東方酔恋華~Girls In Love~   作:箱厨

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離別

「グワーッ!」

 

今日も彼が来るのを待っているが、その間にも調子づいた他の人間どもが襲ってくる。うーん、これは本格的に門番の採用を検討するべきかしらね。わざわざ館に入るのを待って迎撃するのも面倒だし、庭とかそこらに罠を仕掛けて……。

あぁ、ダメね。うっかり彼が引っ掛かったりする絵面しか浮かばない。彼ったら、そういう察知能力はてんでダメなんだから。

 

「くそっ……化け物め……!」

 

「……っ」

 

人間が吐く悪態に、思わず顔を顰める。だって、彼はそんなこと、一度だって言わなかったから。私のことを「吸血鬼」と呼びこそはすれど、醜く罵るような様は見せなかった。彼は強い者をリスペクトする傾向が強い。特に、自身の父を打ち倒したという吸血鬼には並々ならぬ執念と敬意を持っている。

まったく……同じ人間なのに、どうして彼とそれ以外とでここまで差が出るのだろうか。生き方ひとつ異なれば、まったく人間というものは千変万化するものね。

 

「隙ありっ!」

 

「くっ……」

 

しまった、少々考えに耽りすぎたか。鏃が銀でできた矢が、私の頬を掠めていった。

頬に感じる焼けるような痛み……彼との戦闘で感じるソレとは違う、命を奪おうとする痛みだ。

 

「よしっ……全員、聞け!吸血鬼とて生き物だ、必ず殺すことは出来る!」

 

先ほどの矢が当たったことで気勢を取り戻した人間達が、少しずつこちらににじり寄ってくる。

これ以上、奴らに勢いを与えるべきではない。気を取り直して私が構えを取ろうとすると……。

 

……おい

 

入り口付近からかけられた、冷めきった声。全員がそちらに視線を向けると、彼がいた。

よりにもよって、こんな時に……まいったわね。

 

「お……?お前、人間か!お前もこの吸血鬼を倒しに来たのか!?」

 

「……そうだ」

 

「よしっ!……見たところ武器は何もないようだが、仲間が増えるなら心強い!!俺達で協力し合えば、吸血鬼など恐れるに足らずばぁっ!?」

 

彼に話しかけた人間が、一撃で倒れ伏した。彼が、人間を思い切り殴り倒したのだ。

これには、他の人間どももそうだが、私もひどく驚いた。

 

「なっ!?何をするんだ、君!俺達は仲間だ!」

 

「仲間……?違うな、それは違う。俺は吸血鬼に勝利したいだけで、吸血鬼を殺したいわけじゃない。俺の好敵手を勝手に殺そうとするお前らが、俺の仲間であるはずがない。

そこの吸血鬼を倒すのは俺だ。断じてお前らなんかじゃねえ、この俺だ。その邪魔をしようってんなら……お前らから叩き潰してやる」

 

そう言って、彼が構えを取りつつ殺気をばらまく。そんな彼を恐れたのか、「勝手にしろ」だの「後悔するなよ」だの「頭おかしいぞコイツ」だのと好き勝手言いながら、彼が殴り倒した男を介抱しつつ逃げていった。

そんな人間どもを見送った後、彼は殺気を霧散させると私に向き直った。いつも見る、あの清々しい笑顔で。

 

「さて……待たせたな、吸血鬼。

お前、連戦になるけど大丈夫か?怪我の治療とか休憩とかいるか?」

 

「……フッ、必要ないわ。あの連中、貴方よりもよっぽど脆いから、いかに殺さないようにするか苦心する程度で、大したことはないわ。

貴方なら遠慮なく攻撃できるし、何より死なないでしょう?それに、休憩ならあなたがあいつらと絡んでいる間に十分とっておいたし、心配はいらないわ」

 

「おぉ、そうなのか!さすがは吸血鬼、それでこそ俺の好敵手!」

 

まったく、私からすれば些細なことでも、彼からすれは随分と大仰なことらしいわね。

ふふっ……やはり、彼が相手となると気分が高揚するわ。胸が高鳴り、どれほど強くなったのだろうかと期待が膨らんでいく。

 

「来いっ、人間っ!」

 

「行くぞっ、吸血鬼……!」

 

お互いにかけだし、その一歩目で瞬時にお互いの間合いに入りこむ。そのまま互いに標的にめがけて、その一撃目を繰り出した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間に及ぶ戦闘の末、彼はついに倒れ伏した。うつぶせに倒れていた彼だが、やがて仰向けになると大の字になった。

 

「うがーっ!ちくしょー!勝てねー!」

 

「フッ……まだまだね」

 

何がまだまだね、だ。正直、今回の戦闘は結構ぎりぎりだった。あわや直撃という攻撃が何発か打ち込まれ、それを紙一重で捌くことができたのだ。……強い。初めて会ったころなんかよりもずっと。

 

「貴方は、どんどん強くなっていくのね……少し、恐ろしいくらいに」

 

「え、強い?俺って強い?」

 

「ふふっ……自覚はないようだけれど、初めて戦った時よりも随分と長く継戦できているわよ。それだけ、貴方が強くなったということよ」

 

「おぉ、吸血鬼にそう言ってもらえると嬉しいな。

……そっかぁ、俺……強くなれているんだ……!」

 

子どものように目を輝かせて、正面に突き出した拳を見つめる彼。……うん、こういうところはちょっと可愛いなって思う。なんていうか、初心忘るべからずっていうのかしら。

自分が初めて抱いた『吸血鬼に勝つ』という思いを、ずっと抱き続けて、それを忘れないでいる。何度負けようが決して諦めず、最後の時まで喰らい付く。

まったく、戦っている私にすら、ここまで気持ちの良い思いをさせてくれるなんて、やってくれるわ。本当、『吸血鬼狂い』ここに極まれりって感じね。

しばらく寝転がっていた彼だけど、唐突に立ち上がると快活な笑みを私に向けてきた。ん、可愛い。

 

「よしっ!また修行をして、もう一度お前に挑むぜ!今日のところはこの辺で……」

 

「あっ、ちょっと待って!」

 

「ん?」

 

あっぶなぁ……危うくそのまま帰られるところだったわ。

……一応、友人に言われたとおりに名前を聞かなきゃなんだけど……うぅ、結局何と言って尋ねようか、決められなかったわ……。

 

「どした、吸血鬼?」

 

「……あ~、そのぉ……えっと……」

 

「……?」

 

いや、どうしろってのよ!?今更名前なんて本当に聞きづらいわね!

それに彼にだって「今更ww」とか言われたら私本気で凹むわよ!?

くっそぅ、あんちくしょうめ……他人事だと思って、今頃笑ってるに違いないわ!とにかく、ここはなんとか彼を引き留めないと……。

 

「……そう、お茶。貴方が淹れたお茶を飲みたいわ」

 

「茶会か?あれ、でも茶会って明後日のはず……」

 

「きょ、今日はそういう気分なの!付き合いなさい!」

 

「……ん。まぁ、わかったよ。部屋、行こうぜ」

 

「……ありがと」

 

「どういたしまして」

 

おそらく、彼は私の挙動がおかしいことを察しているはず。なのに、そのことを追求しないで私の要求を呑んでくれた。ほんと、気の回る人だわ。父親……は、話を聞く限りないわね。おそらくは母親か、彼のこういった気質は。私も、母はいい人だったけれど、父は……妹が生まれてからの父のことは、あまり思い出したくないわね。

調理場に着くなり、早速用意されていたティーセットでせっせと紅茶を淹れる彼。しかし、急遽取り付けたお茶会に関わらず事前に用意されたティーセット……ふむ……おそらくは、咲夜ね。私達の話を盗み聞いていたのかしら。

あの子、どうしてか彼と会うのを避けている気がするのよね……。会わないのか、と聞いても顔を赤くしてオドオドするだけで会おうともしないし……どうしたのかしらね。

 

「……よし、完了っと。んじゃあ、部屋に行くか」

 

「えぇ」

 

うわっ、なんかめちゃくちゃ手際が良くなってる?ちょっと考え事をしているうちにもう終わってるじゃない。あぁ、ヤバいよヤバいよ、なんて聞けばいいのよ……脈絡もなく尋ねれば変な目で見られるかも……。

結局、何も浮かばないまま部屋に着いちゃった……。彼が紅茶を淹れている様子を窺いつつ、なんて聞くべきか考えないと……!

 

「ほい、吸血鬼の分」

 

「ありがとう。……ん、美味しい。また腕を上げたんじゃない?」

 

「おっ、そうか?へへっ、そりゃよかった。本場の貴族様にも受けが良かったから、結構自信があったんだぜ?」

 

「……お?」

 

ん?本場の貴族様?どゆこと?

 

「どういうことかしら?」

 

「どういうって……路上で紅茶を淹れる練習してたら、なんか貴族のお嬢様に見られてたみたいで……。浮浪者なのにあまりにも様になっているから気になったとか言われて、屋敷に拉致されたんだよ、俺」

 

「は?」

 

「それで、そのお嬢様の前で実際に紅茶を淹れて飲んでもらったら、これがまぁ大好評でな。彼女に仕えている従者の皆さんにも飲んでもらって、結構いい評価を貰ってな。

今はその屋敷で下働きみたいなことをやってんだ。週に二度、紅茶を淹れる仕事をな」

 

「……は?」

 

「そしたら噂が噂を呼ぶっていうのか……お嬢様の屋敷でパーティーを開いた際に、俺に紅茶を淹れてほしいって依頼が来てな。断る理由もないし、ちょうど吸血鬼との予定もない日だったから引き受けたんだ。

そうしたら今度は他の貴族様にもバカ受けしてな。浮浪者なのに教養があるってことで、なんかよくわからん同情までされて……それから空いた二日は貴族様に紅茶を淹れる仕事になったんだよ。まぁ、吸血鬼との予定に差し支えないようにはしているから、吸血鬼が気にすることはないぞ」

 

「……はぁ?」

 

めっっっっっっっっっっっちゃ気になるんですけど!?は?何それ?

どこぞの馬の骨の女が私の彼を奪おうっていうの!?というか、貴方に紅茶の淹れ方を指南したのは私でしょ!?だったら私のためだけにその紅茶を淹れなさいよ!!

 

「……ふぅ~ん。それはそれは、さぞかしお嬢様方に人気があったんじゃないの?よかったじゃない、女の子にモテモテで」

 

「……吸血鬼、なんか怒ってる?」

 

「怒ってないわよっ!!」

 

「お、おう……」

 

いけない、思わず彼を怒鳴ってしまった。彼は善意でやっているだけだというのに、そのことで私が怒りをぶつけるのは理不尽すぎる。ここは冷静に……って、アレ?

なんで私、怒ってるの?彼の何が私の逆鱗に触れたの?むしろそこは、私が指南した紅茶が世間に評価されたことを喜ぶべきでは?なのに、私……彼が、私以外の女に紅茶を淹れた(・・・・・・・・・・・・)というだけで、こんなどうしようもないほどにイライラして……。いったい、どうしたのかしら、私は……。

 

「お嬢様方にモテモテかは知らないけど……まぁ、確かに『ウチに仕えないか』って誘いはたくさんあったよ。衣食住の完全保証付き……悪い話ではなかったよ」

 

「……っ。そ、そう……」

 

酷く胸がざわつく。気分が悪いし、無性にイラッとする。その人間、殺してやろうかしら?

……って、待て待て。どうしてこんなあっさり冷静さを欠く?これは彼の人生なんだから、私が余計な口出しをしてはならないはず。……あぁ、けれど。彼が遠くに行くんじゃないかと思うと、気が気でない。

けど、それも仕方がないのかもしれない。そもそも、今の彼は屋根のない生活……早い話が野宿をして生活をしている。そんな時、三食付きで屋根の下で生活をできると言われれば、きっと話に乗るだろう。……最近は決まった日には必ず来てくれるようになった彼と会えない日があるのかと思うと、やはりというか寂しい……。

けど、私は彼を見送ろう。彼の生きたいがままに生きる姿を見守ろう。そう思って彼の次の言葉を待っていたんだけど。

 

「でも、全部断った」

 

「な……」

 

断った……?そんな、彼だって食うも寝るもギリギリの生活をしているというのに……。

 

「どうして?」

 

「どうしてって……そりゃあ、吸血鬼に会えなくなるのが嫌だからさ」

 

「……え?」

 

「三食しっかり食べられて、屋根があって暖かい場所で寝られるっていうのは確かに魅力的だけどなぁ……。でも、今はそんなのどうでもよくって、吸血鬼とこうして会って、戦ったり紅茶飲んだり駄弁ったりしている方が、俺はよっぽど好きなんだよな。

まぁ、平たく言うと吸血鬼のことが好きだからさ、なるべく吸血鬼とは会っておきたいんだ。俺の我儘ってやつかな」

 

「~~~~っ!!」

 

このっ、男はっ!!なんでこういうことを素面で言えるのよ!?きっと、えぇほぼ間違いなく他意はないんでしょうけど、だからってこういうことを平然と言えるなんてどうかしてるわよ!?あぁ、やだ……顔が熱くなってきた……!嬉しいんだけど、なんか素直に喜べない……!!

 

「うー……」

 

「……?吸血鬼、どうしたんだ?顔、赤いけど……」

 

「な、何でもないわ!えぇ、何でもない、私は全然元気よ!!」

 

「あ、そうなのか……」

 

ヤバい、ヤバい。油断すると頬がにやけそうになる。私は紅茶を一気に飲み干し、表情筋を全力で行使してにやけそうになるのを阻止し続けた。

きょとん、とした様子でこっちを見つめる彼だけど、空になった私のカップに再び紅茶を淹れ始めた。

……あぁ、かっこいいなぁ……。

 

 

 

 

「……それで?」

 

「ハイ……」

 

「名前は?」

 

「キキワスレマシタ……」

 

「聞いてこいって言ったわよね?」

 

「オッシャルトオリデス……」

 

「……ヘタレ」

 

「ぐはっ!?」

 

「はぁ……そんな調子で大丈夫なわけ?」

 

「だ、大丈夫よ!えぇ、ただ名前を聞くだけだもの!絶対に聞き出して見せるわ!」

 

「はいはい」

 

 

 

 

 

「吸血鬼ー」

 

「よく来たわね人間。……実は、貴方に聞きたいことが……」

 

「悪い、今日から一週間くらい来れなくなるわ」

 

「……は?」

 

「よしっ、伝えたからな。それじゃ!」

 

「ちょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

~一週間後~

 

「よーす、吸血鬼ー」

 

「……で?」

 

「ん?」

 

「何で一週間も来なかったのか、説明するんでしょうね」

 

「おうっ、説明するよ。……とりあえず、部屋に行くか」

 

「そうね」

 

 

~少年少女移動中……~

 

 

「……それで?どうして一週間も来なかったのよ」

 

「いやー、それがさぁ……一週間前にさ、ほら、そこの大通りでさ」

 

「そこの?」

 

「おう、三つ向こうの通りな。そこでさ、この雪降り積もる寒空の下で、マッチを売ってた……拾った頃の咲夜と同じくらいの小さい女の子がいてな」

 

「は?」

 

「その子が馬車に轢かれそうだったからさ、咄嗟に助けたんだよ。そしたら、馬車を避けた時に履いてた靴をなくしたみたいで、その子を背負って探したんだ。一つはすぐに見つかったんだけど、もう一つは誰かが持っていきそうになってたんで……とりあえず、ソイツをしばいて取り返したんだ」

 

「え?」

 

「そんで、落ち着いたところでその子から事情を聞いたんだ。そしたら、父親に『マッチを完売するまで帰ってくるな』って言われたんだそうだ。

……むかっ腹たったから、その子の父親をぶん殴りにその子の家まで行ったんだ」

 

「へ?」

 

「んで、その子の父親ぶん殴って説教した後、一応『児童虐待で捕まりたくなければ黙っておけ』って脅して、『マッチ売るより楽に稼ぐ方法を教えてやる』って言って女の子を預かった後、吸血鬼直伝の紅茶の淹れ方を一週間みっちりその子に教えたんだ」

 

「…………」

 

「その子ってさ、結構要領よくてよ、俺の味なんて一週間で真似して見せたんだぜ?それから、前に言った俺が紅茶を淹れた貴族のお嬢様の家に紹介してあげたんだ。

実際にその子がいれた紅茶をお嬢様が飲んだら……もう、大絶賛!住み込みで雇うって話が決まったんだ!いやぁ、よかったよかった」

 

「よくない。いや、結果だけ見ればよいどころかむしろよくやったまであるけど、よくない」

 

「なんでよくないの?」

 

「……一番最初に一週間来れない理由を明確に説明していなかったでしょーが!!」

 

「サーセン」

 

 

 

 

 

 

 

~数年後~

 

紅魔館に多くの吸血鬼が犇めき合っている。紅魔の主の招集に応じた、現時点でこの世界に存在するすべての吸血鬼たちだ。最強の能力を持った王が登場すると、一層歓声が上がった。

その目には、新天地での生活やさらなる闘争、期待と歓喜に満ちた色をしており、号令を今か今かと待ち構えている。そして、そんな同胞たちを見下ろす盟主はというと……

 

「(結局、名前を聞き出せなかった……)」

 

優雅な笑みを湛える内心で、酷く落ち込んでいた。結局のところ、彼女はあの人間の名前を聞き出すことができなかったのだ。

他意はないとはいえ異性に堂々と「好き」と言われて以降、彼女は彼と目を合わせにくくなり、話しかけられるだけでドギマギしてしまいまともに会話すらできなかったのだ。流石に戦闘中は一切気にならなくなるが、平時ではふと見る横顔のかっこよさや、笑った時の可愛らしさから色々と暴走を起こしてしまっていた。その度に友人から「ヘタレ」や「乙女か」等々で弄られ、散々に凹まされた。

そして、今日。ついに新天地へと殴り込みをかけるこの日まで、名前を聞くことができなかった。彼への手紙を認め、新天地へと転移する屋敷の敷地の外に置いておく。風で飛ばされないように、咲夜のナイフでしっかりと固定するのも忘れない。そうして準備を終えたころに、ぞろぞろと吸血鬼たちがやってきてしまったので、もはや探し出して名前を聞くこともできなかった。

 

「(ねぇ、貴方。名前も知らない人間の貴方。貴方は、何も言わずに姿を消す私を恨むかしら。勝ち逃げをして行方をくらます私を憎むかしら。貴方とはもう十年以上の付き合いになるけれど、私はこんな真似をする私自身を、貴方がどう思うのかは想像がつかない。

けれど、どうか許してほしい。私は吸血鬼で、貴方は人間。私は排他される者で、貴方は排他する者。人外の者が姿を消し続けて久しく、今や人の世は住みにくい。

人は人ならざるものを受け入れず、我々もまた人を糧に生きていく。弱肉強食の理に反し、人間は私達人外の者を排除しようとする。もはや、この地に私たちの居場所はない。だから、私達は私達の居場所を求めてこの世界を去る)」

 

友人が詠唱を開始し、館を覆いつくすほどの魔法陣が出現する。

 

「(準備は万端。何が来ようとも恐れることはない。なぜなら我らは誇り高き吸血鬼。我らは我らの矜持のために生きる。

……あぁ、けれど。私の唯一の懸念は貴方。貴方の今後がとかく気になる。貴方が打倒を目指す吸血鬼は、今日この日をもって全ていなくなる。

貴方が求める緋色の吸血鬼(スカーレット)は、この世界から消える。そうなったとき、貴方がどのように生きるのか、何を目指すのかが心配になる。私はこれから、貴方の生き甲斐を奪おうとしている。そのことを思うと、きつく胸を締め付けられる。生き甲斐を失った貴方が自棄にならないか、そればかりが脳裏をよぎる。

けれど、私達はもう止まれない。止まることは許されない。吸血鬼という種の存続を賭けて、私達は旅立たなければならない)」

 

魔法陣が光を放ち始め、辺り一面を包み込む。

 

「(……どうか、許してほしい。名も知らぬ人間よ、我が友垣よ。貴方との友情を唾棄するが如く貶した私を許してほしい。もしも、本当のことを口にすることを許されるなら、私は貴方も共に来てほしかった。

掛け値なしでこの私の友となってくれた、純然たる人間である貴方にも、この場にいてほしかった。私の歩む道を、共について来てほしかった。貴方がいてくれれば、私はどれだけ勇気づけられたか、どれだけ嬉しかったか。

けれど、それはかなわなかった。なぜなら、貴方は人間で、私は吸血鬼だから!

種が違う……その事実が、その壁の大きさが、途轍もなく計り知れなかった!ここに集うは魑魅魍魎の吸血鬼たち……そこに、人間である貴方を連れてくるなど、出来るはずがない!人間に排他され傷ついた同胞たちの前に、貴方を連れてくるなど恐ろしくてかなわない!貴方がひどい目に遭わされるのではないかと……そう考えるだけで身の毛がよだち、私は恐ろしくなった!

……だから、これは貴方を守るため。そう言い訳して、私は貴方を呼ばなかった。貴方を共に連れて行くことを良しとしなかった。……最後まで嘘つきな私を、どうか、許して……)」

 

「準備はできたわ。号令を」

 

転移の準備を終えた友人が、王に声をかける。その呼びかけに応えるため、彼女が口を開こうとして――。

 

「後悔してる?」

 

「――っ」

 

たった一言、友人の言葉が胸を貫いた。しかし、彼女は決して表情には出さず、毅然とした態度で答えた。

 

「冗談。ここまで来たのよ」

 

「…………」

 

「……してるに決まってるでしょ、今だって未練タラタラよ。あーあ、連れてくればよかったわ、彼。結局、名前も聞けてないし」

 

「そうね」

 

「でも、置手紙はちゃんと残してきたから、きっと彼は私の意図を理解してくれるはず。……えぇ、だから、私は彼のためにも、前を向いて歩くと決めたのよ。後悔も罪悪も、全部背負ってってやる。謝罪なんて、再会したその時にでもしてやるわ」

 

「……ふふっ。えぇ、そうね。けれど、彼のことだから『吸血鬼の事情だもんな、仕方ねえよ』って笑ってくれそうだけれど」

 

「フッ……えぇ、彼ならあり得そうね」

 

言いながら、王は一歩前に出る。一気に集まる視線を感じながら、再び口を開いた。

 

「聞けっ!我が同胞たちよ!!これより我らは新天地を目指し旅に出る!往くは異界の地なれど、我ら吸血鬼は屈することなど知らぬ。そこに住まう者らから奪い、手に入れる!我らの存在を示すため!!いざ、進撃!!」

 

――ウオオオォォォォォォッ!!――

 

紅魔の主の号令に合わせて、魔法陣が発動された。この日、紅魔館は世界から消えた。

 

 

紅魔館がかつて存在していた土地の前に、一人の男性が立っていた。彼は足元にナイフで固定された手紙を取ると、それを読み始める。しばらくしてすべてを読み終えたのか、手紙をたたんで小さく息を吐いた。

 

「……妖怪は、人間の畏れを無くして生きられず……か。やれやれ、せめてなんか一言くらいは欲しかったなぁ」

 

男性は力なく笑みを浮かべるが、すぐに自身の頬を強く叩くと精悍な顔つきになった。

 

「……わかったぜ、吸血鬼。お前がお前の生き方を決めたってんなら、俺も俺の生き方を探すぜ。

前に吸血鬼のやつ、自分より強い奴なんてごまんといるって言ってたな……なら、そのごまんといる連中を全部探して見るか。

……でもなぁ、吸血鬼以上のやつなんて、たぶん見つかる気がしないんだよなぁ……」

 

頭をポリポリと掻きながら、手紙を懐にしまった男性はその場を歩き去った。その後姿は、どこか寂然とした気配が漂っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

とある山奥で、一人の老人が座禅を組んでいた。老人は小さく息を吐くと、遠くを見つめ呟いた。

 

「……結局、吸血鬼以上のやつなんて、何処にもいなかった。力は確かに吸血鬼より上だが、そんな連中に限って致命的に誇りが欠けていた。奴らはただ生きるだけの獣だ、吸血鬼なんかと比べるなんぞ烏滸がましい。やっぱり、あいつは最高の妖怪だったってわけか……」

 

老人の脳裏に浮かぶのは、蝙蝠の翼を生やし、尊大な態度で威厳を放ち、しかして一度砕ければ気さくな友人となってくれた小さな少女。己がかつて求めてやまなかった、吸血鬼という妖怪だ。

 

「なぁ、吸血鬼。お前は一体、何処で何をしてるんだろうな。あぁ、いや……お前のことだ。例の新天地とやらで、悠々自適に暮らしているんだろうな……。

咲夜のやつ、結婚できたのかねぇ……。今頃あの子も、俺と同じばあ様か……そう思うと、何か遣る瀬ねえや。吸血鬼は変わってなさそうだな……あいつ、妖怪だし。あぁ、でも変わってたらそれはそれで怖いな。俺の中のあいつは、いつまでたっても小さな吸血鬼だからな……」

 

老人は、自身の胸に手を当てる。時間を追うごとに弱くなっていく己の心臓の鼓動をたしかに感じ取り、座禅を解いてゆっくりとその場で仰向けに転がった。

 

「なぁ、吸血鬼……死んだらお前に会えるかね?もしそうなら、俺としては好都合だ……。死んだ先で、今度こそ決着をつけてえなぁ……。なぁ……吸血鬼……」

 

老人はゆっくりと目を閉じ、その生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後、老人のすぐ真下の空間が突然裂けて、老人を丸々飲み込んでしまった。裂けた空間は何事もなかったかのように閉じると、後には何も残らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次で一応は一段落となります。
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