巻き起こせ、変態勇者の砂嵐   作:フォトンうさぎ

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4月後半:出発する旅人②―運命の旅路

「加入希望者来ないなぁ……」

 

「来ないですねぇ……」

 

 4月も後半に入った。入学式も自己紹介もアイスブレイクな活動も終わった頃。

 まだ軽めな授業が終わった放課後の時間に、トレーナー室にミーティングとして広場真土とアグネスデジタルはいた。

 

 トレセン学園に入学したウマ娘達にとっては、そろそろ寮の生活と学園生活に慣れ、友達や競い合う仲間や強敵(ライバル)を見つける時期だ。

 

 また、5月に1度目の選抜戦があることを考えたウマ娘達が、早くもトレーニングに励む時期でもある。1年目の選抜戦でデビューできなかった悔しい思いをした者も躍起になる。

 選抜戦はトレーナーとの契約を結ぶための重要なレースだ。ここでトレーナーに「この子」だと見つけてもらわなければ、トゥインクル・シリーズへの参加はできない。

 

 なお、現在の広場真土とアグネスデジタルのように、選抜戦以前に契約を結ぶ者達もいる。また、チームに誘われて、そのチームのトレーナーと契約して仲間たちと励む者もいる。

 

 真土とデジタルは契約済み。ウマ娘達が火花を散らしながら駆け抜ける、3年間にもわたるトゥインクル・シリーズへの参加は何も問題ない。別に真土とデジタルの二人で挑んでもいいのだ。

 

 しかし、どうしても真土はアグネスデジタルに尊いチームを見せたい。もちろん、チームに入ってきたウマ娘もきちんと育てる決意を持っている。

 チームを作れればチーム対抗戦などのイベントにも参加できたり、色々とメリットは多い。

 

 そのチームを設立するために、残り4人のウマ娘を集める予定なのだが……。

 

「なぁデジたん?」

 

「なんでしょうか?」

 

「他のチームの募集ポスターってさ? 色とりどりでカラフルじゃん? 大きいじゃん? それに目立つじゃん? インパクトあるじゃん?」

 

「そうですねぇ? チーム・スピカの掲示板すごかったですよ? 来なきゃ埋めるみたいな赤ペンキで、3人のウマ娘ちゃんが地面に上半身を埋めてました。いやぁ、あたしは尻尾でわかりますよ? ゴールドシップさん、ダイワスカーレットさん、ウオッカさんの体を張った、後輩への猛烈なアピール! 涙無しでは見られませんよ……! あれは芸術です」

 

 学園内に突如現れた大型の看板。それを見た生徒会副会長であるエアグルーヴは沖野というトレーナーに叱責し、とんでもなく体力が下がったという。

 沖野はチーム・スピカを受け持つベテラントレーナーであり、真土はこの中央トレセン学園に来た頃から何かと彼の世話になっていた。

 

「沖野さんなにしてんすか……? それよりも、なんでデジたんが作った募集ポスターさ……? デカデカとした奴じゃなくてさ……なんであんなA4サイズなの? 活き込んでるから任せるとは言ったけど」

 

「それはそのぉ……ウマ娘ちゃん達が尊い時間と体力を使ったものより目立つわけにはいけませんし? それに、あたし1人じゃあそこまで大したものを作れないですよ」

 

「テイエムオペラオー×メイショウドトウの同人誌描いてるのに……? いやまぁね? ほら俺達は新人トレーナーと高等部1年生だからね? あんまり目立っちゃいけないというのは正しいのかもね? デジたんに変な因縁付けられるの、俺嫌だし。でもね? あのね?」

 

 真土は机の引き出しから、部屋の表に貼られているポスターのコピーを取り出す。A4サイズなので何かの拍子で破れたり汚されたりしてもバックアップはバッチリだ。

 

「なんで……黒背景に『チーム・アンタレス』という太い黄文字なの? 俺達ってどっかの宗教に入りましたっけ? あったじゃん、昔ながらの相当古い家の壁にさ、なんか取り付けられてるやつ……それじゃん……?」

 

「ウオスカは良いものですよトレーナーさん……。今からでも入りませんか? なお、もしあの二人の間に入ったら天罰が下りますのでご注意を」

 

「わかるけどさ……」

 

 真土が持つものと同じものが、部屋の前の掲示板に貼られている。

 アンタレスというチームを示しているのはわかる。が、そのチームがどこにあるのか、そもそもメンバーを募集しているのか、というかこれ怪しい宗教団体ではないか。名前以外の一切の細かいことが書かれていない。

 

 学園内では、「マチカネフクキタルが何かヤベーことを始めたらしい」と尾ひれがついてウマ娘達の間で噂になり始めていた。

 なお、マチカネフクキタルは占い好きなので、否定しても否定しても余計に噂が強くなっていくという地獄に新学期早々陥っている。

 

 この明らかに異質なポスターを見た、『駿川(はやかわ)たづな』という緑色の制服を着用した理事長秘書には、「本当にこれでいいんですか……?」と募集用紙を二度見された。

 また、掲載許可を貰いに真土が生徒会室に赴いた時、生徒会役員全員から「本当にやる気あるのか」と二度見された。凝視された。

 

 ねぇ今からでも変えない? という真土の視線を受けても、アグネスデジタルは祈るように両手を合わせてまぶたを閉じる。

 

「トレーナーさん。オタクはですね、一種の宗教なんですよ」

 

「宗教」

 

「推しという偶像をありがたく崇拝する。推しを知るために聖地を巡礼し、修行する。そして徳を積む。宗教でしょう?」

 

「あー……うん……。デジたんがけっこう引っ込み思案なのは知ってるけどさぁ……。でもさデジたぁん……これ、デジたんと目指している尊いチームになりそうにないぜ……? チーム成立しないぜ? 誰が集まるのこれ」

 

「あたしもトレーナーさんも徳を積んでますので、信じて待ちましょう。信じる者は救われます」

 

「なんか占い関係のあるウマ娘にすっごい不幸を与えている気がするんだけど……」

 

 ここでピクッとデジタルの可愛らしい耳が反応する。ウマ娘は耳が良い。向きによって指向性を持たせられるとはいえ、トレーナー室の外にゆっくりと響いた足音を聞き取っていた。

 

「この非常にゆっくりとした足音……まさか、タイムパラドックスさん!? チーム・アンタレスの噂を聞いてやってきたのでしょうか!?」

 

「あのお爺ちゃんっぽいウマ娘ちゃん? ただ通りかかっただけかもよ? 俺はデジたんのこと大好きだけどさぁ、足音で誰か判別できるとか時々怖くなるよ。いや俺もサクラバクシンオーの足音はわかるけど。……いや、あの、マジでポスター変えようぜデジたん。俺達その内、壺を買わせるチームだと思われるぞ?」

 

 真土の言葉を無視し、デジタルは目を閉じて廊下に響く静かな足音に集中する。ウマ娘の耳は角度を変えることでその方向の音を聞ける。

 

「トレーナーさん、タイムパラドックスさんが扉の前で止まりました」

 

「マ?」

 

「マ!」

 

「でも入ってくるのこれ? 掲示板におどろおどろしいこのポスターあるんだよ? ブラックにイエローだよ? 危険物取扱のマークみたいじゃん。絶対回れ右す――」

 

 ガラガラガラ……。真土が言い終わる直前で、戸の下についた滑車がゆっくり回る音がした。

 真面目に? と入り口を見る真土。そしてカッと目を開き、戸を開けたウマ娘を視界にとらえた瞬間、その後光に網膜を焼き尽くされるアグネスデジタル。

 

「ひょほっ!? 目がッ!? 目ェがァ~~ッ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい~~~~ッ!! お姿が眩しくてッ、直視ができないんですッ!!」

 

「ど、どうしたんだい!? 大丈夫かい……!? 保健室に連れて行った方が良いかい……!?」

 

「こ、この子はウマ娘を直視すると脳神経に異常なパルスが走ってしまう子なんだ……! 気にしないでいい……!! クッ!? 俺を尊死させる気かデジたん……! 家に持ち帰って介抱したい……!」

 

 入口の戸を開けたのは、入学式の朝にアグネスデジタルと遭遇したロリっ子ウマ娘、『タイムパラドックス』だった。デジタルのウマ娘足音判別は正解だった。

 身長145cmとだいぶ小柄で、七三分けな茶髪の髪型。ゆっくりぼんやりとした、ウマ娘としてあまり速く走らさなそうに見える子だ。

 アグネスデジタルの調べによれば、実家はニンジン農家で、北海道の田舎町からやってきたらしい。

 

 彼女は両目を両手で塞いで苦しみ悶えるデジタルを見て、心配そうに部屋の中へ踏み入る。

 

「ぱるす!? 脳神経……!? きゅ、救急車を呼ぶね!? でっ、電話ボックスや電話機はどこにあるんだい!?」

 

「ごっ、御心配なくゥ……ッ!! すぐに治まりますのでェ……ッ!! アッアアッ!!」

 

 ぶるぶるとひとしきり震えた後、デジタルは目から手を離し、なるべくタイムパラドックスのご尊顔を直視しないように見る。具体的に胸部や首元辺り。

 真土もデジタルの可愛さに悶えている場合ではない。近くにあったボールぺンを後ろ手に持ち、腰の後ろを先端でグリグリと刺激して自身の目を覚まさせる。

 

「ほ、本当に大丈夫なのかい? 二人とも動きがおかしかったけど、無理はしていないかい……!?」

 

「だらっ、大丈夫だ……! よ、ようこそチーム・アンタレスへ……! まだファンクラブみたいな状態だけどォ……!」

 

「だもっ、大丈夫です……! あたし達は大丈夫ですのでェ……ッ!! ち、チームへの参加希望ということでよろしいでひょうかァ……!?」

 

 大丈夫と二人して言うが、不安を拭い切れないタイムパラドックス。

 ヤバみを察したデジタルは両手を後ろに回し、左手のひらのツボを右親指でこれでもかと強く押す。真土も同様に、背中に押し付けていたボールペンへの力をより強くする。

 ツボを強烈に刺激され、二人の額から嫌な汗がぶわりとにじみ出た。痛みに耐えつつ引きつった笑顔を浮かべる両者。

 

「だ、大丈夫だよ~? 心配させちゃったみたいだね、チーム・アンタレスにご用かな?」

 

「チームへの参加希望なら嬉しいです。苦情でしたらきちんと受け付けますし、大事なウマ娘ちゃん達のために今後一切の活動をしませんっ。あたし達、罪を背負って消えてなくなります」

 

「そ、そうなんだね……? ぼくはそこまでしなくてもいいと思うけど……」

 

 純粋な優しさ100%。その優しさに、デジタルは心の中で大量の涙を流した。

 

「そ、それででっででで……タイムパラドックスといったよね? ここに来たということは、チーム・アンタレスに入りに来たと、いうことでいいのかな? アッ、アアッ、腰……!」

 

 真土は腰の痛みに耐えつつ、引きつった笑みを浮かべながら尋ねる。タイムパラドックスが返した答えは、申し訳なさそうな表情でのゆっくりとした頷きだった。

 

(マジであのポスターで来たのかよ!? イデデ……!)

 

(ねっ、信じる者は救われるんですよトレーナーさん! アイタタ……!)

 

 目線だけで会話する二人。それに気づかないまま、タイムパラドックスは自分がここに来た理由をゆっくりと話し始めた。

 

「ぼくは、その~…………ダートが得意だから、ダートの走り方を教えてくれるトレーナーくんと契約したいんだ。でも、こうやってゆっくりとした性格だから……他のウマ娘くん達にどんどん先にトレーナーくんと話されて、話す機会が無いんだ」

 

「そ、そうなんだねェ……っ! イテテッ……!」

 

 別に、まだ契約していないトレーナーから教わるのも悪いことではない。選抜レースの結果によっては、そのまま仲良く契約成立してトゥインクル・シリーズに挑むというのもあるだろう。

 

 そしてこの時、真土はタイムパラドックスが「ダートが得意」と言う前に、言い淀んだことにわずかな疑問を感じた。だが、今は話の内容を聞き取ることが重要である。

 

「チームに入るというのも考えたんだけど、ぼくは小さくてゆっくりなウマ娘だろう? だから、何人もトレーナーくんや代表のウマ娘くんたちから拒否を示されてしまって……。ここに、たどり着いたんだ」

 

 しょぼんと下を向くタイムパラドックス。ウマ娘にとって、小柄であることは不利。舐められもしやすい。その走りや力を見る前に、トレーナー達から「悪いが君は……」と言われた姿を真土は実際に目撃したかのように思い描いた。

 このままであれば、選抜戦にて大勝利を決めない限り、彼女にトレーナーがつくことは無いだろう。

 

「かっ、がっ、がわいぞうですよぉ゛!! トレーナーざぁん!! アンダレズにいれであげまじょうよぉ!! 推しにッ!! 尊すぎる推しにこんなことがあってはいけないいいいでででっ!?」

 

 背の後ろで左手のツボを強烈に押しつつ、推しが苦しんでいることに大量の涙を流すアグネスデジタル。それに連れられて背中にボールペンを押し付けながら涙を流す真土。

 もう、タイムパラドックスの話に感動しているのか、ツボを押す痛みに涙を流しているのかわけわからない光景であった。

 

 推しのアグネスデジタルが泣いてしまう、彼女はダートも走れるのでタイムパラドックスと並走練習などが可能、アンタレスのメンバー不足。よって断る理由は無し。真土は涙を流しながら快く何度も頷いた。

 

「ほ、本当かい!? このチームに入れてくれるのかい……!? ぼく、こんな体だけど頑張るよっ」

 

「おっ、推しがっ、推しがこのチームにっ!! デジたん感激ィ!!」

 

 バンザイして喜びを表現するデジタル。その左手のひらには、右手の指で押された跡がくっきり残っていた。

 

 まずは一人。タイムパラドックスの実力や潜在能力がどうであれ、真土は全力で彼女たちの夢を支えるだけである。

 

 腰にボールペンの先端を押し付けるのをやめて、真土はタイムパラドックスへ手を差し伸べた。

 ゆっくりとした動きで握手をするタイムパラドックス。デジタルの調べ通りに農作業をやっていたらしく、小柄な体ながらも、その手からは硬さと暖かさを感じるのだった。

 

「と、ところでタイムパラドックス? 部屋の前にあるポスターを見たと思うんだけど……あの真っ黒背景に黄色の字のポスターをどう思った?」

 

 きょとんとするタイムパラドックス。しかしあのデザインのポスターでも気に入ってたのか、彼女はにっこりと笑って答えた。

 

「あの黒いポスターかい? シンプルでわかりやすいと思うよ? ぼくはなにかこう、運命を感じてここに来たんだ」

 

「マ?」

 

「ま……?」

 

 慣れないスラングに、こてりと首を可愛らしく傾げるタイムパラドックス。それを見たデジタルの中で、いろんな何かが限界に達しようとしていた。

 

「タイムパラドックス……。君は、こう……いろんなものに騙されない、ようにね……?」

 

「うーん……いたずらされるとか冗談を言われるってことが、多いかも……? そんなに騙しやすいものなのかなぁ? みんな、人のことをよく見ていてすごいなぁ」

 

 運命を感じた。ま……?

 

 ウンメイヲカンジタ。マ……?

 

 ウンメイヲカンジタ。マ……?

 

 ヒュッ、という強く短い呼気を行い、真土の隣にいたアグネスデジタルは後ろ向きに卒倒した。

 

 再び慌てるタイムパラドックス、それを必死でなだめる真土。何はともあれ、チーム・アンタレスに2人目のメンバーが加入したのだった。

 なお、デジタルが尊死を迎えたため、今日の練習メニューはレース場や走り方についての勉強となった……。

 

 チーム・アンタレス設立と活動開始まで――あと3人。




Q.タイムパラドックスが田舎生まれなのは?
A.史実のタイムパラドックスがその最期まで過ごした施設が、新千歳空港や札幌から車で3時間ほどかかる場所にあることから。

(同区画で、瓜二つな外見のスズカフェニックスと仲良く穏やかに暮らしていたそうです。なお、同施設にはウイニングチケットもいる)

(タイムパラドックスは2022年2月10日に逝去されました。ウマ娘を知ってから、ウマ娘のキャラクター以外で初めて本格的に調べた馬でした。一度見学しに行きたかったのですが……)
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