聖剣憑依主だったのに幼女を操ってる件について 作:無機物憑依ちゃん
聖剣……今はそう呼んでいいのかちょっとわからなくなってきたからナイフって呼ぶことにする。
俺の本体であるナイフを持った狼のカルヴァンにより、視界が回転しかなり目線が高くなったのを実感した。
「……ああ、わかるわ。貴方カルヴァンじゃないのね」
「おう。まあ見てりゃあわかるだろ」
「それで、その身体で何をするつもりなのよ」
勇者ちゃんが問いかけてくるので、俺は周りを見てこぶしを握る。
目の前にあるのは鉄柵。
それを超えることは可能だ。
なんせこの身体はゲームで何度も見てきた四天王の狼爆カルヴァンのもの。実験で何か無理をしたのか、それともまだレベルが低いのか。
なんとなくぎこちなく身体が動くという感じがする。あの騎士の男や幼女ちゃんよりは自我が強いのか?
まあ気分的には不調のようなものではあるけれど……。
「俺ならこの身体をうまく使ってここから脱出できる」
そう言った俺は、ナイフを持ってない手に力を込めた。
カルヴァンの攻撃物理特化ならば絶対にうまくいく。魔法など覚えることもせず、ただ力を込めればいいだけだ。
細胞も何もかも人間じゃなくなったからか、その檻はあっけなく吹き飛んだ。
「きゅー!」
周りにいたホロン村の人────今は魔物の姿になったせいでうまく声が出せないのか、鳴き声として聞こえてくるそれらの歓声に手を上げて笑いつつ、幼女ちゃんの方を見下ろした。
幼女ちゃんは勇者ちゃんが抱き上げていた。
俺のナイフに向かって手を伸ばしているのは相変わらずで、それをみて「かえせー!」って喚いているのも変わらない。
「ごめんな幼女ちゃん。今は皆がこのクソな施設から脱出できること。他にも捕まってる人たちを助けて逃げることが大事なんだ。終わったら返すから」
「うー……」
「ごめんな。我慢してくれ幼女ちゃん。……それでなんて勇者ちゃんは変な顔してるの?」
「うーんあのカルヴァンの口から幼女ちゃんとか言われるなんて思ってもみなかったから。たぶん普通の人だったらびっくりするかドン引きするかなって思って」
「なんか心がグサッてきた」
「きゅー?」
「うん、ウィップの言う通りだよ。脱出するんでしょ。逃げた後……王国に追われる身になると思うけど、その後はどうするの?」
「いや急な話題転換でびっくりだよ! ……って、あれ。勇者ちゃんは妖精もどきちゃんの声聞こえてるの?」
「なんとなく。ウィップは私の友達だった人だから」
「きゅう」
「それで、どうするの? ここから奇跡的に逃げても多分追手が来ると思うけど?」
「うーん正論。まあ檻吹っ飛ばしたしこのままじゃ騎士たちが来ちゃうから逃げながら話すよ」
多分この狼の身体ならなんとか騎士たちをぶっ飛ばすことぐらいはできるはずだ。
部屋から出て、誰もいないことを確認。でも耳をピクリと動かしつつ、音に集中すると────遠くから騒いでいる声が聞こえるのが分かった。
多分これから先、戦闘になるかもしれない。
「俺さ、王国が手を出せないような場所を知ってるんだ。だからそこに皆を連れて行くつもりだよ」
「……呪われたナイフが何でそんなこと知ってるの?」
「いろいろあるんだよこっちには」
王国が手を出せないような場所。つまり冒険者が滅多に行くことのないラストダンジョン。魔物が多く徘徊しているところ。ゲームでは魔王城が建っていた土地。
魔物が多く、危険も伴う。
でも魔王を救出して彼に手伝ってもらえれば何とかなるはずだ。カルヴァンいるし。
そこならきっと誰も手を出してこないだろう。
幸い、魔王城に特攻するだろうスペックを持つ勇者ちゃんがここにいるし、彼女が敵になることはないだろうから。
「おいいたぞ! 潰せ!」
「殺せぇ!」
騎士たちの声に皆が反応する。
恐れている者は誰もいない。恐怖すら何もなかった。
「ッ────!」
彼らは全員、敵意を持って騎士たちを睨みつけていた。
ウィップと呼ばれた小さな魔物が火を放ち一人に火傷を負わせようとする。
キシキシと呻く虫に変異した者が、威嚇をしつつ針を出してきた。蜂型だからかそれは何かを滴り落ちさせる。液体が床に落ちた瞬間すさまじい勢いで白煙と何かが溶けた音が聞こえてきた。
子ウサギのような魔物すら、足で床を叩くごとに地面にひびが入るぐらい力を込めている。きっと人なら骨がボロボロに砕け折れるだろう威力に見える。
一見すれば荒ぶる魔物たちに対抗しようとする騎士共という光景。
俺は彼らより前に出た。
「人間を殺したら王国の奴らと同類になるから、気絶させるだけにするよ。その方が狼君にとってもいいだろうしな」
「な、貴様────がっ!?」
それは、数秒の出来事だった。
俺は特攻をしただけ。ちゃんとした攻撃ではない。
ただ廊下を走り、壁に激突する前に立ち止まっただけのこと。
それでも彼らにとっては衝撃で気絶してしまうぐらいきついものだっただろうが。
走っただけとはいえ、それはまるでトラックが過ぎ去ったかのような勢いのある攻撃。
二メートル以上ある狼の巨体が四つ足で、頭突きをしつつそのまま彼らを吹き飛ばしたのだから。
「きゅー!」
「くぃ!」
幼女ちゃんと勇者ちゃん以外の魔物もどきたちが歓声を上げているので再び手を上げて笑う。
そうして俺は廊下の奥を見た。
匂いがするのだ。狼くんにとっては懐かしいもの。
ホロン村の人達の匂い。生き残りと────魔王がこの地下の奥深くにいる。
「あっちにホロン村の生き残りが捕まってるみたいだから。彼らを助けて外に出よう」
『それは止めてくれないか』
不意に、何処からか楽し気な男の声が聞こえてきた。
「っ────!」
反射的に周りを見た。
他の人たちも同じく周りを警戒している。騎士たちが近づく音も聞こえてくる。
でもそれはまだ遠い。たぶん俺たちを捕縛するか倒すために殺す準備でもしているのだろうか。
(違う。問題はこの声だ……)
冷や汗が流れる。心臓がバクバクと音を立てて、気持ち悪い。
だってこの声はあのクソ野郎のもの。
声だけがするのに姿はない。
生きている人の匂い、人間の気配は何もない。
周囲にではない。これは────。
よく見れば、天井や床。いたるところの壁に魔法陣が小さく刻まれていた。まるでナイフの柄にある薔薇のレリーフのように。
「通信……?」
『ほう、転移魔法術の応用たる通信術を知っているのかね?』
この声を俺は知っている。
ゲームで何度も聞いてきた、研究員のもの。
『ふむ、ナイフか? そんなもの作った覚えはないが……まあいいか。他の誰かが作成したのだろう。そんなもの、どうでもいい』
人間が魔物に近づき、進化をして新しい人類を作ることを願った。狂い過ぎた研究員。その一人。
王族の血を持った、その狂った情熱さえなければ王国の次期王になれたはずの人物。
『君は……いや、君たちは魔物になったガラクタだと思ったけれど、人間に戻れるかな。人間の進化を超えられるかな』
魔王を狂わせた裏ボスのようでそうじゃない。気持ち悪いだけの男だ。