イタリア料理店『トラサルディー』での“奇妙”な日常   作:にわとり肉

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序章・無敵のテイオー伝説 その4

 緊迫した雰囲気が、小さな店内を埋め尽くす。見るものがいたならば、寒気を感じるほどのものである。

 

 「…」

 

 「ムムム…」

 

 拳を握りしめ、トウカイテイオーは、表情を消して佇むトニオを見上げる。耳は引き絞られ、表情は固い。

 

 渦中のトニオは、困ったように笑う。そして、さも当然のような口調で語り出した。

 

 「何度も言ってマスが…ワタシは、ワタシの料理でお客様が満たされて、快適な気持ちにナッテ欲しいダケナノデス…料理人が、ソレ以外に望むことがあるのデショウか?」

 

 「…!!あ、アンタは、これだけやるんだ、見返りを求めているんじゃ…!!」

 

 頬に汗を伝わせるトウカイテイオーの指摘に、少し虚空を眺めたトニオは、笑い混じりに、

 

 「フム…強いてイウなら、アナタが満足ソウにしているのが見返りデスよ」

 

 トウカイテイオーは目を見開いた。彼女は、自分の“人を見る目”には自信があった。風なことを言ってたぶらかそうとしてくる輩を見分けるなど、造作でもないことなのである。

 

 そんな彼女の青い瞳に映り込んでいたのは、ひとりの誠実な料理人であった。

 

 (…ほ、本気だ…本気(マジ)に言っているんだ…!ただ、ボクに満足して欲しいだけなんだ…!!トニオさん…!!)

 

 肌荒れを、片足の負担を治してくれたのも、全てその理念に基づいてのこと。それを言葉ではなく、“心”で感じとった彼女は、心の底から“恥”を覚えた。

 

 「アナタに残った不調は、後一つ。不安がアレば、ここで取りやめてシマッテも__」

 

 トニオが言い切る前に、トウカイテイオーは、静かに席についた。彼女の表情に、疑りや不安はかけらもなかった。

 

 「__…フフ、デハ、暫しのお待ちを…」

 

 そんな彼女を見て、一つ頷いたトニオは、空いた皿を手に持ち、ぐるりと踵を返し、店の奥へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「サ、料理を続けマショウか。次はSecondo piatto(セコンド・ピアット)、メインディッシュデス」

 

 店内に香ばしい香りが漂いはじめ、しばらくして、湯気を放つ皿を持って、トニオが現れる。そして、目をキラキラとさせるトウカイテイオーの前に、その皿を置いた。

 

 「牛肉のタリアータデス。ツケテあるルッコラや、チーズと合わせて食べるのが良いデショウ」

 

 一口大に薄く切られ、焼き色の中に新鮮な赤が入ったステーキに、バルサミコ酢主体のソースがかけられ、その横に、スライスされたチーズとルッコラが乗せられた皿を前にし、しかし、トウカイテイオーはフォークを持たないでいた。

 

 「これを食べれば、ボクの脚は治る。そうだよね、トニオさん」

 

 「Certo(勿論)!健常なウマ娘ト全く同じに治りマス!」

 

 トウカイテイオーは、ゆっくりと顔を上げる。口元に笑みを湛え、青い瞳が、笑顔のトニオを貫いた。

 

 「ボクは菊花賞に出る」

 

 無意識に拳を強く握りしめながら、彼女は続ける。

 

 「脚が治ったとしても、身体は万全じゃない。でも勝つ。改めて気付いたんだ、ボクは沢山“貰っている”。トレーナーから、ライバルから、ファンから、そしてトニオさんから。それにボクが“返せる”のは、勝利した姿だけなんだ」

 

 トウカイテイオーは、親指で自身を指し、自信たっぷりに宣言した。

 

 「だから、トニオさんも見に来て!ボクが無敗で三冠を取る姿をさ!」

 

 今度は、トニオが目を見開く番であった。そして、薄く微笑んだ彼は、

 

 「ワカリマシタ、アナタのその“覚悟”、必ず見に行きマス」

 

 「へへ、よーし!そうと決まったら食べちゃおー!!」

 

 ようやく、年相応にはにかんだトウカイテイオーは、暴力的な肉汁の香りに、辛抱ならんとフォークを手に取り、柔らかなステーキを突き刺した。

 

 「あーむっ!!」

 

 そして一口、その瞬間、彼女の口の中に広がるのは、オリーブオイルと肉汁の洪水。フォークを口から離し、目を細める。

 

 「んぐんぐっ!!」

 

 咀嚼をすれば、柔らかく、歯切れの良い肉が千切れ、内側から旨味を放出する。バルサミコ酢の芳香に、遠くからハチミツのコクが合わさり、脳内に快楽物質が出たかのような心地を与えた。

 

 「ん〜!!やっぱり美味しい!!!」

 

 うんうん、と頷きながら、今度は肉の上にルッコラ、スライスチーズを乗せ、上からフォークで突き刺し、一気に口に放り込む。

 

 「ん…!!!」

 

 その瞬間、新たなる世界観が彼女の口内に展開される。柔らかい肉の食感に、ルッコラのみずみずしいシャキシャキ感が合わさり、噛めば噛むほど、肉とソースの味にルッコラの辛味と爽やかさ、濃厚なチーズが緻密に絡むのである。

 

 「はぐっ!!んくんく!はむはむ!!」

 

 一口大で、しかも薄くスライスされているのもあって、ストレスなく次々に口へ入れることができる。脇目も振らずがっついているトウカイテイオーの目の前の皿から、みるみる内に、ステーキが、ルッコラが、チーズが消えてゆく。

 

 「あーむ!」

 

 あっという間に、最後の一切れを噛み締めたトウカイテイオーは、しつこくない肉汁を堪能し、嚥下。ほう、とため息を吐き、余韻に浸った。

 

 傍らで、トニオは、その気持ちいい食べっぷりに感心した。

 

 「イイ食べっぷりデシタ…これで、アナタの不調は無くナッタ」

 

 その言葉と共に、トウカイテイオーの左足、足根骨に変化が訪れる。

 

 ピシピシと音を上げ始めたのである。

 

 「むぅー…何でこんなにグロテスクな治り方するのさ…」

 

 「サァ…」

 

 靴を脱げば、靴下越しに、ビクビクと、五本の指まで、打ち上げられた魚のように蠢く左足が現れる。何度見ても慣れることのない感覚のまま吐き出された、耳をへならせるトウカイテイオーの疑問に、トニオも苦笑いを浮かべるだけであった。

 

 「ん…!!」

 

 しばらくして、足のびくつきが止まる。椅子に座ったまま、足首を回してみたり、立ち上がり、つま先立ちをしてみたりし、すとんと立ち尽くしたトウカイテイオーは、眉を顰めて首を傾げた。

 

 「違いがわかんないよ」

 

 「骨の繋がりが常人より脆カッタのを、多少修正シテヤッタダケデスから」

 

 へー、と呟き、煮え切らない様子のトウカイテイオーに、トニオは胸に手を当て言った。

 

 「次はDolce(ドルチェ(スイーツ))デスよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わぁあ!パンナコッタだー!!」

 

 目をきらめかせるトウカイテイオーの前には、プルプルとした、白いパンナコッタに、ベリーと切り分けられたイチゴが乗った一品が。

 

 (マックイーンに教えたら飛びついてくるだろうな〜)

 

 とある甘味の好きなウマ娘を想像しながら、皿につけられていたスプーンをパンナコッタに沈み込ませ、ゴッソリと削り取る。

 

 「ん…!!」

 

 そして、スプーンごと舌に乗せた瞬間、スッと溶けて、濃密な甘みが広がる中に、彼女は、甘いものの中で、自分が最も好む味が入っていることに気づく。

 

 「これハチミツ入ってるの!ボク大好きなんだ〜!」

 

 トウカイテイオーの弾んだ声を肯定するように、テーブルの傍のトニオは、笑顔で頷いた。

 

 「楽しんで頂ケタようデスネ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あー美味しかった!改めてありがとう!トニオさん!!」

 

 「フフ…」

 

 支払いを済ませ、ご満悦の彼女は、扉のドアノブを捻り、ガチャリと音を立てて開く。外はすっかり真夜中である。

 

 「またの来店をお待ちしてマス…Grattugiare♪」

 

 トニオがウィンク混じりに、笑顔で言う。トウカイテイオーは歯を見せた笑顔で返し、真夜中へ飛び込んだ。

 

 扉が閉まる音が、彼女の鼓膜を揺らす。

 

 「…よし」

 

 目に焼き付くほど、扉の上に描かれた“トラサルディー”の文字を眺めた彼女は、道路照明灯の灯りが点々と続く夜道を、トレセン学園の方向に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブーツ状のシューズの紐を、きつくしめる。

 

 王子様の服装を模した、青い勝負服のリボンを整える。

 

 「ふー…」

 

 ブンブンと頭を振り、パイプ椅子から立ち上がった彼女、トウカイテイオーは、目の前の鏡に映る自身を見た。

 

 顔に浮かべるは、自信と決意、“覚悟”に満ちた笑み。

 

 「…行こう!」

 

 小さな赤いマントを翻し、トウカイテイオーは踵を返し、控室の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『クラシックロードの終着点、菊花賞を制し、最強の称号を手に入れるのは誰だ!一番人気はもちろんこのウマ娘!驚異的な回復力で怪我を克服、無敗三冠へ王手をかけた__』

 

 (ボクの伝説、そう、テイオー伝説は、ここからだ…!!!)




 一先ず一つのストーリーが終わりました。次はギャグテイストに行きます。
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