「節制って、前からデータがあったんですよね」
PCをカタカタ言わせる春子の横で、菜摘は首を傾げた。春子は一瞥ののちそうよと端的に解答。
「日向葵も……確認されていた?」
「いいえ。融合解放した姿も未確認よ。ドールが確認されていたという感じ」
「そうなんですね……」
「前はあそこまで統率取れてなかったけどね。ドールも一度地島の邪魔をしたぐらいだし、力を試してたんでしょうね」
「湖冬の邪魔を……」
「出来心じゃない?やろうと思えばいくらでも出せただろうしいけないってやめたのかもね。タガは外れっちゃったぽいけど」
いつもの皮肉じみた態度でコーヒーを流し込み、菜摘へキーを渡した。
節制、彼女の使っていたアルカナキー。
「使いなさい」
「ありがとうございます。……そういえば」
菜摘の視線は卓上の抽出機へ向かう。
「日向葵のこれも、やっぱり黒田を名乗る男から?」
「……さあね、彼女は全く話そうとしないっていうか。口を開けば雨野菜摘と地島湖冬ですって」
「……ッ、……ええと、黒田を名乗る女もいるそうですね」
「ええ。鋼誠の証言によるとね。どっちも抽出機をばらまいてる……夫婦なのかしら」
「かもしれませんし……まあ偽名な気も」
「足取りが分からないわねえ。……魔術師は、抽出機は使ってたの?」
「分かりません、手元しか見えず……」
ダメかと頭をかく春子。話題転換……というほど変わる話でもないのだが。彼女はPCの画面に二体のシェイドを映す。太陽と月だ。
「こいつらは抽出機が確認された最初の連中」
「まだ捕まってないんでしたっけ」
「そ、正体もわかってない」
画面に映るそれは、豪快な印象と流麗な印象の怪物のように見える。
悪魔や天使の見え方は、個人差がある。三次元的な存在ではない肉体故だ。
「何か……化学兵器によるテロを画策してたとか」
「酸性雨ってのが有力な説だけど分かってないのよ」
逃げられた際に残された装置たちの写真が映る。様々なガジェットを組み合わせたDIY兵器だ。
「……そう言えば明路さんと……留一さんは?」
「取材」
「取材!?」
全力で振り返る菜摘を若干鬱陶しそうにしつつ、春子はコーヒーを飲みながら続ける。ブラックで砂糖もミルクもないペットボトルだ。
「天使と違ってバッチリ認識されるし装着の様子もしっかり撮ってるからねこっちで。違法薬物を使って暴れる犯罪者を取り押さえる装甲……ってのがシナリオよ」
「にしては模様が独特ですよね」
「ほんとにね。あの文様ないと悪魔に効かないから消せないのよね。まあ浅井さんの趣味って言っても納得できる感じでしょ?」
「確かにそうですね。変に隠すよりいいんでしょうね」
「そりゃそうよ。あー、ただ。初手の取材は実はニュースじゃないのよね」
第六話「陽光と山吹」
「刑事ドラマ?」
「ええ、最近多いでしょう?違法薬物云々」
「ですねェ」
留一と明路はソファに案内され、監督と呼ばれている男と話していた。新作の刑事ドラマがバトル要素を含む作品故、タオやその戦いをモチーフに入れたいとのことである。
「あ、もちろんそのままじゃないですよ?」
「まあ教えられないですからね~。システムは国家機密でーす」
「ですからあくまでモチーフですモチーフ!今もなお起き続けてる事件を扱うってのはこう、世間的にもね」
「我々は何をすればいいのでしょう」
「まああくまで取材ですので、お話を伺えればと。正直新しすぎて何もわからないので、現場を見ていただきつつにはなっちゃうんですが」
「構いませんが、基本的に我々の業務は緊急性を問われるので」
「そりゃもう!いつでもまっすぐ向かってください!」
撮影スタジオはレイフの本拠地にそう遠くない。出動に困ることもないし、この監督も悪い男ではなさそうだ。秋の日差しの中、スタジオの敷地で撮るシーンがこの後だと言う。向かいましょうという誘いに頷き3人席を立った時、監督の携帯が鳴る。
「あ、はい。また君?あのね、前も言ったでしょ?無理なものは無理なの。そこにお金かけられないから。いい?うるさいな。じゃあね!」
「……どしたんですー?」
「ああ、うちの技術を使ってくれって、合成の技術者から電話がかかってくるんです。最近は何度も何度も!ノイローゼですよ」
大変ですね、そうこぼす明路に本当に大変なんですよと監督がため息をついた。
「あそうだ!装着って、していただけますか?」
「浅井さん、どうだ?」
「いいけど充電しなきゃだよ~?」
「了解。射撃や派手に動くようなことはできませんが」
「ああいいんですいいんです!美術担当にしっかり見てほしいっていうのがあるんで」
監督はとにかく取材さえできれば満足との事である。再三に「最新技術であり最新装備なのでしっかり教えるのは難しい」と語る留一だが、それでいいのだと監督はまっすぐな姿勢。
このあとまだいろいろ聞きたいと言いつつ、待っていてくれと2人は部屋に残される。
「……浅井さん、どう思う」
「何がぁ?」
「この番組の事だ。すでに撮り始めているのに今からタオを取り入れるのか?」
「まあテレビ東京だし大丈夫でしょ」
「どういう理屈だ……」
「ってかマ、あくまで要素だけって言ってたし戦いについて聞ければいいんじゃなーい?撮り始めてるったって脚本は全部書いてるわけじゃないだろし~」
「参考とは言うが、スーツは使うのだろうか?」
「マジで言ってる!?使わせないよ!!」
「そのものではない。モチーフにした装甲服などが劇中で出るかという話だ」
「どォ―だろう……分かんないから見せて言ってたしこれから決めるんじゃな~い?」
「「見せて」というか「見てて」だな。あちらの事情も説明したいのだろう」
だねーなどと軽く答える彼はブラックコーヒー片手。明路は一瞥して手の中のカフェラテに口をつけた。
「苦いのダメよねミチくん」
「ああ……何度か試したのだが、どうも慣れない。浅井さんはいつもブラックだな」
「ん……。ブラックと言えばさ。この前の、なっちゃんとのアレ。しっかり休めた?」
顔をあげ思い出す休日の事。ゲームセンターやボウリング、買い物の思い出。それをそのまま伝えると、よかったじゃんと留一はニコニコ。そのまま、明路の話は日向葵に続くのだが。
「タオの完成が間に合ってよかった。……本当にありがとう。同時に……急かしてすまない」
「改まりすぎだよ。私だって趣味っていうか、個人の都合が絡んでるんだし」
「個人の都合?」
「ま、開発したい欲ってことで。ってかさ、知らなかったんだけど料理趣味!ツッチーまで知らなかったらしいじゃん!何ひた隠しにしてんの!」
「? わざわざ言うことでもないだろう」
「いあいやいやわざわざ言うべきことだから!」
「だが大層なことはできないぞ」
「でもさ!やっぱり」
「何度言えばわかるんだ!!!!!」
「うわビックリした!!」「な、なんだ……」
監督の声だ。まさかと思いつつ外をのぞき込むと、廊下で乱雑に電話を切る監督が。声を荒げて悪いと言いつつも、「もう疲れたぞ」と言い残しながらだった。
「あ、驚かせちゃいましたかね……」
「ああ、いえ」「そりゃもう死ぬほどビックリしました」
「あんまりにもしつこいもので……」
「一体どういう相手なんです~?」
「しつこく何度も使うことはできないのかできないのかと電話をかけてくるんです。怒鳴るようだったり哀願だったりいろいろ。同じ男が何度も何度も……」
「訴えてもいいのでは?」
「ええ、検討しています……。ああ、クソ、なんでこんなことやってんだ俺……」
立ち去りながらそうこぼす彼。あまり落ち着いた精神状況じゃないのは見て取れる。力になりたいところだが、明路も留一も警察関係者だからこそ好き勝手な捜査はできない。
その背を見送ることになるかと思っていたが、2人に振り返った監督から撮影風景を見ないかと誘いの声がかかるのであった。
撮影は第一話のようである。主人公がバディを組むという、刑事ものらしい雰囲気の一作。休憩中の主人公に、相棒の男が話しかけるシーンだ。
「な、俺とあんたが!?」
「おっさんじゃ頼りねえか?」
「そりゃ、外を眺めてる『窓際警部』じゃあな!」
主演の若手俳優の演技は初々しいが、勢いがある。対する相棒役の俳優はさすがの落ち着き。どちらもアクションが得意な役者らしい。
「はいカット!」
上手くいったようである。一見なんでもないシーンでも何度も撮るあたり、監督はなかなかこだわりが強いタイプのようだ。
「今日は近くの事務所で取材するついでに、撮影の様子を見に来ていただきました。警察特殊技術部隊のレイフのお2人です!」
監督の紹介で頭を下げるスタッフ一同。やはりニュースで扱われたこともありかなり話題の様子。質問攻めにいちいち応える明路と雑に拾う留一。次に襲ったのは、やはり装着してみてくださいという期待のまなざしだった。
「日向葵の件はお見事です」
「天使様わざと僕のこと驚かせようとしてますよね」
「心外です」
「心の外から踏み入られてるのはこっちですよ」
「日向葵の件ですが」
わざわざ話題を逸らすだけ無駄だ。モヤッとしながら、菜摘はなんですかと振り返った。
「あなたの友ゆえ惑うかと心配したのですが。問題なく倒したようですね」
「惑わないわけがないでしょう」
「そうですか」
「……っ、そもそもあなたが湖冬をアキエルに選ばなければ!」
「彼女を選んだのは私ではありません。父ですよ。主の御声により『定められていた』ということに過ぎません」
「…………湖冬が殺されたこともですか?」
「彼女の死は私も悼んでいます」
「ふざけないでくださいよ……」
天使は相も変わらず無表情である。レイフの施設の屋上で、秋の柔らかくなりつつある日差しが包む。その日差しとは明らかに違う光源が、天使の中にはある。
「日向さんが……おかしくなったことも……」
「それも」
「誰だってきっかけひとつでおかしくなるのよ。神サマの予定表に関係なく、ね」
振り返る先、割り込んだのは春子だった。普段ここでタバコを吸っているようで、手にはあまり強くないタバコが握られている。
「……春子さん」
「気に入らないのよねえそいつ。どっか追い出せない?」
「無理です」
「私は届けるべき言葉が」
「っるさいわね」
吐き出した煙が天使の顔を覆う。振り払おうとすることもなく、彼女はただ淡々と。
「レギエルに使命を果たしていただくための鼓舞です。ではまた」
まるで最初からいなかったように、その姿が消える。
「……ありがとうございます」
「何が」
「春子さん、物言いがズバズバしてて。ヒヤヒヤするけど助かることも多いです」
「そ。よかったわね」
ペットボトル片手に空を見ながら、昼の時間が過ぎる。
「いいですねェ、非常に素敵だァ。私の方見てくださァい」
カメラマンの女性が、ぎこちないポーズのタオをねっとりと撮りつくす。その頭を、メガホンで監督が軽くたたいた。呆れ気味のため息も一緒だ。
「別府~~~~……お前の3D云々は今やることじゃねえだろ?」
「今じゃなきゃダメですよゥ、だって目の前でこの……なんでしたっけェ」
「仮面ライダータオです」
「そォ、仮面ライダーをじっくり撮ることなんてそうそうない機会じゃないですかァ」
「別府お前、この状況自体レイフの皆様のご厚意で」
「いいんですよ~、3Dデータを作るのですー?」
「えェ。悪用はしないですよ、バレる人にはバレますしィ」
別府と呼ばれたカメラマンは止まらない。複数の角度から取ることで立体を作る技術の、さらに高精度なもののようだ。彼女が勝手にやっているとか、なんとか。
「で……ああもう」
かかってきた電話を切りながら、監督は取材で話を聞かせてくれと言う。役者のスケジュール的に撮影は一時停止らしい。そもそも取材は本日の言えばメインディッシュである。明路は留一に目くばせをし、彼も彼でいいよと頷いた。
そうして撮影現場を移動しようと立った時、悲鳴が上がる。
「見つけた。随分いい機材だな、えェ?」
シェイドだ。それも『太陽』である。ちょうどいいとばかりに、仮面の下の明路は武器を構えた。
「っはぁ!!」
「なんで居るんだよ……仮面ライダーとやら」
「お前を止めるためだろうな」
タオが気を引く間に留一が監督その他スタッフ一同を逃がす。避難が終わったなら戦いの時だ。タオは突撃し、拳を123。熱を放つシェイドから距離を置きつつ射撃。その動きが止まる。
「ってぇな!!」
「嫌だったらその腕の装置を渡せ」
「うるさい!」
キレながら突撃するその勢いを使いぐるっと背後へ。あまりアクロバティックな動きは想定されていないため着地は崩れるが、その膝をついた姿勢のまま、彼は射撃に移った。
「この……!!」
放たれる熱風!機械と熱の相性がいいわけもなく、その身が一気に蝕まれる。距離置きながら放つ弾丸を熱波で反射し始め、その隙を狙う弾丸以外その身に受けることすらなくなってきた。
「ッハ!大したことないぜ!」
「それはよかったな!」
「どこ撃ってんだよ」
「なんだろうな?」
崩れたのは、野外セットの壁。高い機材を撃って攻撃するにはさすがに彼も抵抗があったようだ。身を動き出来ないシェイドに連発。跳ね返されても関係ない。撃てばいい。替えの弾丸のマガジンもある。多少心苦しいが、こういう時に思い出すのは地島湖冬の「こうすれば効率イイですよ!」のセリフ。
このまま倒してしまおうとベルトにタオブラスターを近づけたとき、なにやら警告音。
「……なに?」
そして仮面の中に投影される文字。危惧していたことが起きた。
「……バ、バッテリーだと」
「おーいミチくん~!……あっもしかして」
「浅井さん!バッテリーが!」
「マっジか、だったら縛ってなっ、レギエル待と!えーとほら、け、形而上肉体!それを破壊できるのは必殺じゃないとだめだから!」
「そうなのか?」
「天使は普通に倒せるけどねー。ただの銃撃だけじゃ無理だから!ウワーバッテリー改善しないと」
「とりあえず拘束を……っぐあ!?」
「ミチくん!?」
知覚の完全に外から攻撃され、タオは柄にもない吹っ飛び方をした。駆け寄る留一は下がれという静止を聞かず明路を保護。高所から降りた弓の主、もう一人のシェイドがシェイドサンを助け出した。
「僕の手助けがなければ負けてたねぇ」
「うるせえよ」
「逃げるよ」
月ではない。狙い撃とうとするタオだがもはや撃ったところで逃げられるだけ。2人のシェイドの姿は物陰に消えていった。
「……ごめん、私の判断ミスだよ。タオをあまりこういう場で使わせるべきではなかったかも」
「タオの開発もタダではないだろう。こういった場でプロモーションをするのは大事だ。警察上層部も納得させねばならない」
「そうかい。……ああ、そう。太陽の声を聴いた監督が、言ってたんだけど」
「何か?」
「電話先、つまりCG制作会社の男、そいつと同じ声……らしい」
「……何?」
「すみません!」
「謝ることではないだろう。ここに現れたこと自体偶然に近い。雨野君に責任はない」
「ですが……前も僕のせいで」
「いいんだ」
磯羅明路はまたしてもベッドの上に居た。今回はいろいろ重なった結果の敗北と怪我なので、春子も咎めず黙々と検査をしている。動けないほどの大怪我ではないが、タオイズムドライバーはさすがに使うなとのお達しである。
「今回はシェイドの正体の目星もついている。令状もおそらく問題なく出るだろう。家宅捜索の際には……同行できるか?俺はおそらく止められるだろう」
「当然よ」
春子が出した水を飲みつつ、明路は自分の体を見る。打撲が多いがやけどもままある。菜摘もそれは分かるようで、でしょうねと頷いた。
「私はバッテリーの強化をしておくよ〜っ」
「あたしもタオのカメラからもう1人を特定できないか見ておくから」
「僕も春子さんと。家宅捜査についても決まり次第聞きますね」
救護担当の面々も立ち去り、部下たちはそもそも別任務。部屋に残され、明路はただ天井を見る。
「俺にできるのは休むことだな」
少しずつだが、余裕も出てきたようである。
次回、「白い恋人」