「タロットカードなのはなぜなの?」
葵の問いに、死神のキーを握るマシロが視線を流し。ぽつぽつと応え始める。
「俺の計画の始まりだからさ。予兆させるもの、きっかけを予感させるもの、そういう『暗示』をもつタロットは象徴的だろ」
「人間の文化なのに」
「それが人間を蝕んで滅ぼすんだ。ちょうどいい」
「意地の悪い話ね。……そもそも、アルカナキーって何のためにあるの?」
「人類を苗床にする上で、眠ってたままじゃ困るだろ。呼び起すための力を分離させたんだよ」
「まさに鍵ね」
「ま、呼び水って言ってもいい」
興味があるのだか、ないのだか。そんな様子の彼女に、サタンは視線を向ける。
「……お前はサンファロエか?」
「いいえ、日向葵よ」
「そのわりには俺に対して牙を剥かないんだな」
「私はね、雨野君さえ奪い取れればそれでいいのよ」
爪をいじりながら吐き出す日向葵。その格好は、相変わらずイメチェンで気分転換できていないが故のごちゃごちゃした物。クマもひどい。
「なんつーか後先考えないなお前も」
「人間界の乗っ取りだって数秒で終わるわけじゃないでしょ。フフ、雨野君と愛を育む時間ならいっぱいあるわ」
「……サンファロエとしての記憶はないのか?」
「私一応覚醒してるのよ?」
「その割に日向葵に傾いてんな」
「悪魔としては結構スカスカの生きざまだったもの。眷属をいっぱい作れるのはまあ、弱くはなかったけど。それでしたいことなんてなかったし」
マシロはそりゃよかったなと呟いて、ため息。
「いつもの威勢はどうしたのよ。私たちだけになって敗色濃厚だから?」
「……あいつらに遅れは取らねえよ。仮に負けてもそれで失敗するように計画は組んでない」
「じゃ、やっぱアスモデウスね?」
「……」
ただ黙ってキーを握るマシロを、葵は難儀な男だと眺めて考えるのであった。
「ところで、あなたがやられたときの手は何?」
「単純だよ」
マシロは、抽出機からホログラム状の画像を投影。それは概ね、フェニキア文字に似た天使の言語で書かれた何か。サンファロエとしての記憶が、それは飛行機のチケットだと教えてくれる。
「この戦いでゼンブ終わりなわけがないんだよ」
サタンの顔は、いつもの得意げな笑顔ではなくなっていた。
第二十三話「葵に染めたいの」
「二回も三回も同じ作戦で行けるの?」
葵の問いに、マシロは「三回までだよ」と返す。
「そもそも俺が墜としたやつとこれから墜とす奴は天界での会談があるから飛ぶ奴だ。ミカエル云々でちとごたついたが、そこふくめた会談が始まるのも想定内」
「二回目があったら三回目はないでしょ」
「三回目は俺の権限で飛ばす。こいつの乗客はシカム派かつビノリエル派が多い。アキエルにはいい打撃になるよ」
「そのあとは? 悪魔なんていっぱい居るし移住は無理だと思うけど」
「俺が世論を操作する。人間に与して天界の操り人形なアモンどもをマトにするんだよ」
「そっからは能動的移住ってわけね。最初からそれはできなかったの?」
「先遣隊の効果的な侵略を見せつける。それが勢いをつける上で重要ってわけ」
「ふゥ~ん……天使どもはどうするの? 倒せる?」
「大幅に弱体化した悪魔と、ただの力天使でミカエル倒せてるしな。政治的なしがらみもちょうどいい。直接干渉するまでの間に千人は移住させちまおう」
「数の暴力、私の得意技だわ」
不敵に笑う葵に、マシロも若干の呆れ笑い。
「お前は天使を倒すのにも乗り気なわけか」
「雨野君と地島ちゃんばかりズルいのよ。あの二人には天使としてのつながりがあるのに、私は悪魔」
「コエー女」
若干ののしられた形になるが、葵は気に留める様子がない。むしろ、マシロを一瞥して少し心配したかのような顔も見せる。
「アスモデウス、抱けないの?」
「……俺とあいつの問題だ」
「土足で入ってくるなって? 私の恋は利用する癖に」
「お前の恋に俺らを利用するって方が正しいだろ。……人間が嫌いでね、アスモデウスは……あいつはいま、人間の身体だけになってるんだよ、そうだ、第二体を壊されて、ああ、俺が助けられれば……」
「あなたはその、汚い肉の重りだっけ?捨てられないの?」
「計画に必要だ。アスモデウス……俺は……」
アスモデウスの話になると、冷静さを完全に欠いている。葵はそんな男を眺め。
「難儀な男。」
今度は声に出してこぼすのだった。
シェイド犯罪者用の特殊刑務所は、より一層厳重な警備体制になっていた。警備員もタオをもとにした銃などを抱え、中の囚人たちもまあまあ縛られた生活である。まあ、サタンの手にかかって死亡した者が多く、そもそも人数が少ないのだが。
比較的素行の良い黒田……オーディンとスレイプニルなんかは、結構過ごしやすそうだ。
「アスモデウスは挨拶に来て以来それっきりだな」
「更科桃色、昔から丁寧だし、素行は良さそうだが」
そんな話をしていると、丸山周矢……運命の輪、ケツァドの彼がそこに割り込んだ。
「聞いた話だけど、アイツ……自殺未遂ばっか起こして完全に拘束されてるみたいだよ」
「……そりゃまた、随分と」
「あいつそんな尖ったやつだったのか」
黒田二人、揃って顔を引きつらせる。
「荷物にならないかな?」
「これぐらいなら大丈夫だよ」
「まあ、お家にスペースはあるもんね」
菜摘と湖冬がいるのは、ベビー用品店。おもちゃなんかを色々見ながら、とりあえずはオムツを手に取った。
「それにしても、願掛けかあ」
「うん、私らしくないと思った?」
「いや、湖冬は分かってるでしょ。モチベーションとか、気持ちがどれだけ効率に影響を与えるかって」
「だね」
「でも、湖冬から言い出すことなんて、あんまりなかったから」
「自分でも、『らしく』ないかなって思う。菜摘くんが思うんだったら、猶更」
「母親としての湖冬は、僕もまだ会ったばかりなんだし」
「アハハ、そもそも母親予定ってだけでまだだしね。本当にお母さんになるのは、これから」
「うん、そうだね、僕も父親になる準備しなきゃ」
少し決意めいたものを抱えて、菜摘はオムツを購入した。もうすぐこれを使う日が来るんだと、そこだけ切り取れば初老のような感想だが……。
「菜摘くん、子供は何人がいい?」
「そういえばそういう話、ちゃんとしてなかったね。一人は欲しいって言ってたけど。……大変なのは湖冬なんだし、僕より湖冬の意見聞きたいな」
「優しいね菜摘くんは。んー、二人かな? 三人、四人?いてもいいけどね。私たち、フレキシブルに働ける職種だし」
「まあ、わけぎを育てながら相談かな。二人目欲しいとしたら、名前とかどうしようか」
「あー……」
立ち止まって思案する湖冬。んー、と呟いて、「植物とか、季節がいいよね」と、自分の名前と菜摘の名前を思ってそうつぶやく。
近くの花壇に座り、しばし考案。
「父さんも蔓助だしね。お義父さんも海幸さん……自然っぽい名前」
「あせびとか? 語感だけでテキトーだけどね」
「かわいい名前じゃん。まあでも、由来とか考えてあげたいね」
「うん、何が……あー、」
首をかしげる菜摘に、湖冬は視線で促す。振り返る先、ごちゃごちゃした格好の、姫カットの女。
「……湖冬」
「うん」
「待ってよ、そんなコワーイ顔しないで。戦いに来たわけじゃないの」
いつでも変身できるよう身構えている二人を、日向葵はケタケタ笑って見下ろした。
「じゃあ何しに来たの」
「
「この際言うけど、僕は君を好きになんて」
「私とあなたの赤ちゃんができてもそれを言ってられるかしら! その子の前でお母さんなんて好きじゃないんだよって」
「子供を欲望の盾にしないで」
うつむいて冷たい声を吐き出す湖冬。食いついた、とばかりに葵は口角を上げた。
「わけぎちゃんも育ててあげる。私の子供としてね」
「何しに来たって聞いてるけど」
睨みつける湖冬が、立ち上がって牙を剥く。菜摘が少しなだめ、葵はフフと笑ってうろうろ。
「私ね、地島ちゃんを殺すわ。だから今のうちに親友として遊んでおこうと思って」
「まだ親友気取りなの?」
「私は親友のつもりよ?」
「そもそも日向ちゃん、」
「湖冬」
「……菜摘くん?」
「一旦、話聞こうよ。湖冬らしくないよ、焦るの」
「……そうだね」
頷きながら座る湖冬に、何座ってるのよと葵がクスクス笑いながら言う。
「行きましょうよ、私達三人が揃ったらあそこでしょ?」
「……はいはい」
100円玉を筐体が呑み込み、「さあ選べ」と画面を提示する。ボウリングも遊べるゲームセンターで、24歳の女二人が、格闘ゲームのレバーを握っていた。
「7全然やったことないけど私」
「別にいいわよ、私もだし。それにリリはいるわよ、7にも」
「平八も居るね。使ったら」
「言われなくても。っていうかずっと居るのよ平八は」
キャラクター選択は完了。後ろに立って眺める菜摘を、湖冬が一瞥した。
「いつも菜摘君そこだけどいいの?」
「僕ゲーム下手だし……」
「格ゲーはほぼわたしと互角なのに」
「ま、気が乗らないならァ、このあとはボウリングだね」
「……あー、腕が鳴るね。ほら始まるよ」
向き直る湖冬と、ついでに葵。両者のキャラが構え、開始! 普通にレバーを握る葵と、ワイン持ちの湖冬。湖冬のキャラはリーチが短く癖は強いがコンボ始動が速い。正確に葵のキャラに叩き込んでいく。対し、葵も負けてはいない。
「……!」
「おお、やるね」
葵のキャラは強いがガードされやすい。ガードの仕方が代わる下段攻撃に事欠いているのだ。しかし湖冬の的確なガードの隙を突き、強力な一撃。拮抗だ。
「昔は放課後やってたよね」
「毎日じゃなかったけどね。あの、セガのゲーセン」
「もうなくなったのよね、あれ」
「えっそうなの?」
「菜摘君知らなかったの?」
画面の中で鋭い駆け引きをしつつ、二人ともプレイの態度は緩い。
「ガード下手くそになってない? 日向ちゃん」
「気のせいよ」
「そか。……日向ちゃん、お昼いっつも全然食べなかったけど、今どうなの」
「もうやめたけど仕事やってた時はほぼ拒食ね」
「大丈夫?」
「今はね。割と楽しんでるのよ、今を」
「私はまったく楽しくないな」
「そう?」
「……格ゲーは楽しい」
「ふふ、そうね」
一瞬の隙を突いて、崩し崩し叩き込み。湖冬のキャラクターの反撃を意地で全て防ぎ、そのまま反撃。だが体力は厳しい状況で、双方、にらみ合い。
「……」
かたずをのんで菜摘が見守る中、湖冬のキャラクターが攻め込む。今度は意地ではどうにもならず、もらい。最後は投げで決めた。
「やった」
「……まァーた負けた」
「また? 日向ちゃんと私、大体互角だったけど」
「ま、そうだけどさァ……」
「で、満足?」
菜摘の視線は厳しい。憐れみのようなものも含むその目をひどく惨めな視線で返し、葵はくひひと下品に笑った。
「ボウリングしないのォ?」
「それで満足するなら行くけど……さ」
菜摘は、冷たい視線を向けつつも複雑に色々渦巻いた顔をしている。それでも葵は、またケタケタ笑って。
「悪いけど、いまのわたしは満たされようがないの。それとも満たしてくれたりするかしらァ??」
唐突にカバンに手を突っ込むと、オシャレなカバンから無骨なバールが飛び出る。それを叩きつけて自販機を壊し、悲鳴には目もくれず自販機に節制のキー。
『テンパランス』
「そ~~れ~~とっ」
砕け飛び散る破片と飲み物。清涼飲料水たちが、水のドールへ変異する。同時に葵は非常灯を起動させ、ライターで炎のドールも出現。火災報知機も作動させ、店内は大騒ぎ。
「何する気!?」
「かんけーない人避難させただけよ。私はね、菜摘君が欲しいだけだから」
「菜摘君は私のものなんだけど」
「傲慢ねェ?」
「絶対にあげない」
「くれない物は~~、どうするべきかしらねェ!!」『サンファロエ』『テンパランス』
「……」『客星堕天』
「君のものになる気はないよ」『受胎告知』
揃って構える二人。一足先に変身したサンファロエは二人を攻撃するより先にドールたちを集結。レギエルとルシフェルが向かってくるのを前に、土で土台を作り、風で制御し、炎と水で水蒸気を圧縮。大砲を、地面に打ち込んだ。
「な……ッ!」
「私これでも理系の人間なのよ~?」
翼を使って制御着地。その瞬間に、サンファロエがルシフェルに飛びついた。
「着地狩り……ッ!」
「アハハ!」
レギエルの加勢を、さらに上からの参入者が阻む。
『強制融合解放!彗星……電光……希望……死神、その破滅!そして終幕!』
「オラァ!!」
クロス・アスモデウスだ。
「どけよ!!!」
「誰がどくか」
蹴りが纏う、青い雷撃は鞭のように唸る。
「どけって言ってるだろ!!」
「うるせえぞお前そろそろ」
クロスの頭突き、怯むレギエルに、尻尾の連撃を叩きつける。かわしつつ愚者解放堕天に姿を変え、さらに殴り掛かる。
「お前一体何がしたいんだ……!! 僕が日向葵に手籠めにされて、それでどうしたいんだ!」
「あのね、落ち着けって。俺はお前がどうなろうがどうでもいいの。俺はちょっとでも時間が稼げればそれでいい。」
「何が目的だ……!!」
「さあね!」
レギエルに叩きつける攻撃は、菜摘が冷静さを欠いていることを加味しても非常に強力なものになっている。単純に強くなったのもあるだろう。……まあ、サタン自身憤りをぶつけている面もあるのだが。
「日向ちゃんは、菜摘君が殴られてるの見て何も思わないの?」
「思わないわけないでしょ」
「じゃあなんで止めないの。なんで菜摘君を傷つける相手に加担するわけ?」
「じゃないと手に入んないからでしょうが!!」
ガンガンと頭突きを叩きつけ、ルシフェルもさすがに怯みを見せる。ルシフェルもルシフェルで蹴りを思い切り叩きつけ、サンファロエが後ずさる。
炎のドールが即座に反撃に入り、それを散らしても風のドールの切断。防いだ二撃目だが、その風は炎を巻き上げるための突風だ。
「うっとおしいんだけど」
「奇遇ね、私もそう思ってたのよ」
そんな二人を一瞥しつつも、レギエルはクロスの一撃で転がる。つばでも吐きかけるような勢いでクロスは見下ろし、そして向き直り。彼は鞭を使って地上に出た。
「待てよ!! ……っ」
「行って、菜摘君!」
ルシフェルに視線を送って心配を見せる彼を、湖冬は送り出した。
「信頼ねェ?」
「そうだよ!」
「……クソが!」
悪態をつきつつも、牙を剥いて笑い日向葵が、地島湖冬を殴りつける。炎と風のドールによる火炎竜巻。それを炎でもって打ち消す、言ってみればクサナギ攻撃は成功したらしい。
が、それで怯むわけがない。即座に水のドールを向かわせ、ルシフェルに斬らせ。発生した蒸気に紛れて、土のドールが掴みかかる。
「アッハハハハハ!!」
「ッ!」
サンファロエの蹴りを正面から叩き込まれ、後ずさり、その勢いそのままにバク転で距離を取り、さらに斧をぶん投げ。土のドールを貫通してサンファロエをかすめた。
「いったァ~~い」
すぐさま投げ返すそれをキャッチし、改めて斬りかかる。
……と、見せかけ蹴り上げて。もろにくらうサンファロエに、そのままタックルを叩き込んだ。
「相変わらずの効率厨ね!」
「負けるわけにはいかないしねー」
「そりゃそうだよねぇ、くひひ」
整った顔をゆがめて笑う葵。シェイドサンファロエであっても、たとえ前世の記憶がすべてあっても、そのどう見ても葵な人物は、湖冬には葵に見えている。
同様だ、葵にとっても、かなうはずない恋敵湖冬は、はっきりと悲しそうにサンファロエを見下ろしていた。その視線が、単に湖冬の背が高いからだけではないことも分かっている。
「ッはァ!」
「危ないな」
土のドールからくりぬいた形を熱と水で固定し、炎をまとわせ風で吹き上げる。その過程を一瞬で終え、ドールたちが集まった空間からサンファロエは大剣を振り下ろした。かわしたルシフェルに投げつけると、それはアラハバキの蹴りで粉々の土くれに変わる。
「よそ見はダメでしょ?」
その瞬間、跳んだサンファロエからの強烈なかかと落とし。防御しつつも大きく姿勢を崩し、そこに土のドールのアッパーが叩き込まれた。
そのまま翼を広げるが、しょせんは地下駐車場。出るとサタンとかち合う可能性もあり、狭い天井で戦うのが最適解になってしまう。
「アッハハ!!」
水のカッターを風で巻き上げ狙い撃ち。綺麗に撃墜されつつもアスタロトのガスを撒いて、ベルゼブブのジャンプで退散。むせつつも、口をふさいでサンファロエが下がった。
「こざかしいなぁ~~!」
炎のドールを向かわせ、爆発。しびれを切らしたとばかりに、駆け出して、サンファロエが殴り掛かる。ドールたちを使って惑わせつつ、さらに土のドールをカタパルトにして一気に接近。体当たりめいたパンチがぶつかり、二人仲良く転がって。
「いて、て」
「……っ」
追撃か、反撃か。先に立ち上がったのは果たしてルシフェルで、すぐさま強制解放装置に手を伸ばす。
『第二体強化解放!』
「ぜあああああああああ!!!!」
一気に跳び、そのまま足を伸ばして。放たれた蹴りがサンファロエの腹部に叩きつけられ、ぶっ飛んでコンクリートの地面をこすれて転がる。
第二体はぶっ壊れなかったようだが、疲れ果ててその姿が人間のそれに戻る。同時に、抽出機にひびが走り、真っ二つにくだけた。
「おなかに攻撃とか、赤ちゃん産めなくなったらどうするのぉ?」
「私のお腹ぶん殴ってたでしょ、日向ちゃんも」
「だって地島ちゃんもういるじゃん、娘が」
「……できるものなら、お腹の中で育ってほしかったよ」
「ふゥ~ん」
何か、いろいろ考えるそぶりを見せて。葵はゆるゆると立ちあがった。
「日向ちゃん、もうあなたは」
「ねえ地島ちゃァん……私に教えてあげて? わたしが、菜摘君を、欲しがってたって、ずーっと、ずっと追いかけてたって。……マ、きっと魂レベルで覚えてるけれど」
「何? ……何を言って」
葵が取り出したのは、拳銃だった。
「っまさか!!」
ルシフェルが斧をぶん投げて、弾き飛ばそうと、
しかし斬ったのは、葵と拳銃の間に漂う硝煙だけ。
「……ァ」
どさり、血を流し、桃色の何かがどろり、葵は血に倒れふし、だんだんと赤い血だまりが広がる。貫通しきらなかった銃弾が残っているのか、すこし体がびくびくと震え。
惨たらしい親友の死にざまに、湖冬は一瞬の吐き気を覚え、代わりにだんだんと涙があふれ始める。同時に冷静な思考も回る自分に、彼女は自己嫌悪を覚え。
……葵の震えが止まった時、その体から、『重なっていた』それが起き上がり、ぐいっと、湖冬の方を見る。前もって、サタンによって『分離』していたらしい。
「……アー、アナタ、は、ココ、ドコかしら」
「サンファロエ……」
「ンー、そう、ワタシが、サンファロエで……」
湖冬を見ると、金色の髪の少女が、目をヒクつかせた。ひりついた空気を感じ、湖冬は涙を拭いて向き直った。
「アナタ、ダレ?」
「……ルシファーだけど。当代の」
「あ、そう……。ナマエは?」
「地島湖冬……」
「なんでか、ワカラないけど、アナタ、ぶっ殺さなきゃイケナイ気がする……!」
「は……?」
さすがに戸惑う湖冬、じわじわと近づいてくる相手に迷いつつも『雨野菜摘』の名前を投げかけるが、しかしそれを聞いても少し眉を動かすだけ。ただただ迫る。恨めしそうに、しかしどこか待ちわびたように、
「地島コフユッ!!」
少女はその名を叫んで迫る。放たれる闇と共に姿を変え、悪魔サンファロエは、筒のようなものを握る。伸びた閃光が剣となり、そのまま大きく振って斬りかかる。
「もういいでしょッ!!」
「気にイラナイ、気にイラナイ!」
「日向ちゃん!!」
下がって攻撃を避けながら湖冬は理解する。
菜摘への執着は確かだが、だんだんとそれは、友情を通して『湖冬に勝つこと』に歪んでいたのだろう。魂に染みついているというべきか、ただ単に、何かの残滓か。
「クラエっっ!!」
目の前の事実として、サンファロエは剣を構えて迫っている。怒りのような何かに任せて放つドールたちは、火水風土に次ぐ第五の元素「エーテル」の金色のドール。
「……なんだ!?」
『これ、ドールだわ、レギエルが使った時と同じ、エーテルの』
救援に向かおうとしていたヘイナたちの前を、ドールが埋め尽くし暴れ始める。
だが意図した妨害でもないらしい、もうお構いなしに暴れ始める敵を見て、冷や汗。同時に流れ始めるサイレンが、住民たちに避難を促す。
『行くわよ明路』
「……ああ」
『ゼイネル』『ラヴァーズ』
仮面ライダーヘイナと仮面ライダーゼイネルに分離し、雑魚狩り開始だ。
同時に、サタンは高らかに笑い声を放つ。茶々を入れてくるドールを蹴散らしながら、レギエルが睨み。
「何したの!」
「穢れた肉から解放されたのさ!」
「日向、さんを……」
「ああそうさ、アイツは追い詰められたら、どんな手を使ってでもお前を奪おうとしたのさ。まあ覚えてるとは思えないけど」
「貴様ァァァアアア!!」
「話聞いてましたァ? 俺の意向じゃねえよバカチンが!」
「お前がやった事実は変わんない!」
殴り掛かるレギエルをいなし、クロスは勝ち誇っていた。サンファロエの感情任せのドールたちが、ぞろぞろと溢れている。
「そんな、どれだけ暴れたいの……」
「ツマラナイ生き様だったケド……イマ目標ができたわ。アハハ! アハハ!」
無気力だったサンファロエが、今までで一番強く感じた、日向葵としての衝動。その勢い任せに眷属を生み出すのが、彼女は楽しかった。内奥に溢れる湖冬を倒すという意思が、怒りが、俯瞰して彼女はひどく楽しく思えたのだ。
「……日向ちゃんは、日向ちゃんは、」
「ウルサイわね、ヒューチャンなんて知らないわ、ソレニね、」
「うるさいのはそっちだよ!!」
叩き込んだ頭突きに軽く怯みつつも、五属性のドールを一気に向かわせればやはりサンファロエに戦況が傾く。それぞれに適した攻撃が違うのもそうだが、シェイドが操作していたそれよりも圧倒的に動きが俊敏だ。
これが本来の力か、悪魔としては相当強い部類だったのでは、そんな冷静な思考と、同時に親友の行動への混乱が勝つ。
こいつを解き放って、死んででも、自分を倒したかったのか? それで菜摘君を追うことすら忘れて、そんなのあまりに虚しいじゃないか。
「っく、あぐ……」
しかし疲弊したルシフェルが押されている現状は変わらない。追い込まれて、迫るサンファロエ。
……唐突に、何かを思い出したという態度でルシフェルの前に立ち止まった。
「アナタを殺したとして……ドウしようかしら? ……ワタシがしたいコト……」
ぼんやり考える彼女を見て、サンファロエはひどく虚無であると、思い知る。だから日向葵はいつまでも日向葵だったのだ。
日向葵は、菜摘が好きだった。湖冬の付き合いから始まったが、格ゲーが好きだった。本を読むのも好きだった。買い物も好きだった。イメチェンも好きだった。自身のキレイな目が、どんどん好きになっていた。湖冬にも友情があった。
「……間違ってる、そんなの、そんなの!!」
「ナニが?」
同時に、思い出す。ヘイナだって、あんなにも春子さんだったじゃないか。
それならと思えば思うほど、目の前に居る
「菜摘君はあげないよ、負けてあげるつもりもない。でも、でもッ! ……そのために全部忘れたら、そんなの、そんなの……、」
駆け出し、スライディング。サンファロエに一瞬触れると、転がって姿勢を直し。ゆっくり立ち上がりながら。
「効率、悪いじゃんッ!!」
『サンファロエ』
奪取した節制のキーを起動した。
「……ナニいってるかワカンないけど」
「いいよ、分かんなくて」
合理的でも何でもないコミュニケーションだが、それでも湖冬は、サンファロエを見ていた。そのキーを片手剣ルシフェルスラッシュに差し込み、構え。
『節制!サンファロエ!』
「だあああああ!!!」
四つの属性をまとった剣が、サンファロエの放つドールたちを破壊していく。戸惑うサンファロエに二発斬りつけ、三発目ははじき返され、剣戟が始まり。
「なっ」
「日向ちゃんのままだったら、この攻撃は読めたんだろうけどね!」
そして放ったのは、斧のアッパーだった。サンファロエの剣を吹き飛ばし姿勢を崩したその瞬間。ルシフェルの剣が纏ったのはエーテルだ。
「っはァ!!」
『第二体強化解放!』
横なぎが、サンファロエの胴を綺麗にとらえる。
「……地島、コ、フ……ユゥゥゥゥ!!!」
「地獄でゆっくり思い出しなよ。……なんでその名前に、執着してたかをね」
閃光、爆散。
戦いが終わったルシフェルがへタレこんで、はじけ飛んで。膝をついた湖冬が泣き声を上げて、だんだんとその嗚咽が大きく反響した。
「連絡来てる! 地島から、倒したって」
「サンファロエか、だが……!」
邪魔者たちをのけて、クロスに立ち向かうヘイナとゼイネル。そこに入った連絡を、二人は訝しげに眺めていた。
「ドールは残るぜ? しかもご主人様の制御も外れるわけだ」
「湖冬は……!!」
『連絡来た! 疲れて座り込んでたのをアスタロトが助けたらしいわ』
「……ッ」
辛勝らしい。喜ぶべきかはともかく、しかし湖冬の安全は守られた。
同時に、日向葵がどうなったか。それを目の当たりにせずとも突きつけられ、ひどく掻き乱される。
どれほど自分を困らせた相手でも、親友だった。
「泣いてねえでくたばってくれませんかね!」
だがクロスは構わず鞭の如き雷撃。それを、同じく雷撃でヘイナが防いだ。さらにゼイネルが殴りかかる。
友人を喪ったなら、それならば、悼む時間ぐらいは稼ぐ!
「二度も三度も負けねえよッ!!」
しかしクロスは強い。尻尾と両手の縄で、しなる三連撃。防ぎつつも後退り、砂を払う二人の後ろでレギエルがゆっくり立ち上がる。
今は泣くわけにはいかない。
「行くぞ雨野くん」
「準備いいわね!」
「っはい!!」
一号と、二号ふたり。未だ怒りおさまらぬクロスに駆け出した。
最終回、「紫の天使」