東方酔恋華~Girls In Love~   作:箱厨

4 / 7
気まぐれにこっちも投稿してみる。
いや、もう一つの方が急激に忙しくなってそっちにかかりっきりになっちゃって……


吸血鬼と人間

「(……ぐっ)」

 

日差しの眩しさに思わず顔を逸らしてしまう。人が心地よく眠っているというのに、直射日光は勘弁してほしかった。そうして寝返りをうったところで、ふと違和感を覚えた。

 

「(……ん?眩しい……?)」

 

息を引き取ったはずの己が、日差しの眩しさを感じ取ったことに疑問を抱き、ゆっくりと目を開けた。そこはどこかの森の中なのか、穏やかな木漏れ日が差し込んできていた。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

寝ぼけ眼を擦ろうと手を眼前に持ってきて――

 

「……なんじゃこりゃ!?」

 

思わず驚愕した。そこには、若々しい肌があったからだ。目に見える肌という肌を見まわすと、随分と若々しい体であることが分かった。

 

「(……死んだと思ったら、どこぞと知れぬ森の中で若返っている件)」

 

少なくとも、自分が死ぬ直前までいた山の中ではないのはわかった。空気が明らかに違うからだ。この森の中は、空気が澄んでいる。森の中にいるだけで、心地よさを感じるほどなのだからなおさらだ。

 

「……とりあえず、状況把握だな」

 

青年は目につく範囲内で一番背の高い木を見つけると、迷うことなく上っていった。ある程度視界が確保できたところで、周囲一帯を見渡す。すると、明らかに人が住んでいると思しき建物がいくつか散見された。

 

「あっちか」

 

木から飛び降りると、真っ直ぐにそちらへ走っていく。その足取りに、迷いも恐怖もなかった。

 

 

青年が走り出してしばらく。青年は人が住んでいる里に到着した。世界中を見て回った青年からすれば、何やら故郷に戻ってきたような錯覚さえした。それほどに、彼の生まれ故郷と生活環境が似ているのだ。

 

「へぇ……過疎地域かと思ったが、そうでもなさそうだな」

 

最高の友人がいなくなってから久しく、人間と接する機会がめっきりと減った青年にとって、これほど人間が住んでいる場所は実に久しぶりだった。おもわず里の中をきょろきょろうろうろと挙動不審になってしまったが、それも仕方のないことか。

 

「……んん?」

 

しかし、青年はすぐに違和感を覚えた。なぜなら、この里の中にある気を探ってみれば、明らかに人間以外のモノも混じっていたからだ。しかし、敵対している様子はない。むしろ共存しているとさえ言っていい。

 

「まるで楽園だねぇ」

 

かつての自分と最高の友人のような関係が、これほどの規模で築かれていることに感心した。それと同時に、どうして自分たちの周りでその関係が築けなかったのだろうと、悲しみの念にも駆られた。

感慨深く眺めていた青年だったが、そんな青年へと声をかける者がいた。

 

「失礼、そこのキミ」

 

「ん?」

 

振り返れば青のメッシュが入った銀髪に、靴を除けば青で統一された衣服を着た女性がいた。自分が声をかけられたことに気付いた青年はすぐに返事を返した。

 

「あぁ、どうも。何か御用で?」

 

「いや、この人里の中では見慣れない人間だったので、声を掛けさせてもらった。キミ、いったいどこから来たんだ?ついでに君は誰なんだ?」

 

女性の質問に対して、青年は特に苦に感じることなくスラスラと答えた。

 

「俺の名前か……俺の名前は『ダン・ハトバ』。ここが極東方面なら『鳩羽 断』になるのかな。吸血鬼に挑み続ける、ただの格闘家だよ」

 

「……なに、吸血鬼?」

 

「おっ、吸血鬼のことを知ってるのか?えぇっと……」

 

「あぁ、私の名前は『上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)』。この人里にある寺子屋で教師をしている者だ。キミの質問に答えるなら、イエス。この幻想郷に、吸血鬼は確かに存在する」

 

「……幻想郷?」

 

「幻想郷を知らない……やはり、君は外来人か」

 

「外来人?」

 

そこから青年……ダンは、慧音から幻想郷のこと、外来人のことを事細かく説明してもらった。

外の世界で存在を忘れられた者たちが行き着く最後の楽園、幻想郷。外来人とは、外の世界から幻想郷に迷い込んだ者たちの総称らしい。

 

「それで、吸血鬼のことか。その吸血鬼なら紅魔館という場所にいる。霧の湖のすぐ近くに立つ、真っ赤な館のことだ」

 

「ほおほお、なるほど……(赤い館か……吸血鬼の家と同じなんだな)」

 

「その紅魔館に、『レミリア・スカーレット』という吸血鬼がいるんだが……」

 

「『スカーレット』!?」

 

慧音の説明を遮るように、ダンが驚きの声を上げた。当然だろう、その吸血鬼の名は、かつて父を殺した吸血鬼が名乗っていた名前なのだから。

 

「その吸血鬼、『スカーレット』っていうのか!!」

 

「あ、あぁ。そうだが……何かあるのか?」

 

「……『スカーレット』は、俺の親父を殺した吸血鬼の名前だ」

 

「……っ!!君の父親を……」

 

「あぁ……だから、俺は絶対に『スカーレット』には勝たなきゃならねえ。勝って、親父に示さなきゃならねえんだ」

 

「そうか……(よもや、吸血鬼への復讐が目的とは……)」

 

「あぁ……(俺は親父より強いって、証明しないとな!)」

 

なんだかシリアスな話になっているが、両者の内心はこれだけの温度差があった。すれ違いって怖いね。

 

「……わかった、場所は説明してやる。ただし、無理はするなよ」

 

「無理なんてしてないさ。こう見えても俺、吸血鬼と何十年も戦い続けては負け続けて、いつか勝つことを目指しているからな!」

 

「そこまで本気で……!私は人間の味方だ。だから、君に協力する。ただし、君が死んでしまうことだけは許容できない。それをわかってくれ」

 

「……?はい」

 

それからダンは慧音から幻想郷の地図と紅魔館への道のりを教えてもらい、見送りまでしてもらった。慧音は終始、ダンを心配していたようだったが、ダンからすればそこまで心配される覚えがないので首を傾げてばかりだった。

 

 

さて、人里を発ったダンは迷うことなく紅魔館へとたどり着いた。道中、妖怪やら妖精やらいろいろといたのだが、ダンはその存在を探ってうまい具合に接触を回避していた。吸血鬼との対決を前に、無駄な体力を消耗するわけにはいかないからだ。そうして、紅魔館まで辿り着いたダンだが、ますます首を傾げることになった。

 

「(……なぁんか、吸血鬼の家にそっくりだなぁ……)」

 

自身が外の世界で友人兼好敵手となった吸血鬼の家に、紅魔館がよく似ていたからだ。少し疑問を抱いたが、気にすることなく歩を進めた。紅魔館の入り口には、中華風の衣装を身に纏った女性がいる。彼女は何やら気持ちよさげに昼寝をしているようだが、ダンが近づいた直後――

 

「……む!?」

 

目覚めるや否やダンを視界に捉え、構えを取っていた。ダンも条件反射で構えを取ったが、お互いに何をするでもなく睨み合う。

 

「(この人……強いな。あぁ、吸血鬼ほどではないにせよ強い。まるで隙が見られない)」

 

「(な、何なんですかこの人間……。これほど精練された、清涼な気は初めてです……思わず飛び起きちゃったじゃないですか!)」

 

互いに実力を感じ取り、それ故に動けないでいた。しかし、先に口を開いたのは女性の方だった。

 

「……えっと、どちら様ですか?」

 

「どちら様って言われても……俺はただ、吸血鬼に挑みに来ただけなんだが」

 

「……っ!!お嬢様に、挑みに……?」

 

「おうっ!ここに『スカーレット』って名前の吸血鬼がいるって聞いたんだ。俺の親父を殺した吸血鬼と同じ名前の吸血鬼……そいつに勝つことが、俺の目的だ!!」

 

「……なるほど(復讐目的ですか……しかし、それではここまで清らかな気を持つことと矛盾する……何者ですかね?)」

 

女性はダンの目的と、ダンが身に纏う気の性質に矛盾を覚え、疑念の目を向けた。しかし、ダンは快活な笑みを浮かべたままで、気に乱れが生じたわけではない。

 

「……お嬢様を打倒するというのであれば、この私がお相手します。私の名前は『(ほん) 美鈴(めいりん)』。この紅魔館の門番です」

 

「も、門番?あっ、あー……なるほど、つまり倒さなきゃ先に進めないとかいう……」

 

「その通り!私程度に勝てないようでは、お嬢様への御目通りなど夢のまた夢。さぁ、如何なさいますか?」

 

「へっ、イカもタコもねぇよ!俺は『スカーレット』に勝たなきゃならねえんだ!そこを通してもらうぜ!!」

 

「いいでしょう、お相手します!!」

 

ダンが突っ込み、美鈴がそれを迎撃する。拳を拳で打ち落とし、蹴りを蹴りで逸らし、防ぎ、捌き、両者は互角の戦いを繰り広げた。

 

「(すげぇ!美鈴って言ったけか、コイツは体術なら吸血鬼以上だ!!くっそう、もっと早くに出会えてりゃ、いい鍛錬の相手になれたのにな!!)」

 

「(そんなっ……私が体術で人間を倒しきれないなんて……!?)」

 

しかし、精神的に言えばダンが一歩上を行った。現状、押しているのは確かに美鈴だ。美鈴は中国拳法をはじめとした"体術"という縛りにおいては幻想郷内でも上位に食い込む実力者の妖怪だ。弾幕勝負が主流である幻想郷では日の目を浴びづらいものの、その実力は博麗の巫女ですら舌を巻く。その美鈴が、己の土俵で人間を打倒しきれない。その事実が、美鈴を混乱させていた。そして、その混乱は致命的な隙を晒すこととなる。

 

「くっ……!」

 

迫り来る拳を避け、反撃を打つ。美鈴が打ち出した反撃の拳を、ダンは額で受け止めた。妖怪が放った全力の殴打を、頭部で受け止めたのだ。

 

「バカなっ!?」

 

「オオオォォッ!!」

 

それでもダンはひるむことなく、拳を打ち出した。人間がとる行動としてはあまりにも無謀且つ予想外な行動に驚愕した美鈴は、一瞬だけ行動が遅れた。その一瞬が、勝負を分けた。ダンが放った拳は美鈴の顎を捉え、真下から思い切り打ちあげた。

 

「がっ……!」

 

打ち上げられた美鈴は無抵抗のまま宙を舞い、やがて地に伏した。己の領分で人間に敗北した事実が受け入れられないのか、脳が揺れる中で呆然としていた。

以前にも、人間に負けたことがあった。だが、それは体術の他に弾幕を織り交ぜた変則的な弾幕勝負であって、純粋な体術勝負ではなかった。己の得意分野にして取り柄である体術のみで、人間に負けた。

 

「負けた……私、負けた……?」

 

「おう、俺の勝ちだな。じゃあ、先に行かせてもらうからな、約束だし」

 

「うっ、くぅ……お嬢様、申し訳ございません……」

 

「あっ、ちょっと。せめて道を教えて……ダメだ、気絶してる……」

 

しょうがないなぁ、なんて言いながらダンは美鈴を介抱すると門のすぐ横の壁に寄りかからせ、自身は門をくぐっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お嬢様、侵入者のようです」

 

「へぇ、侵入者……白黒ではなくて?」

 

「違うようです。……美鈴が勝負を挑み、敗北したようです。それも、あの子の得意分野である体術で」

 

「美鈴が、体術で負けた……!?相手は?」

 

「人間です」

 

「美鈴が人間に体術で……ククッ、どうやら歯ごたえのある奴のようね。咲夜、あなたちょっと行ってきなさい。その人間が私に挑む資格があるか否か、あなたの目で判断してちょうだい」

 

「はっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館に入ったダンだが、早速迷子になっていた。

 

「(あれ~、おかしいな……この館、見た目以上に中がだだっ広いんだけど……?)」

 

自分が知っている吸血鬼の家に似ていたので、内部構造も一緒だろうと意気揚々と乗り込んだはいいものの、蓋を開けてみると内部は外から見た印象よりもかなり複雑かつ広いようで、普通に迷ってしまったのである。

やがて、広い部屋に出てきたのだが、ここも外れのようだった。

 

「……ここでもないか。むむむ……吸血鬼め、いったいどこに……っ!?」

 

ダンが咄嗟に殺気を感じて拳を振ると、拳はナイフを打ち落とした。そのナイフが、かつて吸血鬼から送られた手紙と共に在ったナイフと同じ形をしていたことに驚いた。

 

「これは……?」

 

「アレに反応できるとは……どうやらただの人間ではないようですね」

 

背後から聞こえた声に振り返り、そして固まった。

 

「(なっ、あの子は……!?)」

 

「(えっ、この人は……!?)」

 

そして、ダンと全く同じ反応を、振り返った先にいた少女もしていた。ボブカットの銀髪にもみあげ辺りから三つ編みを結っている。また髪の先に緑色のリボンを付けているメイドだった。青い瞳は、かつてダンが見たことのある少女と同じだった。

 

「(まさか、十六夜咲夜?いやいや、彼女が吸血鬼と一緒にいなくなって七十年は経ってるぞ)」

 

「(まさか、この方はお嬢様の……?いえ、それではこうも若々しい姿でいることはおかしい。少なくとも、外の世界ではかなりの年数が過ぎたと聞いていますし……)」

 

「(……ということは)」

 

「(……ということは)」

 

「(咲夜の孫か!)」

 

「(あの方のお孫さん、という事でしょうか)」

 

相手の様子を観察しつつ、互いに結論を出す両者。言っておくと、二人とも違う上にお互いにご本人同士である。

 

「……すまない。キミの姿が、昔に見た人によく似ていたもので」

 

「え……。え、えぇ……こちらこそ。貴方はどこか、私の知る人を想起させる……そんな気がするのです」

 

「奇遇だな……俺の名前はダン・ハトバだ」

 

「私は十六夜咲夜と申します」

 

「咲夜か……いい名前だな(名前まで一緒なのか……不思議な縁があるもんだ……)」

 

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 

優雅に一礼をする咲夜の姿に、ますますかつて拾った少女を思い出させた。

 

「さて、ダン様といたしましては、この館の主であるレミリアお嬢様に挑み、勝利することが目的とお伺いしましたが、如何で?」

 

「あぁ、その通りだ。父を殺した『スカーレット』に勝つ。それが、俺が親父にしてやれる唯一の親孝行だ。そのためにも、そこを通してほしい」

 

「それには及びません。貴方には、ここで果てていただきます。お嬢様の命を狙う輩は、この十六夜咲夜が排除します」

 

「……え、命?ちょっとまって、俺は別に吸血鬼を殺そうだなんて……」

 

「問答無用!」

 

「あっぶな!?」

 

いきなりナイフを投げつけられたが、ダンは間一髪で回避した。続けざまにナイフが放たれるが、ダンはそれを的確に打ち落としていった。

 

「おいっ!ちょっと話を聞いてくれって!!俺は別に吸血鬼を殺す気なんて……」

 

「亡き御父上の復讐、さぞ強い覚悟を持って臨まれたのでしょう。ですが、挑んだ相手が悪かった、と言わせていただきます。貴方ごとき、この私で十分です!」

 

「……俺は、吸血鬼以外に負けるつもりはねえし、負けねえって約束した」

 

ダンが精神を集中させ、咲夜に向き直った。その目つきは、直前までのものとは明らかに違う。咲夜は無意識に気圧されていた。

 

「来い、咲夜。……相手をしてやる(・・・・・・・)

 

「減らず口を……」

 

次の瞬間、咲夜の姿が消えた。それと同時に、四方八方からナイフが大量に迫り来る。しかし、ダンはナイフの群れを拳や足で迎撃する。フェイントはすべて無視して、直撃するものだけを的確に打ち落としていった。

手が休まることなく次々と迫り来るナイフの群れだが、ダンは掠ったり当たらないものを徹底的に無視して迎撃を続けた。

そのことで驚いたのは、咲夜だ。咲夜が持つ能力、『時間を操る程度の能力』は時を止めるという半ば反則染みた能力だ。その能力を十全に発揮し、咲夜はナイフをダンに向けて投擲している。ダンからすればいきなりナイフが現れたように見えているにもかかわらず、先ほどからナイフを拳や蹴りで打ち落とし続けているのだ。言い知れぬ恐怖が咲夜にまとわりつき始めたころ、ダンはぼそりと呟いた。

 

「……なるほど、大体わかった」

 

「……っ!?」

 

次の瞬間、ダンが拳で迎撃したナイフが咲夜に向かってきた。咲夜は咄嗟に時間を止めてナイフを回収するが、その時に気が付いた。ダンが、咲夜がいる方向に視線を向けていたのだ。

 

「まさか……!?」

 

"大体わかった"。ダンはそう言っていた。つまり、完全に初見であるはずのダンに、咲夜の能力がバレたという事になる。その衝撃に、能力の維持すら忘れてしまっていた。

 

「(私が時間を操れるという事に、気づいたというの!?)」

 

咲夜がナイフを投げる手を止めてしまったことで、現在投擲されたナイフはすべて打ち落とされてしまった。攻勢が止まったことで一度呼吸を整えたダンは、迷わずに背後……咲夜の方へと振り返った。

 

「……?どした、大丈夫か?」

 

「……貴方は、私がどのような能力を使うのか、御存じなのですか?」

 

「ご存知も何も、さっき気付いたんだ。瞬間移動にしては、気の移動による軌跡がまるで辿れない。点から点への移動……気の軌跡からして、瞬間移動はありえない。それこそ、点から点の間は時間が止まっているか、あるいは空間が存在していないかのよう……。つまり、君は空間ないし時間を操る能力を持っているんじゃないかってのが俺の見解なんだが……」

 

「ご明察、お見事です。私は確かに、『時間を操る程度の能力』を持っています。そのことに気が付いたという事は……」

 

「あぁ……今後は、それを踏まえた動きをすることだってできる。相手が倍速で動くなら、それを踏まえて動けばいいのと同じだな。まぁ、時間を止めるとなれば後手に回らざるを得ないわけだが、勝てないわけじゃない」

 

そう言いつつ構えるダン。言い方からしてダン自身も余裕があるわけではないが、苦労するほどではない、といったところか。そんなダンを前に、咲夜はますます舌を巻く。

 

「(強い。この人は、間違いなく強い。なるほど、美鈴を体術縛りで倒してしまえるわけだわ。……そういえばあの人も、こんな風だった)」

 

咲夜の脳裏によみがえったのは、棄児として死ぬばかりだった自身を拾い、さらに主人と共に名前まで与えてくれた命の恩人の姿だった。

 

「(幼い頃、陰からこっそり見ていたお嬢様との戦いは、あまりにも一方的だった。けど、そこで終わるあの人ではなかった。あの人の辞書には、"諦める"という言葉がないかのよう……。例え蜘蛛の糸の如き細く小さな可能性であろうと、あの人は必ずつかみ取る……。だから、私の能力のことも気が付いた。あの人の魂を受け継いでいるであろう、この人ならば……)」

 

「さて、続きと行こうか。まだいろいろ、隠し玉があるんだろ?」

 

「……いえ。それには及びませんわ、ダン様」

 

「……え?」

 

咲夜はナイフをしまうと、優雅に一礼をする。

 

「私はお嬢様より、"侵入者が紅魔の主へ挑むに値するか否か"を測るよう申し付けられております。そして貴方様の実力は、お嬢様に挑むに値するものと判断いたしました。どうぞ、こちらへ。お嬢様の下へご案内いたします」

 

「へっ……?あ、あぁ……そりゃ、どうも……」

 

「(ふふっ。戦い以外ではどこか抜けた方……あの方そっくりですわ)」

 

唐突に勝負が終わってしまったことで不完全燃焼な思いで拳を下ろすダンを、咲夜は過去を懐かしむように見つめた。やがて咲夜の案内の下、ダンはひときわ大きい扉の前へと連れてこられた。

 

「こちらです。この扉の向こうにて、レミリアお嬢様がお待ちです」

 

「あぁ。案内ありがとうな、咲夜」

 

「礼には及びませんわ。どうか、健闘を祈ります」

 

「おうっ!」

 

ぐっとガッツポーズを作り、ダンは扉に手をかけた。勢いよく開き、部屋の中へと入っていく。

部屋の一番奥、階段を上がった先にある玉座に人型の影がある。その影は背に翼を背負っており、明らかに人外であることを示していた。部屋が暗いのも、館の主の嗜好だろうか。ダンは暢気に「吸血鬼は好きそうだな」と考えていた。

 

「クックック……よく来たな、人間」

 

「……っ!!」

 

玉座から声が届き、座っていた館の主が立ち上がる。そこから放たれた妖気に、ダンは恐れることなく拳を構えた。

 

「私こそが、この紅魔館の主……レミリア・スカーレットである。我が門番、我が従者を打倒した貴様は、この紅魔の王に挑むに値する者と心得るが、如何か?」

 

「……いかにも。俺はお前を倒すためにここまで来た。それ以外に目的も、意義も、何もない。吸血鬼・スカーレット……俺と、勝負しろ」

 

「フッ……いいだろう。ならば、とくと拝謁するがいい。瞼は閉じるな、瞬きをするな。我が尊顔を拝し、そして恐れよ。これより貴様が挑むは、地獄において他にないと!」

 

その言葉を受けたダンは、ますます拳を固く握った。いよいよ、吸血鬼との対面である。……しかし、それ以前からこの二人、心内に奇妙な違和感を覚えていた。

 

「(あれ~?なんか、今の声って俺の知ってるあの吸血鬼じゃなかったか?いやいや、数十年も経てば流石に成長しているだろうよ)」

 

「(ん……?さっきの声、ひょっとして人間?いや、まさか……だって、こっちに来てから外の世界は四、五倍は時間が経ってるっていうし、それならこんな若いわけ……)」

 

心の疑問を払しょくできぬまま、部屋が明かりで満たされる。そして、お互いの顔を認識しあったところで

 

「あーーーーーーー!?」

 

「えーーーーーーー!?」

 

同時に声を上げた。驚愕の余り、先ほどまでのシリアスなやり取りなど彼方に吹っ飛び、お互いに指をさし合うほどだった。

 

「に、人間!?え、嘘、やだ!なんでここにいるのよ!?(ま、待って。お願い待って。急に動悸が、緊張が……あ、あー!心の準備できてないんだけどー!?)」

 

「きゅ、吸血鬼!?え、は?どういうことだ!?(吸血鬼の家が紅魔館って名前で、紅魔館の主の名前はスカーレットで、そのスカーレットが吸血鬼で……え、えぇ……?)」

 

「い、いやいやいや!その前に人間!あなた、その……えっと、どうやってここに?」

 

「ど、どうやってって……。結局、吸血鬼よりもいい妖怪なんてどこにもいないし、老衰でそのまま死んだと俺も思ってたんだけど……。気づいたら、なんか幻想郷にいて、それで紅魔館にスカーレットがいるって聞いて来たんだけど……。あぁ、いや。まさか吸血鬼がスカーレットだったとは、いやはや……世間は狭いなぁ……」

 

「そ、そう。そうなのね。えぇ、わかったわ(そりゃあ、自己紹介なんてしないまま別れたもんねー!そりゃそうなるわよねー!)」

 

お互いに混乱の絶頂に達し、もはやお互いに何を言いたいのかまとまらぬまま会話をしている。しばらくしてようやく混乱が落ち着いたのか、かえって無言になってしまったが。

 

「……吸血鬼」

 

「……っ」

 

ダンが呼べば、レミリアは肩を震わせた。レミリアにとってダンは、自身が約束を違えた好敵手にして親友。黙って姿を消したことを、レミリアは今も後悔していたのだ。もしも再会することがあれば、弾劾されても文句は言えない。少なくとも、どんな言葉を投げかけられたとしても、甘んじて受け入れるつもりだった。

 

「どこ行ったかと思ったら、幻想郷にいたんだな」

 

「……えぇ」

 

「……手紙、読んだよ」

 

「うん……」

 

「俺、人間以外の種族のことは全く分からねぇ。けど、吸血鬼の手紙を読んで、吸血鬼って種族が大変なことになってるってのは、漠然とだが理解した。そのために新天地を目指す必要があって、俺の前から姿を消したことも。……人間である俺を、吸血鬼と共に連れてはいけないという事も」

 

「…………」

 

「正直、めちゃくちゃ混乱した。"なんで"とか、"どうして"とか、色々と思うところはあった。でも、吸血鬼は吸血鬼なりに、悩みに悩んで決めたことなんだよな」

 

「……別に、悩んでなんかいないわ。必要なことであった以上、そこに迷いは……」

 

「なんだ、気づかなかったか?手紙の最後の方……書痙が表れてたぜ。それに、何度も何度も書き直しただろ?消した後が凄くて、読みにくかった」

 

「――――」

 

言葉を失う、とはこのことか。レミリアはそう感じていた。レミリア自身は全く気付いていなかった。多少、文字が汚くなったかもしれないとは思っていたが、よもやそこまでとは思わなかったのだ。あの時、レミリアが抱いていた不安は、文字にまで表れるほどだったとは。

 

「苦しかったと思う。辛かったと思う。俺も、なんで相談してくれなかったのかって、すっげぇ悩んだし、困った。吸血鬼が困ってるなら、俺だって力に……」

 

「簡単に言わないでっ!!」

 

限界だった。糾弾され、非難され、軽蔑されるならまだよかった。だが、レミリアの予想……否、願いに反してダンはどこまでも優しかった。その優しさが、レミリアには辛かったのだ。

 

「貴方にはわからないっ!同族が減っていく苦しみ、憎しみ、怒り!何より、私たちの居場所が失われていく悲しみに、恐怖が!どうして貴方に分かるというの!?私にはそれが分からない!どうしてそんな無責任なことを言うのよ!!いっそ罵ってよ!いっそ蔑んでよ!!どうして……どうして、優しくするのよぉ……」

 

「吸血鬼……」

 

ポロポロと涙を流しながら、レミリアはダンに訴えた。その悲壮な思いに、ダンも悲し気に目を伏せた。しかし、それも数瞬のことで、すぐに顔を上げていた。

 

「……あぁ、そうだな。確かに、さっきのは無責任が過ぎたかもしれない。あの日、手紙を読むまで吸血鬼の苦しみも悲しみも、何もわからなかった。……あるいは、吸血鬼にはそんな悩みなんて無縁だ、だなんて……勝手に思い込んでいたのかもな」

 

「人間……」

 

「俺、忘れてたよ。吸血鬼だって、俺達と同じ生きてる存在なんだって。……ホント、どうして忘れてたのかねぇ……。これで吸血鬼と親友だとか、よく名乗れたもんだよ本当にな」

 

「ち、違うっ……私は……!」

 

「けど……けどなぁッ!!」

 

ダンは声を張り上げ、レミリアに真っ直ぐな目を向けた。それは、昔と変わらない、レミリアに挑み続けていた頃と全く同じ目だった。

 

「俺は吸血鬼のことを全部わからないかもしれないし、わかっていないかもしれない。それでもっ!俺の知ってる吸血鬼は!傲岸不遜な支配者で、かと思えば公明正大な人格者!強くて、恐ろしくて、優しくて、意地悪で、自信家で、おっちょこちょいで、物知りで、紅茶が好きで、卑怯が嫌いで、友達少なくて、かっこよくて、可愛くて……俺が、俺がどこまでも憧れて、その背中に追い付きたくて……追い付きたくて追い付きたくて、何時か隣に立ちたいと憧れて止まなかった、最高に素敵な吸血鬼だ!!」

 

「へぇ!?」

 

「ようするに何が言いたいかと言うとだな!俺の知ってる吸血鬼は、俺にとってかけがえのない大切な人なんだ!そんなお前が!俺は大好きだぁーっ!!」

 

「ふええぇぇぇぇっ!?」

 

ダンの口から紡がれた言葉は、聞きようによっては……というか、どう聞いてもプロポーズでしかなかった。まったく恥じる様子もなく告げられた言葉に、反対にレミリアは顔を真っ赤にした。多少は気のある異性に堂々と「大好きだ」と告げられては、「彼氏いない歴=年齢(笑)」なレミリアに耐えられるはずがなかった。間に入っていた悪口(?)は全く聞こえていない。

 

「だから……だから、吸血鬼!」

 

「は、はいっ……」

 

「俺と……俺と……!」

 

「うん……!」

 

「勝負しろぉー!」

 

「……ってなんでそうなるのよぉーっ!!」

 

「ぶはぁっ!?」

 

そして、告げられた最後の言葉にもはや条件反射のレベルでレミリアは槍を放った。放たれた槍はダンの顔面に直撃したが、一応は手加減をしていたのか貫通することはなかった。一方で槍を受けたダンは仰向けに倒れるとそのまま目を回していた。

 

「はぁ……はぁ……!まったく!この……バカ人間はっ」

 

少しだけ落ち着いたレミリアが、気を失ったダンの下へと歩み寄る。しばらく不機嫌な表情を見せていたが、それもすぐにふわっとした微笑みに変わっていった。

 

「本当に……何も変わっていないのね、貴方は」

 

その声色には、慈愛が込められていた。ダンの頭をそっと持ち上げると、その下に自身の膝を滑り込ませる。俗に、膝枕と言われるものだ。

 

「……あぁ。逢いたかったわ、人間」

 

万感の思いが込められた呟きは、頬に落とされた口づけと共に送られた。

 

 

 

 




一先ず、これでレミリア編は一旦終わりですかね。
こんな感じで出会い→馴れ初め→別れ→再会の四部作になると思います。
後日談は……まあ、時間ができたらということで。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。