を確かめるように握るトウボク。それに私は苦笑いをした。
「は、はは。出来ればそれで我慢してくれると助かるかな」
戦闘能力が皆無の私には、それしか出来ることがない。アレで最初で最後の一つなのだ。
地面にポトリと、首の部分が断ち切られた、汚れきった小柄な人形が落ちる。
師匠曰く、『商人なら常に一つは忍ばせていろ』とのお言葉を貰った、《身代わりくん》だ。『《身代わりちゃん》バージョンもあるぞ』らしいが、それは外見の問題でしかないのではなかろうかと思った物だ。
ついでに、そんな別バージョンを作るくらいなら命名か見た目をどうにかしろと思ったのは一度や二度ではない。
だが、これに命を救われたのは確かだ。次会ったらお礼を言っておこう、なんて考えながら、思わず安堵のため息をつく。
それを見て、シトラは激昂するように目を見開いた。
「まだそんな悪趣味な物を──トウボク!! それは《磔人形》よ!!」
「……なるほど、やはりあのリゼア殿ですな」
『あの』ってなんだあのって。いくら私でもそれが良い意味で使われていないことくらいは悟れる。
いつの間にかついていた尻餅を立て直そうと、汚れを払いながら立ち上がる。そして、ふと耳に付いた言葉に反論した。こう言う場では、時間稼ぎが大事なのだ。
「シトラ、確かにこの名前は論外も良いところだけど、呼び名を変えるだなんて失礼だ。いや、私もどうかと思ったんだが……それでも名前一つにもいろいろな試行錯誤があるんだ。
そしてこれは《身代わりくん》だよ。師匠が頑張って開発したんだ。見栄えは良くないかもしれないけど、悪趣味は言い過ぎじゃないか。
……あぁ、ちなみに別バージョンで《身代わりちゃん》もあるらしいね」
「…………そうね! 貴女はそう言うわよね!! だから、貴女には死んで貰うわ!!」
だからってなんだ、だからって。
そろそろ反論も受け入れてくれそうにない。諸々を超越した論法で殺しにかかってきそうな有様である。
そして、私の目の前でトウボクが再び刃を握ろうとしたその瞬間。
ボッ、と。何かが何かに着火するような音が鳴り──。
「──主殿!!」
──世界に、紫色の焰が灯った。