数ヶ月前ーーー私の勤務先であるIS学園に弟が入学してきた。倉持技研製の専用IS・白式を与えられた一夏はメキメキと成長を遂げ、1年の中でもトップクラスの実力持つに至った。ブリュンヒルデの弟だからという周囲からのプレッシャーをも克服し、短期間でこれだけの成長を見せたのは決して才能などでは無く本人の努力の賜物だ。
学友と親睦を深め、切磋琢磨しながら成長していく。そんな明るい学園生活が一変したたのは…そう、文化祭の日だった。
2機のISが学園を襲撃した。
「…では、次に被害報告を。まず、物的被害ですがこちらはアリーナが1基使用不能になったのみで学園の運営に支障はありません。人的被害ですが、職員は重症13名、軽症28名です。生徒は重症72名、軽症225名。そして、行方不明が1名…織斑くんです」
緊急の会議で同僚が読み上げるその報告を聞いて私は今日で何度目かもわからない歯噛みをした。たった2機。たった2機のISに教員部隊がいいように弄ばれた上に弟をかどわかされた。敵の目的が一夏の誘拐だからか、死者が出なかった事が唯一の救いといったところだった。
「生徒たちには寮で全面待機の措置を取っています。ただ、織斑くんが誘拐された噂は既に生徒内で広まっているそうです」
「それについては箝口令を敷く。絶対に外には漏らすな」
「了解しました。報告の続きですが、織斑くんの誘拐に伴い、白式も強奪されました。他の専用機と学園に配備してあった
「では、技術科の生徒たちを総動員して量産機の整備をお願いします。専用機は先生方が中心になって診てください。言うまでもない事ですが、次にいつ襲撃があるかわからないのが現状です。普通科と実技の先先生方は警備システムの見直しと生徒たちへのケアを最優先に行ってください」
重苦しい空気が漂っていた会議は学園長の一言で締められた。各々席を立ち、書類をまとめていそいそと持ち場に戻る。周囲が慌ただしく動き回る中、私は目の前に並べられた資料に写し出されていた敵のISを静かに見やった。
フルフェイスのマスクにぼうっと浮かび上がる不気味なモノアイ。ジェガンと比較しても巨大なそのボディは、外見に違わず恐ろしいパワーを持っていた。学園側の防衛システムは易々と突破され、教師部隊も歯が立たなかった。今までに見た事のない形状の機体ということで、世界各地から既存のISのデータが寄せられたが収穫はゼロ…まさに未知の敵、というやつだ。
「さて…わかっていると思うが、一夏が攫われた」
「それはわかっています!今すぐにでも助けに!」
「ダメだ」
「どうしてです!?今この瞬間だって一夏の身がどうなっているか!」
会議を終えた私は専用機持ちのメンバーを寮長室に集めた。思った通りというべきか、今にも飛び出さんと言わんばかりの雰囲気を全員が纏わせている。まあ、ラウラと更式姉だけは冷静に状況を判断して、その上で出撃したがっているようだったが。
「まず敵の規模が知れん。IS学園が襲撃されるなど初めてのことだ。一夏を餌にお前たちまで捕まって専用機とコアを奪われるような事態だけは避けねばならん」
当たり前だが、納得はできんようだ。しかし、ラウラと更式姉がフォローに入ってくれた。
「…教官の仰る通りだ。仮に嫁を発見できたとして、ブービートラップでも仕掛けられようものならば被害の拡大は免れない。悔しいが、現状、我々にできるのは情報を待つ事だけだ」
「今、うちの者も総動員して捜索にあたらせているわ。状況が整うまで皆休みなさい。必要な時に休息を取るのも戦う者には必要なことよ」
正直助かった。私はこういう時は威圧感で抑えることしか知らないし、できない。こんな場面では、一夏は意図せずとも私と皆の間で緩衝材になってくれていたのかもしれない。
「そういうことだ。勝手に動く事だけは絶対にするな。作戦は我々が考えるし、必要があればお前たちの力を借りる。明日からはISの整備含め本格的な復旧に入るが、今日のところはもう休め。以上、解散だ」
皆、悔しそうな顔をしながら部屋を出て行った。特に篠ノ之と鳳は昔からの知り合いという事もあってか、メンバーの中でも特に爆発しそうな2人だった。それこそ、鎮静剤か何かを使いでもしなければ止まりそうもないくらいに。
「…すまんな、更式。嫌な役をさせた」
「いえ、慣れてますから。それより、織斑先生は大丈夫なんですか?」
「どういう意味だ?」
「彼は唯一の肉親でしょう?そんな人が危険な目に遭っているなんて、私だったら耐えられませんから」
「大丈夫…とは言い難いが、まだやれるさ。ひよっ子共にそんな姿を見せるわけにも行かんしな。それと、私を心配するなんて100年早い」
「あら、これは失敬」
『失礼』と書かれた扇子で口元を隠して微笑む更式はなんだかんだ言いつついい奴だ。一夏の嫁にはこれくらい強かな女が丁度良いのではないか。まあ、あいつに暗部の仕事が務まるとは思えないが。
「…織斑先生?」
私の表情がおかしかったのか、更式は不思議そうな顔でこちらに尋ねてきた。たしかに、この非常時にこんな考えをする方がおかしいのは当然だろう。
「なんでもない。お前も早く体を休めろ」
では失礼します、と言って彼女は寮長室を後にした。だだっ広い空間に1人残った私は辺りを見回すと…ああ、一夏がいない悪影響が既に出ていた。いつもなら片付いているはずの机も一昨日のビールの缶が所狭しと並んでいる…というか散らばっている。あいつが学園に来て最初にこの部屋に足を踏み入れたときは相当怒られた。その時は嫁の貰い手がないなどとほざいていたので拳骨を入れておいたが。
「…摩耶に頼むか」
相変わらず、私は一夏がいないと何もできないようだった。
「先生はあんな風に言ってたけどさ、やっぱり、悔しいんだと思うよ。同じ立場だったら、僕なんて…」
「でも!一夏がいなくなったのに指を咥えているだけなんてあたしには耐えらんないわ!」
「鈴さん、それはここにいる全員が同じ事でしてよ。私たちはいつでも一夏さんを迎えに行けるよう、万全の準備をするしかありませんわ」
「でもっ…でもぉ…」
結局、涙を抑えられず抱きしめてくれているセシリアの肩を濡らす鈴。そんな彼女の背中を優しく撫でるセシリアもまた目尻に小さな雫を浮かべていた。気丈に振る舞っていても、やはり辛いのだ。
教官に呼び出された後、それぞれの部屋に戻るような気も起きず、かといって他の生徒もいる共有スペースでこんな話ができるはずもなく、私とシャルロットの部屋に自然となだれ込んでいた。
唯一会長だけは姿を見せなかったが、基本的に彼女が神出鬼没なのは身にしみて実感しているのでベッドの下から「ハァイ♡みんな元気ー?」なんて出てきても今更驚きはしない。
軍で作戦に従事していた頃も行方不明者は数え切れないほどいた。無事に発見された者もいれば、そうでなかった者ももちろん。部下や同僚を亡くした時ですら、ここまでの喪失感と無力感はなかった。本当に愛する者を失うという事の恐ろしさを、私は初めて知った。
そして事件の3日後…倉持技研の施設から白式の強化パーツが強奪されたとのニュースが入ったのだった。
モビルスーツがISぐらいまでダウンサイジングされた感じで想像してもらえたらなんかこう…いい感じです