ラブライブ!~たった一人の男子とスクールアイドル~(凍結) 作:TRcrant
龍夜です。
今回はこの後に来る絵里編への布石になる話となります。
試しに女性視点を入れてみましたが、恐らく今後入れることはないかなと思います。
何故か日記形式になってしまっていた頃よりはかなり良くなってはいるのですが(汗)
「大変申し訳ありません」
「ません!」
「申し訳ない」
部室に戻って椅子に座っていた僕と高坂さんと星空さんはテーブルを挟んだ対面の席に腰かける南さんたちに頭を下げていた。
「中学時代から感じてはいましたが、穂乃果……」
「だって、数学が一番苦手なんだもん!」
信じられないと言わんばかりの視線で高坂さんを見つめる園田さんに、反論する高坂さん。
「七四」
「……26」
小泉さんが試しに出した九九に、高坂さんは盛大に間違えていた。
(あれって小学校で習う内容だよね)
それができないというのは、フォローの使用もなかった。
「凛ちゃんは?」
「英語っ! 英語だけはとても苦手だにゃ!」
「確かに難しいもんね」
小泉さんの問い掛けに、星空さんはすさまじい勢いで席を立ちながら答えた。
「そもそも凛たちは日本人なのにどうして英語を勉強する必要が―――」
「屁理屈言わないの!」
星空さんの抗議は、誰しも一度は感じたことがあるようなものだったが、それを遮るように西木野さんが口を開くと体を前に乗り出して顔を近づけた。
「せっかくあの生徒会長を突破したのに、テストの成績が悪くてエントリーできませんでしたなんて、恥ずかしすぎるわよ」
「ま、真姫ちゃん、怖いにゃ」
椅子に座りながら言い放つ西木野さんの言葉は非常に的を得ていた。
それだけに僕には反論もできないわけで。
「でも、香月君も苦手な科目があるんだね」
「当たり前でしょ。というか僕は別に万能とかじゃないから普通に苦手な科目くらいはあるから」
「そこ、威張るところじゃないですよ」
園田さんから初めてのツッコミをされてしまった。
僕たちがラブライブにエントリーする条件として理事長が口にしたのは、『μ'sメンバー全員が次のテストで赤点を取らない』という、簡単なようで難しいものだった。
今現在、イエローゾーンに属するのが僕と星空さんに高坂さんなわけで。
「それにしても、香月君は何の科目が苦手なの?」
「古典。活用形とかがね……」
こちらを見ながら問いかけてくる南さんに、僕は頬を掻きながら答えた。
僕の苦手科目―――古典は、今まで僕を散々苦しめてきた。
特に古文の作成が。
前に古文の作成課題で驚異の50回再提出をさせられた回数は、今や伝説となっているほどだ。
僕に文才がないことだけは明らかだった。
「まったく、その通りよ」
園田さんのツッコミに続く形で声を上げたのは矢澤先輩だった。
「赤点なんて、絶対に取るんじゃないわよ」
もっともらしいことを言っている矢澤先輩だったが、その声は微妙に震えていた。
「矢澤先輩は大丈夫なんですか?」
「に、ににににこにこにー。テストなんて全く問題ないにこー」
試しにとばかりに問い掛けてみると、予想以上の動揺した様子で答えが返ってきた。
「動揺しすぎです」
それはもう、何とも言えない空気にするほどに。
「とにかく、試験まで私とことりは穂乃果と香月君の、花陽と真姫は凛で苦手科目の底上げしていきましょう」
「本当に面目ないです」
まさか自分までもがラブライブへのエントリーのブレーキになるとは思ってもいなかったため、かなり焦っているのだが、その反面焦ったところで勉強をしなければ仕方がないと考えている自分もいる訳で、簡単に言えば複雑だった。
そんな中、一つだけ問題があった。
「にこ先輩の勉強は誰が?」
もう一人成績に問題がありそうな矢澤先輩の勉強を見る人物だった。
1年と2年はいいとして、3年生の勉強を教えることができる人がこの中にはいないのだ。
「だ、だから言ってるでしょ? にこは問題がないって」
西木野さんの疑問に、心強い答えを口にする矢澤先輩。
だが、顔をひきつらせて机の上に置いてあった数学の教科書を手にする矢澤先輩の姿はその言葉の説得力を大幅に下げていた。
(しかも、教科書の上下が逆だし)
3年の数学なら僕でも教えることはできるかもしれないが、そうなると今度は自分の苦手科目のほうにまで手が回らなくなる。
皆が赤点クリアして、僕だけが赤点だったら笑い話にもならない。
そんな八方ふさがりの状況に、希望の光を照らし出す者がいた。
「それだったらうちが担当するよ」
「東條先輩」
ドアを開けながら矢澤先輩述べ脳を見る役を買って出た東條先輩は、高坂さんの”本当にいいのか”という質問に笑顔で頷いていた。
「だ、だから言ってるでしょ。にこは別にテストなんて問題じゃ―――ひぃ!?」
「ウソつくとワシワシするよ?」
なおも勉強を見る必要性がないことを口にする矢澤先輩の背後に素早い動きで回り込んだ東條先輩が何をしたのかは分からないが、なんとなく想像ができてしまう僕はきっとむっつりなのかもしれない。
「お、お願いします」
「はい、よろしい」
東條先輩の要綱手段に折れた矢澤先輩の言葉を聞いた東條先輩は、声を弾ませながら応えた。
かくして、対策はできた。
「それじゃ、明日から――「今日からです」――うぐ」
(……大丈夫かな?)
園田さんの鋭いツッコみで撃沈される高坂さんたちを見ていると、少しだけ不安に駆られてしまう僕なのであった。
「―――ですから、ここの”みる”はマ行上一段活用になるというわけです」
「なるほど。四段活用にしたのは間違いというわけか」
勉強を始めてどのくらいの時間が経ったのかはわからないが、僕は今試験範囲とされている古文の活用形の復習をしていた。
園田さんの勉強方法は、一度自分で解かせてそれに対しての解説をしていくというとても合理的なものだった。
そして間違えた個所についての説明は非常にわかりやすく、古文が苦手な僕ですら理解するのにさほど時間を要さなかった。
「なんだか悪いね、自分の勉強もあるのに僕の勉強を見てもらっちゃって」
「いえ、私も復習になりますから」
嫌な顔一つせずに、さらにはここまでよくしてくれることに申し訳なく感じた僕に、園田さんは笑みを浮かべながら返した。
その優しい言葉に、僕は感動してしまった。
これが大和撫子の力とでもいうのだろうか?
「それに、穂乃果に比べれば理解が早くて教えやすいですから」
「あ、あははは……」
ちゃっかりとオチを付けるあたり園田さんは侮れないなと思ってしまった。
そこでふと勉強をしている他の二人の様子が気になったので視線を向けてみた。
左側では星空さんが苦手科目である英語の勉強をしていたが、状況は芳しくなさそうだった。
何せ、星空さんが窓の外を指さしながら、”ご飯だにゃ”という逃げ出す際のお決まりの言葉をいじった内容を口にしているのだから。
引っかかる人はいないだろと思ったが、小泉さんがそれに引っかかっていた。
(なぜに?)
いくら考えてもその理由がわからなかった。
というより、考える余裕もないというのが正しいだろう。
ちなみに、絶対に誰も引っかからない(小泉さんは除く)であろう言葉を口にした星空さんは、西木野さんのチョップ(恐らく軽いものだろう)によって鉄槌が下されていた。
「ことりちゃん」
「どうしたの? 穂乃果ちゃん」
そんな星空さんたちのほうを見ていると、今度は右隣に座って数学の参考書とにらめっこしていた高坂さんが口を開いた。
「おやすみ」
そして素早い動きで机に突っ伏してしまった。
「ほ、穂乃果ちゃん! あと一問だから起きてっ。穂乃果ちゃん~」
突然眠るように机に突っ伏してしまった高坂さんを起こそうと体をゆする南さんだが、何となくそれが逆効果になっているような気がした。
そんな高坂さんの様子を見ていたのか、園田さんは呆れた様子でため息を漏らすと先ほどまで広げていた参考書を机の上に置いた。
「私は剣道部の練習に行くので、あとはお願いしますね。ことり」
「わかった!」
何とも言えない表情で声をかけられた南さんは両手を胸の前で握りしめて、気合を入れた様子で答えた。
そして再び高坂さんを起こそうと体をゆすり始めた。
「お疲れ、園田さん」
「ありがとうございます。ですが……あれで身についていると思いますか?」
労いの言葉をかける僕に、園田さんは何とも言えない表情をうかべて視線を違う場所に向けた。
その視線の先にはむなもおとぉ両腕で隠しながら後ずさりをする矢澤先輩と、両手を怪しく(まるで胸を揉むような感じで)動かしながら迫る東條先輩の姿があった。
「大丈夫だよ……たぶん」
身についているのかどうかが怪しい彼女たちの様子に、僕は苦笑しながら頼りない言葉を返すしかなかった。
不安の種は消えないが、練習があるのか、そのまま荷物を手にして部室を後にする園田さんの後姿を僕は静かに見送った。
「やれやれ」
思わず口から出たのは、そんな言葉だった。
とりあえず、横で寝ている高坂さんを起こすべく、僕はポケットに入れてある扇を誰にも見えないように取り出すと、それを高坂さんの体に軽く当てた。
「うひゃう!?」
「わぁ!? びっくりした~」
奇声を上げて体を起こす高坂さんに驚きの声を上げる南さんは胸に手を当てながら自分を落ち着かせていた。
「香月君、今何かした?」
「いや、別に何も。というより、ちゃんと勉強しなよ」
落ち着きを取り戻した高坂さんの問いかけに、僕は肩をすくめながら答えると勉強をするように促し射て自分の勉強に戻った。
「はぁ~い」
そして観念したように返事をすると、高坂さんは再び勉強に取り掛かり始めた。
それを見た僕も、古文の教科書へと視線を落とした。
僕がやったのは、扇を当てただけだ。
あの扇は今朝神社の本殿から持ってきたもので、神楽舞などで使われる神具だ。
本来は持ち出し禁止だが、何となく今後必要になるかもしれないという予感めいたものを感じていた僕は、本殿から持ってきていたのだ。
この扇は昔先祖が奇跡を起こすのに使ったという逸話も残っている物で、力を使う媒体としてはこれ以上にないほど適したものなのだ。
ちなみに僕はもとから神具は与えられている。
どうやって課は知らないが生まれて1歳の誕生日を迎えた際にその人にピッタリな代物が与えられるらしい。
ちなみに僕はそれが二本の刀だったりする。
さすがにそれをここで使うわけにもいかず、ただ持ち歩くだけのアクセサリーに成り下がってしまっている。
それはともかく、勉強を再開させた僕だったが、
(集中できない)
集中力が切れてしまったためか、それとも別の要因か、勉強に身が入らなくなってしまったのだ。
自分の集中力のなさにため息をつきながら、僕はもう一度周囲を見渡す。
隣に座る高坂さんはうめき声をあげながら数学の勉強をしており、星空さんは西木野さんとにらめっこ状態、小泉さんは窓の外を見ながら何かを探している。
東條先輩たちは相変わらず腕を怪しく動かしながら矢澤先輩に迫っている。
「おっとと」
そんな時、突然東條先輩が何もない場所でつまづいた(というより、よろめいたと言った方が正しいかもしれない)のだ
「ん?」
そんな東條先輩を見ていた僕は、一瞬東條先輩に起こった現象に首を傾げた。
(今、体が透けていたような……)
一回目をこすってもう一度東條先輩を見てみるが、透けているような感じは一切しなかった。
(見間違いかな?)
体が透けるなど、普通はあり得ないことだ。
なので僕はそう結論付けることにした。
「今だっ! みぎゃ」
「逃がさへんで」
東條先輩の隙をついて脱走を図ろうとした矢澤先輩の胸を、東條先輩が思いっきりつかんだ。
その行動に、矢澤先輩の口から奇声が上がった。
(なぜに胸?)
あまり深く考えるのは止めておいた方がよさそうだったので、僕はとりあえず二人から視線を逸らすことにした。
「ん……」
そんな時、ポケットに入れておいた携帯電話の振動を感じた僕はポケットから取り出した。
どうやらメールが届いたようで、僕はメール画面を開くと未読メッセーじを表示させた。
『ターゲットAポイントXを通過。17:00頃ポイントYに到着予定。同じくターゲットKもポイントYに接近中。接触予定時刻は17:00頃。19930101』
フリーアドレスから送信されたメッセージは、普通の人が見てもよく意味は分からない内容となっている。
これが、神合から送られてくる緊急メールなのだ。
告知をする前や、監督者などから定期的に送られてくるもので、神合の者かどうかは最後の8ケタの数字で判別することができる。
この数字は、二週間に一回送られてくる執行者リストに記載されている僕の識別番号で、それはリストのが送られてくるたびに変わるためこうして安心して情報を見ることができる仕組みなのだ。
そしてこのメッセージは、僕が行動を開始することの合図でもあった。
「南さん」
「何かな? 香月君」
ちょうど近くにいたので高坂さんの勉強を教えていた南さんに、僕は声をかけた。
「申し訳ないんだけど、ちょっと親が急いで帰って来いって言ってるから先に帰るね」
「うん。また明日ね」
両手を目の前で合わせながら早く帰ることを告げると、南さんは笑みを浮かべたまま快く僕を送り出してくれた。
「また明日な」
「はい。失礼します」
声をかけてくれた東條先輩に一礼した僕は、そのまま部室を後にした。
そしてそのまま少しだけ駆け足で学院を後にするのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
ビルが立ち並ぶ人気のない道を私と妹の亜里沙と並んで歩いていた。
先ほどまで、スクールアイドルμ'sのメンバーの一人と話していたのだ。
私が、ライブの映像を投稿したことが知られてしまったが、問題はない……はず。
明日あたりに彼……香月高輔君が怒鳴り込んでくるかもしれないけれど。
「ハラショー」
「どうしたの?」
そんな時、横で間違えて買ってきたおでんの缶を開けたのか亜里沙は驚いた様子で声を上げた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「何?」
亜里沙がこちらを見上げながら声をかけてきたので、私は用件を尋ねた。
「おでんは飲み物じゃないの?」
「ええ。おでんは食べ物よ」
まだ信じられないようで、私は亜里沙の問いかけに静かに答えた。
「カレーは飲み物なのに?」
「それもちょっと違うわ」
亜里沙を見ていると、ここに来た時のことをよく思い出してしまう。
両親の事情で日本に来た時、私は亜里沙と同じような勘違いをよくしていたから。
そんなことを思い出しながら歩いていると、ふと道の端のほうにたたずむ人の姿が目に入った。
道なのだから、人がいてもおかしなことはない。
でも、その人はとても不自然だった。
もうじき夏だというのに、フード付きの真っ白なコートを羽織っているからなのか、それともほかに何か理由でもあるのかはよくわからない。
でも、とても不自然に思えたのだ。
(目を合わせなければいいのよ)
私はできる限り経っている人に目を合わせないように注意しながらその人の前を横切った。
これで大丈夫だと思った時だった。
「絢瀬 絵里さんですね」
「……っ」
静かに、だけれどもはっきりとした声が私の名前を呼んだ。
私はそれ以上歩くことができなかった。
「突然呼び止めてしまい申し訳ございません」
「あなたはいったい……」
何か言わないといけない一心で口にしたのは、問いかけだった。
声から男の人だというのは分かった。
身長も大体私と同じくらいだということも。
それでも不気味なものは不気味だ。
「私は、神社協同組合の中央区担当の者でございます」
「じ、神社?」
聞きなれない名前に、私が首をかしげていると、男の人は言葉を続けた。
「大変申し訳ありませんが、そちらの可憐なお嬢さんには席をはずしていただきたいのですが」
「ふぇ?」
「断ると言ったら?」
私は亜里沙を守るように亜里沙の前に立ちながら男の人に言い返した。
だが、男の人の答えは実に冷たかった。
「それでしたら、心苦しいですが、力尽くで外していただきます。その場合ですと無傷でいられることを保証いたしかねますが」
「……亜里沙、ちょっと向こうのほうで待ってて」
「お姉ちゃん」
この人は本気でやりかねない、そう感じた私の言葉に亜里沙が不安そうな表情をうかべながら私を見上げた。
「大丈夫よ」
「それは私も保証いたしましょう。あなたのお姉さんには危害は加えません。”今は”ですが」
少々気になる言い回しをする男の人の言葉を聞いた亜里沙は不安そうな表情をうかべたまま私たちから離れていく。
「それで、一体何の用ですか?」
それを確認したところで、私は男の人に声をかけた。
男の人は静かに私のほうに顔を向ける。
顔はフードの陰になっていてよく見えないが、それでも視線だけは強く感じることができた。
「おめでとうございます、絢瀬 絵里さん。あなたはこの土地において極めて危険な存在であると認定されました。つきましては大変申し訳ありませんが、あなたのお命を頂戴いたしたく存じます」
「………はい?」
男の人の言葉が理解できなかった私は、目を瞬かせながら聞き返した。
「一体どういうことですか?」
「あなたは現在死神のように人を死へといざなう危険な存在へとなり始めております。あなたの身近に自殺をしようとした方はいらっしゃいませんでしたか?」
私の疑問に答える男との人の言葉に、私は思い当たることがあった。
それは少し前、香月高輔君と話をしていた時のこと。
彼はいきなり窓を開けて外に飛び降りようとしたのだ。
慌てて止めたから未遂に終わったけれど
「どうやらあるようですね」
「……あれが私のせいだとでも?」
私の疑問に男の人は頷くことで答えた。
「危険な存在であるあなたを排除することによって、この土地の人たちを守るのが私の使命です。ですので、非常に心苦しいですが、あなたのお命を頂戴いたしたく見えました」
「………」
冗談だと信じたくない思いと、突然のことに驚いている思いという二つの思いがせめぎ合って声を上げることができなかった。
「ですが、あなたは現状では万全のバックアップ体制がとられているので、すぐに執行されることはありません」
「はい?」
私の様子を気にも留めずに紡がれた言葉に、私は思わず驚きの声を上げてしまった。
「あなたには21日間の
「……」
男の人がいろいろ説明をしているけれど、まったく頭に入ってこなかった。
何もかもが突然すぎるのだ。
突然のタイムリミットの宣言とか。
「つきましては、学院内のみであなたには監督者と呼ばれる一種の監視をする人にあなたのことを見張らせます」
「か、監視!?」
男の人が続けた言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「ええ。あなたの学院での様子を監視し、それを報告する方です。これはあなたの状態を正確に把握するための物ですのでご了承のほうをお願いしたいと」
「それは、一体誰?」
「申し訳ありませんが、お教えすることはできない決まりですので」
私の問いかけに男の人は申し訳なさそうな声色で答えた。
でも、どうしてか心の底から申し訳ないと思っているようには思えなかった。
「ちなみに、この町から逃げ出すのはお勧めできません。ここを起点とした東西南北の区域にも組合の者はおりますので、移動すればその方が執行者になるだけです。そして中央区以外の担当者は血気盛んな方が多いので、猶予時間が残っていても執行される危険性があります」
「つまり、逃げても無駄というわけですか?」
男の人が言っていることを要約した私に、男の人は否定せずに頷くことで答えた。
「ちなみに、猶予時間の繰り上げの条件はほかにもございまして――――っ」
突然男の人が言葉を止めると、素早い動きで私に背を向けた。
一体何事かと思い、男の人の背中から顔を出すと、そこには……
「一体何を考えられているんですか?」
大きな刀?を手にした金髪の男の人が立っていた。
「お前を始末すれば、俺は生き延びられるっ!! だから、とっととぶっ倒れろヤァぁ!!!」
大きな声でわめき散らす金髪の男の人が正気ではないことは私にもわかった。
金髪の男の人は私たちに向かって刀を振り上げながら迫ってくる。
このままだと男の人が切り付けられる、そう思った瞬間だった。
「ふんっ!」
男の人が右腕を上げて軽く払うようなしぐさをした瞬間、金髪の男の人が持っていた刀は遠くまで吹き飛ばされた。
「くそぉぉぉ!!」
「
大きな声を上げる金髪の男の人とは対照的に、淡々とした口調で告げる男の人がとても恐ろしく思えてきてしまった。
そんな時だった。
「出来るもんならな」
「…………」
金髪の男の人がそう告げた瞬間、男の人は静かに声にならない声を上げた。
「お姉ちゃん!」
「っ! 亜里沙っ!!」
そんな時響いてきた妹の亜里沙の悲鳴に、私は声のした方に慌てて視線を向けた。
そこには、首筋に光る何かを当てられた亜里沙の姿があった。
亜里沙のほうにかけていこうとする私を男の人の腕が遮った。
「おいそこの女ぁ! こいつを返してほしければ、その男を殺せ!!」
「こ……ころっ!?」
金髪の男の人の要求に、私は息をのんだ。
確かに、目の前にいる男の人を要求通りにすれば、私は生きることができる。
でも、それは……
「おら、早くしろぉ! こいつがどうなってもいいのかぁ! アァン」
「い、いや……」
せかすように声を荒げる金髪の男の人に、おびえたような声を上げる亜里沙。
どうすればいいのかがわからなくなりかけていた時だった。
「本当ならば、穏便に済ませたかったのですが……致し方ありませんね」
冷静な口調でそうつぶやいた男の人は、どこからか細長いものを取り出した。
左右には黒い何かが付いており、それに挟まれるようにして紙のようなものが見える。
恐らく、扇子のようなものだろう。
一体それを出してどうするのかと心の中でつぶやいた時だった。
しゅんという、心地よい音を立てて扇子が開かれた。
「―――――――」
そして何かを呟くと男の人は扇子を右手にたたきつけて大きな音を立てさせながら扇子を閉じた。
それとほぼ同時だった。
「うがっ!」
「きゃ!?」
一瞬のことだった。
金髪の男の人が勢い良く後方に吹き飛ばされたのだ。
悲鳴を上げた亜里沙だったけれど、見た様子ではけがはないようだった。
「―――っの野郎!!」
「っ!?」
その時、金髪の男の人が上半身を起こしてこちらをにらみつけた。
もしかしたらまた人質にされるのでは、そう思った私が逃げるように声を上げようとした瞬間だった。
「きゃぁ!?」
亜里沙の体はすさまじい勢いで私たちのほうに向かってきていた。
いや……正確には飛んできていた。
ふと見ると、男の人の右手が私のほうに反っていた。
(もしかして、男の人の手の動きで亜里沙が動いている?)
そんなことを考えていると男の人が亜里沙を受け止める形で私の横の地面に降ろした。
「お姉ちゃん!」
「亜里沙っ。よかった」
亜里沙が無事だったことに胸をなでおろす私たちをしり目に、男の人は凄まじい速度で駆け出して行った。
気が付けば金髪の男の人の姿が見当たらない。
どうやら逃げたようだ。
そう思った時だった。
「ぎゃあああああああああ!」
金髪の男の人の物と思われる叫び声が聞こえてきた。
突然の叫び声に目を瞬かせていると、少しして男の人が姿を現した。
両手に刀を手にして。
「このように、襲撃すれば大幅な猶予時間の繰り上げが行われますのでご注意ください」
「え、ええ……」
男の人は両手に持った刀をしまいながら最後にそう言い残すと、私たちに背を向けて去って行った。
私たちはただただその後姿を見送ることしかできなかった。
その後、金髪の男の人の姿を見かけることも、真っ白なフード付きのコートを羽織った男の人に出会うことはなかった。
次回の投稿も来月あたりになりそうな気が……