イタリア料理店『トラサルディー』での“奇妙”な日常 作:にわとり肉
ゴールドシップの振動の次は、車の小刻みな振動である。
「…」
隣を見れば、折り畳まれた高枝切りバサミ、背負える籠等が、丁寧に三人分置いてある。リアシートに深くもたれ込んだ彼女、メジロマックイーンは、先端の毛並みが黒い耳を項垂れさせた。
「んだよマックイーン!やってみれば楽しいもんなんだぜぇ?あ、ここ右なー」
助手席のゴールドシップは楽しげにそう言い、腕を頭の後ろで組み、鼻歌混じりに前方を捉える。
流れる景色はすでに、人の往来溢れる府中市の様相ではなく、空気の澄んだ、枯葉色の山林であった。
バン、と車の扉が閉められる。トニオ、マックイーン、ゴールドシップが降り立ったのは、葉がなく、スカスカの木々から日が差し込む下の、山間部の駐車場。
「こっからは歩きだぜ!ついてこぉい!!」
そう言い、大ぶりに腕を振り、手袋を身につけ、高枝切りバサミとハサミを入れた竹籠を背負うゴールドシップが向かった先は、枯れ葉で埋め尽くされた斜面であった。
「…」
同様の装備の、料理帽を被ったトニオが後に続く。肩にかかった竹籠の紐を握りしめ、暫く、清流の流れる音や、微風で枝々が擦れる音に耳を澄ませていたマックイーンは、何故だか、いつになく穏やかな気分で、慌てることなく彼らの後に続いた。
「…わぁ〜」
葉を落とした広葉樹が大部分を占める森林は、マックイーンの好奇心をくすぐり、思わず声を漏らした。
一歩踏み締めるごとに、枯れ葉と腐食に富んだ大地がガサガサと音を立てる。一見死んでいるように思えるが、目を凝らすと、所々から若草色の小さな命が芽吹き、低木の枝の先端からも、新芽が顔を覗かせている。
息を吸うと、穏やかな森の匂いともに、新鮮な空気が肺を満たす。吐き出し、一瞬目を伏せたマックイーンは、ゴールドシップへの怒りが、すっかり霧散していることに気づいた。
(まぁ、…たまにはこういうのもいいのでしょう)
「ご、ゴールドシップさん!怪我しないでクダサイよ!」
「大丈夫だって!!トニオもやってみろ!!」
下り斜面に差し掛かり、まるでサーファーのように、無邪気に落ち葉の上を滑って降っていくゴールドシップ、それを苦笑いで見送るトニオを視界に捉えた彼女は、呆れ混じりにため息を吐く。しかし、その口元は緩まっていた。
「着いたー!ここがゴルシちゃん肝入りのスポットよ!!」
数分、登ったり降ったりを繰り返して、漸く足を止めたゴールドシップの目の前に広がるのは、雲一つない晴天の下、ざあっと清流が流れる場所であった。
「綺麗…」
マックイーンは、キラキラと輝く水面に目が奪われ、耳を横へ傾ける。トニオは、枯れ草に覆われ湿った地面に目を向け、その瞬間、目を見開いた。
「コレは“フキノトウ”!あそこにも!」
駆け寄ったその先には、緑色の花弁に包まれた、春の訪れを告げる代表的な山菜__フキノトウが、転々と群生している光景が広がっていた。
「へへへ、そんなもんじゃないぜ、この先にはもっといっぱいある!さぁどんどん採っていこうぜー!!!」
彼の背後に近寄ったゴールドシップは自慢げに語る。そして、籠を下ろし、ハサミを手に取って、フキノトウの柔らかな根元を切断、ぽいぽいと籠へ投げ入れる。
「おぅいマックちゃん!!手伝ってくれよー!!」
「…は!す、すみません、今行きますわ」
川面から覗ける、そよ風に流されているような水草を掻い潜り、小魚が上流に向けて、群れを成して泳いでいるのを、しゃがみ込み、尻尾を振りながら見ていたマックイーンは、ゴールドシップの呼びかけに顔を上げ、慌てて彼らへ駆け寄った。
「こんなもんだな!これ以上採ったら環境に悪影響を及ぼすかもしれねぇ、別のとこ行くぞー」
ゴールドシップの号令がかかった頃には、三人の籠の中には、10個ずつほどフキノトウが収穫されていた。ハサミをカバーに戻し、籠へ放り込んだゴールドシップは、籠を背負って立ち上がる。
「言っておくが、ゴルシちゃんも山菜が生えてる場所を事細かに覚えているわけじゃねー。おめーらもよく周りに気を配ってくれよな…」
そう言い、再び木々の隙間を縫っていくゴールドシップの後を、マックイーンとトニオが追う。
(…とは言われましても…私は山菜の種類、見た目もよくわかりませんわ…)
踏み行った先は、行きの道とはうわはらに、ある程度草木が茂っていて、若草色の葉がジャージを撫でる。顔に当たらないよう、眼前の枝を素手で退けたマックイーンは、取り敢えず周囲を見回してみた。
「…?」
すると、5つに分化した先が、さらに三つほど分かれた、特徴的な葉を揃えた草が、小さく群生しているのが視界に入る。その瞬間、彼女はハッとしたように顔を上げ、手のひらに拳をポンと乗せた。
(
先へ進むトニオとゴールドシップを横目に、マックイーンはその植物へ駆け寄る。
「…うふふ、お茶にしてみてもいいかもしれないですわね…」
青々と茂るそれを前にし、あぶくのように次々と浮かんでは消えていく、よもぎを用いた食べものに思いを馳せ、口元を緩めつつ、彼女は植物に手を伸ばす。
「フン…!」
そして、茎の一つを握り、ブチブチと音を立てて、力任せに捩じ切った。
しかし、ふと、マックイーンは鼻をひくひくとさせ、不思議そうに首を傾げる。
「
葉の一枚を千切り、指で擦り、顔に近づけてみるが、ほのかに香ったのは、ヨモギの清涼感ある芳香ではなく、草特有の青臭さ。想像と全く違う感覚に、彼女は少しの違和感を覚える。
「…」
「…マックイーンさん…?そんなところで、どうしたとイウのデス?」
悩ましげに立ち尽くしていると、トニオの声が、かなり遠くから聞こえてくる。手に持つ植物から目を離し、前方の木々の隙間から見える彼を捉えたマックイーンは、
(まぁ、後でゴールドシップかトニオさんに教えて貰えばいいでしょう…)
「今行きますわー!」
片手を拡声機のように口元に当て、そう返したマックイーンは、謎の植物を竹籠へ入れ、軽いフットワークで、木々の根を飛び越え、枯れ葉をものともせずに後に続いた。
飯テロとは