巻き起こせ、変態勇者の砂嵐   作:フォトンうさぎ

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ジュニア級編:旅人が夢見た道
4月前半:変態と変態とお爺ちゃん


「えへへへへ、うへへのうへへ、あへへへへ」

 

「今日もデジたん、可愛いお顔……」

 

 2匹の変態が茂みの中にじっと身を潜めていた。一人は、度が低い双眼鏡を覗きながら口の端からじゅるりと(よだれ)を垂らすウマ娘。

 もう一人は、同じように双眼鏡を持ってそのウマ娘を隣で見ている人間の男性。

 

 二人の言葉は俳句っぽく繋がっている……ような息の合い方だった。

 

 デジたんと呼ばれた淡い桃色のホーステールな髪型をしたウマ娘は、茂みの外を双眼鏡で覗き込んだまま男の双眼鏡をそっと手で押し返す。

 

「ちょっとぉ……! あたしじゃなくて、寮の入り口を見てなきゃ駄目ですってトレーナーさぁん……! せっかくの入学式の朝ですよ?」

 

「いや、まだ早朝の5時だからね? この日にトレーニングに行く子なんてそうそういないって。それまでデジたんを至近距離で……! あぁ、朝露の茂みの中にひっそりと潜むデジたん……!」

 

「ダァーメッ! イエスッウマ娘ちゃん、ノーッデジたんッですっ! 入学式にワクワクして眠れなかったウマ娘ちゃんが飛び出すかもしれません、まだ見ぬ強敵(ライバル)の存在にいてもたってもいられずトレーニングに行く子がいるかもしれません、パジャマ姿のまま寝ぼけてうっかり外に出てしまう子がいるかもしれません……! そんな姿を想像しただけで……ッ! ぬー……ッ、フゥー……ッ!」

 

 ウマ娘。ウマという存在の名と魂を受け継いで生まれてくる存在。

 彼女達は人間の女性と似たような外見を持ち、頭長辺りに特徴的な耳を持ち、ウマというものと同じくらいのスピードでターフやダートを駆け抜ける存在である。

 

 そして、デジたん。本名アグネスデジタルというウマ娘は、ウマ娘という存在が大大だ~い好きな変わり者であった。大好き過ぎて崇拝のレベルにまで達しているド変態であった。

 

 ちなみに本日日付でとある学園に入学するぴっかぴかの高校1年生である。

 服装は茂みに隠れて見えないが、一応ジャージ。頭頂の耳の間に存在する大きなリボンが特徴的。

 

 デジたんの右隣りで茂みの中に潜んでいる青年男性。名を、広場真土(ひろばまど)

 ウマ娘達を育成する学園、日本ウマ娘トレーニングセンター学園(通称:トレセン学園)に新しく所属することになった新人トレーナーである。

 

 服装はデジたんと同じように見えないが、一応黒スーツ。厳しい試験を一人のウマ娘(デジたん)への愛で若き年齢で潜り抜けた、トレーナーの中でも変わり者のエリートである。体格は細めで土のような茶髪。

 

「それにですね? あたしは尊い物語を育むウマ娘ちゃん達と同じように走るかは決めてないですからね? あたしなんかが汚しちゃいけないんですよ。あっそうだっ、入学式前の美味しい空気を大きく吸い込んでおきましょう。スゥー…………ッ!」

 

「でもデジたんは俺を信じて来たんだろ? くもーぜぇー、デジた~ん。デジたんの尊さをトレセン学園にっ、いや、日本中に世界中に宇宙に広めるべきなんだからさぁー」

 

「ごふっがふっ!? だ~めなんですって! あたしが尊いわけないんですって! 同じようにウマ娘を語る同志ですが、あたしを見る時だけ色眼鏡かけるんですから、困るなァーもォー…………。アッ、動いたっ!? 玄関のッ、キラキラと透き通るガラス張りの扉が、開いたッ!? どんなシンデレラちゃんが現れちゃうんでひゅか……!」

 

「マ?」

 

「マ!」

 

 デジタルが覗き込む視線の先。朝日にきらめくガラス張りの寮の扉を開けて、2人のうら若きウマ娘が姿を現した。

 2人ともジャージ姿であり、靴紐がきちんと結ばれたかを確認した後、軽く準備運動をしてから軽いジョギングを開始した。

 

 その姿を双眼鏡で追う二人。片方はハァハァ(*´Д`)と息を荒げながら。もう片方は興味深そうに。

 

「ぅひょぉぉぉぉぉ……ッ! 淡い光に包まれる新しき季節の始まりの中で、育つのは前年から繋がれし一つの友情……。いただきますッ、尊さもぐもぐ美味しいッ、ごちそうさまですッ。今のお姿をどう思いますか真土トレーナーさぁん」

 

「デジたんの荒い息遣いを間近に感じ、ちょっとぼっ――」

 

「セクハラですよ? 通報しますよ? 一緒に警察行く? あたしウマ娘用の弁護士しか雇いませんよ? トレーナーライセンスはく奪ですよ?」

 

「っと、ジョークは置いといて。――今の慣れた外出方法と走り方を見るに、1年以上はここにいるクラシック級の生徒と見ていい。寮の周辺をぐるって回ってくるコースだと思う。学園の方へ真っすぐ駆けていかなかったし。細い脚への筋肉の付き方からして、中距離と長距離適性がありと見た」

 

「あたしの思ったこととほぼ一致ですね。しかしふぅ~むッ、惜しいですねぇ。軽い挨拶くらいは読唇術もできてないと、あたしの今後には着いてこれませんよぉ~?」

 

「でも同志(トレーナー)として、最初から組んでくれるんだろ~?」

 

「いやまぁ、尊いウマ娘ちゃんが出るレースで『派手に勝とう!』みたいな罰当たりなことを言ってくる人よりはいいですけど……むむッ! 次、出走ですよッ!」

 

 デジタルの言うとおりに、真土は視線を燎の入り口の方へ戻す。その視線の先で、ゆっくりとまたガラス戸が開かれた。柔らかな朝の陽ざしを浴びに来たのは――

 

 トコ、トコ……。

 

 扉を開け、眠そうに目をこすりながら出てきた一人のウマ娘。しかし彼女はまるで、ウマ娘ではないようなゆっくりのんびりとした歩き方をしていた。

 朝の自主練に来たのではないのか、ジャージではなく水色のパジャマ姿。

 

 おだやかな表情をしていて、栗毛の短い七三分け風のショートヘア。硬いパネルとアスファルトを確かめるように、ゆっくりと日差しの指す方へ足を踏み出していくその姿。まだ肌寒そうな日差しの下で、彼女はう~んと背伸びをした。

 

 他のウマ娘よりだいぶ小柄であろう。143cmしかないアグネスデジタルとほぼ同じくらいの身長だと真土は目測した。

 

「うひ――ッ!」

 

 その姿を見て、アグネスデジタルに電流が走った。

 

「デジたん!? どうした!?」

 

「ぁ、あぁ、あ……ッ!? あれは何でしょうかぁ……ッ!? あの暖かい表情が冷えた空気をほっとさせるといいますかァ!? 爽やかな美味しい風はあのお方を癒すために流れているといいますかァ!? まさしくペンションから出てくるたおやかな老父さんッ!! あばばばばばッ、運命ビンビン感じまひゅぅ! かァ~~アッ!! そうなんですねっ、そうですよっ、ウマ娘とは何も速さ強さたくましさだけが求められるのではなく――」

 

「ヤバいぞデジたん。思いっきりこっち見られてる」

 

「エ゜?」

 

 そりゃあそうである。デジタルが思いっきり声を出していたため、老父を思わせる小さなウマ娘は2人の潜む茂みを、右手を(あご)に当てて首を少し傾げながら見つめていた。

 

「デジたん、せめて双眼鏡を降ろせっ。やり過ごすんだ、『なんだ今の』ってくらいの出来事に――」

 

「……ア゜ッ!? ア゛ッ!? ア→ア←ア゜↑ア゛↓アッ!?」

 

「デジたん!? どうした!? 今どうやって発音したんだ!?」

 

「もぉぉう情緒がめちゃくちゃなんですよぉ!! ダメッ、デジたんッ、あの人の静かな時間を邪魔しちゃダメなの……ッ! でも見てくださいよトレーナーさ゜↑ァん!? あのウマ娘ちゃんの首の傾げ方のなんとかわゆいことか……ッ!? もう瞳のシャッターなんて失礼! 永遠に残る絵画に残さなければいけないレベルなんですよッ!?」

 

「デジたん!? 尊さを一度に摂取しすぎたのか!? 抑えろ、抑えるんだデジたん!!」

 

 異常なまでに振動するデジタルを真土は抑え込もうとしたが、その手はバシッと強く跳ね除けられる。

 

「この世に生まれてよかったァ~~~~!!」

 

 コノヨニウマレテヨカッタァ~~~~!!

 

 コノヨニウマレテヨカッタァ~~~~!!

 

 寮の敷地内に木霊(こだま)する歓喜の声。

 

 両手を挙げて思いっきりバンザイをしながら、いきなりその場で立ち上がるデジタル。

 もちろん、茂みを突き抜けて思いっきり上半身を晒した。彼女の視線の先にいる栗毛ショートカットのウマ娘は目を見開いており、まだ茂みの中に潜んでいる真土は拳で何度も地面を叩く。

 

「どうしたんだデジたんッ――! らしくないッ! まだ早朝の5時15分くらいの時刻で、絶叫など……ッ!!」

 

「ア、アァ……あたしなんてことを……ッ! まだ疲れた体を癒すウマ娘ちゃん達が眠る時刻なのに……ッ!」

 

 自身の軽率な行動にショックを受けるデジタル。そんな彼女を不思議そうな目で見つめる小柄な栗毛のウマ娘。

 やがてそのウマ娘は、デジタルに近づきながら右手をゆるやか~に振った。

 

「おはよう、可愛いお嬢さん。そこに何か落としてしまったのかい?」

 

 暖かい即死攻撃1発目がデジタルの胸を貫いた。

 

「――カヒュッ!? ゆるやかに、あたしなんかのためにお優しい!?」

 

「えっ? どうしたんだい……!? 苦しいのかい……!? 誰か呼んだほうがいいかい!?」

 

 不安そうな顔をして、どう見ても不審者なデジタルを心配する小柄なウマ娘。

 優しい即死攻撃2発目が腹をぶち抜いた。

 

「――ゴハッ!? お、お構いなくゥ……ッ!! 尊い探し物は見つかりましたのでェ……ッ!! あたしのお体も、大丈夫ですのでェ……!!」

 

 仰々しい死にかけのような声にでも、栗毛のウマ娘はほっとしたように小さな胸を撫で下ろす。

 

「よかったぁ。いきなりだったから、何か危険な目にあったのかと。本当に大丈夫かい? 蛇に嚙まれたりなんてしてないかい?」

 

 安全な即死攻撃3発目が魂を焼く。

 

「ごひゅゥッ!? 新たな推しとなるお方を心配させてしまった……! アグネスデジタル一生の不覚ッ!! 駄目だッ、これ以上あたしが関わっては――ッ!! でも、でもッ、あ、あの――ッ!」

 

「どうしたんだい? やっぱり何か、困っているのかい?」

 

「ひょえぇぇぇ~!?(涙)(かっこなみだかっことじ) お優しィがすンぎるッ! だっ、駄目よアグネスデジタルッ、推しは見守るものッ! 一介のオタクなんかが直接話しては――ッ! でも、でもッ、せめてお名前を……あなた様のうららかなお名前をッ、教えていただきたくゥ……ッ!!」

 

「名前? そうか、初めてだからね。ぼくは『タイムパラドックス』。きみの名は、アグネスデジタルくんでいいのかな?」

 

 デジタルは茂みから飛び出した、双眼鏡を持った不審者である。しかしタイムパラドックスというウマ娘は警戒することなく穏やかに自己紹介。

 穏やかな即死攻撃4発目が脳を破壊する。

 

「ぬフッ――!? ボクっ子どころか、『ぼく』(ひらがな)っ子属性!? お口が開かれるたびに魂の残機が減っていく!? えっと、あぁああ、あたしなんかの名前を捧げても、推しの方には1ミリも得など無くぅ……ッ!」

 

「ふふふっ、きみはどこか楽しい人だね。大丈夫、ゆっくりでいいよ」

 

 優しさと穏やかさの強烈とまでいえる波動を受け、デジタルの心は広範囲の地盤沈下が起きたように壊滅した。もうその心は迷いも欲望すらも消えて、真っ白に染められていた。

 

「ア゜、アグネスデジタルデヒュ」

 

「うん、アグネスデジタルくんだね? きみも新入生かい? これからよろしくね」

 

「ヨロシクオネガイヒマヒュ、オシマス、ゼッタイオシマス、ライブミニイキマス、カゲナガラオウエンサセテクダサイ」

 

 ワーイワーイと壊れたオモチャのように腕を上げ下げするデジタル。

 なんだこの可愛い動きと、まだ茂みの中に隠れている真土は尊死する一歩直前である。

 

「押す? ライブ? う~ん、ぼくはそこまでいけるかなぁ……? でも、そうなれたら嬉しいなぁ」

 

「セッ、センバツセンミニイキマスッ! アナタナラキットカテマス! アラタナオシガトウトスギル……ッ!」

 

「ふふふっ、アグネスデジタルくんは楽しい人だなぁ。それじゃあ、ぼくは朝の支度があるから、また学園やレース場で会おうね」

 

 もう一度ゆるやか~に手を振り、寮へと帰っていくタイムパラドックス。どうやらこの早朝の時間帯から活動するのが彼女の一日らしい。

 

 その場でワーイワーイの動きを繰り返していたアグネスデジタルに、段々と冷静さが戻ってくる。

 

「ヤクソクッ!? アタシナンカノタメニ、マタアオウネ!? サ、サヨウナラヤサシイヒト……。ン、ン゛、ン゛ン゛ッ!? はゥあ~~~~ッ!? あたしは今、何を!? 人肌並みに温められたミルクの海に沈んでいたッ!? 赤ちゃんに戻って、お爺ちゃんに抱かれてた記憶が蘇ったんですが!?」

 

「デジたんッ、ヤバいって――! 目立ちすぎ……ッ!」

 

「もぉぉぉほッうコンクリートに五体投地で礼を捧げる体験をしましたよッ!? ぁぁあ、タイムパラドックスさん……あたしの新たな強烈なる推し……きゅぅ――」

 

 両手を胸の前に重ねて空を見上げた後、デジタルはそのまま後ろに向かってばたんと倒れた。真土もその姿を見てあまりの可愛さに即死し、両者目覚めるまで数十分。

 

 目覚めた後、彼女は自分の非力さと、推しを推す時のルールを破ってしまったことに酷く反省した。そして再び双眼鏡を構えて寮の入り口を見守る。

 

「ある人は言いました。パンが無ければ尊さを食べればいいじゃない。あの人だけで、しばらく食事しなくて大丈夫です……。トレーナーさん、ここの茂みに永住しましょう」

 

「デジたんはそれで2か月くらい生きてそうだけど、残念ながら人間の体はそうできてないんだぁ」

 

不便(ふべん)……」

 

(あわれ)みの言葉、ごちそうさまですッ」

 

「はい、お粗末様でした。デジたん、タイムパラドックスさんを、おひゅぅ……。お優しく、暖かい、祖父の記憶を呼び覚まさせてくださる存在……。――アッ!! ネェクストッ……! ネクストゲートオープン!」

 

 広場真土とアグネスデジタルのトレセン学園の日々……1日目から騒がしいことになりそうであった。

 

 なお、遅刻ギリギリの生徒まで摂取しようと思っていたアグネスデジタルは、さすがに初日遅刻はマズいと思った真土に引きずられていくのであった。

 

「お願いですトレーナーさんッ、この角度でゆっくり引きずって! 本当にギリギリになったら全力で走りますからッ! ウマ娘ちゃん達の遅刻を恐れる顔をッ、僭越(せんえつ)ながら瞳のシャッターに収めたいのですぅぅぅッ!!」

 

「デジたんっ、遅刻とか授業サボりは『あの目的に響く』からなッ!? マジでやめろよ!? 俺とデジたんがパートナーとなるの、選抜レースの前にもう決めてるんだからなぁ~!? 組めなくなるようなことはしないでくれよ!?」

 

 本当に、1日目から騒がしいことになりそうであった。




Q:タイムパラドックスはなんでロリっ子なの?
A:史実で生まれた時に45キログラムしかないちびっ子だったから。
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