今回はヴィヴィオのお話です。
高町ヴィヴィオは古代ベルカ伝説の聖王女『オリヴィエ・ゼーゲブレヒト』のクローンである。
聖王女オリヴィエは現代の聖王教で神格化されている人物でもあり、ヴィヴィオがそのクローンであるという事実は聖王教にとっては無視できない重大な事柄でもある。
でもだからといって『高町ヴィヴィオ』が特別な人間なのかと言えばそんなことは決してない。
魔力の光こそオリヴィエと同じ虹色であるものの彼女にオリヴィエの記憶はなく、また聖王が扱ったとされる『聖王の鎧』と呼ばれるレアスキルも既に喪失している。
彼女は『ザンクト・ヒルデ魔法学院』に通う小学二年生で、にんじんが嫌いで、ちょっぴりおませさんな、ちょっぴり特別な女の子。
そして『高町なのは』の娘。ただそれだけの女の子だった。
「またねーヴィヴィオー」
「うん、またねー」
「明日は体操服の代わりにパジャマ持ってきたらダメだからね」
「も、もー! ちょっとまちがえちゃっただけだから!」
ヴィヴィオはいつものように友人に手を振って帰路につく。
週に何回かは
(コロナも同じ方向だったらおしゃべりしながら帰れるのになあ)
残念ながらヴィヴィオの一番の仲良しの友だちは家が同じ方向ではないのだ。
ヴィヴィオの自宅から学校までの距離は彼女の足で歩いて20分ほど。
さほど遠いとも言えない距離だが、小学二年生のヴィヴィオからすると一度どこかで休憩は入れておきたい距離である。
「公園、ちょっとよっちゃおっかな」
なにせなのはと一緒に登校することもある朝と違って、帰りは一人なのだ。少しくらい公園で休んで帰るくらいご愛嬌といったところだろう。
るたた、と上機嫌に公園に向かったヴィヴィオは、周囲をきょろきょろ。まるで誰かを探すように小さな公園の中を見渡した。
(今日はあの人いる日かなあ)
砂場で遊ぶまだ小さい子ども。滑り台で日曜朝のヒーローごっこをする兄弟。木陰のベンチで談笑するおばあさんたち。必死に逆上がりを練習している同年代くらいの女の子。そんな公園で本を読みながら店番をする移動販売のアイス屋さん―――ちょっと心惹かれるけど自分で買うにはお小遣いが心許ない―――があって。
「あ、いた」
そしてヴィヴィオは、公園の片隅の一番大きな木の下で何やら難しい顔で空中に浮かべた半透明のキーボードを叩いている男性を見つけると、小走りで駆け寄っていく。
「こんにちわー、お兄さんっ」
おひさまのような笑顔と一緒に声をかけると、それまで難しい顔をしていた男性がヴィヴィオに気づいて片眉を吊り上げる。
「なんだ、また来たのか嬢ちゃん。君も飽きないな」
そういって眼鏡をクイッと押し上げた彼―――アルファードが、呆れたようなため息交じりに苦笑した。
とりあえず座る?とアルファードが隣にハンカチを敷いてくれたので、ヴィヴィオはお礼を言ってちょこんと腰かけた。
「でね、それで体操服の袋を開けたらなぜか入ってたのはパジャマで!」
「はは、そりゃあ驚きだな。ベイヒルの騎士杖からマガジンってとこだな」
「べいひる……?」
「思いがけもしないことが起こるっていうベルカの古いことわざだよ。最近だとすっかり使われないけど」
「へえ~、お兄さんって物知りなんですね」
「はは、俺は嬢ちゃんの倍近く生きてるからな。若いうちからこういうことをちゃんと知っておかないと将来おじさんになったとき辛いんでな。まあ、嬢ちゃんみたいな若い子からすると俺はもうおじさんなのかもしれないが……」
「お兄さんはまだ自分のことを若者だと思ってるおじさんってこと?」
「要約した時のキツさがやばすぎやろ」
「ごめんなさい?」
「うーん、嬢ちゃんはちゃんと謝れて偉いなー。悪意がない故の破壊力のエグさに気づけたら満点だ」
む、とヴィヴィオが唇を尖らせる。
「子ども扱いしないでください! 私もう小学二年生なんですから」
「そうはいっても俺が嬢ちゃんと出会ったの二か月くらい前だし……そのころから嬢ちゃん大して変わんないっていうか……」
「身長が一センチ伸びました! これは大きな成長だもん!」
「でも一センチってあれだろ? 成人男性の小指の爪より短いくらいの長さ」
「なんでわざわざあんまり長くなさそうに言うんですかぁ~!」
ぽかぽかと脇腹を叩かれながらもアルファードが笑う。その間もキーボードを叩く手は動いたままだ。
「というかお兄さんは私に距離がありすぎだよー。私の事まだ『嬢ちゃん』だし。私の名前はヴィヴィーーー」
「やめろやめろやめろ! 嬢ちゃんはまだ成人男性が血のつながりもない未成年女児の名前を知ってて仲良くしてるって状況のヤバさわかっていない! 俺を追い詰めたくないなら俺に名前を名乗るな」
「えー、名前ひとつでお兄さんになにか影響が出るの? たかが名前だよ?」
「舐めるな。俺は最悪の場合……死ぬ(社会的に)」
「一大事だった!?」
アルファードはヴィヴィオの名前を知らない。彼にとってヴィヴィオは公園で知り合った金髪の人懐っこい女の子の『嬢ちゃん』だ。もちろん彼女の母親が『高町なのは』であるなど思いもしない。
ヴィヴィオはアルファードの名前を知らない。彼女にとってアルファードは時々公園でキーボードを叩いている眼鏡の『お兄さん』だ。もちろん彼が母親の『偽装恋人』であるなど知るはずもない。そもそもヴィヴィオはなのはに恋人がいるという建前があることすら知らないのだから当然だ。
二人はお互いのことを名前すら知らず、でもだからこそ成り立っている不思議な関係があった。
しばらくアルファードはヴィヴィオが最近読んだ本の話などを聞かせられながらキーボードを叩いていたものの、不意にひょっこりと投影しているウインドウを覗き込まれてしまう。
「……よめない」
「そりゃそうだ。魔法で俺以外には分からなくしてるからな」
「そういえばお兄さんっていっつもここで何してるんです? 私と初めて会った時もここでカタカタしてたけど」
「仕事だけど?」
「ここ外なのに!?」
ヴィヴィオが食いつくと、いや聞いてくれよ、とアルファードが事情を語り始める。
「今日中に片づけたい仕事があったんだけど、上司に『もう70時間くらいお前を隊舎の外で見てないから仕事をやめろ』って言われてさ、じゃあ仕方ないから自分の部屋に戻って仕事するかって思ったんだけど、前部屋で残業してるのバレちゃってさ、それ以来俺自分の部屋で仕事のアカウント開くの上司の許可いるようになっちゃってさ」
「え、ええ……」
「でもこの公園のこの位置、ここはギリギリ管理局のネットワークをデバイスが拾えるからここでなら仕事ができるんだよ。ラッキーだった」
仕事の鬼の全く羨ましくもラッキーでもない話に、ヴィヴィオが給食でにんじんが出てきたような顔になる。
「うへぇ~、もうお仕事終わってここに来てるのにまだお仕事してるのぉ?」
「嬢ちゃんも大人になればわかる……いやでも仕事と付き合っていくことの大切さがな……」
「い、いやすぎる」
「はは、そのときは必ず来るから心しておくといい」
「そのとき、かぁ。私にそんなとき来るかなぁ……」
含みのある言い方だった。
普通の小学生らしくない、そんな未来が見えていないかのような、そんなどこかあきらめが混じった呟き。
「お兄さんは、なんで管理局員になったの?」
「……急にどうした。俺なんかの話を聞いても面白くないと思うぞ」
「うん。なんか、大人の人ってふつうどうやって将来の夢とか決めるのかなって」
アルファードが眉を寄せる。
「学校で何かあったのか?」
「いやべつに何かあったってほどでもないんだけど……ちょっと宿題で『私の将来の夢』がテーマのものが出て」
「あー、なるほどな。それで嬢ちゃんはその宿題になんて書けばいいのかわかんなくなっちまったわけだ」
「な、なんで」
「バァカ、顔に書いてあるよ」
キーボードを叩く手は止めず、けれどアルファードは空いた片方の手ですぐ隣にあった金髪の頭をたむたむと撫でた。撫でられた当人はこれまた「そんなにわかりやすかったかな」と顔に書いて、目を真ん丸にしている。
「……で、どういう悩みなんだ」
「え、えと、でも……」
「いいって。嬢ちゃんみたいな子どもの悩みくらい仕事の片手間に聞いてやるよ。俺くらい他人になれば、そこらへんに生えてる木に聞かせるのと変わらんさ」
「いいの……?」
「うん。話してみ?」
ふ、と眼鏡の奥の瞳が柔らかく細められた。
「あの、私、ちょっと家庭環境が複雑で……」
その柔らかさに手を引かれるように、詳細をおぼろげにしながらヴィヴィオは自分のことを語り始める。
「私、いまのママと血がつながってなくて。あ、でもママはすごくやさしいし、私の事をとっても大切にしてくれてるのがわかるから大好きなんです。
でも私の遺伝子……じゃなくて、ほんとうの親?は、ベルカの古い家柄の、聖王教会にとってすごく大切な血筋の人なんです。だから私も聖王教会といろいろ関わりがあって、あ、聖王教会の人たちもすごくいい人ばかりで、そこも不安はないんですよ?」
ヴィヴィオの話はあまり理路整然としていない。
それはそうだ。彼女の出自は特殊すぎる故にそのまま話すことはできない。だからある程度はぼかして、脚色を加えていかなけらばならない。
いまは自分の遺伝子の元、クローンであるヴィヴィオのオリジナルである『オリヴィエ』を親ということにして話している。
「私のママは管理局員なんです。ママは私が辛いときに助けてくれた人で、私の成長を見守ってくれた人。憧れなんです。ママみたいになりたいなあ、とか思うこともあって」
それでもきっとわかりにくいところはたくさんあるだろう。
でも、アルファードはそれをただ静かに聞いていた。いつの間にかずっとしていた仕事の手も止めて、じっと。
「私の生まれのことを考えると聖王教会に行った方がいいのかなとか。いや聖王教会の人たちがそういってるわけじゃないんですけどね。でも、いま私が普通に暮らせてるのは聖王教会の人たちの助けがあるのも確かで、だから恩返しがしたいって気持ちがあって」
ヴィヴィオが指を組んで、ほどいて、また組んだ。
「わからないんです。私がどうするべきか。きっとみんな私の自由にしていいって言ってくれるけど、でもだからこそ、私はみんなに胸を張れる将来を……ってお兄さん聞いてます?!」
「え、いや聞いてるよ。うん、聞いてるって」
「うそだぁ! だってなんかいつの間にか仕事再開してるもん! さっきまでやめて聞いてくれてたのに!」
「いやだってさぁ……」
ふんがいだよ!と頬を膨らませるヴィヴィオが、ぽかぽかと脇腹を叩いてくるのを受け止めるアルファードは妙にうまく叩きこまれる拳に悶える。
「ひどいひどい! さいてい! 私がんばって話してたのに!」
「ごめ、いてっ、こら、的確に肝臓を狙うな!」
「ゆるさないもん! お兄さんなんてもう知らないから!」
「いやだって、嬢ちゃんの話があまりにも普通だったもんだからさ」
ぴたり、とヴィヴィオの手が止まった。
「ふつう……?」
はじめて言われた言葉だった。いや正確には
「そうだよ、普通だ普通。嬢ちゃんくらいの子どもが将来の夢に悩むなんて普通なんだよ。誰だって通る道だし、うだうだ考えて特別なことにしなくたっていいんだよ」
「で、でも私いろいろ責任があると思うんだ!」
「それはそうかもな。たぶん嬢ちゃんにやさしくしてくれてる人たちはその人たちなりの事情があるかもしれない。
でもな、たぶん嬢ちゃんの周囲は嬢ちゃんが思う以上に、嬢ちゃんに見返りを求めてないと思うぞ」
アルファードがキーボードを叩きながら言葉を続ける。
「やさしさってのは一方通行じゃない。双方向だ。投げたら投げ返すキャッチボールだ。そして、嬢ちゃんの周囲がやさしくしてくれてるのは他ならぬ嬢ちゃんがやさしいからだって、俺はそう思う。
だって、覚えてるか、俺たちが初めて会った時のこと」
「覚えてるよ。私が公園に寄ったらお兄さんがアイスを買ってくれた時の事でしょ?」
「その前だ。その前、嬢ちゃんは俺が落としたハンカチ拾って渡してくれただろ」
言われてヴィヴィオが初めて会った時のことを思い出そうとする。
たしか、すれ違ったときに大人の人がハンカチを落として、それを拾って渡したら、「お礼だ」とアイスをくれた気もする。あまり意識してのことではなかったためアイスの方を強く覚えていたらしい。
「そういえば、そんなこともしたかも……?」
「ほらな。嬢ちゃんにとって誰かにやさしくするってハードルは低いのかもしれないが、優しくされた方はけっこう覚えてたりするもんだ。
だからな、きっと嬢ちゃんの周囲がやさしいのは、嬢ちゃん自身がこの上なくやさしい人だからだよ」
ふ、と再びアルファードの瞳が細くなる。
「だから、嬢ちゃんは周囲じゃなくて自分の心の声に耳を傾ければいい。その声はまだ大きくないかもしれないけど、ま、子どもの頃ってのはその『自分の声』を大きくするためにあるもんだ。
だから焦らなくていい。深刻に考えなくていい。そもそも子どものころの夢なんてな、適当に『およめさん~』とかでいいんだよ」
「そ、それは適当すぎだよ!」
「そうか? 俺もガキの頃は適当に『ベルカの騎士』とか言ってたしそんなもんだと思うが。
ま、本当に悩んでるならそのまま正直に親に話してみればいいんじゃないか?」
「ええっ!? でもさっき自分の心の声にとか言ってたよね!」
「そりゃ悩むくらいならな。でも聞く限り嬢ちゃんの母親はすげーいい人だ。正直にいろいろ話してみればきっといい方向に転がるさ。
それとも嬢ちゃんのママは子どもの話を聞いてくれない人か?」
「そ、そんなことないよ! ぜったいないもん!」
「ならいいじゃないか。問題は解決だな」
ぽかん、とヴィヴィオがあっけにとられたように口を開く。
なんだかそれなりに悩んでいたはずなのに、あっさりと悩みの内容が解体されて、その解決の手順まで導き出されてしまった。
(ふつう……ふつうの悩みだって、言われちゃった)
高町ヴィヴィオはちょっぴり特別な女の子だ。
古代ベルカの聖王女『オリヴィエ・ゼーゲブレヒト』の遺伝子を持っていて、聖王教会の中ではヴィヴィオを『陛下』と呼ぶ人すらいて、そして管理局の『エースオブエース』高町なのはの娘だ。
でも、公園にいる、名前もしらないこの眼鏡の『お兄さん』にとってはなんてことのない『普通』らしい。
(なんか、ちょっとふしぎだ。何も知らない人のはずなのにすごく私のことをわかってくれてるみたいな、そんな気がする)
この感情になんと名前を付けたらいいのかわからない。
愛ではない。恋ではない。そんなドキドキきらきらするものではなくて、家に帰って「おかえり」と言ってもらえた時のような、そんなあったかい気持ち。
「よし、これで終わりっと」
ヴィヴィオがそんなことを考えているなど露知らず、アルファードが半透明のキーボードを横に滑らせる。
しゅいん、という軽い音がして先ほどまで浮いていたウインドウがすべて掻き消えた。
どうやらようやく『今日中に片づけたかった仕事』とやらが終わったらしい。
ヴィヴィオがはっとして思考を振り払った。
「おつかれさま、お兄さん。やっぱりお仕事終わらせたあとって爽快感があるの? あ、もしかして疲れてたりするのかな」
「うん? んー、人によるとは思うが……俺はどちらかというと疲れてる方だな。しばらく脳がぼーっとする」
「へえ……」
その言葉を聞いたヴィヴィオの脳裏に突如ぴこん!と一つのアイディアが浮かんだ。
それはあまりお行儀がいいとは言えなかったが、でも成功すればお兄さんと自分が満たされるグッドアイディアだった。
「でもそれはちょっとわがままかな」とも思った。
「でもお兄さんなら許してくれたりするのかな」と甘える気持ちが出てしまった。
しばらく二色の大きな瞳をゆらゆらと揺らしていたヴィヴィオが、急にわざとらしく「あ、あー!」と声を上げる。
「あ、あんなところにアイスの移動販売ガー! ちら」
「……」
「つ、疲れてるお兄さんには糖分補給が必要カモー! ちら」
「……」
「か、かっこいい大人ならついでに私みたいな子どもにも買ってくれたりするのかなー? この前も買ってくれたしなー。ちら」
「嬢ちゃん、お前なあ、ガキの頃から小賢しくねだること覚えたらロクな大人にならねえぞ」
はあ、とアルファードがわざとらしくめ息をつくと、小賢しいヴィヴィオがしゅん、と肩を縮める。
本で読んだおねだりのテクニックだったのだが、ちょっと自分には早すぎたらしい。
子どもらしく背伸びして失敗したヴィヴィオ。そんな無垢な顔を見ているとアルファードの心にむくむくといたずら心が芽生えていく。
「ほれ」
「ふにゃ!? いたたた、おにーひゃん! ほっぺたいたいよぉ~!」
「おー、もちもちだ。ガキの頃しかないよな、こういう手触り」
「防犯ブザーならしちゃうよ!」
「それはマジでやめてくれ」
むにむにとヴィヴィオのほっぺたをひっぱって遊んでいたアルファードだったが、かざされた防犯ブザーにスッと真顔になった。
二人の間で、「悪かった」「いいでしょう」というやり取りが交わされ、ヴィヴィオが防犯ブザーから手を離すと、アルファードは取り繕うように咳払いをひとつ。
「ほれ、行くぞ」
「ふぇ?」
「アイス、食うんだろ。頬っぺた触った口止め料だ、好きなもん選ばせてやる」
「……うんっ! うん!」
ぱあっ、とヴィヴィオが表情を華やがせて先に歩きだしていたアルファードのあとを小走りで追いかけた。
黒髪の青年と金髪の少女の二人が、移動販売のショーケースの中を覗き込む。
アルファードはさくっとソーダ味のアイスを選んだが、ヴィヴィオはソフトクリームにするかチョコミントのカップアイスにするかたっぷり五分悩んだ挙句、そのどちらでもないストロベリーのアイスをチョイスした。
「ん~、おいひ~」
「そうかい、それはアバラダールの土堀りだ。ちなみにこれは自分の小さな行動が相手の大きな喜びにつながって驚くことを指す慣用句だ」
「ありがとう! お兄さん!」
「うん、聞いてないみたいだな。でもその元気のいい返事に免じて良しとしよう」
木陰で容姿も年齢も全く違う二人がアイスを食べる。
友だちというにはあまりに年齢が離れていて、兄弟というには容姿が似ていない。
でもお互いに信頼していないかと言えばそうでもない、そんな二人。
ヴィヴィオが最後の一口を口に運ぶと、甘さでゆるんだ頬を抑えてほにゃと笑う。
「ふー、おいしかったです。ごちそうさまでした。ありがとうございます、お兄さん」
「ういうい。ったく、嬢ちゃんくらいのガキにアイスおごるくらい小賢しい真似しなくても普通に頼めば食わせてやるから、次食いたくなったら普通に頼めよ」
「ふつうって?」
「あん? あー、それはあれじゃないか、上目遣いで、『たべたいなぁ~』ってやるんじゃないのか。得意そうじゃないか」
「なんかそこはかとなく私のこと馬鹿にしてませんか! そんなことやったことありませんよ!」
「でもさっき小賢しく『オゴッテクレナイカナー』とかしてたじゃん」
「そ、それはお兄さんならちょっとくらいわがまま言ってもいいかなとか……」
「嬢ちゃんはちょっと人を簡単に信頼しすぎだから気を付けた方がいいぞ」
「? お兄さんだから信頼してるんですよ?」
「そういうとこだっつーの」
アルファードが頭をがしがしとかくと、ヴィヴィオの手からアイスのごみをひったくると自分のものと一緒に丸めて、ぽいっとゴミ箱に向けて投げ入れた。
ストライク。ごみは寸分たがわずゴミ箱の真ん中に入って音を立ててた。
「じゃあ、俺は帰る。嬢ちゃんも休憩は十分だろ? もうあんまり寄り道せずに帰れよ」
「はーい。またね、お兄さん」
おう、とアルファードが片手をあげてから「あ、それと」と付け加える。
そのまま彼はしゃがんでヴィヴィオと目線を合わせると、口元に指をあてて「しー」というポーズをとった。
「俺にアイスをおごってもらったことはママには内緒だからな」
「うん、わかった」
「あとちゃんと夕飯も食べること。大きくなれないからな」
「うん、それもわかってる。……ああ、そっか」
不意にヴィヴィオの中で今までなんとなく持っていた『お兄さん』への印象が一つの実像を結んだ。
ママには言いにくい悩みを言えて、こっそりお菓子を食べさせてくれたりして、そしてちょっとぶっきらぼうだけどやさしい。
こんな人を何て言うのか、本で読んだことがある。
「お兄さんってなんか『パパ』みたい―――」
「ストーーーーップ!!!」
急にアルファードがヴィヴィオの口を控えめに人差し指で抑えた。
「聞かれてねえよな? よし、いやマジで嬢ちゃんと俺の年の差で『パパ』はやばい」
「ええ、たかが二文字だよ?」
「舐めるな。最悪の場合、俺は……死ぬ(社会的に)」
「一大事だ!? ……なんかこれさっきもやったような」
大人の男は弱点が多い。そういうものなのである。
「じゃあ今度こそ俺帰るから。またな、嬢ちゃん」
「うん、またねお兄さん。……また会えるかな?」
ふ、とアルファードが目を細めた。そして立ち去るヒーローが決め台詞を残すように、言い放つ。
「俺がこの公園でサビ残するときに、また会おう」
ダサい……。
その後、「なんか最後にドッと疲れたな……」とぼやきつつ遠ざかる背中に手を振っていたヴィヴィオがつぶやく。
「私にもいつかパパができることがあるのかなぁ」
そしてヴィヴィオはカバンを背負いなおすと『お兄さん』に背を向けて、『ママ』の待つ家へと駆けだした。
『高町ヴィヴィオ』
ちょっぴり特別な『普通』の女の子。
家に帰ったあとママと将来の夢についてじっくり話したらしい。
お兄さんにはなんだかんだ懐いている。
『お兄さん』
こと、アルファード。
年下相手になるとちょっと意地悪に、かつちょっとやさしくなるらしい。
嬢ちゃんのことは妹か親戚の子どもくらいに思っている。