イタリア料理店『トラサルディー』での“奇妙”な日常   作:にわとり肉

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序章・無敵のテイオー伝説 その3

 「…」

 

 トウカイテイオーは、不快なのか幸福なのか、どっちつかずな感覚に襲われながらも、ひとまず倒した椅子を直して腰掛け、項垂れた耳とは対照的に、背筋をピンと伸ばしていた。

 

 フラッシュバックするのは、先の皮膚脱落事件である。顔パックのような顔面の皮膚の光景が、断続的に彼女の脳裏に映り込む。

 

 (…夢だ、多分。夢なんだよきっと。美味しい料理を食べて、感極まった結果、ボクは一瞬気を失って…)

 

 そこまで思考を連ね、虚無の表情を保ったまま、トウカイテイオーは天井を見上げた。

 

 真っ白な天井に向かって、トウカイテイオーはポツリと呟いた。

 

 「おなかすいた」

 

 彼女のお腹から、元気よく鳴き声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「サ、料理を続けマショウカ?」

 

 「…」

 

 胡散臭い物を見る視線を気にせず、相変わらず薄く微笑むトニオは、ひしひしと視線を送り続ける、フォークとナイフを持つトウカイテイオーの前に、湯気を放つ料理が盛られた皿をそっと置く。

 

 彼女の前に置かれたのは、パスタにかけられた、オレンジ色のペースト状のソースに、さいの目切りにされたにんじんとベーコンがゴロゴロと転がり、白い粉チーズと、オリーブオイルの光沢ある黄緑色が彩る一品。

 

 「Primo piatto(プリモ・ピアット(主菜))はパスタ料理デス。ジャガイモと野菜をトマトでクリーム状にナルマデ煮込ミ、三種のパスタと絡め、チーズとオリーブオイルをかけたモノデス」

 

 「へー…」

 

 「ワタシの故郷ナポリでは、各家庭で何種類モノパスタを常備しているノデス。こうして何種類も混ぜ合わセテ食べるのが慣習ナノデスヨ」

 

 耳をへたらせ、鼻をくすぐる優しい香りを堪能しながら、トニオの言葉に耳を傾けていたトウカイテイオーは、じとっと目を細めながら、ニコニコとそばに立つトニオをみる。

 

 「…?どうか致しマシタ?」

 

 あくまでしらを切るような態度のトニオに、トウカイテイオーは重たい口を開いた。

 

 「さっきみたいなこと、ならないよね…?」

 

 「…」

 

 トニオは笑顔のまま、

 

 「ワタシは、お客様に快適にナッテ欲しいだけデス。…そこに他意ハアリマセンヨ…サ!冷めない内に、ご賞味アレ♪」

 

 そう、宥めるような声色で言ったトニオは、一つ会釈をする。

 

 「…」

 

 トウカイテイオーは、眼前のパスタに向き直る。

 

 「…ハァ」

 

 心は滅入っていても、お腹は鳴る。ため息の後、フォークを取ったトウカイテイオーは、不安そうな面持ちで、螺旋状に巻かれたパスタ__フリッジ、蝶のような形のパスタ__ファルファッレ、円筒状の両端が斜めに切られ、ペン先のようになったパスタ__ペンネを雑多に突き刺し、良くソースと絡め、顔の近くへ近づけた。

 

 「ふー、ふー、ふー、…あむ…!!」

 

 その瞬間、項垂れていた耳は、活気を取り戻したように、ピンと天井を指した。

 

 サラサラとした中に、全てを包むようなジャガイモのおおらかさに、トマトの甘み、酸味が溶け込み、遠くに野菜たち、特に玉ねぎの風味が、主張し過ぎずに引き立て役に徹しているのである。ガツンと叩きつけてくるようではなく、撫でられるような優しい味わいに、下を向いていた心が上を向いた。

 

 「んぐんぐ…」

 

 咀嚼をすると、三種のパスタの食感の違いが楽しませてくれる。そして、小麦由来の甘みがソースとベストマッチ。

 

 心配が、不信感が嘘のように、トウカイテイオーは目を輝かせ、口元を緩ませた。

 

 「はむっ!んぐんぐ…あむ!ん〜!」

 

 味自体は素朴な優しいモノだが、三種のパスタが食感で楽しさを演出するため、トウカイテイオーはフォークを動かす手を止めることができず、一口運ぶごとに、オーバーに身を捩らせる。

 

 「ごくっごくっ…っはー!」

 

 グラスで口の中の水分を戻し、一息ついた頃には、眼前の皿には、ソースが薄く残るだけとなっていた。

 

 「お楽シミイタダケタようですネ」

 

 「うん!!トニオさん天才だよ!!こんなに美味しい料理作れるなんてさ〜!!」

 

 太陽のような笑みを浮かべ、トウカイテイオーは心からの賛辞を送る。トニオは朗らかに頷き、

 

 「フフ…コレデ、アナタの筋肉痛(・・・)も消えるデショウ」

 

 「…」

 

 トウカイテイオーは、笑顔のまま固まった。この流れに見覚えがあるからだ。耳がへたり、冷や汗が頬を伝った。

 

 「…ま、まさか…」

 

 その時、彼女は制服のスカートの下、右脹脛と腿裏が、じんわりと熱を持ち、汗が滲む感覚を覚えた。

 

 そして、ほでりはだんだんと、耐え難い痒み(・・)へ変化する。

 

 「骨折の影響は大きい、それが脚ならば、どうしても歩行にクセがついてしまうモノ。右脚に要らない負担が掛かってイタヨウデスネ…」

 

 「か、かゆいよ〜!!?…!ひぃぃい!!」

 

 脇目も振らず、ガタンと立ち上がり、行儀悪く右脚を椅子に乗せる。そして、スカートから覗ける白い右脚を見て、トウカイテイオーは口を横に引き伸ばして背けた。

 

 右脚は、大腿から脹脛にかけて汗ばみながらも粉を拭き、蜘蛛の巣のようにヒビが広がっていたのである。

 

 「ソレは垢デス。細胞分裂が促進され、傷ついた細胞を治すことによって発生している…サァ、掻きむしって垢を残らず剥がすノデス…!!!」

 

 「うっ…うう…!!」

 

 背後を向いたトニオの言葉に後押しされ、唾を飲み込んだトウカイテイオーは、

 

 「うわぁぁあ!」

 

 耐えかねたように、細い十指を大腿に突き立て、ガサガサとなった表面を勢いよく削り取り始めた。

 

 一回ひっかく事に、垢が剥がれ落ち、飛び散り、大腿は、脹脛は深く抉られ、指の後が深くついてゆく。

 

 「ひいいい!!!」

 

 不思議と血は出ないし、痛いというよりひたすらにかゆい。トウカイテイオーは掻くことをやめず、目を瞑り、顔を遠ざけた。

 

 そうして、数十秒経っただろうか。

 

 「うぅ…」

 

 痒みが初めから無かったように収まったのを覚え、うっすらと目を開け、大腿部に目をやった瞬間、トウカイテイオーは言葉を失った。

 

 「…」

 

 まるで、雑に食べられたフライドチキンの骨のように、彼女の右脚から脹脛にかけての肉が、ごっそりと削げ落ちていたのである。

 

 「あ…あぁ…あ」

 

 「落ち着いて…落ち着いてクダサイ…」

 

 唖然として、両腕を力なくぶら下げたトウカイテイオーの右脚を見たトニオは、歯を見せて笑って見せた。

 

 「悪い垢は全て落とされマシタ…後は、入れ替わるダケ(・・・・・・・)デス」

 

 途端に、右脚に変化が訪れる。

 

 「…あぁあ!!!」

 

 筋繊維が絡みつくように骨に纏わり、筋膜が、皮下脂肪が、矢継ぎ早に修復されていくのである。グジュグジュと水音を奏でながら、慄くトウカイテイオーを横目に、右脚は程よく太く、健康な鮮血色となる。

 

 そして、先の皮膚脱落事件のように、白い斑点が現れ、瞬きの内に右脚を覆い尽くした。

 

 「…」

 

 目を見開き、黙りこくりながら、椅子から脚を下ろし、伸脚、軽くジャンプ、腿上げと、一通りの動作を終えたトウカイテイオーは、肩をワナワナと震わせ、いよいよ耳を引き絞らせた。

 

 「んもぉう!!!めちゃくちゃ右脚の調子良くなってるじゃん!!!ダービー前なんて目じゃ無いぐらいに!!」

 

 次いで、やはり満足そうに微笑むトニオに、指差しながらズンズンと詰め寄り、身を引く彼に詰問を開始する。

 

 「もう騙されないよ!!!一体なんなのさこれ!!顔の皮膚が剥がれるわ脚が食べた後のチキンみたいになるわ!そして、全部治って、しかも調子が良くなってる!!ボクに何したの!!?何が目的なのさ!!?」

 

 「…フム?」

 

 噛み付かんばかりの捲し立てように、笑顔を不思議そうな表情に変えたトニオは、コテンと首を傾げた。




 次で、次で絶対終わらせるんで、許してください。ホント。
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