仮面ライダーレギエル   作:さわたり

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第七話「白い恋人」

「……もぬけの殻か」

 

やはりシェイドサンこと、「矢沢裕絵(ゆえ)」の姿はそこにはなかった。事務所に探りを入れた時点で気づき立ち去ったのだろう。

そもそもレイフの独断では動けず、いろいろ通すより検察に探らせる方が早かったという事情はある。それゆえシェイドとしてのあれこれを考慮しておらず、菜摘がついていくのがレイフの最大限の干渉だった。

 

「証拠品の押収を行いましょう」

 

検察官が言うのはいいが、どうもやはり証拠品になるものなどが残っているわけではない。カーテンの締め切られた部屋自体が捜査対象ゆえに不用意に動けない暗い部屋が出来上がっている。

 

「……こちら、何か扉が」

 

「何?」

 

カーペットの下に不審な空間がある。まさか地下室が?その嫌な予想が正解し、検察官たちが向かっていく。付いてくる菜摘に、1人検事が振り返る。

 

「特殊技術部隊の頼みだが……君のような一般人が」

 

苦言は地下から聞こえた悲鳴で打ち消される。止められながらもかき分けながら菜摘が進む先、地下室。そこに立つ女性が、倒れたままのたうち回る検察官を見下ろしていた。その手には、アルカナキー。

 

「皆さん逃げてください!」

 

「しかし」

 

「僕はレイフの公的な協力者です!」

 

その意図が「知らないやつに任せておけない」であれ「一般人を危険にさらすなど」であれ、渋る彼ら。無理矢理追い出し、菜摘は構える。

 

『受胎告知』

 

「……天使ね」

 

「何をした!」

 

「さあ、勝手に苦しんだだけよ。幻覚の内容は……私が決められはしないもの」『コッフオル』

 

「……悪魔だよな、そりゃ。変身!」

 

『ムーン。融合解放』

 

『解放。降臨……置換……変化……聖なる、開幕』

 

レギエルの放った拳は、シェイドムーンをすり抜け虚空を斬る。背後の気配に裏拳を放つもそれもすり抜け、まるで霧を殴るような感覚。

 

「消えなさい」

 

そして、気づけば眼前にシェイドの手が迫っていた。おそらく幻覚によって苦しめる能力。頭を攻撃されれば、きっと彼のようになる。

おそらくアルカナキーを突き立てられたであろう検察官を尻目に、転がって回避。彼はキーを取り出す。

 

『節制』

 

「日向さん……」

 

『強制解放』『介入、開錠、解放……節制。その、献身』

 

火、水、風、土。それに並ぶ五大元素のひとつ。空すなわちエーテル、宇宙の力のドールが、はじけ飛び入れ替わった胴体から放たれる。あたりを攻撃するドールたち、閉鎖空間ゆえの数撃ちゃ当たるだ。

 

「バカね……」

 

その頭に再び伸びる手。がしっと掴み、そして初めてそれがドールと知る。

 

「……これは」

 

「よく見た方がいいよ、慢心せずに」

 

上だ。落下と共に繰り出される拳をその背に受け、シェイドの体勢が崩れる。レギエルに放った蹴りも簡単に受け止められる貧弱なもの。投げ飛ばし追撃を狙う。

まあ、シェイドムーンもそこまでアホ丸出しではない。すぐさま幻影に消え、再びレギエルを惑わせる。今度は不用意に手は伸ばさない。刻一刻と時が過ぎる。

 

「……まずいな」

 

援軍待ちであれば早くカタをつけないと検察官たちに被害が出る。太陽と謎のシェイドが活動している以上どちらが来てもおかしくない。彼はペットボトルをつぶし水のドールも生成。エーテルも増やしあたりをとにかく攻撃させる。

 

「糸の罠を張る?ダメだ斬られたと誤認させる方が簡単だろう。大剣を振り回す?その隙は晒していいわけない。バイクは論外……」

 

少し古典的かつ、漫画的だが。彼はドールたちを操りながらも、そっと目を閉じた。気を研ぎ澄ませ、感じ取る。この体であれば、悪魔を感じ取るのは容易だ。

 

「そこか!!」

 

拳がとらえたのは、ドールの一体だった。

 

「バカね」

 

背後。幻覚は、どうやら視覚にだけ聞くわけではないらしい。

 

「っぐあ!!」

 

「噂ほどにも……ないのね」

 

レギエルを踏みつけるシェイド。

苦しむ彼を見下ろす影が、さらに増える。

 

「お見事だコッフオル」

 

「……検察達は?」

 

「ぶん殴っておいた。記憶の改ざんは君に任せよう」

 

「……そ」

 

シェイドが足を上げ、その背後からスーツの女が現れる。黒田、シェイドは彼女をそう呼んだ。

 

「節制……そうか、サンファロエの」

 

抗うも無駄で、その手から節制のアルカナキーを取り上げ黒田は口角を上げる。

 

「伯父も喜ぶよ」

 

「よかったわね。この天使は?」

 

「必要以上に荒立てるな。記憶を消せるか」

 

「天使相手にどこまで効くか」

 

『第二体抑制解放』

 

「な」

 

気付こうがすでに遅い。ガラスのはじけ飛んだ腕は、確かにシェイドの右脚を掴み。

めきっ。

 

「ーーーッ!!」

 

「おい、大丈夫か」

 

「折れ、まが、ハァッ、ぅ、く……」

 

「逃げるぞ」

 

「ぅく……この足で、逃げさせる気?」

 

「天使くんが起き上がってくるぞ。ほら早く」

 

のそのそ身を起こしたレギエルに、2人を追うほどの体力はなかった。

 

 

 

 

 

 

第七話「白い恋人」

 

 

 

 

 

 

「月、強そうね」

 

「主に特殊能力が……幻覚が厄介で」

 

「逆にレーダーとかをもりもりにしたらタオの方が向いてるってとこない~?」

 

「あり得る気がします。直接……気配とかそういうのに干渉してくるので、レーダーを見る目に干渉する可能性はありますけど。でも生身の僕よりは幾分か」

 

「一番気になるのは黒田ね」

 

天使の時に負った怪我は人間に戻ればかなり軽減される。救急車が関わってこない程度の怪我で、その上回復力も早い。すでに彼はレイフのオフィスに居た。

 

「明路さんは……」

 

「やけどがまあまあ尾を引いてる。……あいつのことだし、大丈夫だろうけど」

 

「ええ……だといいんですが」

 

明路は怪我が多い。その分と言っては何だが、復活も早い。春子はそこのあたりには完全に信頼があるようで、多少心配しつつもそこまで大きく取っていない様子がある。

 

「……矢沢裕香(ゆか)、妹はいると聞いてましたが」

 

「兄妹揃って前世が悪魔ってまたすごい数奇ね」

 

「悪魔たちは胎児に入り込んだって話ですし、どうやら双子らしいですから」

 

「あそっか、同時に入った2人って線もあるのね」

 

「……ヘイナとして、そこのあたりの記憶はないのですか?」

 

「ない。前世とは言ってるけど、ヘイナとして死んだ記憶すらないわ。思い出したくないだけかもだけど」

 

「……なるほど」

 

「だからこそ……ヘイナは名前が違うだけのあたしって感じがするのよね」

 

頭を抱えながら彼女は言う。そもそも悪魔たちはなぜ人間に生まれ変わったのか?……なんて言うと、天使様から「生まれ変わりではありません」と言われそうなものではあるが。とにかく魂が胎児に宿ったのは、なぜなのか。

 

 

 

「だめっスねェ」

 

「だめだねえ」

 

「まあ、あんたのやり方でうまくいくとは微塵も思ってないスけどォ」

 

矢沢裕絵はブラインド越しに外を眺めている。そばでカメラマンの女、「別府アイ」が3Dをいじりながらぼーっとつぶやく。

 

「暗くないスかァ?」

 

「暗いけど。文句ある?」

 

「「暗い」自体が文句スよォ」

 

「妹が奥の部屋にいるんだよ」

 

「ならいいスけどォ。ってか、結構手伝ってくれるんスね。あんたも合成関連の技術者だし、そりゃ組めば世界取れる気はしてましたけどォ」

 

アイの視線を合わせもしない雑な言葉に、裕絵が振り返り、そしてブラインドから手を離す。座り込んで手の上で太陽のキーを回しながら、改めてため息をついた。

 

「その程度で世界が取れたら俺はこんなことしてねえよ。問題になるのは……レイフと天使だな」

 

「……天使は強いわよ」

 

扉越しに、妹こと矢沢裕香が言い放つ。だよなァと、2人揃ってため息。

 

「悪魔3人がかりで殴り掛かったらどうですかねェ」

 

「可能性はあるが……だがお前のダーリンはその能力を使った方が役立つんじゃないか?」

 

「ダーリン呼ばわりはやめてくださいよォ」『ゼイネル』

 

『ラヴァーズ。融合解放』

 

抽出機がアルカナキーをくわえこみ、ボタンを入力すれば他のシェイド達と同じように応える。だが何かが起きる瞬間、べりべりとアイの体からもう1人がこぼれ出る。

 

「僕をお呼びかな!」

 

「そうなるっスねェ」

 

「ありがとうハニー!!」

 

「ハニーはやめろォー」

 

飛び出てきたそいつは人間のような姿だがどこか奇抜な服。しかし整った顔はさすが悪魔と言うべきだ。アイはそいつの事をゼイネルと呼び、べたべたすり付く彼を雑になでた。

 

「いつ見ても変だな、お前のそれは」

 

「……私たちとは、違う」

 

「ゼイネルの能力が『変身』なのでェ。男黒田曰くゥ……融合解放はこのタロットを使って形而上肉体?を取り出す扉?をこじ開けて隙間からなんか、形而上肉体?を抽出するらしいんすよォ」

 

「俺たちも聞いたよ。……お前っぽく言うと女黒田の方から」

 

「茶化すなっスよォ。とにかくゥ、私みたいに「前世の記憶が上手く結びつかず二重人格になる」と「悪魔が変身能力を使う」とかが重なると。こういう風にはがれるんですってェ。ゼイネルが変身を解けばフツーにィ、あのォ、シェイドォ?になれるっスけどォ」

 

「そー!!僕を見なよ!全盛期はこんなもんじゃないんだから!!なんていうーか、体が半分ぐらいに薄まった感じ!」

 

「まさに抽出機の限界って事っスねェ」

 

ゼイネルは相変わらずアイに絡みつき、彼女はウザがりながらも話を続ける。PCから目を離す様子はない。

 

「お前も誰にでもなれたら便利なんだけどな」

 

「昔っから純情だったからかな?見てみて僕のアイちゃんへのでかめのラブ!」

 

キスしようと迫る顔を押しのけながら、アイは訝しげに彼の方を見た。

 

「そもそもその姿自体リンくんじゃないっスかァ!」

 

「別にいいじゃん!」

 

「なんだっていいわよ」

 

鶴のひと声、という声量はないが。裕香のドア越しの小さな声が話を終わらせた。

 

「刹那的な作戦もよくねーけど。現状いろいろジャマされてるからな。アレンジ加えつつやるしかない。と言うわけでゼイネル。レイフを探って来い」

 

「えー?僕?」

 

「お願いっスよォ」

 

「うん!やる!」

 

「なんだよお前」

 

「でもアイちゃん一緒がいい」

 

裕絵とアイは目を見合わせ、まあ仕方ないかと了承。別府アイ、出動態勢。

 

「じゃ、任せたっスよ。日本のテレビ業界に我々の技術を分からせるならマジの技術が必要っすからね、お忘れなく」

 

「分かってるよ」

 

ゼイネルを分離した状態は他のシェイドで言えば変身状態と同じである。抽出機を隠すためにもこもこ気味のコートを羽織る。冬前であれば怪しい事でもない。

レイフの本拠地は港区の警察署である。とはいえ、一般人では詳細な場所をうかがい知ることはできない。張り込んでそれっぽい人間を見つけるのが最善だ。

 

「……ねえアイちゃん、彼女」

 

「そうっスねェ……」

 

 

 

土田春子はもともと悪魔と言うことを差し引いても、感覚などは鋭い方である。怪しい気配には気付いていた。とはいえ何かのプロではない。肩がぶつかったタイミングで怪しく感じ、後をつけたという程度の事ではある。

なんで昼飯買った帰りにこんな目に遭うんだと思わなくもないが、今後何か起きるのに比べれば幾億倍はマシだ。

 

「……どうだ?」

 

「おォ、いいじゃないっスかァ」

 

「ああ、調べていた人物な上、君も会っている。簡単だな」

 

春子の尾行には気付いていなさそうだ。だが気づかれてるかどうかとか、もはやそのレベルの話ではない。

知らない女と磯羅明路の会話、という並びが春子の視界にぶっ刺さる。首突っ込んでやろうかと思うが、路地裏でする話題はあまり公的なものでないのは伺える。気に入らないが、立ち去るしかない。踵を返すその時。

 

「褒めて遣わすっスよォ、ゼイネルゥ~~」

 

「んひゃひゃ!なでてよもっと!」

 

磯羅明路から繰り出される声色ではない。

 

「ってか、ゼイネルって言った……?。てことは、……別に気付かれはしないわね。…………いや、する!!あの天使のやつ絶対知ってるわ!!おい!!!」

 

「え?あっアイちゃん!!気付かれた!!」

 

「うわァ!マジっすかァ!!」

 

「待ちなさい!!」

 

追跡劇、開始。とにかくアイはどうでもいい。まずまっすぐゼイネルを追わなくてはならない。明路のツラのまま逃げ回るそいつを追い、彼女は上着を脱いだ。

 

「足はっや!!」

 

「待ちなさいってのに!」

 

「待たないよ!」

 

「じゃあより苦しむだけよ!」

 

「ひ~~~ん」

 

相手も相手で逃げ足が速い。勝手に工事現場に入り込んだりするが追うならばまあ緊急回避。春子もためらいなく突撃し、ついには追いついた。

 

「このッ!!」

 

「ふごご!!」

 

明路もどきに上着をかぶせ、その顔を覆う。

 

「ふぐぐぐ、もごもご!」

 

「うるさいわね!」

 

拳を振り上げたとき。相手が上着を振り払い、明路の顔が春子の心に突き刺さる。遅れた拳は避けられ、蹴っ飛ばされ。春子、尻餅。

 

「あ、居た!!はァ、はぁ、ゼェッ、あのォ、私インドアでェ、」

 

「いいから逃げるよハニー!」

 

「1回会っただけの、っぜぇ、男の顔に言われるの、っはぁ、嫌ッスねェ」

 

まさかのお姫様だっこ。ゼイネルが走るのを、春子がばたばた立ち上がり追う。

 

「ん、ツッチー?」

 

「あ、浅井さん……」

 

「どしたの走って。私今からオフィス戻るけど」

 

「先戻ってて」

 

「ん~。どしたの?」

 

「どうもこうもないわよ」

 

「んえー?絶対尋常な感じの息の切らせ方じゃ」

 

「いーいーかーらー!」

 

「……ねえあっちに居るのミチくんじゃ」

 

「似てる人!!!!いいから帰れゴーグル野郎!」

 

「ゴーグル野郎?あっちょっ、気を付けてよぉ~?」

 

思わぬ足止めである。まだ視界の外というわけでもないので追える。土田春子、走る!

 

「ちょっとォ!近づいてきてるっスよォ~!」

 

「そりゃそうだよ僕たちより速い上僕らに向かって走ってるんだから!ごめんよハニー!!」

 

「ほんとっスよォ。ダーリンって呼んでやんないっスゥ!」

 

「1回も呼んでくれたことないじゃない!」

 

相変わらずお姫様だっこのまま走り続け、磯羅明路改めゼイネルの肩が揺れる。再び路地裏に向かった所で、完全に春子の視界から消えてしまった。少しではあるが複雑な道に入れば、速いからすぐ追いつくというわけでもなくなってくる。

 

「くそ!どこに行ったのよ……見られたらマズいわ、いろんな感じにマズい!」

 

「……巻いたよハニー」

 

「よかったァ~……」

 

「まあすぐ見つかる。今のうちに離れておかなきゃ」

 

路地裏を抜け、向かうは反対の道。入り組んだ建物の間から、2人が抜け出す。ほぼ同時に、バイクが2人の前を阻んだ。

 

「居た」

 

「まっマズい、天使だ。レギエルだよ!」

 

「うえェ!どうするんすかァ!」

 

「見つけたわよ!!」

 

「ぎゃーーーー!!」

 

明路の顔が情けなく叫ぶひどい絵面。それをはさみながら、菜摘と春子の目が合う。

 

「春子さん」

 

「違うわ」

 

「あの、春子さん」

 

「あたしじゃないから」

 

「いやそうじゃなくて、春子さん」

 

「言いたいことは分かるけど違」

 

「バレてます。バレてますから元々。僕には」

 

「……な、ちょ……」

 

「え、何スか、知ってるんすかァ?」

 

首をかしげるアイを一瞥。春子はゼイネルの方を向いた。

 

「久しぶりねゼイネル」

 

「……ヘイナさん?」

 

「アンタまだそんなことしてるわけ?」

 

「いや違うの!!そんなことしかできなくなったって感じなの!!ラヴァーズに部分的に抜き出されたから」

 

「触れた人の想い人に」「あー!!!あー!!聞こえない聞こえない!!」「もう遅いです春子さん!!」

 

「触れた者の恋愛の先に化ける。ゼイネルの手段です」

 

「追撃すんなー!!」

 

顔を真っ赤にしてうつむく春子。天使まで現れ、はっきりと言及するその能力。シェイドラヴァーズの能力は、「好きな人に化ける」、である。

 

「僕は応援しますよ春子さん!」

 

「同じ話を次したら殺す!」

 

「悪魔に天使は殺させません。父にとって」

 

「アンタいると話こじれるから帰って!」

 

置いてけぼりだがアイとゼイネルも状況は分かってきた。とはいえいま明路の顔であることを利用しておちょくるだけの余裕はない。天使に行く手を阻まれているし、ゼイネルはそもそも人間程度の力しかないし、人間の中でも非力の類だ。

 

「ゼイネル……変身解除ォ、しちゃったほうがいいんじゃないスかァ?」

 

「だね、準備はいい?」

 

「っス」

 

ゼイネルがその姿を元に戻そうとすると同時にアイに吸い寄せられ、溶けあうように一体化する。本来の融合解放はこれである。

 

「さて、勝てるかな」

「分かんないスけどォ、逃げるチャンスは増えそうっすよねェ」

 

左腕の弓を構える、その姿。明路が言っていた「サンを助け出したシェイド」である。言えば、シェイドラヴァーズ。戦う気がないならそりゃそうかと菜摘が構えるその横で、春子が歩みだす。

 

「もしかして、抽出機を」『受胎告知』

 

「いーえ」

 

その手には、タオイズムドライバーが握られていた。目を見開く菜摘を前にバックルを腰に押し当て、ベルトの巻き上げを待機。キュルキュルと細いウェストに沿う。

 

「いや、でも」

 

「いいからやってて」

 

「了解です。変身!」『解放。降臨……置換……変化……聖なる、開幕』

 

倒れ込んだ自身の体を矢の盾にしながら彼は進む。

そもそもここはレイフ本部のすぐそばである。もはや明路の姿を捨てた以上誰に見られたところで関係ない。明路の部下がトランクを乗せ白バイで向かうのも1分以内のことだった。レギエルが間を持たせる中、案外シェイドラヴァーズは強いことを知る。

 

「ッ……」

 

「2人分いるんだよ、ある種マイハニーは完全覚醒したと言える状態。経験値が違うのさ!」「自分の前世にハニーって言われるの変な気分ですけどねェ。ナルシストっていうかァ」

 

「待たせたわね。そいつらはあたし直々にぶちのめす!」

 

『Taoism……Human power without god's hand』

 

バックルの両サイドは指紋認証である。読み取ると同時に放たれたドローンがレーザーを射出。その身体や位置関係を読み込んでいく。別府アイが物体の3Dデータ化を研究している女だけあり、少しうらやましげにその風景を一瞥した。

 

「よそ見しないでよ」『ラミレシア』『正義』

 

『強制解放。介入、開錠、解放……正義。その、均衡』

 

右手がはじけ飛び、置換。大剣を振るうがかわされ、連続で放たれる矢。大剣で防ぎながら、開くトランクと春子も防護する。六角形の装甲を縫い合わせたようなスーツは相変わらず。少し着崩れたシャツとズボンの上にかぶさり。空気が抜けてその身にフィットしていく。

 

「逃げようアイちゃん!」「ですねェ……」

 

「誰が!」『ケツァド』『運命の輪。強制解放。介入、開錠、解放……運命の輪。その、転換』

 

左腕から展開したバイクで先回り。そのままウィーリーでぶつけ、跳び上がりダブルスレッジハンマーを叩き込む。だがそれでひるむわけでもなく、少し後ずさって矢を飛ばした。

 

『Fitting……OK. Five senses assist is ready』

 

さて、準備はできた。全身の装甲板が黄色く光り、首元の装甲がフード状に展開。銀の仮面をその下に滑り込ませた。

明路のメイルモードに対し、フィメルモードと呼ぶか。

 

「でらァ!!」

 

「増えた!!」

 

しょっぱなタオブラスターが火を噴く。連続で放った弾丸が執拗に左腕を狙い、弓を撃たせずレギエルの拳が叩きつけられる。

 

『強制解放』『教皇。介入、開錠、解放……教皇。その、束縛』

 

左腕が地面に落ちレギエルのモノがすでにそこに残る。同時に腰部がズボンに戻り、はじけ飛んで悪魔の力を呈する。放った糸をかわすが、かわした先にはタオがいる。ヤクザ蹴りを叩き込み、怯むそいつへラリアット。地面に叩きつけたのちすぐ起き上がり、踏みつけて連射。

 

「僕M趣味は無くてさ!」

 

矢をぶつけてひるませ、立ち上がる。そこにレギエルの拳がめり込み、吹っ飛ぶをの糸がとらえ再び引き寄せる。さなかでも激しめの連続射撃が襲い、間近まで来ればレギエルの拳とタオの肩が襲う。

 

「春子さん、この人の形而上肉体を破壊したらどうなります?ゼイネルは……」

 

「鋼誠はラミレシアとしての記憶を失ってはいないでしょ?」

 

「二重人格になる、って感じの認識でよさそうですかね」

 

2人がそろそろとどめを刺すかと構えたとき、アイは融合を解いて立ち上がった。訝しげ銃を下ろすタオを一瞥すると、手を広げて、牙をむく。

 

「ダーリンに……手出しはさせねェ」

 

「アイちゃん……」

 

「だったらまず抽出機を」

 

「できるもんか、僕がアイちゃんを抱きしめるためにはこれが必要だ!!」

 

アイの肩を引っ張り自分の後ろに避けると、今度はゼイネルが盾になる。しびれを切らせ抽出機を奪い取ろうとする2人。いつでもシェイドの姿に戻れることを思っての警戒だった。

それが、ゼイネルの背中を押しタブーへ飛び込ませる。

彼は、レギエルに、雨野菜摘に触れている。

 

「……まさかアンタ!」

 

その顔がすこし垂れ目気味の優しい顔立ちに変わり、髪は短く丸く切られたショートヘアに。生えるように黒のメガネが生まれ、優しく微笑む。

アキエルに多少探りを入れていれば、話し方を知っていてもおかしくはない。

 

「ねえ、菜摘くん……ほら、落ち着いて」

 

にっこり微笑んだ、地島湖冬。

その顔を、レギエルの拳が思いっきりひしゃげさせる。逃げる隙もためらいも一瞬もなかった。

地面に倒れた湖冬の首を、レギエルはネジ切れんばかりに掴み、その上にのしかかる。

振り上がる、右腕。

 

「っぐ、が、ぁ」

 

「湖冬はそんな顔で笑わない」

 

「ごぶっ」

 

「湖冬はそんな風に息を吸わない」

 

「っが、やめ、ぃ」

 

「湖冬はそんな風に肩を揺らさない」

 

「ぐ、ぁ……」

 

「湖冬はそんな目をしない」

 

「やだ、ぅぐ、死、ぃ」

 

「湖冬はそんな命乞いを僕にしない!!」

 

「やめろ雨野!!」

 

状況に圧倒されていた春子もようやく駆け出す。タオに引きはがされてもなお暴れ、怒号がもはや鳴き声のように響き渡る。涙をためた目と震えた指のアイがゼイネルの身を揺らす。

 

「気絶してるだけよ!現世で死んだ形而上肉体はすぐに地獄に行くはず、それか天国!」

 

「どうせ記憶は消えないんでしょ、粉々にしてもいいですよね」

 

「そういう問題じゃないでしょ!!」

 

タオの手のひらがレギエルの頬をとらえ、その身体をよろめかせる。

 

「…………」

 

「安易に気持ちがわかるとは言わないわ。言わないけど。……今の姿がマトモには見えなかったわ」

 

「……ごめんなさい」

 

「っひ、」

 

目線を向けられただけでアイはその腰を抜かし、それでもゼイネルを守ろうと近づく。

 

「……身柄、任せます、春子さん………」

 

「……そうね」

 

周辺で構えていた警官たちも、戦々恐々とした様で近づく。一旦キーを取り上げる形で、彼女の取り調べが始まった。今のところ目立った犯罪の証拠がなく、悪魔たちはカメラ越しであろうと姿は当人の認識に作用される。攻撃されたことを立証できるのは明路と留一だけである。

 

 

 

 

「科捜研から結果が出たよ〜。月と太陽が作ってたあの装置、どうやら巨大な雲を作るものだったってさ」

 

「……雲だと。そういえば先ほど、報告があった。矢沢裕香は紫外線に極めて弱い体質らしいが……それと関係しているのか?」

 

「にゃるほど〜?」

 

明路もそろそろ動ける頃だ。装備して問題ないか検査を行いつつ、2人の話題は渦中のシェイドである。

 

「ん!問題なさそ」

 

「迷惑をかける」

 

「君に戦ってもらってるの私のエゴだよ」

 

「我々皆エゴで戦っている」

 

「なっちゃんもだね」

 

「……いささか危なっかしいが、彼はそれで良い」

 

「魔術師次第、だねえ……」

 

静かな部屋で淡々と進む検査。専用の部屋などない。春子はそばにいる。

今日は、今までで一番静かかもしれない。ぼそっとタバコと呟き、彼女は屋上へ。

 

「〜〜〜ッ!!!」

 

まあ半分ぐらいはどんな顔で明路を見れば良いかわからないからなのだが。




次回、「染の満月」
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