「なかなか出てこないですね……遠藤さん………」
異界の入口に待機する帝愛スタッフの黒服が、身を切るような風の冷たさに震えながら、一向に戻ってこない探索者を待ちわびていた。
「────────なにかあったな」
逆ハの字型の特徴的な眉毛と、夜でもサングラスをつけた特徴的なスーツ姿の中年男が、右手にタバコを挟み所在なさげに立っていた。
遠藤勇次。帝愛スタッフの幹部であり、この現場の責任者だ。
「異界に潜って5時間過ぎましたよ、遠藤さん! これヤバいんじゃないッスか?」
黒服が焦るのも無理はない。
本来であれば2時間程度で戻る予定だ。しかしその予定から既に2時間以上経っているが、誰一人戻らない。
何かあったと考えるべきだろう。
探索班は酒や女やギャンブルで身を持ち崩した、クズ中のクズである多重債務者だ。何人死のうと心は痛まない。が、借金分は回収せねば丸損だ。
悪魔の通貨『マッカ』
現代技術では再現出来ない『アイテム』
異界や悪魔に関する『情報』
どれも金になる。それを借金分と差し引きして黒字に持っていくのが、帝愛本社より遠藤に課せられた大事な仕事だ。
最低限、成果が無くても、探索者さえ戻れば借金は消えない。
しかしながら、探索者が死ねば借金はすべて帳消しだ。これでは丸々損失になってしまう。
その場合、帝愛から詰められるのは自分であると、遠藤は正確に理解していた。
無能にはほとほと厳しいのが帝愛という会社だった。
吹きすさぶ寒風に体の芯まで冷える。
「チッ、潮時か。つかえない虫ケラどもが……!」
なにはともあれ決断を下さねば。この現場の責任者は自分だ。
短くなったタバコを靴で踏み潰し、撤収作業を指示しようとした矢先、黒服から報告があった。
「遠藤さん! 生存者です。探索班のメンバーが1人戻ってきました!!」
「なに! 本当か!」
慌てて異界の入口に向かう。
いた、見覚えのある男だ。遠藤のよく知る青年。
戦場よりも危険な異界は
「お、おい! なにがあった? 他のメンバーはどうしたんだ?!」
全身を血に染め上げて、足を引きずりながら歩く青年。片腕には自身の右腕があった。
遠藤と黒服が息を呑む。どう声を掛けていいものか。
異様な迫力に遠藤も黒服も
「悪いが、ズボンのポケットに、アナライズ済みのスマホがある……見ての通り、
「…………………わかった。おい!!」
指示を受けた黒服がスマートフォンを取り出し、馴れた手付きで操作する。確認作業は毎回のことだ。
震える指、顔面が驚愕に歪んでいた。黒服が叫ぶ。
「───遠藤さん!! こ、これっ、見てください!」
「だ、だ、堕天使ベリス!! レベル…………21…だと…………!!!!」
信じられない。驚くべき情報だ。
この異界は出来たばかりの小規模なものだったはず、出現する悪魔も下級でリスクも低かった。
たからこそ、もっとも弱く、ある程度の使い捨てが許される多重債務者を送った。その判断に間違いはなかったはずだ。
「まさか、アナライズ結果を偽装したんじゃ? 」
「いや、考えられない。アナライズの信頼性は完璧だ。最新のスーパーコンピューターですら解析不可能だったシロモノだぞ!」
黒服の疑いを即座に否定する。
信じられないのは遠藤も同感だが、測定されたデータに嘘はない。
アナライズもまた悪魔と同じ常識を超えた存在だ。機材もなくスキルもない青年に、それが実現できるとは到底思えなかった。
「オマエら馬鹿かよ……オレにそんな真似ができるスキルがあれば……こんな場所で底辺するわけねぇだろ……」
疲れ切ってダルそうに話す青年の言葉は、悲しいぐらい説得力があった。
「………それよりも、きちんと…ベリスのレベルは確認した……のか? 大当たりだ、ろ。デカジャと…物理耐性、持ちだ…追加でボーナスよこせ、よ」
「あん? レベルだと? どういう事だ」
「だから……レベルだよ。気付いてねえのか…………『本来のベリスはレベル37だ』けど………アナライズ上のデータは…21だ……つまり、その個体はベリスの格を保ったまま劣化した個体だ」
「うん? どういうことだ」
悪魔は異界で生まれるわけではない。
一部の例外を除き、彼らの故郷である「魔界」や「天界」からやって来るとされている。
その際、顕現に失敗して弱体化する悪魔がまれにいるのだ。
有名なところではスライム化。
力ある格上の悪魔が顕現に失敗して、合体事故のように弱いスライムになってしまう現象が知られている。
詳しい原因は不明。研究者たちの推測によると。
「おそらく、悪魔が実体を維持するための【生体マグネタイト】が不足したからではないか?」
と、考えられている。
「遠藤さんの…予測通り……あの異界は出来たばかりの………小規模なもの。ベリスみてえな大物が…顕現するにはマグが……足らなかったんだろ」
「なるほど、スライム化は何とか避けた。だが、弱体化は避けれなかった。そう言いたいんだな」
「ああ、その…通り……だ。それって……つまり、イレギュラーだろう……?」
(……もう無理だ、意識が持たん)
ついに限界はきた。
立つのも限界と言わんばかりに、フラフラと上半身を揺らしていた青年が膝から崩れ落ちた。
「ッ! おいおい、しっかりしろ!」
「頼む……ぜ。え、遠藤さん………しっかり、稼いで……くれ……よ」
「─────ッッ!! 何をしているんだオマエら、はやく担架を持ってこい!!」」
最後の力を振り絞って伝えるべきことを伝えたあと、視界はブラックアウト。完全に気を失い、周囲の呼び掛けにも反応しなくなった。
「あー失神しましたね。このままくたばるかも知れませんよ。」
「そうだな。だが、一応病院に搬送してやれ。こんな場所で死なれるよりよっぽどマシだ」
異界以外で死なれると現場の後処理が面倒だ。当然ではあるが死体を放置するなどもっての他である。死体を糸口に警察の介入を招く、などといった杜撰な対応は出来ようもない。
「生き残ればよし。仮に死んでも、医者に金を握らせれば全て片が付くからな」
医者には、他殺の可能性がある遺体を通報する義務が課せられている。が、そんなものは金次第でどうとでもなる。
「四肢欠損ありの外傷性ショック死」を「外傷無しの心臓発作」と死亡診断書を書き換えるだけで、埋葬許可証や火葬許可証は発行される。書面さえ揃っていれば法律上は何も問題は無い。
こうして人間は消えていくのだ。
一瞬だけ遠藤は青年を哀れに思ったが、余計な考えだと頭から振り払い、回収したスマホを確認する。
「さ、そんなことよりもアナライズされたデータだ…………物理耐性はわかる。誰もが欲しがる優秀な耐性だ……ただデカジャだったか………聞いたことがあるような、まあまあ珍しい魔法だったような気もするが……」
「遠藤さん何言ってるんッスか! デカジャといえば『敵全体の能力上昇効果を打ち消す魔法』で通常レベル40オーバーの大悪魔が持つ高等魔法ッスよ!」
「ほぉ、レベル40か。そりゃ凄いな。だが、なぜワザワザ俺たちにそれを伝えたんだ?」
青年の意図が読めない。冴えない中年といった風貌の遠藤だが頭はキレる。
(スライム化は避けた。デカジャは希少価値のある魔法。そしてレベルは21。本来のベリスは強力な悪魔だがこのレベルなら中堅クラスでも問題なく狩れる。)
(それをなぜコイツは『大当たりで稼げる個体』だと考えた?何かが引っかかる……)
遠藤と青年の認識のズレ。それこそが重要なポイントだ。そこに気付きさえすれば、遠藤の明晰な頭脳は容易に正解へたどり着く。遠藤は顎に右手をやりながら物思いに耽ると、左手でポケットからくしゃくしゃになった煙草を取り出そうとして、止めた。
「いや、まてよ……確か、仲魔の使役と合体はレベル制限があったはずだ。使役レベルが下がったと考えれば………!!」
【自分よりも強い悪魔は使役出来ない】
これは悪魔を使役して戦う「サマナー」と呼ばれる者たちの間では常識だ。
例外はあるが、一般的に悪魔は何よりも力関係を重視し、自身よりも弱い者に仕えることはなく、その指示に従うこともない。
(そうだ…あいつらは自分よりも高レベルの悪魔は扱えない。レベルが5なら5以上の悪魔は使用不可だ。それは仲魔として勧誘しようが、悪魔合体で新しく産み出された悪魔でも同じことだ。)
情報の価格はあってないようなものだ。
内容、正確性、タイミング、そして、需要。誰も欲しがらない物に値段はつかない。
青年は正確に理解していた。この情報がカネになることを。それに気付いた遠藤の対応は素早かった。
「何をしているんだ!! 大至急この情報をDDS-NETに上げるんだ!!」
「ハッ、ハイッ!!!」
DDS-NETとは『DIGITAL DEVIL SOCIETY』を略したパソコン通信時代から存在する悪魔関係者御用達の専門サイトである。アナライズされたベリスの情報はここにアップされ、高額な料金を支払った者のみ詳細な場所が開示される仕組みだ。
「クックックッ、なるほどな。レベル20を超えた中堅クラスにとって、弱体化したとはいえベリスは強力な仲魔になりえるか。さらに中堅を超えた上位クラスにはデカジャをエサに合体材料としての有益性を訴求するわけか」
「いいじゃないか! 帯に短し襷に長しの逆パターンか! 実に旨い話だ…!」
(……何よりも情報を購入する客層が良い。あの人外どもは頭のイカれた連中ばかりだが、金だけはあり余っている。ベリスを欲しいと考えるやつは多いだろう)
場末だと思っていたいたら突然デカいヤマが舞い込む。争奪戦になれば、軽く見積もっても億単位になることは間違いないだろう。
高笑いしたい気分だった。
「カネ!カネ!カネ!これだから止められん。目が眩むような大金が突然コロコロっと転がり込んでくる、この感覚は!」
「酒でも女でもこの快楽には勝てんだろう。クーッたまらんな、最高の気分だ!!」
「おーい、お前ら撤収するぞ。文句なしの成果だ。」
「了解でーす。今夜はあがりッスね。」
「おうよ、こんなクソ寒い場所でいつまでも突っ立てられるか。今日は俺のおごりだ。鍋でもつつきながら一杯飲みにいくぞ」
「オオッ! 祝杯ッスね。今日も養分のお陰でうまい酒が呑める!!」
「あざーすッ! ゴチになりまーす!!」
一仕事終えた開放感だろうか、帝愛の黒服は思い思い軽口を叩いて、わずか数秒の間に犠牲者たちを脳裏から消した。二度と思い出すことも無いだろう。
黒塗りのセダンに乗り込む際、フッと思いついたように遠藤が部下に声を掛けた。
「そうだ忘れるところだった。あの生き残ったやつに例のブツを渡しておけ」
「はい、わかってます。オレ初めってスよ。アレを手渡すのは」
「そりゃそうだろ。殆どの多重債務者は消えていくからな。それにアレの保有資格は生還だけじゃねえ。九死に一生を得るような体験をして、初めて手にすることが出来るシロモノだ」
「内部資料だと一割未満でしたっけ? 多重債務者がアレを持てる確率は………」
黒服の口調には戸惑いがあった。噂には聞いていたが、とても現実的な確率だと思えなかった。
「………………俺が担当した中ではヤツが2人目だ」
「ええぇぇ、そんなに少ないんですか!? というか、遠藤さんが配置転換でこちらに来てから6年目ですよね? それで2人って……超レアじゃないスか!!」
運転中の黒服が大げさに驚く。無理もない。多重債務者は毎月10前後は消耗する。つまり6年という期間は比喩でも何でもなく、文字通り屍の山を築いたことを意味する。
空恐ろしい。黒服は背筋が凍る思いであった。
「ま、そういう事だから【COMP】を渡しておけよ……」
遠藤の視線はやはりサングラスに隠れて見えない。
対向車線を走るクルマのヘッドライトが車内に差し込み、助手席から遠くを見つめる彼の顔に影が走った。
黒服はもう何もかも喋ろうとはしなかった。
続かない