イタリア料理店『トラサルディー』での“奇妙”な日常   作:にわとり肉

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 大体この話含め三話ぐらいで終わらせます。


令嬢、美食をパクパクする その1

 薄紫の空を、薄ら冷たい微風に乗って、一匹のカラスが飛び去っていった。

 

 「おっしぇえええええええい!!!飯行くぞオルルァアアア!!!!!」

 

 「ちょ__」

 

 抗議する暇も無く、メジロマックイーンは再び拉致された。

 

 明日の午後6時に来てくれ、とのトニオの言葉に従い、学校終わりに寮の門前で、と待ち合わせをして、一緒に行こうと約束した矢先にこれである。バサッと何かが翻る音がしたと思えば目の前が薄暗くなり、俵のように担がれていた。

 

 無論、こうなってしまえば対抗の余地は無い。

 

 (もう…移動が楽になった、ということにしましょう…)

 

 「っしゃあ!行くぞォォ!」

 

 手足を気怠げに脱力させたマックイーンは、気合の篭った掛け声と共に来た、一定のリズムの弱い振動に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「到着ゥゥゥ!!どりゃあ!」

 

 「いだっ!!?」

 

 暫くして、どしゃ、と音が鳴り響き、お尻に鈍痛が走ると同時に、視界に明るさが戻る。アスファルトにぺたんと座り込み、片手で太ももの間のスカートを押さえ、ズキズキと痛む尻を摩るマックイーンは、ズタ袋片手に、腰に手を当て満足げなゴールドシップを睨みつけ、しかし、怒鳴ることはせずにため息を吐いた。

 

 「どしたぁ?いつもは怒鳴りつけてくるのによー、張り合いねえなぁ」

 

 「貴方の行動一つ一つに、まともに付き合ってなんかいられませんわ…」

 

 つまらなそうに口をとんがらせるゴールドシップを無視し、すんなりと立ち上がってスカートの砂埃を落としたマックイーンは、ブルブルと頭をふり、紫がかった芦毛を靡かせる。

 

 そして、隣の白い外壁の建屋、トラサルディーに目を向け、薄く口角を引き上げた。

 

 「さ、早く行きましょう!ゴールドシップ」

 

 そう言い、ドアノブに手をかけ、一気に扉を開いた彼女は、ズンズンと店内へ突き進んでいく。

 

 (マックイーンは食前なら何しても怒んねぇのか…?)

 

 まるで、東大生が難問に挑んでいる時のような、神妙な表情を浮かべるゴールドシップも、その後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「イラッシャイマセ、昨日ぶりデスネ!サ、こちらへどうぞ」

 

 出迎えてくれた、赤いスカーフに白いエプロンを身につけたトニオに促され、落ち着く雰囲気を与える店内を進んだマックイーンとゴールドシップは、白いテーブルクロスの上に、ワイングラスと白磁の皿、ナイフとフォークが置かれたテーブルの席に着く。

 

 「この焼きそばソムリエゴルシちゃんの舌を満足させられるのは、できたんだろうなぁ?」

 

 「Si(ハイ)。色々試してミテ、素晴らしい料理を作れマシタ」

 

 トニオの自信ありげな言葉に、マックイーンの耳が忙しなく動き、尻尾が椅子の足を叩く。にっこりと微笑んだトニオは、

 

 「フフ…では、早速準備を始めマスので、しばしお待ちを…」

 

 「なる早でなー!マックちゃんが耐えきれそうにねぇから!」

 

 「ゴールドシップ!!」

 

 やいのやいのと仲良く喧嘩する二人から踵を返し、トニオは厨房へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (そういえば…今日の料理を食べたら、この前(・・・)みたいに変な事が起きるのでしょうか?)

 

 グラスを手に取り、揺らめく水面を一瞥した瞬間、マックイーンの脳裏に、ゴールドシップに(無理やり)連れられ、初めてトラサルディーに訪れた時の記憶が蘇る。

 

 案の定、マックイーンもトニオの“能力”により、料理を食べた途端、目がしわしわになるほど涙を流す、髪の毛が抜ける、割れた爪が剥がれる等、さまざまな異常現象に見舞われ、その後に全ての不調が治る、という事態を経験済みだったのだ。

 

 「んなしんみょーになるなってマックイーン!おととい来たばっかなんだから、不調持ってた方がおかしいだろ」

 

 そう言いつつ、ゴールドシップはグラスを口につけ、ぐいっとのけぞりながら一気に水を喉へ通す。

 

 「んぐっんぐっ…ぷはー!」

 

 嚥下音を数回鳴らし、あっという間に飲み干した彼女は、目をキュッと閉じ、グラスをそっとテーブルに乗せ、

 

 「ぅんめぇええ!!」

 

 次の瞬間、ホースから飛び出る流水のように、彼女の目尻から涙が左右に流れ落ち、床に落着して水飛沫を立て、二重の虹を形作った。

 

 「っはー!疲れ目が治ったー!」

 

 「んくっ…ふぅ」

 

 片手に手鏡を持ち、人差し指と親指で瞼を開き、目の様子を確認して騒ぎ立てるゴールドシップの横で、マックイーンは上品にグラスを口につけ、口当たりの良い冷たい感覚を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お待たせ致しマシタ、Antipasto(アンティパスト)はウルイを使ったサラダデス。マグロのたたきと合わせて、酢味噌のバジルソースをつけて食べてクダサイ」

 

 マックイーンとゴールドシップの目の前に置かれたのは、ユリの葉のような様相のウルイを囲うように、スライスされたジャガイモ、にんじん、きゅうりが鮮やかさを演出し、そこに、レッドキャベツのスプラウトのみずみずしい赤がアクセントを加え、マグロのたたきのディップ、が添えられた一品。

 

 芸術的でありながら、食欲も刺激するそれに、マックイーンは無限に湧き出る唾を飲み込む。

 

 「いただきます…」

 

 高鳴る衝動に駆られながら、フォークを手に取り、マグロのたたきを一口分掬い、ウルイの葉の広がった部分に乗せ、突き刺してソースにくぐらせる。

 

 そして、大口を開けて、一気に。

 

 「はむっ」

 

 シャク、と歯切れの良い音が、骨を通して脳に伝わる。その瞬間、口から入りきらなかった茎が飛び出ているのも構わずに、マックイーンは全身をぞわりと震わせた。

 

 ほのかに甘みを醸すウルイと、ねっとりとしたマグロの旨味がベストマッチし、芳醇な香りと酸味のソースが、噛めば噛むほど混ざり合い、新たな発見、そして感動を与えてくれる。みるみる内に、マックイーンの表情は緩まり、頬は紅潮していった。

 

 「ゴクンっ!」

 

 飲み込み、感想を口にする事なく、彼女は間髪入れずに次弾の用意を開始し始める。次はレッドキャベツのスプラウトを少し散らし、にんじんも合わせ、さらなる味の探求を試みる。

 

 「はぐっ!」

 

 躊躇なく口へ突っ込む。そして、シャキシャキ食感に快感に近しいものを覚えながら咀嚼。

 

 「んぐ、んぐんぐ…!」

 

 味と食感のベースは先程と変わらない。しかし、薄くスライスされているとはいえ、根菜特有の芯の強さを感じさせるにんじんの香り高さ、細いながら食感にアクセントを与えるスプラウトにより、感じる印象はまるで別物。元々可愛い少女が美しく着飾ったらどうなるか、という問いの答えはとはこの事。少女はさらに可愛くなるに決まっているのだ。

 

 「ごくっ…はぁ…」

 

 飲み込むのが惜しいほどである。しかし、飲み込まなければ他の組み合わせを試せない。そんな幸せな分岐ルートの選択を取らざるを得なくなったマックイーンは、心を鬼にして嚥下する。そして、感嘆のため息を吐いた。

 

 「うっめえなこれ!なんてんだ?シャキシャキしててよぉ!…うめえ!」

 

 ゴールドシップもサラダを口にした瞬間、目を見開き、耳をパタパタさせながら、感動を口にする。

 

 「ハハ!喜んでいただけて嬉しいデス!」

 

 二者二様の喜びを受けとめ、満足そうに微笑み頷いたトニオは、再び踵を返す。

 

 「それでは、プリモ・ピアットの様子を見て来るノデ、ゆっくり楽しんでクダサイネ!」

 

 一口運ぶごとに、耳や尻尾を忙しなく動かす二人を背に、トニオは足取り軽く、厨房に入るのだった。

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