イタリア料理店『トラサルディー』での“奇妙”な日常 作:にわとり肉
「さ!料理を続けましょうか…」
「…!」
空っぽとなった皿が下げられ、温かい湯気が立ち上る皿に入れ替わる。皿に平たく盛り付けられた、カットされた山菜の若緑が所々に覗け、米粒一つ一つに、とろみを持った水分が光沢を齎し、それを前にするマックイーンとゴールドシップの高まった食欲を、立ち込める深い香りで、針で突くように刺激する。
「山菜のリゾットデス。フキノトウ、タラの芽、コゴミを使用してイマス…」
「盛りだくさんだなぁ!…では早速〜♪」
そう言い、鼻歌混じりにスプーンを手に取ったゴールドシップは、細く切られたウド、一口大のフキノトウ、タラの芽を、ふやけた白米ごと掬いとり、一気に口元へ。
「ふー、ふー」
鼻に当たる熱気を入念に吹き飛ばし、一気にスプーンを口へ。
「はぐっ!!うっ」
その瞬間、ゴールドシップの銀色の耳が萎びた。口いっぱいの山菜に付着した、高温でとろみのあるリゾットが、彼女の口腔に牙を剥いたのだ。
「んっ…!!んぐんくッ…!!…!!」
「だ、大丈夫ですの…」
椅子の上で、涙目で身を捩らせるゴールドシップの方を見て、マックイーンは心配そうに手を差し伸べる。
しかし、次の瞬間。
「ん〜〜!うんめぇえ…!」
頬に手を当て、ゴールドシップは歓喜の言葉を呟いた。
口腔を焼き尽くすような熱さを乗り越えた先にあったのは、春の心地よい微風を想起させる、山菜の甘美な滋味であった。少しぬめりのある、しかし歯の力への抵抗が無いコゴミに、肉厚なタラの芽、ほろほろと花芽が崩れるフキノトウ。それを追いかける柔らかな白米と玉ねぎのほのかな甘み、ブイヨンのコク溢れる旨味が、咀嚼のたびに湧き出て来る。
がっつくことはなく、口の中を入念に食み、グッと飲み込んだゴールドシップは、うっとりとため息を吐いた。
「ふー、ふー、あむっ〜!?…!!」
居ても立っても居られなくなったマックイーンも、ゴールドシップに続き、リゾットを口へ運ぶが、やはり熱さが強敵となって立ちはだかる。尻尾を振り回して目をきつく閉じ、呻き声を上げながら、ひたすら口を襲う激痛に身悶えた。
「…!」
そして、口内が丁度良い温度となった時には、彼女の苦悶の表情はパッと晴れやかとなる。不快感の無い爽やかな山菜の香りは、彼女を高揚させてあまりあるものであった。
「あむっ!!?あふっ!!」
「はふはふ…」
惜しくらむはその口を破壊し尽くすような熱さ。それが、たくさんの量を口へ入れることを困難にしている。しかし、一気に食べることの出来ないもどかしさが、逆に二人の食欲を高める要因となる。身体が火照って汗ばんでも、スプーンでリゾットを掬い、口に入れては悶える作業を止めることはなかった。
その様子を見て、トニオは安心したように一息ついてはにかむ。
「…ム」
ふと、トニオは壁にかけられた時計を一瞥する。そして、再びリゾットに夢中の二人に向き直った彼は、
「メインディッシュの様子を確認して来るノデ…ごゆっくりドウゾ」
トニオが厨房へ向かった事を、リゾットを口へ運んでは顔を苦痛で顰め、すぐさま恍惚そうな表情に忙しなく変化させる機械と化した二人が、気付く余地は無かった。
窓から覗ける景色は、すっかり紺色に染まり、散らばったビー玉のように、星々が点々と輝いている。
「セコンド・ピアット…メインディッシュデス」
続いて二人の前に配膳されたのは、鶏肉とマッシュルーム、ひたひたとなった山菜__コシアブラに、赤いトマトのスープがかけられ、ローズマリーが可愛くのせられた一品。
「鶏もも肉のトマト煮込み、“カチャトーラ”デス…本来はピーマン等を入れるところに、ほろ苦さタップリのコシアブラを使ってイマス。スープを、そのバゲットにつけて食べると絶品デスヨ!」
トニオの言葉に釣られ、もう一つの皿の、二つに切り分けられた狐色のバゲットに目をやったマックイーンは、ニンニク由来の食欲煽る香りに、思わず二、三回耳をぴこぴこさせた。
「…」
一口大に切り分けられた鶏肉には、しっかりとした焼き目がつけられている。フォークで串刺しにし、赤い汁滴るそれをじっくりと眺め、
「はむっ」
鶏肉が舌に乗る。その瞬間、マックイーンの脳内シナプスに、“美味しい”が濁流のように流れ込み、雑念を全て押し流した。
「んく…んむ…」
悪魔的である。香ばしい焼き目の鶏肉は、噛めば容易に歯の侵入を許し、簡単に裁断される。その瞬間に凝縮された鷄の旨味が解放され、ニンニクの風味とトマトのキリッとした酸味、甘みの合わさった深い味わいのスープと噛み合い、爽やかなローズマリーの香りがそれを後押しする。
「ごくん」
飲み込むと、ローズマリーが口の中のしつこさを洗い流すようで、全く飽きを感じさせないのである。マックイーンは、言葉を発するのも億劫な程の、何度目かわからない感動を覚えた。
ふと、チラリとゴールドシップの方を覗き見てみると、先ほどまであれほど騒がしくしていた彼女が、(元々作法等は並以上に出来ていたが)落ち着いた雰囲気で、薄く微笑みながら、粛々と料理を口に運んでいる。これが表す事がどのような事か、マックイーンは理解していた。
「はむッ…!」
今度はマッシュルームやコシアブラと共に。しっかりとした苦味を放つコシアブラに、一瞬耳が項垂れる。しかし、同時に先程のタラの芽を超える春の香りが、ぷりぷりのマッシュルームの食感と共に溢れ出し、鶏肉とスープも相まって、目が潤んでしまいそうな程の美味を口の中に生み出し、苦味すら旨味の一部としてしまう。ほんの0.1秒後には、マックイーンの耳はちぎれんばかりにそりたった。
焦らずに飲み込み、うっとりと息つく暇もなく、次にマックイーンが目をつけたのは、全粒粉の粒が所々見えるバゲットであった。
「…」
手に取り、食べやすいように引きちぎってみると、カリカリに仕上がっている外とは裏腹に、内側はしっとりふわふわ。心が躍るのを必死に抑えて、しかし、耳と尻尾から感情を漏らしながら、オリーブオイルの油膜が点々とあるスープに、バゲットをそっとつける。
数秒、押しつけたりして引き上げると、断面が真っ赤となり、スポンジのようにスープを吸い取ったのが見てとれた。
「あー…」
こんなの絶対美味しいに決まっている。
「はむッ!」
もちろん美味しかった。野菜と鶏肉の出汁が煮出され、ローズマリー、そしてローリエの、爽やかで奥深い香りに満ち満ちたスープは、小麦由来の甘みとベストマッチ。何より、ふやけたパンの食感が、つるりとして口当たりが非常に良い。
「ごくんっ…!…す、すごいですわー!やっぱトニオさん天才ですわー!」
噛まずとも飲み込めるそれを、大事そうに飲み込んだマックイーンは、我慢ならずに、目を輝かせ、心のままに賞賛を口にした。トニオは胸に手を当て一礼し、
「フフフ、そう言ってもらえて嬉しいデス!…ドルチェの用意もできているノデ、ごゆっくりドウゾ…」
「…!」
相変わらずお淑やかに食事を続けるゴールドシップの隣で、マックイーンは露骨に目を見開き、口を半開きにさせた。
「ドルチェは“アフォガード”デス!そのお茶「美味しいですわーーッ!!!」Oh!」
「マックイーン…おめ〜って奴は…」
メジロマックイーンというウマ娘が、甘味を前にして耐えられるだろうか。正解は、ゴールドシップのような気の許せる友人等の前では、耐えられるわけが無い、であった。トニオは眉をハの字にし、困ったように笑い、ゴールドシップは友人の行動に頭を抱える。
彼女達が前にしているのは、小皿に乗せられた、ひんやりとした冷気を湛えるバニラアイスクリーム、そして、かなり濃く煮出された熱々のお茶が注がれた、陶器製の小さなピッチャーである。お茶をアイスクリームにかけ、程よく溶けたのを頂く、というものなのだが、何も知らないというのに、説明も聞かずに正当な食べ方を取り行えたマックイーンの甘味に対する情熱たるやなんたるや。
「この香り、多分ヨモギですわね!?この清涼感がアイスクリームのしつこくない甘さとよく合いますわぁっ!!それに、ヨモギ茶が熱々のおかげで、アイスの刺すような冷たさが軽減されて、ちょうどいい温度になっているのも良いですわ〜!!」
「「…」」
身振り手振り、ふんすふんすと鼻息荒く語りつくすマックイーンに、トニオとゴールドシップは置いてけぼり。
「本当マックちゃんはおもしれー奴だなー…」
「…ハハハ…」
しみじみとした態度を取るゴールドシップを見て、トニオは再び苦笑いを浮かべるのだった。
「トニオさん、今日は本当にありがとうございました…全ての料理がとても美味しかったですわ」
「また誘えよなー、山菜採り!」
時刻は6時半を回っていた。楽しい食事の時間も終わりの時である。開かれた扉の前で、暗い一本道を背にして、マックイーンとゴールドシップは、花のような笑みと共に、トニオへ感謝を告げる。
それに、トニオもすっきりとした笑みを浮かべて頷き、深々とお辞儀をした。
「またのご来店、お待ちしておりマース。…Grattugiare♪」
これでゴルマク編は終わりです。一言だけ言うと、いずれこの話はリメイクしたいですね。
次回は近いうちに。