ラブライブ!~たった一人の男子とスクールアイドル~(凍結) 作:TRcrant
かなり時間がかかりましたが、第37話となります。
今回は高輔の生徒会長としての一面がメインの話になります。
意外と今回の話が重要なものだったりもします。
それでは、本篇をどうぞ!
「高坂さん」
「ほえ、なに?」
昼休みになり、皆が昼食をとり始めるころ。
僕は高坂さんに声を掛けていた。
「今日の昼休みの練習なんだけど、ちょっと用事があっていけないんだ」
「用事って何?」
要件を聞かれるのは予想済み。
すでにその答えも用意してある。
「前の学校での転校手続きの転校確認書類の本人の承認欄に不備があったから、今日中にそれの修正をしないといけないんだ」
「た、大変だね」
頬をひきつらせながら相槌を打つ高坂さんの様子は、明らかに内容を理解していないと見た。
「ということで、急いで書いてくるから」
「あ、うん。ファイトだよっ」
高坂さんにエール(?)をもらった僕は足早に教室を後にする。
(高坂さんが追及してこなくてよかった)
もしやと思いわざと難しい単語を並べてみたが、これほど効果覿面だとは思わなかった。
ちなみに、転校に関する手続きで、”転校確認書類”や”本人の承認欄”などというものは全く存在しない。
もし園田さんがいればさらに追及してきただろう。
難しい言葉を並ばせて、それが何かがわからないようにしたうえで、僕は畳みかけるようにその場を逃げ出せばいい。
ポイントは彼女に”その場でできる”ということを考えさせないようにすること。
そんな姑息な手段で教室を後にした僕が向かった先は生徒会室だった。
「……やっぱり鍵がかかってる」
どうやら昼休み中は誰も使わないようで、生徒会室には鍵がかけられていた。
「人の気配もしないし……やるか」
ポケットから取り出したのはこの間、アイドル研究部の部室を開けるために使ったクリップの役目を終えた針金。
それを鍵穴に差し込んでこねくり回すこと数十秒。
”カチン”という音がドアから聞こえてきた。
どうやらうまく解錠できたようだ。
「おじゃましまーす」
誰もいない生徒会室に入った僕は、静かにドアを閉めると鍵をかけた。
そしてすぐさま棚のほうに向かう。
気分はまるでスパイのような感じだ。
「あった、あった」
めぼしいファイルを見つけた僕は、棚から一冊のファイルを取り出した。
タイトルを現す背表紙には”平成○○年度 予算表”と記されていた。
それは今年の生徒会で決められた予算に関する資料や議事録で、これを見れば今年の生徒会がどのような分配で各部活動に部費を出しているのかがよくわかる。
「誰かに見つかっても面倒だ。早く済ませよう」
先月まであった、僕の生徒会資料の閲覧許可がいきなり取り消されたのはほんの数日ほど前のこと。
理事長から口頭で説明されたのだ。
原因は矢澤先輩の一件で権利を乱用して部活動のファイルを無断で読んだことに強い抗議をしてきた人がいたらしい。
抗議してきた人物は考えるまでもなく一人しかいないが。
そんなわけで、正々堂々とファイルを見ることができなくなった僕がとった行動が忍び込むことだった。
とりあえず適当な席に腰掛けると、先ほど手にしたファイルを開いていく。
(見るのは予算の最終決定に関する資料)
ぱらぱらとめくっていく僕は、目的の資料を見つけた。
(特におかしなところは見当たらない)
各部に分配された部費と、各部が生徒会に提出した希望案を見比べるが、ほとんどの部活が希望額をクリアしている。
(廃校の危機だというのに、潤沢な予算だな)
簡単に計算しても軽く五百万を超える勢いの部費に、僕は大きな疑問を抱く。
どう考えても学院の状況と合致せず、不自然すぎるのだ。
どのような学校でも、生徒の数が足りなくなればそれに比例して最終決定での予算の額も減少傾向になるのが普通だ。
それが、ここでは真逆の状態になっている。
(これは、いよいよ不正経理を疑うべきだな)
可能性として考えられるのは二つ。
一つは生徒会で検討をせず、ほぼ二つ返事で決定させていくパターン。
二つ目は、生徒会で採決された予算の分配を不正に書き換えて確定させるパターン。
一つ目は生徒会長が首謀者ということになるが、彼女はそのようなことをする人物ではない。
性格はあれだが、いつだって彼女は姑息な方法で部活動をつぶそうとはしなかった。
そうでなければ、今頃アイドル研究部は廃部にさせられているはずだ。
一つ目があり得ないのだとすれば、残されたのは二つ目のパターンだ。
「でも、証拠がない」
書き換えたのであればその前の資料がなければ、不正経理を立証することはできない。
もはや完全に詰んでしまった。
「どうすればいい……ん?」
ファイルから外した予算の資料を手にした僕は、その手に妙な違和感を感じた。
すべすべさらさらな触感が普通の紙の状態だ。
なのに、この用紙はざらざらしているのだ。
しかも、金額が書いてある場所だけ。
(このザラザラって、まさか砂消しゴムっ!?)
砂消しゴムのような素材はかすかではあるが紙に痕跡が残ることがあるらしいが、まさか本当に残っているとは思ってもいなかった。
(危うく見逃すところだった)
おそらく、誰もいない時に砂消しゴムを使って文字を書き換えたのだろう。
周囲の重要な個所まで消さないようにする器用さはすごいと思うが、それを別のところに使ってほしかった。
(さて、証拠は手に入れたんだしあとは理事長室に)
ファイルを棚にしまい、証拠の書類を三つ折りにして制服の内ポケットに入れた僕は、誰にも見つからないうちにその場を後にしようとしたがそれを遮るように携帯の着信音が鳴り響いた。
(そう言えばマナーモードにするの忘れてた)
誰からもかかってはこないとたかを括っていた自分を戒め、再び先ほどまで腰かけていた席に座ると、携帯電話を取り出した。
ディスプレイに表示されているのは『佐久間 慶介』という文字だった。
(なんだか、嫌な予感がするんだけど)
前みたいな世間話のようなものではないというのを本能的に悟っていたのかはわからないが、電話に出たくなかった。
とはいえ、久しぶりに駆けてきているのだから無視するわけにもいかず、僕はため息を一つ着くと、着信ボタンを押して耳にあてた。
『おっす、高輔!』
嫌にテンション高く返事された。
「どうも」
『なんだなんだ、テンション低いぞ高輔!』
「何の用だ」
お前が高すぎるんだという言葉を必死に呑み込んだ僕は、早速本題を尋ねる。
『実は生徒会で、9月に開催される学園祭の準備をしているんだけどさ』
「あー、もうそんな時期か」
そろそろ梅雨も明けるこの時期。
生徒会も学園祭の準備を開始する時期だろう。
前の学園はほかの学園とは違い、9月の学園祭とは別に、12月に文化祭というものが存在する。
どちらもどこにでもある文化祭と同じ内容だが、出し物などが比較的に自由なものとして学園祭を、各クラスなどで研究した内容を掲示する発表会のようなものが文化祭という位置づけとなっている。
文化祭については、掲示場所の指示を担当の委員に出して、当日確認するだけなので比較的に楽なのだが、問題は9月の学園祭。
普通の文化祭と同じために、様々な部活などから予算案が提出されたり、出し物の案件が出てきたりと生徒会にとってはまさに猫の手も借りたい状況になる。
そのため、早めに準備を始めるのが慣例らしい。
とはいえ、
「僕はそっちの学生じゃないんだから、関係ないんだけど」
『ところがどっこい、各部からの学園祭の予算案がオーバーしていて、どうにもならない状態が続いてるんだ。話し合いをしても平行線
だし』
僕の言葉を無視する形で慶介は言葉を続ける。
困っている状況は分かるが、それでも僕には関係がないことには変わらない。
『だから助けてくれよ、高輔!』
「助けてって……お前は生徒会副会長。私は生徒会でなければ、他校の学生だぞ。出来る訳がないだろうが」
もしこれが同じ学園にいる状況であれば、ぶつぶつ言いながらも手を貸していただろう
だが、そこの学生ではない僕に協力をする資格も権利もないのだ。
「それに、生徒会長の後任には橋本君を指名してある。彼は優秀なんだから彼と知恵を出し合え」
『いや、高輔。お前は重要なことを勘違いしてるぜ』
そんな僕の言葉に慶介は”ちっちっち”と舌打ちをしながら言ってくるが、妙に腹が立つのはなぜだろうか?
『高輔はまだ生徒会長なんだぜ?』
「………はぃ?」
慶介の言葉の意味がうまく呑み込めなかった僕だが、その意味をようやく理解できたとき、僕は驚きを隠さずにはいられなかった。
一体全体どうしてそんなことになっているのだ?
『なんかな、理事長が突然”彼はここに必要な人材だ! たとえこの学園生でなくても彼は生徒会長だ”なんて言い出したから高輔は生
徒会長で、橋本のやつが生徒会長代理っていうことになってるんだよ』
「頭痛い……」
頭を抱えたくなる状況というのはこういうことを言うのかと、どうでもいいことを思いながら僕はため息を一つつく。
(まあ、魂胆見え見えだけど)
あそこの理事長は、例の事件で色々とおいしい思いをしている共犯であることは、僕自身すでに把握していた。
僕の機嫌を損ねてそれが露見するのを防ぎたかったのだろう。
(あのような小物すぐにつぶせるから放っておいたんだけど、まあ搾り取れるだけ搾り取ってやるか)
『というわけで、知恵を貸してくれよ高輔』
折角忘れていたのに蒸し返すだなんて馬鹿な奴だ、と心の中で笑っていると電話口から慶介の声が聞えた。
よほどうまくいっていないのか、声の節々に切羽詰まったような感じが見受けられた。
まあ、無関係であるとも言えないのだし、将来の自分のために少しはこういったことでもして腕を磨くのも悪くはない。
「分かった。それじゃ、今から言うものを例のアドレスに送ってほしい。まずは―――」
そんな思いで僕は慶介の頼みを聞き入れると、必要なものを告げるのであった。
こうして、僕の少しだけ変な形の生徒会活動が幕を開けるのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「はぁ……」
人通りの少ない廊下を歩いていた絵里は、一人ため息を漏らす。
その表情は憂鬱さを彷彿とさせているものであった。
(スクールアイドル……か)
その原因は何度も何度も彼女の耳に入ってきたその単語が原因であった。
音ノ木坂学院内ではすでにスクールアイドルμ'sの名前は広がりつつあった。
それと同時に、生徒を集められるという期待感も上がり始めているのは言うまでもない。
それが彼女にとっていい気持ではなかった。
(ダンスの基本もなっていないのに、どうして)
それはバレエをやってどのコンテストでも上位に食い込んでいた絵里だからこそ持ちうる疑問だった。
だからこそ彼女は受け入れられないのだ。
彼女たちの存在と、結果のすべてを。
「あれ?」
再度ため息をつくのと同時に、目的地である生徒会室にたどり着いた絵里は、スカートのポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込んだ瞬間、首をかしげる。
(今、中から何か聞えたような……)
その原因は、生徒会室から聞こえる音だった。
当然だが、この音の正体は中にいる人物の物なのだが、絵里にそのことが分かるはずでもなく。
(ま、まさか……お化け?!)
絵里の表情が青ざめ、鍵を持つ手は大きく震え始めた。
(そ、そうよ! これは生徒会のメンバーが中に入っているのよ! そうに違いないのよ)
半分思い込ませるように自分に言い聞かせた絵里は、ドアの鍵を静かに開けた。
普通であれば、鍵を掛けなくてもいい。
それなのにかけているというのは、生徒会メンバー以外の者が忍び込んでいるのか、仮に生徒会メンバーだったとしても後ろめたいことをしているのかのいずれかに考えられるはずだ。
そのような状況で生徒会室に足を踏み入れれば何が起こるかは予想ができない。
相手が逆上し、危害を加えられる可能性も十分に考えられる。
絵里は、そのことを考えて中にいる者に気付かれないようにしたのだ。
誰かを呼ぶという選択肢もあるが、ただの気のせいだったり、鳥越苦労だった場合のことを考えるとそれは憚られたのだ。
(静かに、静かに)
彼女に出来るのは静かにドアを開けて中の様子をうかがうことだけだった。
何者かがいたらまた静かにドアを閉め、その場から逃げて誰かを呼ぼうと考えながら。
(……)
静かにドアを開け(全開ではなくほんの数十センチだが)中の様子を見る太絵里は思わずため息のようなものをつきたい心境に陥った。
そこにいたのは、椅子に腰かけて何かを見ている高輔だった。
注意をしようと、生徒会室に入った時だった。
(電話? 私は携帯なんて持ってないし)
突然鳴り響いたのは電話の着信音だった。
だが、それは絵里の物ではない。
この時、絵里の携帯電話は自分のクラスの教室に置いてあるカバンの中に入っていたからだ。
そうこう考えているうちに、高輔は鳴り響いている携帯電話を取り出すと、通話ボタンを押して通話状態にしてからスピーカーフォンにするとそれを机の上に置いた。
『それでどうだ?』
「メールの資料を見る限り、圧しているのは演劇部それと家庭科部のようだな」
電話口から聞こえる慶介の言葉に、高輔は机の上に置かれたもう一台の携帯電話を見ながら返事をする。
『演劇部は木材とかの購入費用、家庭科部は食材やらお皿とかの購入費用らしい』
「なるほど、文化祭ともなれば必ず必要になる材料だからな」
頭を掻きながら答える高輔は、頭の中でどうすればいいかの策を考えていた。
『どれも蹴散らせて変なことにでもなったら大変だからさ、どうすればいいかがわからなくて』
「まず木材に関しては、去年の未使用分と使用済みで使える部分の木材が入った倉庫があったはずだから、そこからねん出したらどうだ?」
(確かにそれが一番よね)
高輔の出した指示に、絵里もう心の中で頷く。
残っている資源を再利用するのは誰もが考え付く対応策でもある。
『どうだって言ってもどこも使いたがだないと思うんだけど』
「そうだろうな」
続いて話は定番中の定番である”どこの部活が使うのか”という難しい内容に移っていた。
ほとんどの部が良い素材新しい素材を使いたいと思うのは当然のことだ。
どうやって折り合いをつけるかが話をまとめるカギと言っても過言ではない。
顎に手をあてて考え込んだ高輔は、すぐにその手を離すと
「”資材利用を承諾した部には来年度の予算において希望に沿えるように検討する”というのはどうだ?」
『なっ!?』
(はいっ!?)
高輔の出したぶっ飛んだ策に電話先の慶介だけではなく、絵里までも声をあげそうになる。
絵里は声を上げるのをギリギリのところで免れたが、衝撃的なことには変わりなかった。
『それってあいつがやっていたのと同じじゃないか!』
「いや、そうでもないよ。私は確かに”検討する”とは言ったが、必ず希望に沿うとは一言も言っていない」
(え?)
高輔の口から出た言葉の内容に、絵里は一瞬頭の中が真っ白になる。
「”検討した結果、こうなりました。”そう言えばすべてが終わるわけだ。これはあのバカがやっていた手法なわけだけど」
(あのバカ?)
電話での会話で時より出てくる何者かを指す単語に、絵里は首をかしげる。
それは、二人が単語を口にするたびに、不快そうな雰囲気を放っているのに気付いたからだ。
「まあ、今のは冗談だけど」
『お前が言うと本当にやりそうで、シャレになんないぞ』
「失敬な」
ため息をつきながらやれやれと言った口調の慶介に、高輔は心外だと言わんばかりに返すと咳ばらいを一つする。
「あのバカがこれまでため込んだ、裏金があったはずだ」
(う、裏金!?)
『あれは全額返金しただろ』
驚きのあまり声をあげそうになる絵里をしり目に、高輔は話を進めていく。
「確かにそうだけど、あれは元々各部活に支給されるお金だ。それを還元するのに問題はないはず」
『つまり、表向きは資材の協力のお礼と見せかけておいて、実質は不当に削られた予算の還元という形にすればいいというわけか』
慶介は、高輔の言わんとすることを察して相づちを打つと高輔は”そういうこと”と頷きながら答える。
(でも、そんなの公平じゃないわ)
問題は公平性が無くなるという点だ。
「別に協力をした部活のみではなく、すべての部活に対して還元すれば公平性は保たれる。しかも、各部活がどれほどの還元を受けているかなんて把握もできないから公平性にも問題はなくなる」
『まあ、何となくは分かるけど』
高輔の言葉に慶介は言葉を濁すように相づちを打つ
「重要なのは、紙の上や机の上ではなく直接接すること。どんなに策を巡らせようとも生徒会に必要なのはそれだと思う。ようは策ではなく対話ということさ。大量に仕入れる変わりに、仕入れ代の方を安くしてもらえるかの交渉も含めてな。だからこの策も最終手段に過ぎない」
『そうだな……そうしないとあいつみたいになっちまうもんな』
(……)
慶介と高輔はその後、二言三言言葉を交わすとどちらからともなく電話を切る。
「ふぅ……」
電話をしまった高輔は深く息を吐き出しながら脱力する。
そんな彼に、絵里は無意識のうちに拍手を送っていた。
「っ!?」
その音に脱力していた高輔は慌てた様子で立ち上がると絵里のほうへと振り向く。
「い、いつからそこに?!」
「えっと……電話の相手の『それでどうだ?』っていうところから」
高輔のあまりの動揺した様子に驚きながらも、絵里は高輔の問いかけに答える。
「はぁぁ~」
それを聞いた高輔は脱力したようにため息をつくと肩を落として項垂れる。
「えっと……大丈夫?」
勝手に生徒会室を使ったことに対して注意をしようということはすでに頭の中からなくなりかけていた絵里は高輔に気まずそうに声を掛ける。
「大丈夫です」
高輔の力のない返事に全然大丈夫そうには見えないのだが、絵里はその言葉を心の中にとどめることにした。
「あなた、生徒会長をやっていたの?」
「別にやりたくてやったわけじゃありません。勝手に教祖のように祭り上げられてさせられただけです」
絵里の問いかけに、高輔はそっぽを向きながら恨み言を言うように応える。
「でも、ちゃんとやっていなければ今みたいに相談を受けるなんてことはないわ。しかも転校した人には」
「……」
絵里の言葉に高輔が見せたのは褒められたことに対しての恥かしさでも、うれしそうな表情でもなく、ただただ無表情なものだった。
まるで、そういったものを遮断しているかのようでもあった。
「どうかしたの?」
「いえ……なんでもありません。勝手に入ってすみませんでした」
そんな表情を浮かべる高輔に、気に障ることでも言ったのかと思った絵里が声を掛けると、高輔は静かに目を閉じると生徒会室へ入ったことを謝りだした。
「え、えぇ。次から気をつけてね」
そんな彼に、絵里はきつく注意することができなかった。
いや、忘れてしまったといった方が正確だろう。
「そ、それじゃ、これで――――っ!?」
予想だにもしなかった来訪者に気が動転していたからだろうか、足早に生徒会室を去ろうとした高輔は何もない場所で盛大に躓いたのだ。
そして、不運にも躓いた先には去ろうとする高須家に戸惑いの表情を浮かべている絵里が立っている。
「きゃ!?」
その結果、高須家は絵里を巻き込んでこけるのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
はっきり言って我ながら不覚を取った。
彼女から称賛の声をかけられて昔のことを思い出しそうになったのに加え、慌てて逃げようとしたものだから何もないところでこけてしまったのだ。
(あれ……痛くない)
だが、不思議なことに痛みは全くなかった。
受け身を取ることなく前向きにこけたのでかなりの痛みを感じるはずなのに
「いたた……」
その疑問は、僕の下のほうから聞こえた生徒会長の苦しそうな声で解けた。
「すみません、けがはないですか?」
「え、ええ」
僕が素直に謝ったことに驚いているのか、それとも巻き添えで倒れたことに驚いているのかは定かではないが、生徒会長は視線をせわし
なくいろいろな場所に動かしながら弱々しい声で相槌を打つ。
「それよりも、そろそろ離してほしいんだけど」
恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女の様子に、僕は先ほどから何度も向けている方向に視線を向ける。
「……~~~~っ!?」
それを見た瞬間、僕は声にもならない悲鳴を上げた。
僕の手のひらは彼女の胸を見事に掴んでいる状態だったのだ。
片手のほうはしっかりと床に手をついているので生徒会長にはそれほど痛みはないだろうが、いったいどのような偶然が重なればこのようなことになるのかが謎だった。
(って、そんなことを言ってる場合かっ!)
まったくもってどうでもいいことを考えている自分に突っ込みを入れながら、僕は飛びのくように彼女から離れた。
「本当に申し訳ありませんでしたっ!」
「あ、ちょっと――――」
女性の胸を思いっきり掴んだ罪悪感と、恥ずかしさから僕は逃げるようにして生徒会室を飛び出した。
「すぅ……はぁ」
そして全速力で階段を駆け下りて、下の階に降りた僕は自分を落ち着かせるべく静かに深呼吸をする。
「……最悪だ」
そして、先ほどの自分の行いを思い返してそう呟くと、僕は重い足取りで歩きだすのであった。
次回か次々回あたりで話が動き出す予定です。