真・女神転生 〜派遣サマナーの戦い〜   作:石川源流

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第9話

築50年を超えたボロアパート。ここがジロキチの住まいだ。

夏は茹だるような暑さに熱中症寸前まで追いつめられ、冬は隙間から入る寒風が部屋を冷凍庫に変えてしまう。

ワンルーム6畳、駅徒歩30分、風呂なし、トイレと炊事場は共同という住環境だ。

 

あえて住心地を述べるとするならば厳しいというのが偽ざる本音だ。

 

大学進学を切っ掛けにド田舎から上京し、少ない仕送りをやりくりしながらの貧乏生活を送った経験はある。ただし、ここまでの物件は初めてだ。

トイレ炊事場の共同は許せる。が、風呂は欲しかった。湯船にたっぷりとお湯を張り1日の疲れを癒す。その贅沢さは風呂なしの物件に住まない限り、決してわからないだろう。

 

 

 

……ダメだ。欠点ばかりを上げるのはよそう。

 

良い点もある。肝心の家賃は破格の1万円。東京都内でこの値段は尋常じゃない。しかも内装はリフォームしたかのような新しさ。内見した際に「築50年を超えています」と言われ、かなり驚いた記憶がある。

 

「どうだ、結構いいだろ。風呂が無いのが不満なんどけど、家賃1万だぜ。なかなかの良物件だろ」

「……………兄貴ひとつ聞いてもいいッすか?」

「何だ? 言ってみろ」

「この部屋で『不思議な現象』を体験したことはありませんか?」

 

初めて部屋に訪れたタマキチが不可解としか言いようのない顔をしている。

何が言いたいのだろう?

 

「うん?別に何もないが」

「いや絶対にあるはずです! 思い出して下さい!」

 

そう言われても思い当たる節がない。

ジロキチは頭を捻ってウンウンと唸り声を上げて考え込んだ。

 

「あっ、そういや…寝てる時に首を絞められたことがあったかも?」

「……もっと詳しく教えて下さい」

「白いワンピースを着た髪の長い女が馬乗りになって首を絞めてきたから、がら空きの脇腹に思いっ切り右フックを叩き込んだら消えてった、みたいな感じかな?」

 

「…!?」

 

「女にモテない俺に夜這いする女がいると思えん。たぶん寝ぼけてたんだろ」

「いやいやいや、それ絶対おかしいッす。平然と右フックする兄貴もおかしいけど、その貞子みたい女も絶対におかしいッす!!」

「いやだから夢だって、夢じゃなければパワー系の俺があんな簡単にマウント取られねーもん」

「そういう問題じゃないッすよ!!」

「おいおい落ち着けよ。騒がしいぜ、ここ壁薄いんだよ。もうちょっと声を落とせ」

 

こいつ、興奮しすぎじゃね?

なぜタマキチがそこまで騒ぎ立てるのか全く理解出来ない。

逆にタマキチは、そんなジロキチの様子が歯がゆくてたまらない。

 

「…兄貴は何も感じないんですか?」

「全然、まったく何も感じない」

「オレっちにはその壁のシミが歪んだ人の顔に見えるんですけど…」

 

タマキチが指差した壁には断末魔を叫ぶ人の顔のようなものがハッキリと映っていた。

 

「よくある錯覚だって、逆三角形に点が3つ並ぶと人の顔のようにみえるらしいぜ?」

「じゃあ築50年以上なのに畳だけは新品同然な理由は?」

「そりゃ、新しい入居者のために不動産屋かオーナーが気を利かせたんだろ? ありがたいことだぜ」

 

手強い。それとも鈍感なのか。

 

狛犬には良くないモノを神社に入れさせない、いわば霊的な守護としての役目がある。

そのタマキチにしてみれば、ここは死地に近い。地獄の一丁目とさして変わらないほどの瘴気が漂う恐ろしい部屋であった。

一瞬たりともいたくないが、兄貴分であるシロキチの手前、部屋を離れたいとは言い出しにくかった。

 

「ま、座れよ。立ち上がったままじゃ、ゆっくり話もできないだろ」

 

くつろぎ始めた!

信じられない思いでジロキチを眺めていると、冷蔵庫から2本缶ビールを取り出しフタを開け、タマキチが飲みやすいよう皿にビールを入れる。

 

「かんぱ〜い!! カァー! うめぇ!!」

 

キンキンに冷えたビールがよほど旨かったのだろう。

冷え冷えのタマキチとは対照的にシロキチは上機嫌だった。いやそれ以前にコマイヌである自分がなぜビールを飲むのか、とは考えなかったのだろうか…

 

「おいどうした? 呑まないのか?」

「………」

 

黙り込むタマキチ。

 

「あっ、もしかして……発泡酒をビールだって偽ったのがバレてた。ごめ~ん!」

「違う!!! そうじゃないッ! 兄貴は絶対おかしいッス!!! この際はっきり言いますけど、この部屋は絶対に『事故物件』でしょう!!!」

「なんだよ、それ」

 

「以前住んでいた居住者が亡くなっている心理的瑕疵(かし)物件のことです。兄貴は不動産屋と契約するときに告知されてるはずです!」

「あー、なんか殺人がどうこうとか言われたけど、普通にサインしたわ」

「認知してるんかよ!!!!」

 

 

 

タマキチが発狂する。

 

「どうしてオマエが怒るんだよ…」

「だっておかしいじゃないッすか、知ってて契約してるし、すでに首だって絞められてるじゃないスか……!」

「分かってねえな、タマキチ。もっと大きな心を持て。あれは男の首を締めないと興奮しない女の幽霊なんだよ。大人なら少しぐらいなら許す気持ちを持ってこそ、だぜ?」

 

心のゆとりなのか、それとも圧倒的な鈍さなのか。だがジロキチに他意はない。

ボロアパートとはいえ、あの程度の霊障で都内に1万円で住めるのだ。少々のことは目をつむるつもりだ。

 

「そうだ。良いこと考えた! お前たしか交尾の道を極めるとかワケ分かんねえこと言ってたよな?」

「なんすか、突然藪から棒に…はい、確かにオレっちは究極の交尾を求める真理の探究者ですけど……………」

 

タマキチを猛烈に嫌な予感が襲う。

そしてその予感は当たった。

 

 

 

 

 

「お前、貞子とヤれよ────!」

 

 

 

 

「ヤッてイカせて成仏させて、この世の未練をなくしてやれ!」

 

無茶苦茶なことを言っている。当然ながらその自覚はジロキチにもあった。

ただボロアパートとはいえ都内で家賃1万円は捨てがたい。なんといってもこの値段はレンタル倉庫より安いのだ。手放すには惜しい。

だが、それだけではタマキチが納得しないだろう。表向きの理由も必要だ。

 

「勘違いするなよ。これは入団テストみたいなものだ。俺の仲魔としてやっていけるかどうかのだ」

「に、入団テストっスか?」

「そうだ。肉体は頑強なのか、精神は正常なのか、“指示”にはきちんと動くのか。色々チェックする必要がある。出来ませんは通らないと思え」

「ええぇ、そんなぁ〜」

「どうしてそんなに嫌がる。おかしいな、偉そうに『交尾の道を極める』みたいに啖呵きったのお前だろ? 幽霊と交尾するぐらいなんだってんだ。この程度の試練を乗り越えられないヤツがプロフェッショナルになれると思うのか!」

 

「ッ!?」

 

タマキチの目の色が変わった。ジロキチの言い分にも一理あると。

対するジロキチはアルコールも回り正直どうでもよくなってきた。が、そんなことはおくびにも出さない。

真面目くさった顔でタマキチに告げ、いかにもお前のことを思っての発言であると心苦しそうに語った。

 

「……兄貴のおっしゃる通りです。オレっちが間違ってました!!」

「分かってくれたか! タマキチよ。 俺だって、こんなことしたくねーんだ。全てはお前の成長のためだ。許せ、タマキチ!!!」

「あ、兄貴ィィィィ!」

 

 

感極まり涙を流すタマキチ。

ジロキチは本当の弟に接するような慈愛に満ちた眼差しで、ウンウンと頷いていたが、とくに何も考えておらず、もう一本ビール(発泡酒)を開けるかどうか真剣に悩んでいた。

 

ダメだ。もう一本開けてしまうと明日分が無くなってしまう。

 

「よし、そうと決まれば話は早い。貞子が出るのは午前2時前後だ。俺は貞子を誘うために寝る。あとは頼んだぞ!」

 

アルコールの誘惑を絶ち切るのは至難の業。こんな時は寝てしまうに限る。

押し入れからペラペラの煎餅布団を取り出し、就寝の準備をすると思いの外、脳にアルコールが回っているのを感じた。

 

 

「お任せ下さい!! オレっちの交尾にかける想いをぶつけてやるッス」

「そうか、頑張れよ。期待してるぞ………」

 

 

 

睡魔が限界だった。

ジロキチがまぶたを閉じると意識はすぐに消えていった。

 

うーん、今日も安眠できそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○○○○○

 

 

 

 

 

 

 

草木も眠る丑三つ時。

タマキチは貞子と対峙していた。

 

午前2時を過ぎたころ、どこからともなく現れた貞子は血走った目でジロキチを睨むと、両腕を突き出しジロキチの首を絞めようと近付いた。

今日こそこの男を祟り殺す腹だ。貞子は既にこの部屋へ入居した者を5人も手に掛けている。

 

なぜ殺すのか。もはや自分でもわからない。

恨みや辛みといった負の感情が様々な因縁と混じり合い、自意識すら曖昧なものとなった現在、貞子は入居者を祟るだけの存在に成り果てていた。

生者への理由なき殺意だけが貞子を突き動かしていた。

 

「待ちな!」

 

貞子がジロキチに掴みかかろうとした瞬間、声が飛ぶ。

押し入れに身を潜めていたタマキチだ。

 

「…貞子さん、あんたに恨みはないが成仏してもらうよ…」

 

いつの間にやら名前を貞子された女幽霊は、恨めしそうにタマキチを睨む。

その視線には魔力がこもっていた。

 

【ムド】

 

「呪殺魔法!?」

「こいつまさか…? 悪魔化してるのか!」

 

放たれた魔法はタマキチには効かなかった。

これでも聖獣コマイヌだ。呪殺に対する耐性は高い。

 

「ムドまで放ってくるなんて。兄貴、話が違うじゃないッスか」

 

四畳半の小さな部屋の片隅で図太く眠り続けるジロキチを、タマキチはうらめしそうに見る。

 

呪殺魔法ムド。

死者の怨念を利用した魔法で耐性が無ければ『即死』という反則じみた魔法だ。

貞子のようなダーク系悪魔が所持していることが多い。

 

運が良かった。耐性がなければ終わりだった。

 

「てか、どうして兄貴は今まで無事だったんだ?」

 

貞子の発する瘴気だけで一般なら発狂ものだ。覚醒した異能者であっても只では済まない。それほどの影響力があった。

 

なのにこの人は平然と寝入っている。イビキまでかいて。

 

コンプを扱えるのだからサマナーであることは間違いない。

しかしステータスは力と耐に特化しており、サマナーというよりも前衛系の異能者に近い。

魔や速の数値は並のサマナーよりも低いが、生体マグネタイトの保有量はケタ違いの量を誇っていた。何から何までおかしい。

 

どこかチグハグなのだ。ジロキチという人間は。

 

「おっと、あぶねえ」

 

物思いに耽るタマキチを貞子の攻撃が襲う。

呪殺では埒が明かないとみた貞子は物理スキルに切り替えてきた。

 

────ブンッッ!

 

貞子は腕を振り回し、汚れで黒ずんだ爪から斬撃を繰り出す。

風切り音だけで判断できる。喰らえば有効打になりえる威力を秘めていると。

 

「やべえ、予想以上だ」

ジロキチから交尾を厳命されていたが、とてもできそうにない。当たり前だ。

命懸けで戦っても勝てるかどうか分からない強敵と相対して、どのような方法で交尾にまで持ち込むのか。自分には全く思いつかない。

 

しかしここで引けばジロキチは失望するだろう。

 

『お前にとって交尾ってのはその程度のものなのか? 大事なものだからこそ命を懸けるんだろうが!! 死ぬ気でヤれ、ヤり抜いた先にこそ咲く花もある』

 

未だ気持ちよく寝ているジロキチに思うところが無いわけではないが、もし起きていたならば必ずこう言うだろう。

そういう人だ。だから、あの異界で自分はこの人に着いて行こうと決めたのだ。

 

 

そしてタマキチにもまた意地がある。

兄貴の期待に応えたい、という気持ち以上に負けたくないと囁く自分がいる。問題は方法なのだ。

 

 

「さて、どうやってコマす?」

 

ふざけた口調とは別にユーモラスな狛犬の顔は、飢えたオオカミが獲物を狙う顔に変貌していた。

 

普段のタマキチならばスピードに物を言わせ、相手の攻撃を回避しながらバックアタック(後背位)からクリティカルを狙う。

自分はこの方法で何匹ものメスを落としてきた、信頼と実績のパターンだ。

 

だがこの部屋は狭い上に、ジロキチが寝ている。

使えるスペースは3畳程度だ。この方法は難しい。となれば近接交尾術(インファイト)に持ち込むしかない。

貞子の連撃は止むことがない。それを紙一重で躱しつつ隙を伺う。

 

貞子が悪魔化するほどの怨霊ならばタマキチもまた並の竿師ではない。

狭いスペースで連撃を掻い潜るためあえて急所を晒し、大振りの攻撃を誘発させ貞子の思考と行動を操っていた。

それと平行して超近距離でヒット&ウェイのボディタッチを繰り返し、貞子の弱点を探るという離れ技をしてのけた。

 

 

 

「うなじ……か」

 

ポツンと呟く。

タマキチの瞳孔が狭まった。

 

貞子の顔付きも変わった。真っ青で血の通わない表情が色づき始め、呼吸は粗くなり頬はピンクに上気していた。

タマキチの攻撃を嫌がる素振りはみせてはいるものの、精密機械のような正確さでうなじを責められガードが追いつかない。

 

「オレっちと()()()()してもらいますよ、貞子さん………!!」

 

準備は整った。総てはこの一撃のために。

 

 

 

バーチカル(直立交尾行動)………………!!!」

 

 

 

 

突き上げるような衝撃が貞子の全身に走る。

その身を縛っていた悪意の鎖がボロボロ剥がれ落ちると、貞子を捕えて放さなかった殺害衝動も消えた。

 

ふと気付けば浮遊感を覚える。波間を漂っているようだ。

ぬるい海に浮かびながらゆっくりと溶けていく。そんな自分を幻想した。

 

何者からも縛られない。これほど開放的な気分は初めてだ。

 

あまりの気持ちよさに意識を手放しそうになる。

このまま波間を浮かび続ければ自分はどうなってしまうのか。

何も気付かぬまま何時の間にやら、ぬるい海に溶けて消えてしまうだろう。

 

頭上から光が降り注ぐ。

優しい光だった。

 

春の陽光を思わせる光がベールのように貞子を包むと、彼女の頬をツゥーと一筋の涙が流れた。

 

 

こらえきれなかった。

 

様々な感情が胸中よぎる。だが、もはや語るまい。

鏡のように凪いだ水面へ一滴の涙が(こぼ)れ落ち、小さな波紋が広がって消えていった。

 

水面に横たわった貞子が頭上の光に向かって右手を伸ばす。

それが合図だったかのように数条の光が舞い降りると、貞子は跡形もなく消えていた。

 

 

タマキチは何も言えず立ち尽くしていた。

 

 

どれくらいの時が経ったのだろう、気付けば不思議な現象は収まり、元のボロアパートの一室になっていた。

 

「ん、終わったか」

「あ、兄貴、起きてらっしゃたんですか?!」

「まあな…」

 

布団から起き上がったジロキチに声を掛ける。

とうしても聞きたいことがあった。

 

「兄貴、あれでよかったんでしょうか?」

 

暗闇の中、タマキチの声が響く。

貞子にはなにか事情があったのではないか?タマキチはそう問うていた。

 

「………さあな」

「俺にも分からん。ただ少なくとも貞子は満足したから成仏したんだろ、それでいいんじゃね」

「そりや、まあ…そうッスけど……」

 

どこか納得できないタマキチにジロキチは重ねる。

 

「求めれば答えが返ってくるとは限らん。最初から解のない答えもある。割り切れとは言わねえから、そういうもんだと理解しろ」

「……うっす」

 

それでもタマキチの表情は晴れない。

 

「ああ、冷蔵庫に魚肉ソーセージが入ってる。それ食って寝ろ」

 

これで言うべきことは言ったとばかりにジロキチは布団に入る。二度寝するつもりだ。

ジロキチがこれ以上なにも言うつもりがないことに落胆したタマキチは、肩を落としてトボトボと冷蔵庫まで歩く。

 

「これか」

 

冷蔵庫から魚肉ソーセージを取り出し自分の口に放り込む。安っぽい味だった。

よくみると賞味期限が切れている。だが怒る気になれない。

冷蔵庫には魚肉ソーセージ以外なにも入っていなかったのだから。

 

 




これで本当に終わります。今まで読んでくれてありがとう。
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