時系列はstsとvividの間くらいです。
古代遺物管理部機動五課、通称『機動五課』。アルファード・E・クラウンが部隊長補佐を務める部隊である。
部隊長は入局30年を超えるベテランの二等陸佐。これ以上になるとほか管理世界との外交なんかの政治家としての仕事も増えてくるので、機動五課のような現場レベルの指揮官としては最高階級とも言える。階級こそアルファードと同じだが、その経験は段違いだ。
古代遺物管理部はもう解散した八神はやての六課を除けば五つ。
そのどれもが遺失世界のオーパーツ、通称『ロストロギア』の捜査、確保を目的としている。
ロストロギアはいまの科学では解明できないロストテクノロジーが使われており、手のひらサイズのものが世界の一つや二つ簡単に消し飛ばしてしまう力を持っていることも珍しくない。
そして困ったことに、そうしたロストロギアは珍しいものでもなかったりする。それこそ捜査部隊がわざわざ五つも作られてしまうくらいには。
というかむしろ部隊はちょっと足りてないまである。
「ので、別に有給取れないのも仕方ないと思いません?」
「思わん。帰れ。そして休め。いやお前が仕事に熱心なのは助かるよ。俺もお前ほど熱心な補佐がいてくれることに感謝してる。……だが、家にはマジで帰れ。オフィスの番人になるな。具体的に言うと俺が本局人事部のやつらにまた『機動五課の有給取得率が悪いのですが……』と睨まれる」
「人事部も聞き分けがないですね」
「聞き分けがないのは頑として有休をとらないお前なんだが……」
「それは、ほら、俺基本他の人に迷惑はかけてませんから」
「夜新人が忘れ物取りに行ったら真っ暗なオフィスでお前が一人仕事してるのを見て警報鳴らしたの忘れたのか?」
「すみません、あと5分だけと思ってたんですけどついつい伸びちゃって」
「ガキが親にゲームやりすぎと叱られた時の言い訳みたいなこと言うな」
部隊長が大きくため息をしながら、薄く生えたひげを撫でた。
「アルも恋人ができてちょっとは変わるかと思ったがビビるくらい変わんねえなぁ」
「いえめっちゃ変わりましたよ。毎日が充実、ウルトラハッピーです」
「ウルトラハッピーってそんな眼鏡押し上げつつ真面目な顔で言うことか? まあお前が幸せならお見合いを勧めた俺としてもうれしいんだがよ」
「ええ、その節はありがとうございます。おかげでいい出会いがありました」
嘘ではない。
あのお見合いはアルファードにとって、恋人がいるという事実を得るための非常にいい出会いだったのだから。
あれからアルファードと高町なのはと何度か集まって話し合いを重ね、偽装恋人のルールを定めた。
① 偽装恋人であることを誰にも漏らさないこと。
② 率先してお互いが恋人であることは言いふらさない。聞かれたら答える程度に抑えること。
③ 極力相手のプライベートに干渉しないこと。
④ ただ週に一度情報共有の為のミーティングを行うこと。
⑤ どちらかが恋人関係の解消を求めた際には深く質問せずに応じること。
細かいルールはほかにもいくつかあるが、大きなルールはこんなところになる。
こうしたルールの詳細を詰める際も、高町なのはは非常に理知的だった。おそらく高町なのは以外ではここまでスムーズにアルファードと話を進めることはできなかっただろう。
(あの子、童顔で子どもっぽく見えるときもあるんだけど、すごい賢いんだよな。時々俺も驚くくらい効率的というか、達観したものの見方をするっていうかさ)
「やっぱりあのお見合いは俺にとって間違いなく得だった。彼女はかわいらしい人だし」そう結論付けたアルファードが、自分の思考に引っかかりを感じた。
(……ん? そこは別にどうでもよくないか? 偽装恋人がかわいいかどうかなんて俺に何の利益ももたらさないよな)
らしくないことを考えた、とアルファードが自省する。
「で、アル……聞いてるかアルファード?」
「はいもちろん聞いてます。先月配属された新人ちゃんの件ですね」
「うん違う。そんなキメ顔で間違えなくていい。お前のプライベートの件だよ。それで? 高町の嬢ちゃんとはうまくやれてるのか?」
「はあ、それ何回目ですか。俺と高町一尉はちゃんとうまくやってますよ。むしろうまくいきすぎて困っているくらいです」
「そうかそうか。ならデートにはもう行ったんだろ、どうだった?」
「行ってませんけど」
「ほー、恋人なのにそんなことあるんだな。あ、そうか、最近はメールで仲を深めてってのもあるらしいな。なんだアルたちはそのクチなんだな? くく、お前みたいな男もメールで愛をささやいたりしてんだな」
「いえ別に? 俺そもそも高町一尉のメールアドレス知りませんし」
「ストップ。さすがにちょっと確認させてくれ」
部隊長が目を細め、なにやら考え込むように腕を組む。
それを見てアルファードが不思議そうに首を傾げた。
(なんか変なこと言ったか?)
言っている。偽装恋人なのに誤魔化さずに馬鹿正直に答えてしまっている。
「アル、少し座れ。茶でも淹れてやるから」
「え? いえ大丈夫ですよ、このあとも仕事ありますし……」
「座れ」
「アッハイ」
部隊長に気圧されて、アルファードが近くの椅子を引っ張ってきて腰かける。
そのまま淹れてもらったお茶を受け取り、お互いに一口飲んでから、部隊長が「さて」と前置き。
「さっきの確認なんだがな、アル。お前、高町の嬢ちゃんとデートしたことは?」
「ないですけど」
「メールは」
「ないですね」
「手紙……」
「文通ですか? 俺も高町一尉もそういうのはあんまりしない側の人間ですね。
……部隊長? どうしたんですそんな難しい顔で黙り込んで」
「いや……うーん……でもな……」
首を傾げつつ、アルファードが喉を潤すために淹れてもらったお茶に手を伸ばし、口に含む。
紅茶より渋みが強い。確かどこかの管理外世界から仕入れられた『ニホンチャ』とかいうシロモノだったはず。
管理外世界からの輸入だけあってお値段もそう安くはない。わざわざこれをふるまってくれる部隊長には感謝しながらアルファードはさらに器を傾け―――
「……お前、本当に高町の嬢ちゃんと付き合ってる?」
「ブーーーッ!」
―――そして、それをすべて上官のズボンにぶっかけた。
「うおきったね! てめえ俺上官だぞ! 茶ァ噴き出していいと思ってんのか!」
「それはマジですいません! でも部隊長が変なこと言うからでしょうが!」
「いや、それはそうかもしんないけどよ……」
もごもごと言っていた部隊長だったが、「でもなぁ」と続ける。
「デートもしてない。メールどころかメールアドレスも知らないって、それお前ら何がしたくて付き合ったんだよ」
「何……を……?」
「おう、なに管理外世界の人間が初めて魔法を見た時みたいな反応してんだ。普通だろ、恋人と何かをしたいって思うのは」
「お、俺たちはプラトニックな関係なんですよ。お互い忙しいし、まだ、こう、お互い手探り? という感じというか? たぶん」
「なんでお前がよくわかってないんだよ……」
「お互い忙しいので」
「お前が思うほど『忙しい』って単語は言い訳として力を持ってないからな?」
うーん、と部隊長が疑わしそうに目を細める。
「あとな、お前ずっと『高町一尉』って言ってるが……これいまが仕事中だからだよな? 普段は『なのは』とかそういう感じで呼んでるよな?」
「? いや……」
普通に高町一尉呼びですよ、と言いかけて、アルファードが気付く。
(待て、これもしかしていま部隊長にめっちゃ疑われてるな?)
気づくの今?
(どれだ……どれが怪しかったんだ……どこでボロが出た……)
だいたい全部だと思う。
(いや今は原因究明よりこの場を乗り切らなければ。この前偽装恋人は隠すって決めたばっかなんだ、即行でバレたら彼女にも申し訳が立たない)
よし、とアルファードが気合いを入れる。そして部隊長をしっかり見据え、言い放つ。
「い、いや~~、ふ、普段は、ナノハってぇ、ヨンデマスヨォ?」
言い放てなかった。めちゃくちゃ目が泳いでいた。
「……まあ、だよな。そりゃそうだよな。変なこと言って悪かったな」
「い、イエ、ベツニ……」
「あ、そう言えば今度の首都防衛隊との合同捜査の件だが……」
が、それでも部隊長はひとまず納得したらしく、話を切り上げて仕事の話に戻る。
アルファードもそれに応じ、しばらく打ち合わせを終えた後、部隊長室を後にした。
「なんとか、誤魔化せたみたいだな」
だがそれはきっと一時的なこと。
アルファードが馬鹿正直に答えた「デートしたことない。メールもしてない。そもそもメールアドレス知らない」という事実は、部隊長に疑いの種を植え付けてしまった。
それはふとしたことで芽吹き、「アルファードと高町なのはは恋人のフリをしているだけ」という疑いを確信へと至らせてしまうに違いない。
(それはダメだ。俺が仕事をするために偽装恋人を作るような奴と思われれば、恐らくお見合いの圧はいまより増す)
やるしかない、とアルファードは眼鏡をクイッと押し上げた。
「やるしかない。ラブラブデートカモフラージュ作戦を……!」
真面目な顔で口走る単語ではない。
「というわけで、どうやら付き合って一か月になるのにデートをしていないというのはそれなりに不自然みたいです」
後日、アルファードは週に一度のミーティングで事の顛末を説明した。
場所は管理局から少し離れたカフェの一角で、高町なのはは彼の向かい側でアイスティーをちゅーと飲んでいる。
「そうだったんですね……。やっぱり不自然だったんですね……」
「ということは高町一尉も薄々?」
「フェイトちゃん……あ、私の一番仲のいいお友達なんですけど、その子に少し」
「なるほど。次からはそういった懸念事項も共有するようにしましょう」
なのはが口元に手を当てて「予想外でした」と深くうなずく。どうやら『自分たちの関係を正直にそのまま話す』ということが疑われる要因になりえると思い至らなかったらしい。君たち本当に隠す気ある?
「けど五課の部隊長さん鋭いですね。一気にそこまで疑ってくるなんて」
「ウチの部隊長は管理局も長いですから。おそらくベテランの勘も働いているのではないかと」
「侮れませんね、勘」
「侮れません、勘」
勘でなくてもあそこまで言われたら大抵の人は気づくと、恋愛経験値絶無の天然コンビは気づいていない。
「それにしても、困りましたね」
アルファードが頭をかくと、なのはがこてんと首を傾げた。
磨かれた水晶のような澄んだ瞳に見つめられ、ほんの少し胸の鼓動がうるさくなったアルファードが咳払い。
「デートの件です。どうやら『恋人関係』と納得してもらうにはある程度デートのエピソードを持っている方がよさそうですね」
「エピソード、ですか?」
「ええ。例えば遊園地に行ったとか、二人でピクニックをしたとか、恋愛映画を見に行って気まずくなってしまったとか、そういう他人に聞かせられる経験談です」
「アルファード二佐のデートのイメージけっこうかわいいですね……」
「あくまでも一般論です。俺個人が憧れているわけではありません」
クイッと眼鏡を押し上げつつ顔を隠したアルファードがなのはの呟きを否定する。
が、なのはの目線では指の隙間からアルファードのほのかに赤くなった顔が見えていたので、特に彼女の中で印象は訂正されなかった。
真面目な顔のアルファードは年下の女子に「見た目に反してかわいい趣味の人」というイメージが根付いていることなど知る由もない。
「それでデートの件ですが、少し悩んでまして」
「悩む……あ、どこに行くかとかですか? こういうのってどこに行くのが多いんでしょうか。よく聞くのはショッピングとかですけど……」
「行く……? ああ、設定の話ですか。そうですね一応昨日の夜サンプルシチュエーションを五通りくらい作ってきましたが、どこかリアリティが欠けていて」
アルファードがカバンからドサッと50枚程度のコピー用紙を机の上に置く。
紙の上には『ラブラブデートカモフラージュ作戦詳細 ㊙』と書いてある。
「とりあえず高町一尉にはこれをご精査いただいて、そちらの意見をまとめてほしいです。それをもとに俺が手直しをしたものを決定稿としてもう一度作成しようと思いますがいかがでしょうか」
「えーっと……これを台本にしてデートするってことですか?」
「え?」
「え?」
なんか話がかみ合ってないな、と二人の動きが止まった。そして、なのはが恐る恐るといったふうに口を開いた。
「えっと、私たちデートするんですよね?」
ガタタッ!
「わ、アルファード二佐いま机から滑り落ちましたよ!? だいじょうぶですか!?」
「だ、大丈夫です……少し脛と肘と側頭部を強打しただけなので……」
「いやそれまあまあの重症ですよ!?」
駆け寄ってこようとするなのはを「問題ないです」と手で制したアルファードが椅子に座りなおす。
アルファードはそのまま注文しておいたコーヒーに口をつけると、眼鏡の奥の瞳を光らせた。
「それで、で、デートですか? 俺と、高町一尉が? 本当に?」
「え、そういう話してましたよね?」
「し、してませんよ。俺はあくまでもデートをしたってエピソードを作ろうって話をしてただけで……」
「でもそれで誤魔化せます? 五課の部隊長さんは私たちの関係性を聞いて『付き合ってるか疑わしい』って思ったんですよね。それだと私たちが適当なエピソードを作っていってもぼろが出ちゃうんじゃないでしょうか」
「そ、それは、そうかもしれませんが……」
むう、とアルファードが唸る。
(高町一尉が言うことは正しい。確かに俺のような恋愛経験がない男が作るエピソードでは気づかないところで無理が出る。だから確かに『実際にデートをする』っていうのはアリだ。むしろ実体験を持てることを考えれば最適解に近い)
だが、と心の中のアルファードが壁を叩く。
(俺と高町一尉は偽装恋人なんだぞ? マジでデートをしたらそれは……普通の恋人に近づきすぎてしまうのでは……? それって最初俺が求めたものからは遠い気がするし、というかそもそも高町一尉も俺のような堅物とデートしても楽しくないだろうし、周囲に見られたら彼女も嫌な気持ちになるだろう)
よし、と心の中のアルファードが頷き眼鏡を押し上げる。
(デートはしないとはっきり言おう。彼女は理知的だし、きっと話せばわかってくれる。よし、そうしよう)
意思を固める。いままで揺らいでいた恋愛経験絶無の天然男はもういない。ここにいるのは『実際にデートはしません』と言う決意を抱いたハードガイだ。
「高町一尉、それでデートの件ですが……」
アルファードが凛とした姿勢で向き直ったとき、その態度を見て高町なのはが「あっ」と全てを悟った表情をした。
そして少ししゅん、と肩を落として、曖昧に微笑む。
「す、すみません……嫌、でしたよね、私みたいな、子持ちの小娘なんかとのデートなんて……あはは、気にしないでください! いまの話はナシにしてください」
「いや全然嫌じゃないですね。むしろ心惹かれてました。しましょうデート。めっちゃしましょう。これ以上ないほどに具体的なエピソードを作りましょう」
ちょっとハードガイ?
「えと、ほんとうにいいんですか……? 実はいやだったりしませんか?」
「いえ、そもそも俺の考えたデートのシナリオはどれも現実味に欠けていましたから。確かに実際にデートをするのが一番だと思います」
「そうですか。ならよかったです」
ほにゃ、と笑うなのはに、アルファードも微笑み返し、そして心の中の壁を殴った。
(可愛すぎるだろうが……! ちょっと自信なさげに目を伏せられたりしたら何でも言うこと聞いてあげたくなっちゃうからさ……!)
ちょろすぎる。
しばらくしてアルファードがコーヒーのお代わりをもらった頃合いで、二人の話題は具体的なデートの内容へと移っていく。
「それでデートですが……どういったものが普通でしょうか」
「うーん、難しいですね。私も人並み程度に恋愛を取り扱った作品は見たことありますけど、場所とかはあんまり決まってないと思います」
「なるほど、初回のデートと言えばこれ!という鉄板はそれほど強くないと。ならばデートに求められるものは場所よりも、『何を行ったか』なのかもしれませんね」
「あ、それは確かにあるかもしれません。キスはデートの二回目とか言いますしね。あ、そうだアルファード二佐は―――二佐っ!?」
キス、となのはが言った瞬間アルファードがつるっとコーヒーのカップを手の中で滑らせる。
「きゃーっ! アルファード二佐早く拭いてください! まだ熱かったですよね!?」
「うぎ、ぎ、全然、熱くないっ、です……!」
「なんの強がり!?」
なのはがまたもや駆け寄ろうとしたのを、先ほどと同じように手で制するアルファード。
彼は「こういう時に使える魔法があるので」と言い、アツアツコーヒーでびしょぬれになったズボンに手をかざしていた。
そういわれてしまえば、偽装恋人であるなのはは大人しく引き下がるほかない。彼女は生来のお人よしではあるが、さすがにまだ深くは知らない相手に迷いなく突っ込んでいけるほど老成してもいない。
その代わりになのはは何やら魔法を使ってズボンを処理しているらしいアルファードを見つつ、ひとつの疑いを募らせる。
(もしかしてさっき『キス』って単語で動揺した? え、でもまさか……)
キス。接吻。ベーゼ。言い方は自由だが、大まかにはお互いの唇をくっつけ合うことである。
それは主に恋人同士のスキンシップの一つではあるが、世界には挨拶代わりのキスなんかをする人もいるらしい。
もちろんさすがにそれは極端な例ではあるが『キス』という単語自体はそう珍しい言葉でもない。
というかアルファードは「ラブラブデートカモフラージュ作戦」とかいうやっすいバラエティ番組でもつかないような言葉を使ってたという事実の方が恥ずかしい気はする。
(でも、さっきのは明らかに……)
なのはがちびちびとアイスティーを飲みながら、「濡れたらいけないからな」とラブラブデートカモフラージュ作戦と書かれた紙をカバンにしまおうとしているアルファードを盗み見る。
黒髪の眼鏡をかけた真面目な青年。この人が本当にキスという単語を恥ずかしがるというのか。
なのはが組んだ手の上に顔を載せて、ぽつりとつぶやいた。
「……アルファード二佐ってキスしたことあるのかな」
ばささっとアルファードの手からラブラブデートカモフラージュ作戦の紙がすべて零れ落ちた。
「た、たたたたた、高町一尉いきなり何を!?」
「へ? あ、す、すみません、ついぽろっと思ったことがこぼれてしまったと言いますか……」
「き、気を付けて下さい、そういうのめんどい上官と仕事するときになったら弱み握られますから……」
アルファードが眼鏡を押し上げようとして「あ、これネクタイだった」とつぶやいてる姿を見ながら、なのははうん、と頷いた。
(やっぱりキスって単語ですごく動揺してる。いまも眼鏡の位置を直そうとしてなぜかネクタイ押し上げてたし)
やっぱりなんだかずれた人だなあと思う。
(でも、たぶん私が思うよりも純粋な人な気がする。
……なんでこの人が偽装恋人なんて人をだます真似をしてまで、地上本部総司令になりたいんだろう)
彼は言っていた、「いまの管理局の仕組みを変えたい」と。
でもそれは「総司令になってやりたいこと」であって、「総司令になりたい理由のすべて」ではない気がする。
嘘はつかれてないと思う。でもそれがすべてではないと、高町なのははそう思った。
この人のことを少しずつ知っていきたい、そう思った。
「よし、じゃあアルファード二佐、私たち名前で呼び合いましょっか」
「え、どういう文脈?」
高町なのはにとって『名前を呼ぶ』という行為には大きな意味がある。
それは『あなたと友だちになりたい』という意思表示であり、それはつまるところ相手のことを知っていくために最初に踏み出した一歩でもある。
高町なのはが仲良くなりたいと思ったときは、名前を呼ぶ。それがはじまり。
だがそんなことを知らないせいでただただ困惑するアルファードだが、にっこり笑うなのははそのままぐいぐい押していく。
「いや私たちいちおう『恋人』なわけじゃないですか、それなのにいつまでも階級呼びはおかしくないですか?」
「ずいぶんいきなりですが言ってること自体はまともですね」
アルファードの脳裏に部隊長の「普段から階級呼びにしてないよな?」という指摘がよみがえる。
確かに仕事なら階級をつけて呼ぶべきだが、いまはプライベートということにしているのだし、いつまでも階級呼びということは変だ。
それは納得できる。筋の通ることを言われている。
「じゃあ私はアルファード二佐のことなんて呼べばいいでしょうか? アルファードさん? アルファードくん? あ、愛称とかあったりします? 恋人同士で仲良しなことアピールするなら、そっちで呼んだ方がいい気がするんですけど……」
「いやそれにしてもぐいぐい来すぎやろ! 急に来すぎやて!」
「じゃあアルファード二佐から呼びますか、なのはって」
「エッ」
ばっとなのはが両手を広げる。
「どうぞ、なのはと呼んでください」
「な、なの、なのはさん……?」
「ダメです呼び捨てで」
「呼び捨て!?!?!??!」
23の男が呼び捨てひとつに食いつきすぎである。
「呼び捨ては……は、ハードルが高い、というか……」
「でも『恋人』感出すためには必要ですよ。ほら、私は気にしませんから」
ね?と首を傾けるなのは。その姿にアルファードはぐ、と唇をかむ。
(……情けない。俺が提案した偽装恋人を貫くために、年下の女の子にここまでさせている。くそ、なんだ、ただの名前じゃないか。なにでかいハードルを置いてるんだ)
ふう、とアルファードが息を吐く。
(名前を呼べばいいんだろ。簡単だ。楽勝だ。俺はできる)
アルファードが眼鏡をクイッと押し上げると、背筋を伸ばして高町なのはに向き直る。
水晶の瞳。栗色の髪。彼女はじっと、何かを期待するように自分を見つめている。
「行きますよ、高町一尉」
「……」
こくり、と頷くだけのなのは。声を出して返事をしなかったのは次に答えるのは『名前を呼ばれたとき』と決めているからか。
すう、と息を吸い、そして、アルファード・E・クラウンはその言葉を紡ぎだす。
「な、なの―――――やっぱ無理ですナシの方向で俺たちは名前で呼ばなくてもいい感じで行けますマスターこれ勘定! コーヒーうまかったです!」
「あ、ちょ、アルファード二佐逃げないでください! あ、アイスティーもおいしかったです。ありがとうございました! ちょっと、アルファード二佐~~!」
結局、呼び名は変わらず。
お互いに一歩踏み出したような踏み出してないような、そんな彼らの関係らしい曖昧さで、その日のミーティングは幕を閉じたのだった。
『高町なのは』
あの人のことを知りたいなーって言うアクセルが全開になってしまった。お人好しの全力全開。
アルファードのことはでっかい大型犬だと思っている。
『アルファード』
真面目な顔でいることが多い割に聞かれたことは正直に答えちゃうし、動揺はすぐ動きに出るしで知将キャラの才能がない。
ラブラブデートカモフラージュ作戦の内容は「初デート 場所 何話す」とインターネットで検索した末に数時間の苦労で作り出されたが特に役に立たなかった。
取り繕えなくなると口調が関西弁っぽく訛るタイプ。
『部隊長』
アルファードを機動五課にスカウトした人物。
仕事の鬼のような部下を心配している。アルファードは鋭い人物と言ったが、いたって平凡な管理職である。