真・女神転生 〜派遣サマナーの戦い〜   作:石川源流

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お待たせしました!


第3話

何とか異界の出口近くまでたどり着いた。

長かった。本当に長かった。よくぞここまで来たと、自分で自分を褒めてやりたかった。もはや、心身に余裕はなく、足は棒のように硬直し、小刻みに痙攣していた。

 

 

「ハハッ、気力だけでも人間動けるもんだな。驚いたぜ…………でも、よお〜、ちょっとそれは無いんじゃない?」

 

 

出口付近に目を向ければ悪魔が居座っていた。幽鬼ガキ。最も初心者を狩ったと言われている凶悪な悪魔。そのナイフのような両手の爪からは、ポタポタと鮮血が垂れている。青年の血だ。

 

(グッ、抜かった…………!)

 

出口から射し込む希望の光を目にして、緊張の糸が切れた瞬間を狙われた。

初撃で右足の大腿部に重度の裂傷を負い、次撃を回避したもののリュックを斬り裂かれた。

 

かの有名な“ガキのひっかき”だ。

 

(ウワサには聞いていたが、これほどのモノとはな。ふざけた威力しやがって!)

 

 

もし次撃が喰らっていたらと考えたらゾッとする。100%あの世行きは免れなかった。唯一の幸運は、リュックから転がり落ちた右腕に新しいキズは見えず、廃棄処分になるような事態は避けられたこと。しかし、生き残ればの話である。大腿の止血もままならぬ状態で、再度の回収は難しい。残念ながら既に身体の重さは、尋常ではないレベルに達していた。

 

先ほどから、どう動くべきか、何度もシミュレーションを行っていた。だが、生存につながる一手が思い付かない。焦りばかりが増す。

どう考えても死ぬ未来しかみえない。

右足は歩くどころか、動かすだけで激痛が走り、行動の妨げに なっている。片足だけで、あの機敏なガキから逃げ出せると考えるのは、あまりにも希望的観測に過ぎる。いっそ致命傷であったなら、何も考えずにあの世に行けたも。遺憾ながら楽に死ねることすら、贅沢な願いになりそうだった。

「なぁ………どうして、おれの人生は……こう、上手くいかないんだ? もうちょっと手心を加えてもよくね?」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

全てはあの日から始まった。

 

夏の暑い日に、学生時代の先輩から連絡があった。

待ち合わせ場所のファミレスに行ってみると、借金の連帯保証人になって欲しいと言われた。

本音を言えば断りたかった。だが、学生時代にお世話になった事と、必死に頼み込む先輩を見て、やむ無く印鑑を押した。

 

半年後、先輩は消えた。莫大な借金を残して。

青年は知らなかった。保証人とは決定的に違う【連帯保証人】の恐ろしさを。

 

通常の保証人なら、借金を返済するため家や車を売って“先輩が”借金の返済にあたる。

そして、返済出来ない場合のみ保証人が払う。当然だろう。自分で背負った借金だ。他人が払うのは筋違いだろう。

どうしても払えない時のみ、頭を下げて保証人に払って貰うしかない。

 

 

だが【連帯保証人】の場合は違う。

 

先輩は家や車を持っていたとしても、それを売却せず返済そのものを拒否できる。家や車を持とうが関係ない。

借金の【その全額を連帯保証人に肩代わりさせる】ことが、貸金業法で認められている。

 

「そんな馬鹿な! 先輩から取り立ててくれ!!」という抗弁も認められていない。取り立ては全て連帯保証人に向かう。

つまり先輩は“拒否さえ”すれば、借金を青年に肩代わりさせ【家も車も失わず、持ち逃げしたカネで豪遊しても問題ない】ということに他ならない。

 

これが善意で連帯保証人になった人々を、一家離散に追い込み、取り立て地獄に追い込んだカラクリである。

 

 

世話した恩を持ち出して拒絶できないように仕向ける。典型的な詐欺の手口だ。

後々考えれば、初めから騙す気だったのだろう。しかしながら、嫌でも借金は払わなければならない。

必死に返済したが、とても追い付かず、借金を返済するための借金を繰り返し、ここまで堕ちてきた。

多重債務者が陥る、よくあるお決まりのパターンだった。

 

再びガキを睨みつける。

 

「晴れて全額返済した暁には、あのクソ野郎を探し出して、リベンジせにゃならんわけだ。わかった? だからこんな所で死なねーんだわ」

 

残された左腕でナイフホルダーからサバイバルナイフを取り出し、逆手に持ってガキと正対する。及ばずとも一矢報いるつもりだ。

 

「クキキキキ! ケケケキキ!!!」

「コイツ、嬉しそうにしやがって! そう簡単に殺せると思うなよ、ガキ風情が!! 」

 

威勢よく啖呵を切って気合を入れる。追い詰められてはいたが、逆に頭は逆に冷えていた。

ガキの動き、その一挙一動も見逃さないほど、集中力は研ぎ澄まされていた。

 

異様に大きな頭。醜く突き出た腹。細長い手足。身長は子供ほどの大きさしかなく、フィジカルが優れている様には見えない。

しかし、このガキこそ、探索班を最も殺害したと言われている危険な悪魔だ。警戒すべきは必殺の“ひっかき”攻撃。あれの威力は尋常じゃない。

 

(バックアタックからの先制クリティカルで、為す術もなく、何人も死んでいったからな………)

 

ジリジリとガキが間合いを詰めてくる。獲物を追い詰めたつもりだろう。

 

「ククキキキィィィ――――――!!!」

 

ガキが動いた。今度こそトドメを刺すつもりだ。

ペタペタ、ペタペタと、裸足で地面を走る音が大きく響く。思った以上に素早い。

 

(上手くかわせるかッ?!!)

 

きた! ひっかきだ。

上半身を傾け重心を移動しながら、倒れ込むよう回避すると、そのまま地面を転がって距離をとる。

近い間合いでは闘えない。青年の身長は約180センチ。リーチでは圧倒的に有利であるものの、懐に入られてしまうと、それが逆に働く。

 

「ガキの間合いでわざわざインファイトする必要はねえ。リーチ

を活かしながら、少しずつナイフで削るべきだ!」

 

パッと見た限り、ガキの知能は低そうだ。何度も攻撃を避け続ければ、だいたいの間合いは見切れる。さらに攻撃を回避していれば、頭に血が登って大振りになるかもしれない。

そのタイミングでナイフを刺し出せば、カウンターで致命傷を狙える。限りなく可能性は低いが、唯一ともいえる勝ち筋だ。

 

(まあ、そこまでオレの体力が持てばの話だが…………!)

 

激しく動くたびに、切り裂かれた右足から、ポタポタと血が垂れている。一つ躱す度に一つキズが増える。苦し紛れの戦法だ。

ギリギリの動作を何度も繰り返していると、視界が少しずつ薄れ始めた。リミットは刻一刻と迫っている。

 

「ギギギッッ!!グーギー!!!」

 

傷ついた獲物を仕留めきれない悔しさか、苛ついたガキは一際大きく喚き散らし、自ら青年との間隔を広げた。

大技の兆候、おそらく必殺の一撃“ひっかき”だ。

 

(待っていたぜぇぇぇ、この時をヨォォォォよぉ!!! さあ、来い! 飛び込んでこい! 起死回生の一撃を放ってやる!!)

 

この展開を待っていた。その為の仕込みは念入りに行った。

タイミングは完全に掴んでいる。誘導も完璧だ。今にも死にそうな姿は演技ではない。

パーフェクトだ。現状で望みうる最高の条件を揃えた。万が一にも見破れることは無いだろう。

 

 

 

しかし、ガキは動かなかった。ガキの攻撃は…………………!!!

 

 

 

 

「☆☆☆☆☆☆☆『マッカビーム』☆☆☆☆☆☆☆」

「ハッ?!」

 

 

チャリンチャリン…………………。

 

真っ直ぐ放たれた、黄色い閃光が無情にも青年を直撃する。

死の宣告にも等しい硬質な音は、残響となって数度脳内に響き渡ると、青年は我に返った。

命のカネが財布からこぼれ落ちた。運命はどこまでも青年に無慈悲であった。

 

「消えた………俺のカネが……………」

 

涙がツゥーと一筋流れ、青年は膝から崩れ落ちた。

限界を越えてなお、身体を支えていたものは、線香花火のようにポトリと落ち、静かに消えていった。

静寂だけが辺りを包み、世界は止まったように動かない。

所持金768円。この4分の1がマッカビームによって虚数の海に沈んでいった。これで所持金は576円。

青年の全財産だった。

 

「…………神や仏は居ないのに悪魔だけはキッチリいる。ウッウッ、いつになったら俺は救われるんだ?」

 

負債総額1億5千万円。

 

これほどの重荷を背負った自分に容赦なく降り注ぐマッカビーム。これが悪意でなければ何なのか?

命からがら悪魔から逃げ、ようやく辿り着いた異界の出口で、なぜここまで非情な仕打ちを受けねばならないのか?

 

もはや涙は枯れ、苦しみも哀しみも感じない。

感情に振り回されたところで意味はない。結局はゴール直前で振り出しに戻る、イカサマ双六(すごろく)と何も変わらない。

 

「パトラッシュ………僕はもう疲れたよ……………」

 

子供の頃に観た、名作アニメの台詞が自然と口からこぼれた。

既に肉体は冷え始め、朦朧とした意識の中で、何気なく口走っただけの戯言(たわごと)だった。

 

(もうパトってもいいよ……な。これ以上……生きていても……………辛いだけ、だよなぁ……)

 

青年は疲れ果てていた。辛い現実から目を背けず、泣き言一つ言わず、ひたすら馬馬車のように働いてきた。

現世の責め苦から開放され、魂の旅立ちを願ったとしても、誰が非難出来ようか。

 

あぁ!お迎えがきた。天上から天使たちが降りてくる。

這いつくばった青年の両脇を優しく抱えると、肉体から魂が開放されると、喪ったはずの右腕も元通りになっていた。

純白の羽根を大きくひろげ天使が羽ばたく。重力は感じない。

フワリとした浮遊感に心が躍り、何もかも楽しかった少年時代に戻ったようだ。

 

(心が満たされるってのは、こういう事なんだろうな………)

 

天空から眩しいほどの光が降りそそぐ。まるで青年を歓迎しているかのようだ。

心の平安と苦しみの無い世界はもうすぐそこだ。手を伸ばせば届くと思えるほど身近に感じる。

 

(やってみるか?)

 

童心に返り少々浮かれていた。

抱えられたままの無理な体勢で、本当に腕を伸ばしてみた。それがいけなかったのだろう。両脇を抱える天使が慌て、片腕を離してしまった。

墜落はしなかったが、ポケットに入れていた財布が落ちた。くたびれ擦り切れた革財布。たった576円しか入っていない、あの財布だ。

 

落ちていく財布と、それを追う視線。

 

カネに対する執着は無くなった。今となっては無用の長物だ。

しかし、()()()()()()()()()。視線を下げたことによって、下界のガキを見てしまった。

 

嘲笑っていた。心の底から嘲笑っていた。

雑魚が手間取らせやがってと、ケタケタと見下すような高笑いを上げるガキを見た瞬間、なにかが弾けた。

 

「ブッ殺す!!!」

 

頭の切り替えは早かった。3秒前までの心の平安などという、呑気で甘えた考えを刹那の速さで捨て去る。

方針は180度転換。人間を舐め腐ったガキに、徹底的な制裁を加えねば死んでも死にきれない。

 

「おい、手を放せ!! 聞こえてんのか? 手ぇぇ放せって、言ってんだろうが!!!」

 

突然の豹変に天使たちも困惑を隠せない。

憤怒の表情で両腕をジタバタさせ、腕を振りほどこうと躍起になっていた。

地に足が着かないので踏ん張りが効かず、なかなか振り解けない。

 

「そっちがそうなら………!」

 

天使たちは見誤っていた。青年の怒りの強さを。

抱えられた両腕をこちらから逆に掴み、下半身を前後に揺さぶる。すると、宙に浮いた両脚が上方向に半回転した。鉄棒の逆上がりのような動きだ。

 

(パトってたまるか! お前らがパトるんだよ!!!)

 

固定された両腕が支点。それを中心とした両脚の回転運動。

円運動する物体が固定された時、外側に向かって発生する力がある。

青年は両足に乗った“遠心力”を勢いそのまま、両脇の天使に強烈なケリを顔面に叩き込んだ。

 

「………ッッ!?」

 

天使が痛みで顔を押さえることで、やっと開放された。

下界に向かって落ちていく。ガキを見ると今にも飛び掛からんとしていた。肉を喰らうつもりだ。

 

「──────チッ、させるかよォォォォオォ!!」

 

間一髪のタイミングで肉体に滑りこむ。まるで駆け込み乗車だ。

傷ついた身体をもう一度動かせるのか?一抹の不安はあったが、それとは別に「大丈夫だ」という確信にも似た直感があった。

肉体に入った瞬間、飛び起きて、ガキから距離を取る。やはり問題は無かった。

それどころか体の底からフツフツと力が湧いてくる。

 

「なんだかよく分からんが、まあいい……そんな事より、オマエ楽に死ねると思うなよ?」

 

一変した空気にガキが怯える。

狩るモノと狩られるモノの立場は逆転した。青年が一歩進むと、ガキが一歩下がる。回れ右して逃亡を図ろうとするが、それより早く、青年の左腕が伸びた。

ガキの後頭部をぎりぎりと掴み、冥府の亡者に語りかけた。

 

「ちょっと待てや。多重債務者にマッカビームを放つという、鬼畜の所業をかましながら、逃亡ってのは、ちぃ~とばかし虫が良くねえか?」

 

ガキを引き寄せ、後ろから耳元に呟いた。地獄の底から響くような声で。

 

 

『この恨み………はらさでおくべきか………!!!!』

 

 

 

 

こうして餓鬼道の亡者とゼニの亡者の戦いは、覚醒したゼニの亡者による勝利で幕を閉じた。哀しい戦いであった。

だが青年の戦いは終わらない。生き延びた以上、借金の取り立てが待っている。

 

(………生きて無事完済する日は来るのだろうか?)

 

未來への不安を胸に抱えたまま、青年はガキに死体蹴りするのであった。

 




おしまい
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