真・女神転生 〜派遣サマナーの戦い〜   作:石川源流

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第5話

大きな窓から光が差し込み、白く清潔感のある室内を柔らかく照らした。

 

来客歓談用テーブル、大型テレビに冷蔵庫。ゆったりとしたソファに全自動リクライニングチェア。果てはセーフティボックスまで備えた病院の特別室は、病室特有の息苦しさを全く感じさせない。広々とした間取りは空間を贅沢にした高級ホテルのスイートを思わせた。

ただ、ベッドサイドのモニターだけが規則的に作動音は鳴らし、ここが病院であることを控え目に主張していた。

 

ベッドに横たわる青年に目立った外傷はない。

科学と魔法のハイブリッド外科手術の成果だ。切断された腕もリハビリなしで以前と同じ様に動くだろう。生きているのが不思議な状態で担ぎ込まれた青年だが、医者も驚くほどのしぶとさで生き残った。いまはまだ意識こそ戻らないものの状態は安定、ひっそりと寝息を立て枕に頭を預けていた。

 

「ウッ……」

 

窓から入った光に反応したのだろうか、青年の様子に変化があった。もぞもぞと身体が動いたかとおもえば閉じた両目がゆっくりと開き、気だるそうにポツリと呟いた。

 

 

「知らない天丼だ……」

 

 

シーンと静まり帰った病室に青年の呟きは消えていった。

 

 

(滑った、な………)

 

手垢のついたネタを使う気にもなれず、天丼化している現状を憂い、新しいネタに取り入れてみたが思った以上にダメだった。

内心反省しながら誰にも聞かれなかったことに安堵していると、足元から咳ばらいが聞こえた。

 

「ゴホッゴホン、よ…よう、ようやくお目覚めか?」

「……………遠藤さん、か。ここは一体………」

「おいおい起き上がろうとするな。大丈夫かよ。ここはウチ系列の病院だ。お前は大ケガを負ってここに担ぎ込まれたんだよ」

「病院か……俺は、生還したのか…………」

 

億劫そうに身体を持ち上げると、あわてて遠藤が止めに入った。

 

「おい、大丈夫かよ。無理するな、おまえは一週間も眠ったままだったんだぞ」

「一週間も…そんなに寝込んでいたのか………」

 

自覚はないがやはり身体は正直だ。痛みこそ無いが起床しようとすると、凝り固まった関節や硬直した筋肉が言うことを聞いてくれない。なまった身体の反応が遠藤の言葉が嘘ではないと知らせていた。

 

「遠藤さん、俺は生き残ったの、か?」

「ああ、奇跡的にな。担当医が言ってたせ。『生きてるのが不思議だ』ってな」

「そうか……そんなにヤバかったのか」

「異界から出てきたお前の姿はひでぇ有り様だったぜ。全身血だらけ泥だらけ、片手は無いし意識もあやふや。フラフラと歩く姿がまるでゾンビみたいだったぞ。お前、異界から出たあたりの記憶はあるか?」

 

アナライズしたベリスについて二言三言喋った記憶はある。ただそれ以降の記憶がはっきりしない。思い出そうとしてもボンヤリとして何も思い出せなかった。

 

「少しだけ会話したのは覚えてます。ただ意識があいまいで…何を喋ったのかまで覚えて無いですね」

「無理もねぇな、あんな状態で記憶が明瞭なわけないか。じゃあ最初に大事な話をしようか。クッククック」

 

何がおかしいのか。

遠藤の含み笑いには隠し切れない喜色があった。

 

「今回、おまえがアナライズしたベリスの情報だが…………売れに売れた!」

「本当ですか!」

「ああ、俺もお前と同じように『これは売れる情報だ』と踏んだ。で、値札を盛りに盛って1000万で掲載したんだがよ。これが売れに売れた」

「聞いて驚け!なんと28件も来やがった。つまり今回の売上総額は2億8000万の売り上げだ」

「に、におくはっせんまん???」

「そうだ。2億8000万だ。そこからお前の取り分が50%だから1億4000万がお前の利益だ」

「ははっ、マジすか。大金過ぎて実感が湧かないですね…」

 

予想をはるかに超える金額に驚きよりも困惑が勝る。精々、数百万もあればよい方だと考えていたが、まさか億に届くとは! 信じられない。夢にも思わなかった。

 

思い起こせば地獄のような日々だった。

親兄弟に迷惑を掛けまいと自ら連絡を絶った日。異界で成果もなく死にかけた日。必ず生き残ろうと誓った仲間を看取った日。

苦痛と後悔ばかりの人生だった。が、今だけは自分で自分を褒めてやりたい。俺はよくやったと。

 

「すげえ、すげえよ。俺はついにやったんだ! あの辛く苦しい日々を乗り越えたんだ!!」

 

歓喜とは爆発するものではない。じわじわと胸に暖かいものが広がる感覚だ。気付けばとめどなく涙がこぼれていた。熱い涙だった。遠藤はそれを静かに眺めていた。

 

数分ほど経っただろうか。ようやく落ち着いた青年を見計らって遠藤が語りかけた。

 

 

 

 

「ああ、感じ入ってるところ悪いが、お前の取り分は()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「あんた悪魔だよ、遠藤さん…………本物の悪魔より悪魔だ…………!」

 

あのあと、遠藤の言葉に発狂した青年は病室の窓から飛び降りようとし、駆けつけた看護師に取り押さえられ鎮静剤を打たれた。

 

「クックックッ、そんなに怒るなよ。ワビといっちゃあ何だが、お前にウマい話を持ってきた」

「はぁ?ウマい話だぁ、フンッそんなもの信じられるかよ! どうせ上げて落とすつもりだろ」

 

遠藤に対する不信感は限界を超えている。とても信じる気にはなれない。

 

「ま、現物を見たら気も変わるだろ、ほれ、コイツだ。受け取れ」

 

そっぽを向いていた青年に四角いプラスチック状のモノが投げられた。手にとって確かめてみると、一昔前のガラケーだ。なぜ、こんなものを?と疑問に思っていると、遠藤は言葉を続けた。

 

「ガラケー型のCOMPだ。おまえにやる」

「はっ???COMPって…もしかして、あのデビルサマナーが使う、悪魔召喚器ですか?」

「そうだ。悪魔召喚プログラムの入った本物だ。それを使って借金の返済をしろ」

 

不貞腐れていた表情が真剣なものに変わる。当然だ。これは銃火器よりも危険な悪魔を使役するアイテムだ。表に出回るような代物ではないし軽々しく触れていいものでもない。

 

「これがCOMPか……!! いや、だが…どうして、なぜ、今になって……?」

 

狩られる者から狩る者へ。

負け組から勝ち組へ。

 

COMP。どれほど渇望したか。

異界に潜るたびに悪魔を召喚できればと、どれほど願ったことだろう。悪魔とはすなわち力だ。その悪魔を使役するメリットは言うまでもない。一般人とは隔絶した絶対的な力の保証に等しい。

 

「戦闘に、回復に、補助に。コイツがあれば何だって出来る……………!」

 

取り憑かれたように青年はCOMPを凝視する。

熱望していたものが手に入り、飛び上がって喜んでもおかしくはないはずだが、どこか様子がおかしい。

痛いほどガラゲーを握りしめワナワナと震えだした。

 

「あの時COMPがあればアイツは助かった。回復魔法があれば死なずにすんだヤツは腐るほどいた」

「COMPがあるなら何故探索者に渡さなかった? 仲魔の力を使えば犠牲者の山を築かずに済んだハズだ。なぜ、COMPを渡さなかった。答えろ、遠藤!!」

 

病室に怒声が響き渡る。

至近距離から咆えられても意に介した様子をみせなかった遠藤だが、スーツの内ポケットに手をやるとタバコを取り出し火を着けた。

 

「ふぅぅ、やっぱり()()()。久々に肝が冷えたぜ」

「勘違いするなよ。お前はなにか誤解をしている。渡さなかったんじゃない。渡せなかったんだ」

 

ここが病棟であることを全く気にせず遠藤はタバコの煙を吐き出した。

 

「まず帝愛は探索者にCOMPを渡すことを禁じていない。むしろ、扱えるものなら扱って欲しいと考えている。その方が確実にアガリも良くなるからな」

「どういうことだ?」

「物事はそう単純じゃないって話だ。COMPは誰にでも起動できるし、召喚も困難なことじゃない。COMP自体の敷居は低いんだよ。問題は別にある。召喚した悪魔をコントロールできるのか、否かだ」

 

タバコの煙をくゆらせながら遠藤の話は続く。

 

「制御不能の化け物なぞ話にならん。例えば自衛隊の戦車が勝手に動き出して街中でドンパチ始めたらどうなる? 間違いなく大惨事だろう? 悪魔の場合はよりヤバい。戦車にはない意思や知恵を持つからだ」

 

悪魔と人間は意思疎通が可能だ。交渉も成り立つ。それはつまり人間と同程度かそれ以上の知能を持つということだ。

姿かたちを変えて狡猾に立ち回ることもできるし、危険が迫れば逃げまわる知能もある

 

「危険は百も承知だ。けどその危険を乗り越えてこそ、本物の悪魔召喚師だ。違うか?」

「察しが悪いな。資格がいるんだよ、COMPを持つには資格が、な」

 

遠藤が吸い殻を携帯灰皿に押し付けると、張り詰めていた空気が徐々に消えた。

 

「ふぅ、ようやく落ち着いたぜ…やはり違うな。怒鳴られた時は小便チビるかと思ったぜ」

「正直に言うがな、いま俺はお前が怖い」

 

遠藤の言わんとする事が読めない。資格と怖いがどう関係しているのだろうか。

 

「突然なんだよ。訳がわからねぇ」

「本人に自覚はないか…ま、いいだろ。資格というのは覚醒することだ。俺たち帝愛は覚醒者にのみCOMPを手渡している。」

 

青年に手渡したCOMPを眺めながら淡々と遠藤は続ける。

 

「お前は死線を潜り抜けた。文字通りの地獄からな。それが結果として枠を超えることにつながった。ヒトとしての枠をな」

「お前には分からんだろうが、覚醒すると一般人とは明らかにまとう空気が変わる」

 

「そんなに違うようには思えないが?」

「いやいや今のお前の雰囲気は剣呑どころじゃねえよ。抜き身の刃を胸元に突きつけられてる様な圧迫感がある。まるで【悪魔】と接しているみたいだぞ」

 

ようやく遠藤の言わんとすることが解ってきた。

化物を手懐ける者は化物である。人外になって初めて人外を扱う資格を得た。と、考えて間違いない。

 

「ああ、その認識であっている。ちなみにお前のレベルは3だ。どこからみても立派な覚醒者だ」

「ええっマジかよ…!」

「信じられないならそのガラケーでアナライズしてみな。使い方は何となく分かる筈だ」

 

懐かしい縦折り型の携帯を開くと、遠藤の言う通り感覚的に操作できた。自分でもよく分からないが、サマナーとはそういうものらしい。

 

「覚醒した際、目覚める異能は人それぞれでな。サマナーなら自然とCOMPが扱えるようになるし、魔法系ならアギやブフが突然使えるようになる。原理は不明だ。俺にもさっぱり分からん。ま、解明したところでそれが何だって話だがな。要は感覚的なもので理屈じゃないんだろう」

「おっ、本当だ。言われなくても解る」

 

 

試しにボタンをいくつか押してみる。

ユーザーだったころよりも使いやすく感じる。遠藤の言う意味が理解できた。操作する自分の手がひとりでに動いているようだ。

 

「スマホのタッチパネルに慣れた身としては逆に新鮮だわ。お、出た!」

 

中心キーを押し、0番を押すとアナライズされた自分の情報が表示された。

 

 




まったく話が進まないから続かない

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