いやぁ、忙しいったらないったら
私と先輩
先輩。
「おーい、東風谷~」
先輩。
「よっ、東風谷。暇か?」
先輩。
「東風谷、茶をしばこうぜ」
……先輩。
「東風谷」
会いたいです、先輩……。
X年前・外の世界
「お前さ、神様が見えるんだって?」
その人は突然、私の前に現れてはこう言った。小さな頃はよく自慢していたこと。
私、東風谷早苗は神様が見える。幼心にそれを自慢しまわっていた私だったけど、私以外の人には神様が見えていなかったので、必然的に私の方がおかしいという扱いを受けるようになっていた。高校に進学してもそう。小学校からの付き合いだった生徒が何人かいて、その人たちが私のことを噂として広めているのだ。
「神様が見えるとかいう頭のおかしい女がいる」と。
私は、私が自慢に思っていたことでいじめにあっていた。彼らは私をいじめるたびに、口々に囃し立てるのだ……「神頼みしてみろ」と。私の大好きな神様……八坂神奈子さまと洩矢諏訪子さまのお二方にご迷惑をおかけしたくない。そんな意地を張って、私は頑としていじめに立ち向かっていた。
けれど、そろそろ精神的に限界を感じ始めていた……そんな時、その人は現れた。ぼさぼさの髪は汚い、というよりも、単に寝癖を直していないだけのような短い黒髪。黒縁メガネをかけた目元は若干だけど隈ができていて、眉間に皺を寄せているせいか人相の悪い人のように見える。制服のネクタイの色からして上級生……一つ上の学年だ。
どうしよう……この先輩も、私の噂を聞いて来たのかしら……。
「えっ……と……はい、見えます……」
「どんな姿をしている?教えろ、模写する」
「な、何でですか……?」
「俺が知りたいからに決まっているだろう。さあ教えろ、さあさあさあ……!!」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
結局、その先輩に神奈子さまと諏訪子さまの簡単な容姿を教えてしまいました。先輩はふんふんと頷くと「わかった」と一言だけ告げて去って行ってしまいました。
その翌日のことです。
「ほれ」
「わぁ……!」
その先輩が再び現れると、クリアファイルを差し出してきました。その中には昨日、たしかに伝えた内容がしっかりと押さえられ、そっくりに描かれたお二人の肖像画がありました。
「そっくりです!!」
「そぉかそぉか、そりゃ何よりだ」
「本当にそっくり……どうしてこんなそっくりに描けるんですか?私、口頭でしか伝えていなかったのに……」
「俺ぁ将来は考古学者になるつもりでな。予定している専攻は日本神話だ。この高校の図書館に置いてある日本神話の本はあらかた読んだが、どれもこれも似たり寄ったりでつまらんくてねぇ。
どうしたもんかと考えてたら、"神様が見える"なんて言う新入生が入学したっていうじゃあねえかよ。日本神話専門の考古学者を目指す俺としては、ぜひとも取材しねえとなと思ったわけよ」
「な、なるほど……」
自分の夢の為に……それにしても、日本神話の考古学者、かぁ。神奈子さまも諏訪子さまも日本神話の出身だって言ってたし、この先輩は私のことを否定しない、の、かな……?
「……でも、私の妄想って可能性もありますよ。あるいは、嘘だとか」
「んなわきゃあねぇだろ」
「え」
そ、速攻で否定されちゃいました。
「『神様が見える』って言って、それを否定されたやつが心底悲しそうで寂しそうな顔してるのに、それが嘘なわけねえだろ。お前、今それ自分で言ってて悲しくねえのか?」
「……!!」
それは、まるで私の心を見透かしたような言葉だった。この先輩にまで否定されるのが怖くて、つい「嘘」だとか「妄想」だとか言ってしまったけど、先輩はすぐにそれを看破して私を論破した。
実際、私には本当に見える神奈子さまや諏訪子さまを「いないもの」として扱うのは、私自身ものすごく苦しくて、悲しい。けど、先輩は私の言うことの全てを信じてくれている。それが、もう……凄く嬉しくて、嬉しくて……!
「……うっ、うぅ……ぐすっ、ひくっ……」
「え"!?ちょ、待て、泣くな泣くな!あぁ、畜生!いったい急にどうしたんだよ!」
余りにも嬉しくて泣きだしてしまって、先輩を盛大に困らせてしまった。反省。
結局、その勢いのまま先輩を我が家である『守矢神社』へ案内してしまった。初めて会ったばかりの男性を家に招くなんて……うぅ、私ったら迂闊だなぁ……。
「ふぅん……ここが東風谷の家か。神社がそのまま実家なんだな」
「あ、はい。一応、地元では唯一の神社ということで、人は来るには来るんですが……ほとんどがご老体の方ばかりで、若者は少なく……」
「ふむ……信仰が失われつつあるってか。まぁ、時代の流れというやつだ。かつては神に祈り、頼み、縋っていた時代も今や終わり……人のみの力で問題解決が容易となった今の時代、人間は目に映るものを殊更信じるようになった。……目に見えぬものを、"非科学的だ"と否定して」
「先輩……」
「そんな昨今だ……むしろ東風谷の実家のような神社は、とても貴重だ。特に俺からすれば、大事な大事な研究資料も同然。お前との出会い、大切にさせてもらうぜ」
「……ふふっ、なんですかそれ」
思わず笑ってしまったけれど、先輩も釣られたように笑みを浮かべていた。
先輩は鳥居を軽く一礼してからくぐると、最初に手水舎まで来た。右手で柄杓を持って水をすくい左手を清めると、そのまま手を持ち替えて次に右手を清めた。もう一度右手に持ち替えると左手に柄杓の水を受けて口に含み、漱いだあとに吐き出した。そして、口をつけた左手をもう一度清めると、両手で柄杓を垂直に立てて、中に残った水で柄を清めてから下の場所に戻した。……え、手水の作法、完璧なんですけど!?
次にお賽銭箱の前まで来ると、お賽銭に五円玉を入れてくれた。それから腰から90度上体を折り、両手は脚の前面(膝下くらい)に添えるお辞儀をした。二礼二拍手一礼……か、完璧な礼だ!考古学者を目指してるって聞いたときに内心疑ってごめんなさい!
「今朝、学校で渡した絵はくれてやる。何枚も模写したやつの一枚に過ぎねえからよ」
「あ、ありがとうございます」
「今後ともよろしくな」
「あ、はい。今後とも……え、今後とも!?」
今後とも、って……まだ来るつもりなんですか!?
「は?たりめぇだろーがよ。あんな模写一枚で、この神社の神様のことなんてわかるわきゃねえよ。神様が見えるっていうお前がいるのに、模写して満足するわけねーだろうが。お前から根掘り葉掘り、八坂様と洩矢様のことを聞くに決まってんだろ。
……ただ、今日はもう遅いからな。あまり部外者が夜遅くまで居座って、お二方の気を煩わせるわけには行かん」
「わかるんですか?」
「……姿は見えないが、視線は感じるんだ。誰かに見られているっていう感覚。普遍な連中は霊だのなんだのと騒ぐんだろうが……お前から神様の話を聞かされてるってのに、幽霊なんて言うわきゃねーよ。さしずめ、こんな夜遅くまで男と二人きりでいる愛娘に、悪い虫がついていないか見守る御両親、ってところか」
「も、もうっ!先輩ったら何を言って……あ、ちょっ!ち、違いますよ諏訪子さま!そんなんじゃないですってば!!」
先輩がおかしなことを言い出したから否定しようとしたら、その向こうで諏訪子さまがニヤニヤしながらこちらを見ていた。慌てて否定するも、「頑張ってね~」なんて言いながらヒラヒラと手を振って歩いていく諏訪子さま……うぅ、完全に誤解されてるぅ……。
「……もしかして、俺の後ろに洩矢様がいたのか?」
「え……あ、はい。先輩、その……」
「安心してください洩矢様!お宅の東風谷さんには指一本触れるつもりはないので!!」
「先輩まで何言ってるんですか!?」
先輩はすごい勢いで回れ右をすると、そちらに向かって大声で叫び始めた!私が驚きでツッコミを入れていると、振り返った先輩はニシシ、と笑ってみせた。……くそぅ、なんだか今日の私、振り回されっぱなしだ……。
「改めてよろしくな、東風谷」
「……こちらこそ、先輩」
これが私、東風谷早苗と、私が大好きな先輩、『
早苗の\(*`・∀・´*)/ターン!