【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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かけがえのないインターバル

 キングヘイローがチーム<アルビレオ>に入ったその日から、彼女が練習に参加し始める夏合宿が始まるこの日まで。その時間はあっという間に過ぎて、まさに光陰矢のごとし。一日一日はあんなに長くゆったりしているのに、振り返って見る時の流れはいつも一瞬だ。それだけ無駄が多いということかもしれない。ゆっくりとした変化ばかりで、何にもならない回り道ばかり過ごしているのかもしれない。でもきっと、そのうち一日だって欠けていたら。多分今の私にはなれないんだと、月並みながらそう思う。

 

「それにしても、暑いなあ」

 

 電車を乗り継いで合宿所まで行くらしいんだけど、最初の駅までは各自で集合。寮の前までトレーナーさんが車を出して送ってくれたりはしないらしい。まあ<アルビレオ>と<デネブ>の二チームの合同ともなれば車はいくら大きいのを用意しても狭すぎるし、そもそもあの運転初心者トレーナーさんにおっきなレンタカーを操れるとも思えない。それはそれとして、暑い。なんで夏場に外に出なきゃいけないんだろう。電車は速いし涼しいし便利だけど、駅まではこうして歩かなきゃいけないのはなんとなく矛盾を孕んでいる気がする。夏合宿なんかなかったら、夏休みはずっとエアコンの効いた寮で過ごしてたのになー。行かない選択肢を選べなかったあたり結局私も毒されていて、だからこれから始まる時間にわくわくしてしまっているのだろうけど。

 足取りは弾み、尾は揺れる。夏が、始まる。

 

 

「あっ、スカイさーん!」

 

 駅に着いて改札まで行くと、そんな感じでフラワーが手を振ってきた。ぶんぶんと大きい身振りを見ると、年相応というか。思わず笑みがこぼれてしまう。普段の彼女とは印象が違うのも、それだけ夏合宿を楽しみにしているからだろう。

 

「おはよう、フラワー。まだフラワーしか来てない?」

「はい。早く来すぎちゃいました」

「なるほど。それなら私もちょっと早かったかな? やる気満々みたいに思われちゃうなあ」

「いいと思いますよ、やる気満々で」

 

 そう言ってフラワーはふふっ、と口元を押さえる。そういう彼女もやる気満々なのだろう。トレーニングメニューだって専用のものを考えてきて、他にもたくさんの準備をしている。さながら大一番のレースのように、その努力が報われる瞬間が今日なのだ。

 

「そっかあ。フラワーがそう言うなら、そういうことにしとこうか」

「はい。もちろんスカイさんには菊花賞に向けて、特別メニューを組んできましたから」

「菊花賞、ね。確かに夏合宿で一番大きな目標を立てるとしたら、そこになるよね」

 

 クラシック三冠最後の頂、菊花賞。特筆すべきはその距離で、皐月賞や日本ダービーよりもスタミナが求められる。多くのウマ娘はここで初めて3,000mを走ることになり、そして極限状態まで追い込まれる。ただ脚を動かすだけでも負担になってくる距離で、レース展開を把握すること。余裕を奪われ、限界を試される。その上で、最速でゴールを駆け抜けること。それが要求されるからこそ、菊花賞で勝つウマ娘はこう言われている。もっとも『強い』ウマ娘だと。

 上等だ。

 

「はい。私も、スカイさんに勝って欲しいですから。その、本当は今は同じチームじゃないですけど」

「……ありがとう。うん、すっごく嬉しいよ。それに同じチームだから応援するってなると、一つ問題が出て来ちゃうしね」

「それは、どういう……?」

 

 きょとんとしているフラワー。そういや当然、そことそこは初対面か。うーん、仲良く出来るだろうか。

 

「ああ、実は<アルビレオ>に新メンバーが入ることになってさ。この夏合宿から。その子が、私の同期。クラスメイトでもあるね」

 

 そう言うと、目を丸くして驚いている。今日の彼女は表情豊かだなあ。

 

「えっ、そうなんですか! そうとわかってたらその方にも菊花賞用のメニューとか、あと歓迎会とか」

「やっぱりうちのトレーナーさんから聞いてなかったか」

「聞いてないです……。確かにスカイさんの菊花賞特別メニューとか、私が勝手に考えてたことではあるんですけど」

「ほほう、フラワー特製と。それはセイちゃんも頑張らないとですねえ」

「あっ、今のは」

 

 また露骨に慌てふためく。かわいいなあとも思いつつ、トレーナーさんはそれくらい伝えておきなよ、とも思う。私だけ贔屓されたんじゃ、せっかく入ってきたキングが拗ねて辞めちゃうぞ。きっと「一流の私を差し置いて、スカイさんだけ特別待遇ってどういうつもり!」とか。いやでもフラワーにはキツく当たらないか。

 

「一流の私を差し置いて、スカイさんが一番乗りってどういうこと!」

 

 それでも実物のキングがそう言うのなら、似たようなことも言うか……あれ? すんなり受け止めてしまったけど、今聞こえたのは幻聴じゃない。くるり、と後ろに振り返ると。噂をすればなんとやら、だった。

 

「あっ、キングじゃん。おはよー」

「おはよう、スカイさん。集合時間はまだ先なんだけど、どうして貴女がいるのかしら」

「なにそれ、私だってたまには早く来てもいいんじゃない?」

「……それはそうだけど。私が一番だって決まってるわけじゃ、ないけど」

 

 そんなすぐにしおれないでほしい。まるでこっちが悪いみたいだし、それに。

 

「あの、ごめんなさい……」

「へっ?」

 

 キングの「へっ?」に合わせて、おずおずと私の後ろから出てくるフラワー。うん、なんたって今日の一番乗りはフラワーだからね。その目の前で一番に拘るのはちょっと大人気ないぞ、キング。多分私で隠れてフラワーのことは見えなかったから、気づいてなかっただろうというのは置いといて。

 

「あの、私はニシノフラワーと言います……ごめんなさい」

「えっえっ、ちょっとスカイさんどういうこと」

「あーあ、セイちゃんはしりませーん」

 

 今度はキングが慌てる番。フラワーかキングのどちらかが泣きそうになったら一応止めようかなんて思いながら、そのまま二人の自己紹介を眺めて。それが落ち着いたあたりで集まってきた、チームメイトやトレーナーさんたちと合流して。「おはようございます」って言い合って。そうして、電車に乗った。みんなで。

 

 

 ごとん、ごとん。最初の方は静かに横滑りする電車も、街を離れて乗り換えるほど乱雑に揺れるようになっていく。車体はより小さく、景色も緩やかに変わっていく。世界の車窓から、なんて大層なことを言わなくてもいい。これくらいで私には充分だ、外を眺めながらそんなことを考えていた。ようやく朝日が真上にやって来て、呼び名を変えそうな頃だった。

 

「スカイちゃん、外に何かありますか?」

「あっ、トップロードさん。いえー、ただ眺めてた感じです」

「すみません、邪魔しちゃいましたね」

「そんなことないですよ、お話ししましょう」

 

 そう言うとトップロードさんは隣に座ってきて、私に追従するように窓の外を見る。お話ししようって言ったのに、彼女はしばらく外に見入っていた。そうなるのも無理もないと思う。見知らぬ土地、まだ見ぬ世界。そんなのどうしたって、心は躍ってしまうから。やがてトップロードさんの口から一つ、言葉が漏れた。澄んだ青のような、単純だけど純粋な言葉。

 

「綺麗、ですね……」

「不思議ですよね。きっとなにか芸術的だったり、そういうわけじゃないはずなのに」

 

 そう返す私も、きっとこの綺麗に魅せられている。それも含めて、不思議だった。

 

「ほんとに、不思議ですね。私、キラキラしてなきゃ、期待に応えなきゃ、そう思う時が結構あるんです。……でも、それだけじゃない。こうやってふと見た時に素敵なものだって、たくさんあるんですよね」

「期待ってきっと、誰でもそれなりに背負ってますから。でもそれに応えられるのは一握り。なら、他にも素敵なことがあっていいはずですよ」

「そう、ですね。もちろん私は、やっぱり応えたいって思っちゃいますが」

「それだって悪いことじゃないですよ。トップロードさんのいいところの一つ、です」

 

 そしてきっとトップロードさんの期待への応え方は、私のものとも違うのだろう。同じように期待を背負い、同じように応えたいと望んでも。そこに差異がある。だから私たちは、他の誰にもなれない。他の誰かが自分に成り代わることもない。自分の勝利は自分のものだと、誰もが胸を張って言える。当たり前だけど、大事なことだ。

 

「ありがとうございます。そういえばスカイちゃん、私決めたことがあって」

「はて、なんでしょうか」

 

 そう問うと、トップロードさんはすーっと深呼吸。よし、という感じで宣言する。

 

「私、デビューすることにしました。今年の冬くらいを目標に。そういう意味では、スカイちゃんの後輩になります」

 

 晴れやかに笑っていた。

 

「後輩、ですか。私もまだまだひよっこですし、そもそもトップロードさんが後輩って、ちょっとくすぐったい気はしますけど」

「私も正直、変な感じというか。いざ決めたのに、実感が湧いてないというか。このまま走り始めていいのかな、とか。思うことはあります」

「わかります、それ。周りのみんなの決心が眩しくなる時」

「はい。でも、負けたくない相手ができたんです。勝ちたい、相手が」

「自分だって、ってやつですね。先輩風を吹かせてみると、それがライバルってものになります」

 

 ライバルがいるから。それはきっと、私たちが走る原動力の一つ。他人の強さを目の当たりにして、それでも自分がって思えること。きっとそんな自信が生まれたから、今の私は飛び立てていて。それはトップロードさんも同じなんだ。自分も一緒に走りたいって、思えたんだ。

 

「はい。ライバル、私にも出来たんです。それに、です。まだきっと、ずっと先の話になると思いますけど」

「あんまり先のこと、考えすぎてもなんですよ?」

「それは、そうなんですけど。でも、でもですよっ。……あ〜、ちょっと恥ずかしいです」

「そこまで言われたら、逆に気になっちゃうじゃないですか」

 

 そう私が言ってしまうと、すっかり堪忍した様子で。彼女は私に告げた。まっすぐと、私を見据えて。

 

「私、スカイちゃんとも走りたいんです」

 

 私に向けて、そう告げた。より澄んだ青のようだった。

 

「なるほど。私としては大歓迎です。もちろん、手加減はしませんけど」

「それはこちらこそですよ、スカイちゃん!」

 

 そうやって、互いだけを見ていて。きっとこうして相見えられるのは、一人だけじゃない。心を込められるのは、一人きりじゃない。たとえばどこか他の場所で合宿している同期のみんなだって、この夏で何度も互いを想い合い、牙を研ぐだろう。そうして全てを見据えるからこそ、勝利さえ瞳に捉えられるのだと。まもなく砂浜を写し込む車窓も、私たちにそう告げている気がした。

 随分長い道のりだった気がする。ひょっとしたらこの日を待ってた間より、ずっと。でも届いた。どんなに永くても、ゴールはその先に待っている。多分同じことを、夏合宿を終えた時にも思うのだろう。違うのは、目指す場所。そして通ってきた時間だ。二ヶ月後の私はその二ヶ月があるから、今よりも先を見ることができる。だから今のうちからすぐに、そこを目指すことはできないけれど。 

 これからの時間がたとえ刹那でも、たとえ那由多でも。まだ見ぬ未来を見せてくれることに、変わりはない。




次回更新も、書けた次の20:00に出していけるように、と思います。
感想評価、ありがとうございます。とっても嬉しいです。
なんとか期待に応えられるよう頑張りますので、どうかよろしくお願いします。
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