「ようこそダバオへ!我々は皆さんを歓迎します!」
まだ轟音の余韻が残るジェットのエンジンを尻目にあたしたちはダバオの空港へと降り立った。現地の軍人らしい女性が出迎えてくれて、そこからしばらくはてんやわんやだった。今回の作戦に参加する部隊(今回のために特別編成された部隊というわけではないらしいのだが、意外にも男性が多かった)との顔合わせに、滞在する基地や施設の案内で半日はかかった。その後あたしたちは千冬さんに暇を出され、翌日の作戦開始まで皆で観光しようという話に落ち着き…今に至る。
「いいなーみんな!私も行きたいー!」
「お姉ちゃんはまだお仕事残ってるんでしょ?お土産買ってくるから…」
「きゃー!私の簪ちゃん永遠に愛してる!」
「ちょっ…みんな見てるから…!」
会長の押しに簪が恥ずかしがりつつも若干引いてるように見えるのはあたしだけだろうか。
「ラウラは何か入り用のものはない?」
「うむ。大体は基地内の購買で揃うし問題ないぞ。シャルロットたちは存分に羽を伸ばしてくるといい」
「僕たちだけごめんね、帰ったら埋め合わせにみんなでどこかに遊びに行こう」
「うむ。あいつも一緒に…な」
「そうだね、絶対に助け出そう」
「シャルロットー!車出ちゃうわよー!」
「はーい!じゃあ、行ってくるね」
軍の人が運転してくれる車に会長とラウラ以外の5人で乗り込み、ゲートを出た。ダバオの街並みは美しく、IS学園近辺ではおろか日本全体で考えても中々見られない景色に溢れていた。独特な形状の高層ビル、複雑に入り組んだ道沿いの裏路地にぽつぽつと点在する簡素な作りの出店が目に入る。
「海岸沿いの方は綺麗なのですが、この辺りは半分スラム街みたいなものでしてね。行政と現地の住民が何度も揉めながら開発を進めている土地なんです」
「その話でしたら私も聞いたことがありますわ。たしか、
「よくご存知ですね。一時は先進各国の特産品の物産展や飲食店を出して地域の一大観光スポットにしよう、なんて話もあったんですよ。まぁ頓挫しちゃいましたけど」
「日本で言うところの横浜とか長崎の中華街って感じなのね」
あたしが漏らした言葉にみんながあぁ、と納得する。
「やっぱり皆さんご自分の国の事でお忙しいのと、こんな狭苦しい所で連携を取るのは難しかったようでして…ほら、あのあたりとかまではうまくいってたんですけどねぇ」
運転手の人が指さした先には、この東南アジアらしからぬ外観の建物がいくつか並んでいた。でもちゃんと営業してるのはその半分くらいで、もう半分は『closed』の札がかかってたり、閉まっている店先のチェアで現地の人がくつろいでいた。
「ちょっと遅いですけど、皆さんお昼はどうされますか?ここら辺で食べてもいいですし、何かテイクアウトして港のテラスでっていうのも風情があって素敵ですよ。あそこから見るフィリピンの海は絶景です」
あたしたちは顔を見合わせてお互いの表情を伺う。
「あ、あのお店って…」
そう言った簪の視線の先には、赤い蜂のキャラクターの看板がでかでかと張り出された有名店があった。
「ん〜、やっぱりジャンクフードはいつ食べてもいいわね」
「学園の食堂でも見ませんわね。この手の食べ物は初めてですわ」
「あ、ナイフとフォークは使わないからね?」
「鈴さんあなた私のこと馬鹿にしてますの!?」
結局、私たちが選んだのはよくあるハンバーガーショップだった。ここにいる5人の中でもセシリアとシャルロット、それに私は更式家の家柄もあってこういう食べ物に触れる機会はなかったし、箒は栄養バランスを気にしてこの手のものは食べないらしい。結果的には消去法で鈴にメニューを選んでもらった。
そしてさっき話題に上がったテラスに案内してもらい、みんなで机を囲んでいる。ここから見える景色は確かに絶景で、透明度の高い海と視界の左右にぐんと長く伸びる砂浜、水平線の先に点在する小さな島々がとても美しかった。
「しかしこのまま齧り付くのは淑女として…なんというか、沽券に関わりますわ」
「私も慣れないものでな…いまいち要領がわからない」
「要領も何もそのままパクッといっちゃうだけよ?ほんっと真面目ねー、あんたたち」
「そのままパクッと…」
シャルロットがいった…豪快に。
「ん、おいしい!これはハマっちゃいそうだなぁ」
つられて私もはむっといった。未知の味わいだったが…美味しい。肉とチーズとバンズの相性がとても良い。片手間に食べられるし、ISの整備中や夜食にもいいかもしれないが…たぶん余計な脂肪の素だ。一夏に嫌われたくないから程々にしないと。一夏が外見で誰かを嫌うことなんてないだろうけど、それでも一応1人の女の子としてスタイルは維持しておきたい気持ちはある。でも、これはいい。あとでお姉ちゃんとラウラに買って帰ろう。
「ええい、ままよ!」
「ここで退けば英国の恥、いただきますわ!」
10秒後…思った通りというかなんというか、2人とも私と同じような反応だった。
「時間的にここが最後になりそうですね」
テラスで一息ついてから次に連れてきてもらったのは割と大きな植物園だった。施設全体が大きな温室になっているようで、全面ガラスのドーム状の構造になっている。ああいうのはトラス構造…というのだったか。IS学園も緑がないわけではないが、このような幾何学的な建物はさすがに見かけないもので、なんだか新鮮な気分だ。
「ここにはフィリピンの植生が一つも余すことなく揃っていて、それら全てがエリア毎に管理されています。日本では見ないようなものもあると思いますよ」
「へぇ〜…面白そうなところね」
意外だ…鈴はもっとアグレッシブな場所が好きかと思っていたが意外とこういう所も好きなのだな。
「あ、入館料は経費で落としとくので皆さんは気にせず楽しんで頂いて大丈夫ですよ」
「では、お言葉に甘えて」
そう別れてゲートを通ると、中はより一層暖かかった。二重扉の先はすぐに自然の穏やかな風景が広がっており、小川の流れるほとりには鳥や虫もちらほらと姿が見える。そんなこんなでゆっくり20分ほどかけて各エリアを見て周り、私たちはいよいよ施設の最奥のエリアにたどり着いた。ここには植物に加えて数種の動物も飼育されているそうで日本では見ないような柄の羽根をしているものもおり、改めて異国であることを感じさせられた。
「これも正に異国情緒といった様相だな」
「え?何?異国…?」
「異国情緒、だよ」
「あーだめ、あたしそういう難しい言葉わかんないわ」
「別に難しくはないと思うぞ…」
今度、鈴に四字熟語なんかを教えてやろう。うん、きっとそれがいい。
「…少し、お静かに。お嬢さんたち」
「!?」
そう言って私たちを嗜めたのは美しい金髪の、妙齢の女性だった。この場に似つかわしくない赤いドレスに身を包んだその姿は正に妖艶そのものといったものだ。しかし、いつから?先程までこんなに目立つ格好の人物はいなかったはずなのに…
「あ…すみません」
「いいのよ。でもここの鳥たちは少し臆病なの。希少だからという理由で乱獲されたものもいれば、ただ人間が行った開発で数を減らしたものもいる」
「は、はぁ…」
女性は纏っているドレスに負けない程に真っ赤な羽根を持つ鳥を手に留まらせながら、こちらに向けてそう言った。あまりに突然すぎることで頭がうまく働かず、私たちの誰もが上手く答えを返せなかった。
「なんてね、軽い冗談。気にしなくていいわ…ところで、あなた達ってIS学園の学生でしょう?どうしてこんな島国に?」
「あー…まあ、社会見学みたいなものなんです」
「…そう、ここは暑いのとスラム街があるのを除けばいい場所よ。海も綺麗だし、ゆっくりしていってね」
結局誰も何も言えないまま、女性は去ってしまった。園内の別エリアに行っただけなのだろうが、あの目立つ赤いドレスはここからではもう見当たらない。まるで幻のようにふっと現れては消えていった。
「あっ…ねぇ、あれって」
ぽかんとしていた私たちだったがシャルロットが急に声を上げる。その視線の先には一冊の本ーーー薄緑の装丁に樹木を模った金の箔押しが為されていたーーーがぽつんと一冊、落ちていた。本と地面の緑が同化して言われなければ気が付かなかった。
「さっきの人の…だよね」
「多分そうだろうな」
「何の本なの?それ」
「この地域一帯の植生に関して網羅してあるらしい。ふむ…まあ、至って普通の植物書といった風だな」
私はぱらりぱらりと目次を眺めながら言った。書かれていたのは英語だったので問題なく読める範囲だ。一夏のような特殊なケースを除けばIS学園に入学するには厳しい倍率かつ難問揃いの試験を突破せねばならないので、世間一般的な基準に当てはめれば生徒は基本的に頭がいい部類になる(勉強ができる、という意味での話だ)。
私の場合は一夏同様に問答無用で入学させられるのは決定していたのだが、私自身がそれでは納得いかなかったので皆と公平な条件で試験を受けて合格ラインを超える点数で入学した。まあ仮に不合格だったとしても入学させられていたのだろうが…
「何にせよ、落とし物ですからスタッフの方に届けておきましょう。もう閉園時間も近いですわ」
「そうだな。ゲートのあたりなら誰かしらいるだろう」
そうして私が足を踏み出したときーーーピリリリリ…と全員の携帯電話が同時に鳴った。小慣れた手つきで簪がメッセージを確認すると、そこには『至急戻られたし』の文字が並んでいた。
「急ごう!」
どうしてこうも移動に手間がかかる場所で呼び出しなのか。間の悪さに舌打ちしそうになる。
「ああ、もう!なんでここはドームで覆われてんのよ!あれさえなかったら飛べるのに!」
「今回ばかりは鈴さんに同意ですわね!」
それから15分くらいだろうか、私たちは走って施設のゲートを抜けた。近くには車両が待機している。どうやらドライバーにも連絡は行っていたようだ…といっても、軍であれば当然か。
「出しますよ!飛ばしますから捕まっててください!」
昼間の穏和な雰囲気は何処へやら、プロレーサー顔負けのドライブテクニックで街中を抜けた車両は基地へと帰還を果たしたのだった。