「矢沢裕香。二十面相プロダクションの女優です」
明路は検事の置いた資料に手を伸ばした。今回被害に遭った検察官たちは記憶が薄れていたが、やはりシェイドについては隠し切れるわけではない。あえて語っていないだけで、警察内では秘匿事項と言うわけではない。混乱を避けるための情報統制はしているが、あくまで混乱を避ける最低限である。
「今回掴まったシェイド犯罪者は……カメラマンらしいですね」
「カメラを使った3D技術を認めさせたかった、が動機だそうです。厳密にはその際に邪魔だった……我々レイフの排除」
「あなたがたの存在が……警察組織そのものを危険にさらすのでは?」
「……」
「では一度なくしてしまいましょうか!」
割り込んだのは留一だった。当然いぶかしむ検事だが、そもそも留一は技術者としてレイフ内でそれなりに立場がある。彼にしかできないことも多い故この程度の無礼には目をつぶる者が多い。
「なくしたらどうなるでしょうねえ……やっぱり警察が追うでしょうか!それとも災害と定義して自衛隊が?いいですねえ!明確な対処法がなくなるので死人がいっぱい出るでしょうが、私たちのせいではなくなりますので~~!」
「……失礼、出過ぎたことを。今後もシェイドへの対処を」
「ええ、勿論です」
検事もこう出られて噛みつくような人間ではない。むしろ大人げないというか子供っぽいのは留一の方だが、その状況を納得させる雰囲気が彼にはある。当てつけのつもりか、2人が話す部屋で作業を始めた。なかなかイイ性格をしている。割を食うのは明路かもしれない。
「話は戻りますが、矢沢裕香の兄、裕絵ですが。彼も映像関係の技術者とか。……どうやら2年前に始めたと。高価ではあるのですがいささか革新的な合成技術でもあるとかで……失礼、彼を褒めるのは一度置いておいて」
「2年前……。では、雨雲発生装置を作っていた際は、まだ技術者ではなかった、と」
「ふむ……」
「つまりさ!」
口を開いたのは留一だった。
「……女優であり、日光に弱い妹を活躍させるために!とか?」
「テレビ業界を変えようと?犯罪を犯してまで……?」
「愛憎は人を狂わせますから」
検事の放つ言葉はいたって冷静。多くを見て来た者なのだろう。
第八話「墨染の満月」
深夜、撮影スタジオ。果たして太陽はそこに居た。
機材の破壊と、役立ちそうなものの奪取を目的とした行動には月もそばに居た。
「……暗いわ、兄さん」
「照らすかい?」
「お願い」
ほんのり放たれるオレンジ色の暖かみ。シェイドムーンは寂しげな様子で兄の肩に触れた。
「テレビ画面で見る太陽と、同じだわ」
「お前も……きっとその場に入れるようになるさ。テレビの上でだけになるけど」
「いろんな人に見てもらえる?」
「当たり前だろう。こんなにきれいな顔と声、この世界が放っておくはずがない。おかしいのは、この芸能界の方だ」
どれだけ力を得ようとかわいいたった一人の妹にしか見えない。シェイドだろうとなんだろうと、裕絵にとって彼女の認識は変わらない。
「太陽のスポットライトが……」
巨大なグリーンバックの前で踊るムーン。幻に魅せられずとも、テレビにかじりつく観衆の中太陽に照らされる妹が、彼には見えていた。
割って入るのは、警報の音とシャッターの音。
サンは視線を落とし、ムーンは眼輪をヒクつかせる。
「焦らないのね」
「……そりゃあな、ガサ入れされたし」
「兄さん」
「ああ」
春子が腰のタオドライバーに触れ、装着していく姿を前に兄妹は走り抜ける。目の前に迫るころには、その装甲は纏われ。
『Taoism……Human power without god's hand』
「オラァ!!」
ひじの一撃でサンをひるませる。最後に、仮面を持ち上げ。
『Fitting……OK. Five senses assist is ready』
「えーとなんだっけ。あそうだ!変身!」
飛び退きながら放つ弾丸の連続攻撃。月が霧を放つが、根元を撃てばいいだけのことだ。ムーンの体がひるみ始める。
「お前……!!」
駆けたサンの背中に、かかと落としが叩き込まれる。意識の外の攻撃ゆえに全く反撃できず、不意打ちの主レギエルの拳が連続で叩きつけられていく。
「このッ!」
放った熱波をレギエルがその腕で防ぎつつも後ずさり。サンの放つ蹴りを前に構えるが、その脚は銃撃により跳ね飛ばされる。
「邪魔しやがって!!」
駆け出すそいつをレギエルがタックルで止め。タオはムーンに向き直る。あまり体力はないようだが、やはり相応には強い。体勢を立て直し、向かってくるそいつをひたすら撃つ。
「霧を撃ってる感じねェ」
「すでに私の術中よ」
「どうかしら?」
カメラとマイクを切り、仮面の下は真っ暗。くぐもった音しか聞こえないその空間で、彼女は画面に映るUIだけを眺めていた。レーダーがとらえる、物理的な情報。菜摘曰く「ムーンは幻覚の内容を決められるわけではない」との事で、裏を返せば「意表をつけばどうにかなるというわけでもない」ということ。
「っは!!!」
「っづ……!」
イチかバチかだったがビンゴである。連射がその脚を止め、まっすぐ向かいヘッドバッドを叩きつける。そのままチョップをぶつけ、膝をついたムーンへ肘を叩き込みつつそのまま肘置き扱い。狙い撃つのはサンだ。
「っぐぁ、っぐ!!」
さらにその腹にレギエルの膝蹴りが入り、肩を掴み殴る殴る殴る。ふらふらしながら放つ熱波も弱まったなら強行突破が最善手。その手を第二体解放装置へかざし、力があふれかえる。
『第二体抑制解放』
「はああああ!!」
飛び掛かり放つ、握りこんだその手の一撃。腕のグラスがはじけ飛び、重く重く沈み込む。後ずさり剥がれ落ち、サンの形而上肉体が爆散する。光の中倒れる矢沢裕絵は、諦めたように笑う。
「もう、駄目だ……無理だよ裕香」
「……」
ムーンは無理矢理タオを引きはがしサンへ接近。踏み鳴らし放った霧が2人を包み、その虚像を撃てど殴れど感触は霞。逃げられた。
「……っ、2人とも逃げましたね」
「ま、成果はあったわ」『レッシオル』
「太陽……回収してたんですね」
「撤退よ!」
明路の部下だが状況によっては春子と留一の指令も聞くよう言われている。事件現場としてあたりを処置し、一行はその場を去った。
明路も完全回復である。管理者側ではないにしろ、それなりに立場もある上タオの装着者ということで『顔』としての側面がある。微妙なすれ違いもまあまあ起きるのだ。
春子と明路、2日ぶりの対面だ。
「これ、返すわ」
「ありがとう。俺が戦えない間、本当に助かったよ」
「当然でしょ」
「しかし……随分鍛えているんだな」
「まあね。悪魔の研究っていろいろ危険付きまとうもの」
会話が終わり、流れる微妙な時間。では、俺はこれでと踵を返す背に、微妙に張れていない声量で春子は呼び止めた。
「飯……あとで行きましょ」
「ああ、いいぞ。では昼に」
微笑んで、改めて去っていく明路。あの優しい顔だけをしていてくれればなと、図太い春子でも思うことがある。そんなとき、常に「よしやるぞ」となるのが土田春子の強さである。
雨野菜摘は最近いつもレイフに居る。仕事部屋として勝手に使うなら家でやりなよと言う話だが、そういう感じでもない。鍛えたり、春子からシェイドの話を聞いたりとどこかあわただしい。
「……」
かと思えば、放心でもするように気が抜けているときもある。さすがに留一も気をかけるというものだ。
「なっちゃーん?」
「……浅井さん」
「だいじょぶ?エネルギーないけど!」
「ええ、まあ……ああいえ、大したことではないんです」
「どしたの?」
答えようか淀む彼だが、留一の優しい笑顔を見て、菜摘は頷いた。浅井留一はいつもニコニコとしている。
「僕……前に運命の輪の、メグルさんと戦った時、結構……威圧的に出ちゃって。魔術師と同じシェイドだから」
「ミチくんにお説教されたんだっけ」
「はい、それと……日向葵に指輪を触られたとき、本当に頭にきて」
自分の左手を撫でながら、彼はうつむく。
「その、しかも、3日前。別府アイの……恋人の時……」
「聞いたよツッチーから」
「……あの時、本当に気が狂いそうなぐらい、頭が沸騰して……湖冬のことになると本当にすぐカッとなるんです」
「それは責められることじゃないよ。ちゃんコフを侮辱するよーなことでしょー?怒って当然だって!」
「それはまあ、僕だって、人間です。天使なだけの人間。でも、こんな僕が力を振るっていいのかって、すごく、すごく強烈に思うんです」
握った拳をみて、菜摘ははため息をつく。
自分が正義の味方ヅラをしていいのか。ゼイネルを殴った感触を思い出すほど強烈に心がそう訴えてくるし、春子や明路はまっすぐに感じられた。
そもそも動機は復讐である。
「なっちゃんはどうしたいの?」
「え?」
「なっちゃんがどうしたいか次第だよー。私ら警察だしさ、こういうときあんまり絶対的な正義とかの話できないんだよね~」
「ええと、僕……。僕、もっと、誰かを助けたりって、湖冬とか、明路さんみたいになりたいです!」
「なるどねー。まあ、ちゃんコフは君が笑って過ごせるようにってよく言ってたしさ。明路だって「俺の勝手な無力感や正義感だ」って言っててさ。結局何言っても、ほら、全部身勝手な行動だよ結局サ」
「じゃあ、僕のしてきたことって、正しいんですか?」
「それを決めるのは法だよ。君が日本人として生きる限りは日本の法が君を縛るのさ!同時に守るの。絶対的な価値なんてないんだから、今いる世界の判断基準に従うしかないじゃん?」
シェイド周りは法整備がかなり行き届いていない。それでも、警察の面々は少なくとも菜摘を頼りにしている。
「それなら、結局僕が僕を許せないだけじゃないですか」
「その言い訳を外に求めちゃだめっていうはなしー。君が君なりの正義の味方でありたい!って思うなら、それはそうするべきだしきっとみんな手伝いを惜しまないよん」
「……何かいい方法ありますかね」
「力を使う時は強く意識するとかかなあ。ほらミチくん言うじゃない「変身!」って」
「それは実は真似させてもらってまして……スイッチが不十分なのかな」
「あっじゃあさ、変身前にポーズ決めるんだよ。装着ヒーロー的な感じで」
首をかしげる菜摘を前に、留一は手を広げるポーズをとり、変身!と叫びながら第二体解放装置をいじる真似をした。菜摘は戸惑いつつも、悪くないななんて考えてみる。
「こういうポーズどうです?」
「メタリオンセカンドっぽい!」
「メタリオン……セカンド」
「見てなかった?まあ君の世代より結構前か」
「メタリオンはブレイズを……湖冬は結構詳しかったですけど」
「彼女結構オタクだもんねー。まあ装着ヒーローの布教は置いといて!そのポーズめっちゃかっこいいよ!」
「ほんとです?」
「ここで指パッチンしなよ」
「こうですかね?」
肩を下げつつ構えてみたり、腰だめに手を止め斜めに手を構えたり。幼稚園男児のように「ぼく流へんしんぽーず」にはしゃぐ2人のもとへ、ガチャリと明路が戸を開けた。
「へんsうわあああ!!」
「ぁあああぁミチくんかぁ!」
「何をしていたんだ?」
「え?いや、まあ、変身、前のポーズを……」
声が小さくなり恥に言いよどむ菜摘。半笑いの留一。双方を見た明路から繰り出されたのは「俺も考えよう!」であった。ぱぁっと向き直る2人。園児3人が爆誕した。
「で、何?変身ポーズ考えてたの」
「ああそうだ」
「女の同僚に淀みない目でまっすぐ言えるとこ好きよ」
こういう冗談の流れでも好きとこぼれ赤に顔を染める春子。まあ案の定の鈍感さで、明路は「?」を浮かべる。案外聡い彼だが、こういう話はからっきしだ。
「春子もどうだ?」
名前呼びは少し嬉しい。
「なに、同調圧力?」
「悪い、他意はない」
「冗談よ。まあ、変身って掛け声嫌いじゃないし、真似してるわ。明路の」
少し無理して名前を呼んでみる。
「ここのラーメンいいのよね」
「ああ、俺も好きだ。最近外食は少ないが」
好みが合って嬉しい。
土田春子はまあまあ乙女らしい。
「てか、あんた健康大丈夫?」
「最近はかなり気を遣っているよ。自炊も増やしたし、最近はしっかり休みを取っているだろう?」
「そうね」
「日向葵といい、矢沢裕絵といい、余計な怪我が多くてな」
「ホント気が気じゃないわ……」
「反省している。休むべき時は休むさ」
「ならいいのよ」
ちょっと鼻に息が抜けるふっという笑い。明路も微笑み、彼女は気恥ずかしげにラーメンの方へと向きなおった。
共通の話題代わりに使うのも変だが、話の流れは菜摘の方へ。内容に関してはまあいたって真面目なものだ。
「どう思う?」
「浅井さんから聞く限りは、おそらく大丈夫だ。怒り任せに行動するときも、大概言い訳があったと思わないか?」
「……『形而上肉体を破壊しても人格が消えるわけではない』とか?」
「ああ。それにかこつけて開き直られても困るが、彼はそういうタイプじゃない。今のところ、『あまりにも突飛な行動はしない』という枷になってくれている。何より……」
「まあ、雨野自身も気に病んでるものね」
「きっと大丈夫だ。俺が保証する」
優しい男である。菜摘との付き合いもそれなりに長いとはいえ、他人にここまで言ってのける。
「あんたと居ると安心感あるわ」
だから好きなのだ。
「そろそろ時間だな」
「そうね、また……」
会計を済ませ、率先して支払う明路。案外レディのエスコートもできそうな彼の携帯に、突如連絡が飛び込んだ。
「はいもしもし。……はい?分かりました、急ぎます!」
「何が……」
「春子は待機していてくれ。科捜研の倉庫に襲撃があったそうだ。怪我人はいないが……月と太陽の雨雲発生装置が盗まれたそうだ!」
「この昼間に!?分かった、急いで向かいなさい!」
「ああ!」
明路は部下へと連絡を飛ばし、タオの準備を指令。走り抜ける彼のもとへ、トランクケースを乗せたバイクが配達だ。
「磯羅隊長!こちらを!」
「助かる!」
装甲白バイ『バルトチェイサー』へ乗り込み、ヘルメット装備。パトランプを光らせながら、現場へ急行した。
「……明路さんですね!」
ヘルメットでくぐもった声が聞こえる。その隣で、明路の目に飛び込むのは赤と黒ツートンの少しまがまがしいバイク『ケツァド・イブク』。菜摘である。
「位置は分かるな?」
「はい!」
千代田区の警視庁本部の科学捜査研究所。丸の内周辺のビル街はそう遠くない。丸の内ビル屋上の出口前で、矢沢裕香は黒田と共に居た。男の方だ。
「ほら、本当だったろう?」
「……ええ、そうね」
「やろうと思えばゼイネルもできただろうが……教えておくべきだったな」
「今してるのは私の話よ」
「失礼……。さあ、試してみるといい」
「分かってるわ」『コッフオル』
左腕の抽出機はただただ腕時計の顔で潜む。展開しようとする様子もなく彼女は愛おし気にそのカギを見つめ。
服をずり下げ肩を見せ、自身の胸へと突き立てる。
『ムーン』
「アルカナキーを第二体の部分的な解放に使うのが抽出機だが……覚醒を終え、融合解放に慣れたのならその限りじゃない。天使ができているように、アルカナキーそのものに込められた……いや、分離させられた力も相当なものだ。それを抽出機を通さずに用いるだけでも……」
大きく、見た目が変わるわけではない。だが、鏡に映る自身の姿が。銀色だったものが白黒に変わったその姿が。
美しくそして愛おしく。まるでナルキッソスのようにじっとその姿を見続ける。
「話聞いてた?」
「同じ話を何回も聞くつもりはないわ。抽出機、外していいの?」
「聞いてないじゃないか。抽出機……というよりは概念的解放口がないとろくに第二体の解放ができない。アルカナキーを使ってこじ開けるか、アルカナキーを取り込んで君が内からこじ開けるかの違いだよ」
「……そう」
ゆっくり、戸を開く。陽が当たる指先に痛みがじくじく刺さる。それでも臆せず歩み出す彼女。大きく、霧が広がる。
「今の私は……太陽すら騙せるのね」
辺り一帯、不気味な霧が覆う。発生点に気づいた菜摘と明路が向かうことなど知る由もないが、今の彼女なら知っても歯牙にもかけはしないだろう。
「コッフオル、素晴らしい才能だよ」
「……当然よ」
そんな彼女を追う、足音。階段を駆け上がり現れたのは兄だった。
「……いつの間に、こんな!すごいよ裕香。今のお前なら」
息を切らせ膝をつく裕絵。それでも妹を見る目は輝いていて、シェイドムーン、いや、シェイドコッフオルはゆっくり視線を向ける。
矢沢裕絵を迎えたのは、最愛の妹からの平手打ちだった。
「な……」
「役立たずがいまさら何の用?帰りなさいよゴミクズは」
「お、俺は……」
「今の私に太陽は必要ないわ。天使に簡単に負けちゃってさァ。……東京をね、終わらない極夜にするの。ッヒヒ、ンフ、クヒ、キャヒハハハハハハッヒ!!」
踊るようにくるくる回りながら笑い声をあげる妹を呆然と眺める裕絵のそばに、黒田が座る。
「お兄ちゃんって大変だよね。わかるよ」
「……」
「放心しっぱなしとは」
「ギヒ、見て!見て!!見て!!!キャヒヒ、こんな綺麗なのよ!こんなに輝いてるのよ!太陽なんて必要ないわ!星だって邪魔よ!私が『また』畏怖と注目と歓声を浴びるの!!」
「そ、それ、なんだ?」
「何まだいたの?ッギャハハ!もしかして私の事守ってあげなきゃいけないエケチェンだと思ってましたかお兄様ァ?科捜研はしっかり残してると思ったもの、改造のためにあれこれ準備してたの」
コッフオルが頬ずりするそれは雨雲の発生装置である。
「この世界を叩き落したらみーーんな見てくれるわ!女優なんか比べ物にならない。緑色の空なんて論外!」
「それが目的ね」
「これが兄に対する仕打ちとはな」
踊り狂う彼女がぴたりと動きを止める。目元をヒクつかせ……まあ、明路にはバケモノのように見えているために感じづらいが。とにかく心底ウザったらしそうにコッフオルが向き直る。
「あとは頑張りたまえ」
「待て!」
黒田はすぐに姿を消し、明路始め他の警官たちの視界からすぐさま姿を消す。だが今は一人にかまっていられない。ヘリポートの上で、明路が腰へタオイズムドライバーを押し当てる。同時に、菜摘は左手をそっと重ね第二体解放装置が「居たことに」なる。
『受胎告知』
両手を突き出し広げる明路。両腕を左側に流し、腕をぐるっと回し拳を溜める菜摘。双方目を見合わせ、息を吸う。訝しげだったコッフオルも向かってきている。
「「変身!」」
『Taoism……Human power without god's hand』
『解放』
明路は両手触れ、腰に構える。同時に菜摘も指を鳴らしながら鍵をひねった。
放たれるドローン、そして持ち上げられるスーツ。
『降臨……置換……変化……聖なる、開幕』
「であああ!!」
菜摘が倒れ込んだその場に立つレギエル。ひと足先に向かい。迫るシェイドへ拳を放った。かわされる。いや、やはり「そこにいない」というべき。
『Fitting……OK. Five senses assist is ready』
遅れてフィットする装甲。仮面をかぶり牙のディティールが固定されつつ、タオはブラスターを構えた。
「やはり厄介か」
「レーダーはどうです」
「ノイズがひどい!見たところ何か強化されているようだった」
「自らに直接突き立てたのでしょう」
「天使様今来る必要あります!?」
「あなたが正しき目的に目覚めたようですので。見守るのです」
「僕の正義感は僕のモノです。あなたの言う使命とかじゃないですよ」
「アルカナのカギを取り込むことで自身の力をより効率的に解放したのでしょう。気をつけるのです。ちなみに、そちらかと」
天使様の指さす方向を狙い撃ってみれば、ビンゴである。すぐ姿を消すがあくまで幻影。あたりを雑に撃てば何発かは喰らっているようだった。
「基礎的な力も向上しているようだな」
「気をつけてくださいね」
背中合わせの体勢のレギエルとタオ。少しずつ回りながらあたりを警戒するその構図。巻き込まれてはいけないと警官たちは退かせ、丸の内ビル屋上ヘリポートの中心で、2人が構えていた。
「来ますよレギエル」
「そこか!」
レギエルの放つ拳の先、居た、シェイドである。
「クソが……!」
「口汚くなったね」
「黙りなさい……邪魔しやがって……」
ふらふら立つシェイドだが、弾丸を放っても効かないあたりそれも幻影で。さぞかしめんどくさそうに、レギエルのそばに立つ天使をにらみつける。
「ガブリエル……!!」
「が、え、何?……今、名前」
「……」
「ガブリエル?まさか四天使の」
「来ますよ磯羅明路」
「むっ!!」
「だと思ったわよ」
放つ弾丸がとらえたそれも幻影。ほんの数センチでかわしながら、蹴りをその腹へとぶつけられた。
「っぐ、ぁ……」
「お前ッ!」
「どこ殴ってるのよ」
戦闘力も上がり、放たれる蹴りの威力が冗談にならない。全方位に警戒を配るなど不可能だし、その隙を狙うだけの能力がこのシェイドにはある。タオを蹴っ飛ばし、さらには落そうとまでする。
焦りながらも、レギエルはキーを展開し第二体解放装置へ差し込む。
『レッシオル』『太陽』
『強制解放。介入、開錠、解放……太陽。その、祝福』
菜摘のワイシャツに一瞬戻り、再び胴体がはじけ飛ぶ。血肉が消滅しながら、背に輪を背負った赤と黒の胴体が明路の目線に移りこむ。
「……はァ!!」
「ッぎぁ!!」
能力は単純にして最善手。放たれた強烈な陽光がコッフオルの足を止め、弾丸を浴びせる時間をくれる。体勢を立て直し落下を回避しつつさらに浴びせ。
「クズどもが調子に乗るんじゃないわよ……!!お前らなんぞに!!」
放たれる霧はより一層濃く強く。シェイドコッフオルが5体にも6体にも見える。陽光を放ち消える数体。それでも場所が特定できるわけでもなく、レギエルの胸に乱暴な蹴りが叩き込まれる。
「ぅぐ……あが」
「次はあんたよ、青色。ぎゃっは!!」
思い切り叩きつけられる蹴り。撃てど撃てど攻撃を繰り出してくる位置が変わるのみ。彼も膝をつき、そこへ、じわじわとシェイドが迫る。
「あっはははは!!!」
手を広げ笑い声をあげる彼女。すでに見えているのだ、自身を見て震える民衆の声が。立ち上がったレギエルの放つ光と拳。双方かわし、むかついた様子で蹴りつける。倒れたその背中を何度も踏みつけた。
「とどめ、刺してあげるわ」
迫りくるシェイド。立ち上がろうとするタオだが、間に合わない。跳び、かかと落としがその頭へと迫る。
『ヘイナ』
『ハイプリステス』
『融合解放』
「おおおおらああああ!!!」
その足を掴み、もう一つの足を払い、思い切り持ちあげてコンクリに叩き込む、パワーボム。
くるんと巻いた羊のような角から電撃が放たれ、容赦ない追撃で敵を焼く。コッフオル、レギエル、タオ。全員が立ち上がり見つめる先。
タオを守るように立つのは、蛍光の青緑黄の、すこしけたたましい見た目のシェイドだった。明路にとっては、その姿がどこかヒロイックに感じる。
「いまは詮索しないで。……あたしが誰かは分かるわね?」
「ああ、頼むぞ春子!」
レギエルが放つ閃光を皮切りに、始まる!
効かないとばかりに余裕ぶる月を押し倒すのは全方位の電撃。大したダメージではないが、這う方向を見れば狙い放題だ。
「そこだ!」
タオブラスターを構えるタオの横で、ハイプリステスは指を銃のように構え。桃の木の弾丸と悪魔の雷撃が襲い、ついには膝をつくムーン。
追撃は光をまとうレギエルの拳。
「っぐぁ、あ、ぅぐあ……!私の夫の力でイキってじゃないわよ!!」
「夫の生まれ変わりをあんなにしておいて言うことかしらね!」
雷撃のアイアンクローが相手をとらえ、その顔面に燃え上がる爆雷。ふらつくコッフオルへ放つ弾丸だが、いい加減危機感を覚え再び幻影に消える。
「無駄ってのが」
「分かんないかしらねえ」
「喰らえ!!」
陽光、雷撃。やせ我慢も何もかも限界で、弾丸が容赦なく叩き込まれていく。
「行くぞ!」
『再見!』
タオブラスターをバックルかざす横で、レギエルも同じように構える。先陣を切るのはシェイドハイプリステス。幻覚で消えた瞬間にハイプリステス自身が電気そのものへ。あたりに散った一瞬ののち掴み上げ、ジャイアントスイングで投げ捨てる。
「っはァ!!」
そして続くのはタオの強烈な弾丸。その胴体に放たれる聖なる、いや生なる力。その後ろを駆け抜ける、陽光。
「であああああ!!!」
『第二体抑制解放・太陽強制』
跳び上がり、拳を構えるレギエル。暗く閉じた東京駅前。上から迫るその光が、コッフオルの視界を埋め尽くす。
自然に思い起こされる、兄の声。振り払って放った蹴りは一瞬で弾き返されて。
「っぐ、ぁ……。なんでよ、なんで、ダメなのよ、なんでお前らなんかにいいいいいいい!!!!」
爆風と閃光。矢沢裕香から剥がれた形而上肉体は溶けるように天へ。その手からこぼれ落ちたキーを、とシェイドハイプリステスが拾い上げる。
「やめろ!!やめて!返しなさい!私のキーよ!私の力よォ!あ、あああ!あああああ!!やだ!やだ!」
「裕香!」
拘束していた警官を振り解き駆け出す裕絵。拒まれながらも強く妹を抱きしめ、折れた裕香は次第に兄の肩へ顔を埋め泣き出す。
「役立たず!役立たずのくせに!……何が兄さんよ、何が裕香よ!!」
「矢沢裕香だろ。コッフオルと、夫のレッシオルの前に。妹の矢沢裕香で、兄の矢沢裕絵。俺は今のお前が大事だからこうしてる。お前のためになってたかは、分からないけど」
「知らないわよ!!知らないわよおおおぉぉぉ……」
泣き喚く妹も連れ、矢沢兄妹は連行されて行った。見送り、仮面を外すタオ。レギエルも倒れ込み菜摘が居る。
「色々起きすぎて意味がわからない……。春子……前世は悪魔なのか?」
「そうなるわ。ごめんなさい隠してて」
「いや、無理して掘り起こすことではない。大丈夫か?」
「ええ、大丈夫」
「それとガブリエル……まさかそんな名のある天使とは」
「矢沢裕香は……コッフオルとしての記憶が鮮明になっていたようでした。可能性は高い気がします」
「それにガブリエルって、神の言葉を伝える天使よ。人間界で活動するのがそいつなのは納得ね」
3人揃ってキョロキョロするが、既にいない。春子は少し苛立ちつつ抽出機を外した。鋼誠から押収したものだ。
「そーいえば、よくシスコン呼ばわりしてましたけどォ。結局、どうだったんすか矢沢裕絵ってェ」
罪状が確定していない別府アイの居場所は留置所である。薬物という体である以上、この様子も周りからは幻覚に話しかける異常者に見えるだろう。
当然、話し相手は『ダーリン』だ。
『どっちかというと、ブラコンのが強かったかな。矢沢裕絵に触れてした変身は知らない女の子だったよ』
「……こりゃまた意外っすねェ」
『だよね。てかー、僕的には僕の姿が
「バカ言わないでくださいよォ!私にベタベタなリンくんとか解釈違いっスからァ」
『そっか……なら僕、』
「だから……あんたはリンくんなんかじゃないですよォ……」
『それって』
「おやすみですゥ!!」
『……んふ、ツンデレなんだからハニーは!』
次回、「紅の魔術師」
本エピソードまでの登場キャラクターの絵を、キャラクター解説に投稿しています。興味がわいたらぜひ。