巻き起こせ、変態勇者の砂嵐   作:フォトンうさぎ

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4月後半:出発する旅人①―この子が尊くないとかウソでしょ……

 5年前、府中レース場。日本ダービー、芝2400(メートル)、快晴の良バ場。レースに決着がついた観客席にて。

 

 最も運がいいウマ娘が決まったことに湧き上がる歓声、涙を流しながらもウイニングランをする1着のウマ娘、しょんぼりと耳を垂れる敗北したウマ娘達……。涙無しでは見られないドラマがそこにあった。

 

 そんなダービーの観客席最前列では……事件が起こってた。

 

「カヒュッ!? ゴヒュッ!? ガッ、ガガッ!」

 

「え、ええ!? なんですかこの人!? お、お医者さーん!? お医者さーん!!」

 

 まだ身長が伸び切っていない、まさしくロリっ子な当時10歳のアグネスデジタル。そして、白目を剥きながら胸を抑えて激しく痙攣する当時の広場真土。

 

 真土はウマ娘のファングッズを身に着けたアグネスデジタルの可愛さに一目惚れし……彼女と視線があった瞬間に、ガチで心臓発作を起こして尊死しかけていた。

 

 物凄い速度でターフを駆けるウマ娘に万が一の事故が起きることもあるレース場。幸いにも救護班はすぐに到着し、真土は一命を取り留めたのだった。

 

 再び目を開けた時……病室に真土が一目ぼれしたウマ娘の姿は無かった。

 真土はウマ娘が大好きというほどではない。普通に人並みレベルの好感度を持つ。しかし……ピンク色の髪を持つとんでもないというまでの可愛さを持ったアグネスデジタルのことが、どうしても気になった。

 

 

 さらに4年前、同様に府中レース場。今年度の日本ダービーの決着がついた観客席にて。また二人は出会ったというか、出会ってしまった。

 

「ガッ!?」

 

「どうしたんですか急に……」

 

 アグネスデジタルと広場真土、再び。彼女の姿を見てまた視線が合った瞬間、真土が見えない衝撃で後ろに吹き飛ばされるという、よくわからない展開で。

 真土の着地と共にズザザッとスニーカーと地面が激しい音を立ててこすれ、やがて停止。デジタルはただその様子を困惑した目で見ることしかできなかった。

 

「なんとか耐えた、ぞ……ッ。あのっ、あの! 尊すぎるっ、君の名前は……!?」

 

「はへ?」

 

 さらなる困惑。デジタルは自身のことをただの平凡な普通で特徴のないウマ娘だと思っている。いきなり尊いと言われても訳がわからないのである。誰か別のウマ娘ではないかと後ろをちらりと振り返った。

 ウマ娘なら近くに何人かいる。その誰かであろうと視線をあちこちに向ける。

 

「違うっ、君だっ! 魅力的なホーステールの髪型、希望のハイライトを飾ったサファイアのような水色の瞳! どんな道も走り抜けそうなおみ足!」

 

「そっ、そんな尊いウマ娘ちゃんがどこに……!? どこにいるんですか!? 教えてくださいッ!!」

 

 真土の言う魅力的なウマ娘がいるのなら、デジタルもぜひ見てみたいくらいである。だがしかし、きょろきょろと辺りを探しても該当するウマ娘の姿が無い。

 

「だから君だ! 俺の目の前に! 立ってるウマ娘!」

 

 指を指され、言われた特徴を一つずつ考えるデジタル。そして気づいた、彼の言うウマ娘が自身を示していることに。

 

「へっ? いや、いやいやいや! どれだけあたしを過大評価してるんですかッ! いったいどんな見方をすればあたしがそう見えるんです!?」

 

「いいや過大評価じゃない……! お願いしますっ! ファンにさせてください!!」

 

 その場で硬い地面に頭をこすり付けるほどの土下座をする真土。お願いしますお願いしますとガンガン頭を叩き付ける行動も始まる。これにはさすがのデジタルも狼狽した。

 

「ファン!? いや、あたしなんかを推しても……。っていうか! ウマ娘ちゃんのファンになるのは許可制じゃないんですよ? 推し活する前に、ウマ娘ちゃんのファンとしての在り方をみっちり叩き込んでやりますよ! ……いやっ、頭の運動やめましょう!? おでこから大出血してますよ!?」

 

 変態とやがて変態になる奴らが、きちんと出会った瞬間だった。

 

 ドン引き気味のデジタルと自己紹介をした後、また真土は倒れて緊急搬送されたのだった。

 目覚めた時……病室には彼を心配する彼にとっての最推しがいた。

 

 

 そうして3年ほど前……。

 

 別にお付き合いしているとかそういう関係ではないが、真土とデジタルは頻繁に連絡を取り合い、ウマ娘グッズ探しや聖地巡礼、ライブでの応援などを一緒に行うようになっていた。

 

 はっきり言えば、真土はアグネスデジタルに沼った。人並みにウマ娘のことが好きだったが、デジタルのおかげで無事(?)ズブズブと沼に沈み込んでいったのである。

 

 片や当時12歳、片や既に成人。犯罪じゃないのという目で見られたこともあったが、人と特徴的な姿を持って生まれるウマ娘のコンビなので、兄弟か若い父娘なのだろうという判断をされていた。

 そして、この頃から真土はある挑戦をしようとしていた。

 

 

 こうして重要な1年前、またも府中レース場。日本ダービーの決着がついた観客席にて。もうダービーの観客席最前列は、アグネスデジタルと広場真土のお決まりの場所である。

 

 同じようにダービーの決着がついてしばらく経ち、観客席が静まった後、真土は決意したように隣にいるデジタルへ語りかけた。

 

「デジたん、トレセン学園に入らないか」

 

「どうしたんですか急に。まぁ、もう慣れましたが。あたしはトレセン学園に入るつもりは無いですよ」

 

 デジタルはウマ娘推しだ。しかし、中等部入学のチャンスがあったとはいえ、トレセン学園に入るその機会をみすみす逃していた。

 自分は才能や輝きを持ったウマ娘ではない、その気持ちからネガティブな答えを導きだしていたのだ。

 

 触れられたくない話題なのか少し不機嫌そうなデジタル。そんな彼女にフッと笑い、懐から1冊の分厚い参考書を取り出す真土。表紙に書かれたのは、『今から始めるウマ娘トレーナー』という太い文字のタイトルだった。

 

「なっ!? それはっ、トレーナーライセンス取得のための参考書ッ!?」

 

「ずっとこれは隠してた。3年くらい前から勉強初めててな。で、めでたく受かって、来年から中央トレセン学園に勤務ってわけだ」

 

 この事実には、デジタルも口を鯉のようにぱくぱくと開閉するしかなかった。ただの一般オタクが、ガチのエリートオタクになったのだから。

 通常、トレーナーライセンスを取るのには長い年月を要する。そう簡単には取れないのだ。しかし真土はライセンスを取った。

 

「え、ええぇ……かなりの難関ですよ? なんでウマ娘推しだった真土さんが、ガチのトレーナーになってるんですか……」

 

「なんでって……デジたんのため、かな」

 

 顔を赤らめて恥ずかしそうに頬を掻く真土。もちろんデジタルは引いた。

 

 しかし重要な話は、なぜ真土がトレーナーになったかではない。真土は手すりに肘をかけ、目の前に広がるターフを見据えてデジタルに話す。

 広がる芝が、優しく吹く風にふわりと揺れる。

 

「デジたんはさぁ、トレセン学園に行くのに迷ってるだろ? 2つくらい悩みある?」

 

「……どうしてわかっちゃうんですか」

 

 触れられたくない箇所である。デジタルの声にいつもの意気揚々とした覇気は無い。

 

「伊達にデジたんに振り回されていないからなぁ。1つは尊いウマ娘ちゃんの居場所を自分が汚してしまわないかということ。で、もう1つは……自分が受験に受かることで、1人のウマ娘の人生を奪ってしまうのではないかということ。あんま走りそうにないからな、デジたん」

 

「気持ち悪いくらいに当たっているんですが……。あたしオタクですけど、オタクに引いてしまっていいですか……?」

 

「別にデジたんは居場所を汚さないと思うけどな。デジたんは芝もダートも難なく走れる万能ウマ娘だろ? 練習相手として重宝される方だと思う。それに、ウマ娘ちゃん推しとしての活動方法はちゃんとわかってるだろ」

 

「万能という言い方にはもんのすごーく引っかかりますが……いや確かに芝とダートのどちらも走れますけど……」

 

「で、重要なのはこっち。トレセンに受かることで、一人のウマ娘の人生を奪わないかということ。資格みたいに点数取ったら良いじゃなくて、枠を取り合うものだからな」

 

 うつむいて黙る。デジタルにはそれしかできなかった。

 これがアグネスデジタルの最も大きな悩みであった。『自分が受かったら、他のウマ娘の人生を変えてしまうことになる』。ウマ娘を陰ながら推したい身として、ウマ娘の人生に影響を与えるのは最も忌むものである。

 

「デジたんはさ、中等部の試験をパスして普通の中学校に入った時……それで満足したか? 1枠空いた所に入ったウマ娘が、救われたと思った?」

 

「救われたと……思ってます……」

 

「……その子はその当時は喜んだだろうさ。でも、自分より才能を持ったウマ娘がいて、その子が空けたその枠に滑り込んだだけ。まぁ、事実なんて知る機会もないさ。それでも、もし事実を知った時に感じるのは……屈辱じゃないか?」

 

「何が言いたいんですか?」

 

「デジたんの今の優しさは、本当の優しさではないって思ってるって事さ」

 

 幾度もグッズ巡りやライブ巡りをした仲である。怒るということはしなかったものの、デジタルの受け答えに怒気が含まれる。

 

「じゃあ、どうしろっていうんですか」

 

「本気で走って、本気で勝つか負けるかすることが、他のウマ娘にとっての優しさじゃないかな」

 

 本気でぶつかって、本気で勝ち負けを経験することこそが優しさ。一人の名も知らぬウマ娘のことを思うか、その知らぬウマ娘の夢にきちんとした形で打ち勝つか。

 どちらが正しいというわけではないが、真土はきちんと打ち勝つ方が正しいと答えを出した。

 

「俺は全力でやった。だからというわけじゃないけど……デジたん、本気を出してみないか? 俺はデジたんの内に眠る才能が開花した姿を見たい」

 

 そこまで言って真土は手すりから肘を離し、左右へ両腕をいっぱいに開く。風をその体で全力で受け止めているように、デジタルには見えた。

 

「俺はトレセン学園に入ったら、チームを作るつもりだ。ウマ娘とトレーナーによる、ウマ娘のためのチーム……! 勝利や栄光のためだけじゃない、ウマ娘がウマ娘としてやりたいことができる、そんなチームを! 俺と契約しないかデジたん?」

 

「契約?」

 

「俺がチームを作った時、入学したデジたんを真っ先に入れてやる。選抜戦とか関係なくな。最善席で尊いウマ娘ちゃん達のスクールライフを拝めるぜ。みんなのファン会員No(ナンバー)1だ。その代わり、デジたんはトレセン学園に入るために頑張れ。そして走ろうぜ? どこまでだって走らせてやる」

 

「ぐっ、ぬぬ……っ! 甘い、狂って悶えてしまうくらいに甘すぎる契約……! 特等席の中の特等席じゃないですか……ッ! 契約というからには、真土さんにも代償があるんでしょうね?」

 

 デジタルはわざとらしく笑った後、目を細めて真土を見る。視線を感じ取ってか、真土は彼女の方を向いて真剣な目で答えた。

 

「ああ、代償ね。もし俺がデジたんのことを裏切ったら……思いっきりビンタしていいぞ」

 

「ぷっ、ははっ。代償として良いものになってないですよそれ~。ていうかウマ娘に本気でビンタされたら死んじゃいますって。本気の目をしてなんてこと言うんですか」

 

 ひとしきり笑いながら言葉を紡いだ後、デジタルは険しい顔で服の(すそ)をぎゅっと掴む。

 

「……あたしはトレセン学園に足を踏み入れて、いいんでしょうか」

 

 ずっと我慢していたのだろう、ずっと気持ちを抑えていたのだろう、ずっと走りたかったのだろう。彼女の口からぽろりと本音が漏れる。

 本当は自分の実力を試したいこと、本当はウマ娘推しとして彼女達を特等席で見たいこと。

 

「やりたいことをきちんとやって満足する人生にするか、それとも自分の欲望に蓋をして後悔を覚える人生にするか……。強制はしない。答えを出すのは君自身だ」

 

 真土はデジタルの肩を叩き、進むべき道に迷う彼女を置いて府中レース場を去った。デジタルはその後姿を見つめることしかできなかった。彼の隣に行くには、まだタイミングが早すぎる気がしたから。

 

 それが、アグネスデジタルがトレセン学園に入るまでに、広場真土と会った最後の時間となった。

 

 

 それからというもの、デジタルは部屋でレース中継やライブを見つつ、勉学に励むようになった。マイルの距離を目標として、普段はあまり行わないランニング訓練も行うようになった。

 彼女の中で、何かの鍵が外れた。自分がやりたいことは、これだったのだと。魂が叫んだ。ウマ娘として、同じウマ娘と一緒に走りたいのだと。

 

 ウマ娘と同じレースに出る決意はまだできてはいない。しかし、彼女は自分のやりたいことを見つけた気がした。

 

 中央トレセン学園の筆記試験、実技試験、面接試験。全てを乗り越え、アグネスデジタルの1年間のハードな努力は結実することになった。

 

 

 最後に今年の3月。アグネスデジタルが中央トレセン学園の栗東寮に来た住む場所を移した当日のこと。同室のアグネスタキオンの異質さに尊みを覚えつつ、他のウマ娘ちゃん達のわくわくした姿をこっそりと観察していた時に、突然その肩を叩かれた。

 振り返れば、1年ぶりに会ったスーツ姿の広場真土の姿がそこにあった。

 

「待ってたぜデジた~ん。さぁ、俺とデジたんによるデジたんのためのチーム結成計画、実行に移す時が来たようだなぁ!」

 

 テンションの上がった広場真土の姿を再び見た瞬間、彼の甘言に乗ったことをちょっぴり後悔した。

 

「今、思いっきりビンタしていいですか?」

 

「ナンデ……?」

 

 

 ここまでを振り返って、4月の入学式の後……。

 

 トレーナーである真土個人に割り当てられた部屋の中にて、パイプ椅子を並べて作ったベッドの上でアグネスデジタルは安らかに眠っていた。まるで出棺される棺桶の中の死者である。

 

 興奮を抑えきった入学式を乗り越え、ウマ娘達の尊さの波動をあらゆる方向から受けたデジタルは、再び許容量をオーバーして気絶したのだ。

 皇帝シンボリルドルフの堅苦しい挨拶すら、デジタルにとってはこの上ないご褒美である。

 

 あふれ出そうな鼻血を抑えつつ、真土はスマホでその寝顔をパシャシャシャシャと連射するのだった。

 

「よくやったなデジたん……これからは二人三脚で、いや、それ以上の脚で進んでいこうぜ」

 

 真土はテーブルに置かれた1枚の資料を見る。それは、『チーム・アンタレス』の結成を申し出る願書であった。

 

 まずは一人目。チーム・アンタレスの正式な結成と活動開始まで、あと4人……。




広場真土のやる気が上がった!
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