【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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スタートライン

 朝七時の起床から一日が始まる。早い。眠い。もとより慣れないところじゃ寝れないなんて性分ではなかったから、睡眠不足にはなっていないんだろうけど。叩き起こされはしないとはいえ、トップロードさんとフラワーがみんなを起こして回る。そうして最後にトレーナーさんがとびきり大きな声で「おはよう!」と言ったあたりで、眠気は無理やり吹き飛ばされてしまう。

 そのあとは外に出て、全員でラジオ体操。<デネブ>のトレーナーさん曰く、ラジオ体操というのはとてもよく考えられたメニューらしい。別にトレーナーさん方は肉体労働なんてしなくていいのに、わざわざ二人とも率先して参加していた。まああの暑苦しい男の方はいかにもそういうのが好きそうだから、そこまで驚きはなかった。

 ちなみに我々ウマ娘の方はというと体操への態度はまちまちで、フラワーみたいに真面目にきびきび動いてる子もいれば、トップロードさんみたいに楽しそうにやってる、トレーナーさんの同類みたいな人もいる。ちなみに朝弱サボり魔の私を差し置いて一番辛そうなのは、ものすごく肩肘張ってるキングヘイローというウマ娘です。もちろん慣れないメンバーといきなり共同生活、というのはあると思うけど。特にフラワーとの会話は、なんとなく初日のあれを引きずってるみたい。多分お互い真面目だから、打ち解けさえすれば、という感じ。

 何はともあれそうやって合宿の一日は始まって、その後朝ごはんを食べたら九時頃からもうトレーニングが始まる。日によってその内容は変わるけど、共通しているのは時折一時間の休憩を挟みながら日が暮れるまで動き続けること。当然、わかってたことだけど、しんどい。<デネブ>の考え抜かれた理論派のトレーニングと、<アルビレオ>の限界まで追い込む根性派トレーニング。それらが混ざってしまったので、いいとこ取りでもあり悪いとこ取りでもあるような。いいところは綿密なところで悪いところは綿密すぎて手を抜けないところだから、結局これもコインの裏表に近いかもしれない。だからまあ、それなりに受け入れられるのだ。

 そうして今日も夜になる。慣れてしまえばなんということはない、とまでは言えないにしても、身体はそれなりにこの厳しいトレーニングに適応していた。とどのつまり、仕上がってきているというやつ。菊花賞に向けて、まだまだやらなきゃいけないことは山積みだけどね。夕陽に染まる海と、それを背景に息を切らせているもう一人の菊花賞挑戦者を視界に入れながら。そう、決意を見据えた。

 

「おつかれ、キング。今日の夕食も楽しみですねえ」

「はぁっ……はぁ……。私は、もう少し」

「あれ、キングも居残りするの? 出し抜こうと思ったのに」

「張り合うなら歓迎よ」

「それはそれは。私としては、やっぱり一人で走りたい気分かもしれないけど」

 

 そう言ってみると、キングは少し困ったような表情を浮かべる。そして私がそれを見て突然砂浜を走り出すと、さらに困ったような声が聞こえた。

 

「ちょっと、スカイさん!?」

「ほらほら、走るんでしょー? それとももうちょい休憩したかった?」

「……もう! 望むところよ!」

 

 そうやって、二つの影が駆けてゆく。ここなら夜まで走っても門限はない。夕食は食べ損ねるかもしれないけど、一日くらいなら、あと道連れがいてくれるなら。悪くない、そう思った。

 

 

 街から離れた場所では、星がよく見える。普段は電灯にかき消されてしまう煌めきが、ここなら輝いていられる。すっかり真黒と化した空を見上げて、そんなことをふと思う。トレセン学園に来たばかりの時も確かこんなことを考えたなと、それも思い出した。あの時と夜空の見え方が違うのは、場所や時間の問題だけじゃない気がした。最初はじいちゃん一人の後押しで、私はトレセン学園に来た。それから友達が出来て、トレーナーさんやチームの仲間に会って。そして今はなんと私にファンがついてすらいる。沢山の人が、私に期待している。けれど周りがそうやって変わるように、私自身もきっと変わっているのだろう。

 

「砂の上に座ったら、服が汚れてしまうわよ」

「あれだけ走ったから、もうとっくに砂まみれだよ。キングも座ったら? 星、綺麗だよ」

 

 キングに見えるよう、自分の隣を指差してみる。若干の躊躇いのあと、指差した場所より少し離れたところに彼女も座り込んだ。ぽつりぽつりと、程なくして会話が始まる。キングが<アルビレオ>に入った日の延長戦だった。

 

「何考えてたの」

「まあ、色々と。キングにはあの時話したでしょ、私がここに来た理由」

「おじいさまのため、だったかしら」

「そう。じいちゃんが私に期待してくれたから。だから、一歩を踏み出せたんだって」

 

 だからきっと、私は最初から独りでは立ち上がれなかったのだろう。期待が怖いのに、本当に期待されなきゃ諦めてしまう。難儀な性格だ。

 

「やっぱり、それは少し羨ましいわね。私も貴女に言ったけど、お母さまは期待してはくれなかった。きっと、今もね」

 

 そうして、キングは逆なのかもしれない。期待をもぎ取るため、見返すために孤独を選ぶ。そうやって彼女は始まった。いくら周りが彼女に期待しようとも、決して得られていないただ一人の目を向けさせるために。それもやっぱり、難儀な性格だ。

 

「でも思ったんだ。私は今、それだけで走ってるんじゃないって。もちろん最初の理由は忘れない。けど、もっと強くなってるんだって」

「それが、今日の話題かしら」

「ご名答。だってまだ話足りなかったし」

 

 そう、これは延長戦。繋がりはすべて、どこかからずっと続くものだから。そして私たちは、まだ続いているその先を目指すのだから。

 

「ねえ、キング。今更だけど、さ」

 

 だから、私たちはそのために。未来のために、大事なことは絶対に曖昧なままで終わらせてはいけない。

 

「ダービーの話、しようよ」

 

 だから、今。漸く、本当に踏み出すのだ。

 

 

「終わった話にするつもりだと、思っていたけど」

「それは私もかな。キングと同じチームに入って、色々話して、合宿もして。ちゃんとキングの目論み通り、それなりに元通りにはなったから」

「……そうでしょう。過ぎたことじゃない」

「でもさ。それじゃダメなんだよ」

 

 それで終わらせてはいけない。そう、私は思っている。本当に踏み出すには、まだ足りないと。だって。

 

「だって私たちは、菊花賞に挑むんだから。ダービーをなかったことにして、クラシック三冠を語るわけにはいかない」

「敗北からの反省、かしら。それなら今の夏合宿こそ、既にそれを体現しているわね」

 

 キングの言うことも正しい。敗北を糧にする、それは作戦や練習の見直しにも言えることだ。けど、それだけでもない。納得の話。心の話。そんな精神的なものを重視するなんて、トレーナーさんにアテられてる気もするけれど。

 

「それともちょっと違ってさ。……私は、全てを無駄にはしてほしくない。あのダービーに向けて、キングが抱えていたもの。それが全部誤りだったとは、言いたくない。私をライバルにしてくれた、あの君が。根本から間違っているなんて、思いたくないよ」

 

 そう、告げる。あの日言えずに通り過ぎた言葉。あの日聞けずにすれ違った言葉。今からでも、遅くはないんだ。そして君もそう思ってくれたなら、互いに勇気を出せたなら。

 

「……ごめんなさい。それでもあの日の私は、きっと」

「私のことを邪魔したって? 勝負ってのはそういうものじゃない? 他全員の一着を邪魔しなきゃ、勝つことなんかできないんだから」

「ごめんなさい。わかっているの。だから、私はレースに向いてないんだって。自分が勝とうとしたことすら、後悔してしまうから。……でも、仕方ないじゃない」

 

 そうして、振り絞られる声があって。嗚咽が混じっているようにも聞こえたけど、星の方に眼を向けておいた。

 

「仕方ないじゃない、友達なんだから! 勝ちたいわよ、みんなライバルよ! でも、友達じゃない。勝ちたいって気持ちと同じくらい、私にとってはそれが大切だった。向いて、ないのよ」

「向いてない、か。それなら私も一緒。友達とライバルの折り合いなんてつけられてなかったし、そもそも誰も私がトゥインクル・シリーズで走れるなんて期待してなかったもん」

 

 彼女の言葉は、きっと何処にでもありふれている。勝敗は敗者を傷つけるんじゃないか、誰しもそれに思い悩む。大切なライバルだからこそ勝ちたいのに、かけがえのない友達だからこそ慮りたい。でも、そんな優しさが間違いであるべきだろうか? 勝負の世界がどんなに過酷だとしても、その気持ちごと捨てるべきじゃないはずだ。

 

「それでも、私は走ってる。私の走りは、私にしか出来ないから。私らしさは、私にしかないから」

「私らしさ。それはきっと、一番大事なものね」

「そうそう。そしてそれはもちろん、キングもでしょ? その優しさは、キングらしさなんだよ」

 

 顔は見ないまま、その言葉を託した。私の知ってるキングヘイロー。意地っ張りで、割とお節介で。そして一際優しい、大事な友達。彼女になら、そのまま伝わると思ったから。沈黙。静寂。言の葉を切り揃える僅かな時間。そのあと、再び強い口調だった。

 

「やっぱり、私は貴女に勝ちたい。それも絶対に嘘じゃないわ」

「でも、負かしたらそれなりに後悔しちゃうんだね」

「かもしれないわね。一流とは時に傲慢でなくてはならないの。矛盾を抱えても、貫くために」

「流石、キングヘイローだ」

 

 ふふっ、と隣で微かに笑う声。いつもの高笑いは何処へ行ったのだろうか、なんて思いはしたけれど。上を向いているのは、確かだった。

 

「スカイさん、次のレースは京都新聞杯でしょう? スペシャルウィークさんと、当然私も出るわ。負けないわよ」

 

 勝気な調子のキング。これももちろんキングらしさで、それ自体は大変結構なんだけど。それはそれとして、訂正しないといけない。若干申し訳ない。

 

「あー、ごめん。私はそれ出ないや。私は京都大賞典の方出るんだよね。みんなとの対決はお預け」

「は!? ちょっと、どういうことよ」

「まあ、私もさ。ダービーを踏まえて色々考えたってこと、かな。……今度は私の話、聞いてくれる?」

「はあ、仕方ないわね。キングに語る権利をあげる」

 

 そうして攻守交代。ダービーの敗北から学べるのは、敗者全員の権利だ。

 

 

「私、ライバルに拘ってたんだ。スペちゃんとエルが私より上の人気を取ったから、絶対に見返したいって。ひっくり返せば、みんなびっくりするって。……それで、キングのことを見てなかった」

「ええ。失礼な話よね」

「ほんとにね。勝つってことはきっと、全員を相手するってことなのに。スペちゃんとエルは、私もみんなも見ていたから、勝てたのに」

「でも、スカイさん。私はそれほど、貴女が他人を見てないとは思わないわよ」

「そう、かな」

 

 私がキングに言葉をかけたように、キングも私に言葉をかける。互いをそれなり以上に知っているからこその、激励と賞賛。

 

「そうでなきゃ、皐月賞で貴女が勝ってるわけないじゃない。私は貴女にまだ一度も勝ってないのよ? それでも、貴女は私に声をかけ続けた。きっと少し違うだけなのよ」

「うーん、何が違うんだろ」

「自分じゃ気づかないかもしれないけどね。貴女も結構、甘ちゃんよ」

 

 すとん、と腑に落ちる音がした。キングをライバルとして見れていなかった、あの時の私。そしてそれを今更話に持ち出す、今の私。結局キングのことをとやかく言えないくらい、引き摺っていたのだろう。

 

「そっかあ。キングがあまりに挙動不審だったから、心配しすぎてそれどころじゃなくなってたのか」

「挙動不審は余計よ。もっとも私のそれとは、似て非なるものなんでしょうけど」

 

 それもきっと正しい。私たちが全く同じであるわけがないのだから。各々の十数年の変化を積み重ねた上にいる私たちは、さまざまな理由を絡み合わせてこうなっている。たとえば不安の原因ひとつとっても、自信のなさに起因する私のものとキングのそれは、同一性を持たないだろう。

 

「似て非なる、か。案外誰とでも自分との共通点を見つけられそうな気もするけどね。みんな似たようなもんかも」

「それでいいじゃない。どこかが一致するとしても、完全には一致しないなら」

 

 それは個々の関係にも言える。誰かと仲良くできるなら、他の関係は要らないなんてそんなことは言えないのだ。全ての関係は、僅かな差異から価値が生まれている。キングも、フラワーも、トップロードさんも、そしてトレーナーさんも。

 

「まあ、そういうこと。話が逸れたけど、それで京都大賞典を選んだんだ。一旦自分を俯瞰してみたくてさ」

「ライバルに拘っていたからこそ、そうではない目線を持ってみる。新しいことに挑戦するのは、より強くなるために必要なことね」

「でしょ。だからさ、キングも次試してみたら? スペちゃんに勝ちたいって、絶対思ってるだろうけど」

「他人を気にせず走れ、そういうことかしら」

「うん。だってそれって、最高に自分らしさを活かすってことじゃない?」

 

 口から出まかせにも聞こえなくもないけど、割と本当に思ってることだ。キングはもしかしたら、気持ちをコントロールしたら変わるんじゃないかって。そういう意味では、根性とか気力が大好きな<アルビレオ>に入ったのは良かったのかもしれない、と今更ながら。

 

「一応、参考程度に受け取っておくわ」

「うん。最後に決めるのはキングだよ」

 

 その言葉で、会話は途切れる。満天の星空を、二人で見遣る。はくちょう座の周りには、沢山の星がきらきらと瞬いて。息を呑むほどの美しさって、こういうものなのだろうか、なんて。この時間は、今までの全ては。無駄じゃないって、そう思えた。

 

 

 ぐきゅる、と互いにお腹を鳴らしながら、少しだけ夕食をすっぽかしたのを後悔しながら。砂と泥だらけのジャージ姿で、暗い道のりを二人で帰った。互いに言葉はなかったけど、それはもう気まずさ故じゃなかった。……ああ、でも。あと少し。ふと、立ち止まって。

 

「そうだ、キング」

「なによ。早く帰るわよ」

「これこそ、本当に今更なんだけどさ」

「また勿体ぶって。早く言いなさいな」

 

 そう? じゃあ、お言葉に甘えて、息を大きく吸って。

 

「……ダービー、悔しかったなーーーー!!! くっそーーーー!!!!」

 

 腹の底から。心の底から。漸く。キングもそれを聞いて、深呼吸の後。

 

「菊花賞は、私が絶対獲るんだからーーーー!!!!!」

 

 そう、叫ぶ。光る夜に響く互いの声は、どちらも初めて聞いたくらいに大きなものだった。

 

「……じゃ、帰ろっか」

「ええ。明日も早起きだもの」

 

 そして、同時に踏み出した。




次回も書けた後の20:00に出します。
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