翼を広げて空を駆ける。
俺の心中とは裏腹に空は良く晴れ渡った青空だ。
あの頃羨望の思いで見上げていた青空は、今、無性に俺の心を苛立たせた。
疾く。
疾く。
時間が無い。
気持ちばかりが急いてしまう。
そんな俺に驚き隠れる奴らを尻目に眼下の森を見渡し、ただ進んだ。
『馬鹿野郎が…!』
頭の中にあるのは何時かのアイツだ。
諦めの表情。
傷つき、苦しみ呻いて俯く姿。
そして、俺達を命を掛けて守るその背中。
『チッ』
思い出すだけで腹立たしい。知らず舌を打つ。
頭を振り、再度見下ろした森の中に人影を見たのはその時だ。
「こちらです、サカキ様!」
「ああ」
サカキ。
アイツ、また‥!
『ミュウツー!』
頼むから、もう一人で戦わないでくれ。
独りで何もかも背負わないでくれ。
今度は、俺がお前を助けるから…!
---
「う‥」
私は。どうなった?
数回瞬きを繰り返して漸くクリアになっていく世界。
覚悟していた体の痛みはなく、しかし、目の前の光景に言葉を失って正気も失いかけた。
『起きた?』
「!!?!!」
階段から落下した筈の私の体は地面の上。駅のホームから一転して森の中。
そして、緑豊かなそんな場所でふわふわと体を浮かせて私を見つめる桜色の生物は?
「は?」
『?』
何故。
何故、この子が此処に居るのか。
私の知っているこの子はアニメ、ゲームに登場する仮想生物だ。
リアルで存在してる筈もない。
そう。
"ポケットモンスター" はゲームやアニメの話であり、 "ミュウ" は架空の世界のキャラクターなのだから。
「…こんな夢見るなんて疲れているのかな」
『大丈夫?』
「ううん。大丈夫じゃない‥」
夢だろう。
しかし、だとしたらこの柔らかな草の感触は?緑豊かな森の匂いは?
これが夢だとしたら余りにもリアルだ。
ゲームのやりすぎかもしれない。ポケモンの言葉がわかるなんて夢だとしても都合が良すぎだ。
逞し過ぎる自分の妄想力に呆れ半分。恐怖も半分。
戦々恐々と冷や汗流して起き上がるとミュウの空色の目が丸く開かれて私を見つめた。
「…うん?」
『?!』
なんだか驚いてる。
「なに?」
『な、何って‥ねぇ‥ボクの言葉わかるの?』
「うん」
『!!?』
ミュウが驚き固まった。
なんだなんだ?可愛いな。
「どうかした?」
『なんで君との会話が成り立ってるのかな?』
「え?さあ?」
『ボクの言葉、わかるの?』
そして、唐突にミュウの言うことを理解した。
冷や汗がどっと溢れて背中を伝う。
知らず私の声も震えていた。
「ミュウが‥人間の言葉を話してるんじゃないの?」
頼む。
そうだと言ってくれ。
それでないと、私はいよいよ本格的に妄想力豊かな異常者だ。
これが夢だろうと自分の頭を疑ってしまう。
だと言うのに、現実はかくも非道なものである。
『ボク、人間の言葉なんて話せないよ』
「………」
意識が遠のく。
これは病院に行かなければならない。
『そうだ!こんな事してる場合じゃない!』
「うお!?」
『丁度いいや!一緒に来て!!』
「うおおお!!!??」
悲観する間もなくミュウに手を引かれて私は森の中を走り始めていた。
やがて抵抗も、自分の足で走るのも諦めて引き摺られるようになるまであと数分。
ミュウは私に何をさせるつもりなのか。
……足痛い。
---
頭を揺らす轟音。
薙ぎ倒されていく森と、巻き込んでしまった逃げ惑うポケモン達を横目に念を込めて影を見据える。
「大人しく我らダークロケット団の配下に付け!ミュウツー!」
『誰が貴様らの配下に下るかっ』
奴らの胸にあるのは "×" で潰されたRの文字。
記憶とは少し違うようだが、見覚えのあり過ぎるその一文字に舌を打つ。
面倒だ。
『失せろ!』
手の中でシャドーボールを形成して打ち出した。その瞬間。
『ツー!』
『!』
不意に届いたテレパシーに愕然と森の中を見遣る。
叢を掻き分け、顏を出したのはミュウと、一人の少女だ。
『ツー‥やっと見つけた!』
『ミュウ‥?』
何故、此処に?
久しく目にしていなかった自分のオリジナル。
しかし、再会の余韻に浸っている余裕はない。
『ミュウ!逃げろ!!』
『え?』
ミュウは、完全に油断している。
『っ、うわ!』
「ッ!!!?」
ロケット団のギャラドスの破壊光線がミュウと、傍らの人間を襲う。
驚くミュウと、驚愕からか悲鳴すら上げられない少女を庇う様にテレポートして立ち塞がった。
が。
『くッ‥!』
急ぎ張ったバリアは脆く打ち砕かれる。
肌を熱が煽り、背後まで突き抜ける衝撃。
「きゃああああ!!!」
『うわああああ!!』
『ミュウ!人間!!』
巻き込まれたミュウと少女は崖の下へ落されていく。
助けようと身を乗り出すが、しかし、次いで注ぐ相手の攻撃は私をその場に留まらせた。
スピアーのミサイル針が鋭い軌跡を描いて足元に降り注ぐ。
『これを連れてはいけないな‥』
ならば、せめて。
『せめて、あの二人が逃げられる時間を‥!』
ミュウが一緒ならば最悪の事態は免れる筈だ。
ならば、私がやるべきは此処で敵の目を集中させ、殲滅する事。
それが叶わないとしても時間を稼ぐ事だろう。
増員された敵を前に再び集中した。
---
「サカキ様、この少女は?」
「ミュウが連れていた。この戦いに巻き込まれたのかもしれん」
薄い世界。
何処か遠くから聞こえる人の声。
水の音と、額に触れた冷えた温度が心地良い。
「う‥ぅう‥」
意志とは関係なく、薄っすらと開いていく私の目。
ぼんやりと霞む視界のピントが少しずつ合っていく。
「気が付いたか?」
「?」
私はまた気絶していたのか。
ミュウツーを見つけた直後、何者かに崖から叩き落された記憶を最後にまた場所が移動したようだ。
川の音を聞くに、私は崖から落とされて流されたのかもしれない。
「体は痛むか?」
ミュウが守ってくれたんだろう。
体はどこも痛くない。
そして、パッと。世界がクリアになった。
「えっ。私の人生終わる?」
「貴様。目覚めて第一声がそれか?」
私を覗き込む極悪面は話を聞いてくれる優しさくらいは有るらしい。
「まあ、いいさ。ケガもないようで何よりだ。一応病院で検査を受けさせよう」
「検査?」
「崖から落ちたようだ。痛みは無くとも、検査は必要だろう。まあ、ミュウがバリアボールを張っていたから平気だろうが」
頭に乗せられたのは冷やしたハンカチだったのか。
もう少し休んでいろ。と、大きな掌で頭を撫でられて、ふと、思い出す。
「そうだ!ミュウは!?」
「あっ」
ゴッ…。
「ッ、ン!!??!?」
『!!!!!!!』
衝撃。
起き上がったそのまま目玉が落ちるんじゃないかと錯覚しうる衝撃に、覚醒した筈の意識が明滅する。
「あ‥ああああああ……!!!」
『みゅうううううううううううう……!!!』
「だ、大丈夫か?」
大丈夫じゃない。
あまりの衝撃にチカチカと星が飛ぶ。頭が揺れる。
それを耐えつつ顔を上げると、私と同じく頭を押さえたまま悶える桜色。
起き上がった拍子に‥追突した‥のか‥
「ッ‥ミュウ…?」
『元気そうで何よりだよぉ‥』
「さーせん…」
痛む額を擦りながら顔を上げれば私を守ってくれたらしいミュウがいる。
(頭の瘤は別として)ケガをしている様子もなく、(頭突きしたこと忘れてくれねえかなあ、と、思いつつも)安堵した。
そして、漸く私を看病してくれていたらしい御仁を振り向き。言葉を失う。
「へ、ひ‥?!」
「どうかしたか?」
オレンジ色のスーツに胸のR文字。
強面だが顔立ちは整っていて、大人の色気たっぷりな御仁。は。見覚えがあるぞ。
「あの‥トコロデ‥?」
「ああ。私はロケット団の首領、サカキだ」
「!!」
ロケット団のボス!!
「サカキ‥!?」
数分前までの迂闊な自分を殴りたい思いだが、しかし、思わず身構えた私は先までの光景を思い出して脱力した。
「あれ?」
目の前にミュウが居るのに何もしない。
ミュウも、すぐ真後ろにマフィアのボスが居ると言うのに油断しきってる。平然と背中を向けてる。
「あれえ?」
この世界のロケット団は私が知るマフィアとは違うのか?
だって、あのサカキがミュウを前に何もしないんだもの。
「どうした?」
悪意のない顔で問われて、腕を組んだ私は悩みに悩んで口を開いた。
「……ロケット団って、マフィアじゃないの?」
「ああ。お前たち一般人はまだ知らない奴がいるだろうな。今はもう違う」
「は?今はって?」
ロケット団に何かあったのだろうか。
はて、と。首を傾げるも、いい加減現実を受け入れ始めているし折角のポケモン世界なんだから色々聞いちゃおうか。と、好奇心を持った矢先。
ゴォオオオオッッ!!!
「伏せろ!」
「!?」
サカキに押されて庇われた瞬間に空から受ける強力な炎。
それがポケモンの攻撃だと私が気付くより早く、サカキは立ち上がってボールを握った。
空にいたのは。
「リザードン‥!」
「ダークのポケモンか!」
「ダーク?」
ダーク‥?
そんな組織、ポケモンにあったっけ?
リザードンは火の粉を吐き出して私たちを見下ろす。
その瞳を染めるのは私でもわかる確かな敵意だ。
「熱い‥」
体を焼く炎の熱気はやはり妄想なんかじゃない。
だとしても、私のポケモンは現実世界のゲームの中だ。
ボールもないしリュックもない。ポケモンバトルになったらサカキに頼るしかなかった。
でも、あの模様は‥
『チッ!外したか‥』
「!」
あ!リザードンの言葉もわかる!
それを驚くより早くリザードンが炎を蓄えた。
「サカキ!」
「下がっていろ!」
サカキも既に臨戦態勢。
このままだとポケモンバトルだ。
憧れのリアルポケモンバトル。
でも。
『ロケット団に、ミュウツーは渡さねぇ!!』
「!!」
ミュウツー‥?
「待ってサカキ!」
「!?お前‥何を?!」
慌ててサカキの腕を引いてボールを抑える。
容赦なく迫る火炎放射はサカキが私ごと倒れて回避してくれた。
熱風を浴びた程度で済んだのはミュウが咄嗟に守ってくれたからだ。
明らかに私たちは攻撃をされている。でも、これはきっと反撃してはいけない。
サカキを抑えて立ち上がり、ミュウとリザードンの間に割って入った。
両手を広げて、空を見据える。
「何を考えている!」
「お願い!待って!!ミュウもやめて!!」
『!』
空が赤い。
炎が迫る。
その先に居るのは敵意を隠すこともしない、きっと、野生のリザードンだ。
そして、そのリザードンを私はきっと知っている!
『ミュウツーには近付けさせない!二度と、傷付けさせるものか!!』
「逃げろ!!」
あゝ。
やっぱりね。
「………」
『…なんの、つもりだ…』
頬がほんの少しだけ熱い。
リザードンの強力な炎は私を僅かにそれて背後の大木を焼き切り、地面を焦がす。
だと言うのに、私は一切の火傷もなく、そこに立ち尽くした。
それは、リザードンが本気で私たちを攻撃する気が無かったと言う事だ。
つまりは、ただの威嚇。
「……はぁ…」
『!』
そうとわかれば話が出来る。
数回深呼吸を繰り返し、私を見下ろし続ける空の上の暴漢を見上げてニタリと笑って見せた。
「さあ、話をしないかい?リザードン」
『話?』
呆気に取られる表情。
しかし、直ぐに敵を露わにサカキを、私を見つめた。
『ロケット団の言う事なんて誰が‥』
「私はロケット団の人間じゃないわ」
『ッ‥お前‥俺の言葉‥』
驚くリザードンがミュウを見下ろす。
ロケット団の首領であるサカキがミュウを害していない事に漸く気付いたんだろう。驚き、攻撃を止めた姿を見上げたまましたり顔で笑って見せる。
「私、どうもポケモンと話す事が出来るみたいよ。ミュウツーが生み出したコピーリザードン君w」
『!!?!』
予想は的中。
遂に戦意喪失し、地面に降りてきたリザードンに歩み寄り、手を差し出した。
私と、その手を交互に見つめてリザードンが困惑の表情を浮かべている。
『お前。何なんだ?』
一体私が何回あの映画を見たと思っているんだ。何回逆襲を繰り返し見。あれは私の生涯で一番の名作だぞ。
そんな事を言ったところで、すぐには信じてもらえないだろうけれど。
「私はリク。天音鈴紅。よろしくね、コピーリザードン君?」
敢えて逆撫でし、厭味ったらしく告げたのは散々人を驚かしてくれた意趣返しだ。
-to be continued-