【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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最高は、一つじゃない

 疾く、疾く駆けよ。芝を踏み、土を蹴って。颯の如く、駆け抜けよ。誰にも、一度も、追い付かせないように。

 

「さあまずはセイウンスカイ! セイウンスカイが行った!」

 

 どかどかと鳴る蹄鉄全てを置き去りにして、踏み込む。早くも先頭、というやつだ。つまりこの時点で、私の作戦はバレバレ。いつもの逃げを打ち、レース全体を支配する。そのペースメークで他の全員を迎え撃つ。もちろん、それは長距離になるほど難易度の高い戦法。レースを引っ張るスタミナと、レースを把握する脳みその維持。どちらかが欠ければその時点でおじゃんの無謀な作戦なことまで含めて、バレバレだ。だから誰もが思う、「こいつのペースに惑わされるな」。誰もが考える、「どうせ逃げ切るなんてできない」。なら私に出来るのは、その先入観を利用してやること。

 

「さあ第四コーナー一周目、セイウンスカイが先頭に立った! ここまでは大方の予想通り!」

 

 予想通り、上等だ。たとえ全てを予想されたって、私はそれを裏切ってやるんだ。風を切って、前には青空以外何もなくて。由緒正しいクラシック三冠最後の一つ、もっとも過酷な条件で限界を競う菊花賞、なんだけど。

 ああ、楽しいなあ! 

 

「ようやく落ち着いてきたスペシャルウィーク、中団の少し後ろに位置しています。セイウンスカイは逃げる逃げる! 京都大賞典の再現なるか!」

 

 おっと、実況さんにもバレちゃってるか。スペちゃんもそこに居るってことは、やっぱり私にはそんなに釣られてくれてない。キングも……スペちゃんよりはちょっと前かな? それでも隊列は縦長で、私が抜きん出る形になる。ハイペースを作って、追手を誘う作戦。きっとそのあとマイペースを混ぜ込んで、ってところまで、私の手の内はバレている。京都大賞典で見せた、私とトレーナーさんの作戦。今日私がやろうとしているのはそれだと、既にみんながわかっている。タネも仕掛けもバレた手品は、なんの価値も持たない。つまり今の私は、皆の目を引くだけの愚かなピエロに過ぎない。……一見、ね。

 ピエロと呼ぶなら大歓迎、だって私はトリックスター。皆を沸かせて、最後には驚かせる。そんなものは言い換えで、いつものコインの裏表。そう、そんな事例は他にもたくさんある。今までだってあったように、この瞬間にもいくらかある。たとえばタネも仕掛けもバレきった、使い古しの手品(マジック)だって。

 本当に、捉え切れるかな? さあ、魔法(マジック)をかけてあげよう。

 

「京都レース場の第二コーナー、ここで各ウマ娘一息つきたいところです!」

 

 うん、ここまで来れば。私は一気にペースを落とす。身体の下からてっぺんまでに、びりびりと疾り抜ける大地の感覚。逆に頭から感じて全身をすうっと癒してくれる、秋風の気配。最初のハイペース、誰だって私がこのまま行かないことはわかっていた。だから離されすぎないようにしつつ、自分のペースを守っていた。そしてここでペースを落としても、私が回復し切るわけがない。京都大賞典の時と同じ走りをするには距離が長い。どこかで必ず綻びが出る。そこに付け入るのが、皆の勝機だ。でも、それは先入観。

 

「セイウンスカイはマイペースに走っている! ここまで理想的な展開です!」

 

 わかる。観客席が、テレビ画面の先の誰かたちが。徐々にどよめき出すのが、わかる。逃げウマには厳しい距離で、既に明かした奇抜な作戦で。それで勝てるわけなんて、そう思っていた人たちが。その不安が期待に反転するのが、わかる。付け入る隙なんてあるのだろうか。このまま本当に、最後まで行ってしまうんじゃないか。歴史的瞬間を目撃できるんじゃないか、と。うん、私自身も半信半疑だ。私が自分について半信まで持ってけるなんて、結構すごいことなんだけど。これは感覚的なものだから、他の誰かにわかるものじゃない。手品を魔法に変えたギミックがあるとすれば、たった一つの気持ちの問題。

 今日の私は、最高だ。負ける気が、しない。

 

(ふーっ……)

 

 息を、十分整えて。少しだけ、上を見て。とってもキレイな青空が、私を待っていて。だん、と。そこに向かって、駆けてゆく。スタンド前が近い第三コーナーの下り、そろそろ後ろから追いかけてくる子の足音も前から聞こえる歓声も大きくなるはずなんだけど。不思議と聴こえるのは、三つの音だけ。私を動かす心臓の音。私が踏み締める蹄鉄の音。私が生きているって思える、呼吸の音。

 この青い世界にいるのは、私だけだ。誰にだって、追い付かせやしない。

 

「セイウンスカイ逃げ切りなるのか!? セイウンスカイ先頭だ! セイウンスカイ、逃げた逃げた逃げた!」

 

 疾れ、疾れ、もっと、先まで! ロングスパートは全身を痛めつけるし、これでも最高速ではキングにもスペちゃんにも敵わない。私には君たちと同じ走りは出来ない。でも。

 

「外を通ってスペシャルウィーク! キングヘイローも内から上がってきました! しかしセイウンスカイ、逃げ切りか!」

 

 君たちにも、私と同じ走りは出来ない。影さえ踏ませない、私の「最高」。だから私たちは競い合える。自分も貴女も最高なのだと告げること、それが私たちの存在証明。

 ……皐月賞は、我ながら最高のレースだったね。私が初めて勝った重賞。スペちゃんへのリベンジ戦。キングと私とスペちゃんで、仲良く三着までを分けあった。トレーナーさんの泣きそうな顔も褒め言葉も、やっぱり忘れられないや。

 ……ダービーは、紛れもなく最高の決着だった。スペちゃんとエルの同着。二人だけの世界。歴史的なことだと思うし、それを成し遂げたレースが最高じゃないはずない。あのあとキングと二人でだいぶ引きずって、くよくよなよなよしたけれど。ようやく乗り越えた後なら言えるのは、あの時があるから今があるってこと。心の底から悔しいって、今なら言えるよ。

 ……でも、でもね。最高って、今まで何度も言ってきたけどさ。最も高いと書いて最高だから、普通は一つだけしかないものだとは思うんだけど。それに比べると非論理的で感情的で、「正論」とは程遠いかも知れないんだけど。……っと、今できる考えごとはここら辺までかな。

 

「逃げ切った逃げ切ったセイウンスカイ! 菊花賞で長らく出ていなかった逃げ切り勝ち! セイウンスカイ、まさに今日の京都レース場の上空とおんなじ青空!」

 

 とりあえず言えるのは、今日は最高だってこと! 

 

 

 スタンドからの大歓声。光る電光掲示板。とってもキレイな青空。どれもが私に、「最高」を告げていた。それに浸る私のもとに、スペちゃんが話しかけてくる。

 

「おめでとう、セイちゃん」

「ありがと、スペちゃん。今日は勝たせてもらっちゃったね」

「……うん、すっごく悔しい」

 

 悔しい。それをあけすけに言えるのは、やっぱりスペちゃんって感じ。きっと本当に悔しくて、それでもそれを隠さない。きっとこれがスペちゃんなりのライバルへの礼儀。あるいは、友達への信頼。

 

「まあ、今日の私は最高だったからね」

「最高、か。そういえばセイちゃんってちょっと前からそれを言ってたけど、結局どういう意味だったの?」

「えー、それ聞いちゃう? 無粋な気がするんだけどな」

「ごめん、私にはわからなくて……」

 

 本当はわかってると思うけどな。スペちゃんは謙遜しがちだけど、私たちの中で一番鋭いと思う。とはいえそれを言語化できないのなら、私なりに手助けしてやるのが友達というものだろう。少し思考を並べ立て、整理してから。君と私自身のために、言葉を開く。

 

「最高ってさ、一番ってことだよね。だから私はこの菊花賞を、一番いいものにしたかったんだ。他のどのレースよりも」

「それは……すごい走りをするってこと?」

「それもあるかも。とにかく、どのレースよりもすごいものにしたい。でもさ、さっき気づいんだけど」

「他のレースも最高な気がしてきた、とか」

「あー、やっぱりわかってるじゃん。そう、決められないんだよね、最高。どれもいい気がしてきて、ここまで気持ちよく勝っても他のがダメって思えない」

 

 そういうこと。散々最高は一つだと言ってきたけど、最高ほど一つに絞れないものはない。今日見つけたもう一つの、コインの裏表。そこまで言ってみせると、スペちゃんは少し考えてから口を開く。正解に辿りつく。

 

「なら、最高は一つじゃない。全部最高……なんてのは、欲張りすぎかな……」

「あははっ、流石スペちゃん」

「あー、食い意地張ってるってことー!?」

「そうじゃないそうじゃない、そうやって核心を言い当てられるのが、流石なんだよ」

 

 最高は、一つじゃない。非論理的に見えるのに、当たり前の結論。あの皐月賞も、あのダービーも、今日の菊花賞も。他を超えなきゃ最高になれないと思ってたけど、そんな選択肢は選ばなければいいのだ。

 

「セイちゃん」

 

 不意に、汗ばんだ手が差し伸べられる。

 

「今度は、負けないよ」

 

 そして、私はそれを掴む。

 

「もちろん」

 

 これからも、最高を増やすために。私たちは、ライバルで友達だ。

 

 

「ちょっと、スカイさん!」

 

 地下バ場に戻ってさあライブの準備をしよう、というところだった。キングに呼び止められる。そういえば、忘れていたかも。

 

「おつかれキング、今日は『周り』を気にせず走れた?」

「……ああ、そのことね。気にせずに走れたわよ、"お母さま"のことは」

「そっか。それならよかった」

「それでこの結果だから、世話はないのだけど」

 

 確かに今日のキングは五着で、彼女としては悔いの残る結果だったのだろう。……というか、そういう目で彼女の顔を見ると。

 

「あれ、キングもしかして泣きそう?」

「……うるさいわね。走ってる間は忘れられても、走り終わったら後悔する。やっぱり私はそうなのよ」

 

 泣き出しそうにふるふると震えながら、それでも彼女の言葉に迷いはない。それがキングヘイローの強さなのだと、何度も思ったそれにまた重ねた。

 

「うん。でもキングはそれでいいんだよね。それがキングの、『最高』」

「なにかしら、それ。お世辞かしら」

 

 いつもの私ならそうかも。でも今日は、本気でキングを褒めたい気分。

 

「ううん、さっきスペちゃんと話して思ったこと。最高って、一つじゃないんだよ。それはレースだけじゃなくて、私たちも。スペちゃんもグラスちゃんもエルも、もちろん私もキングも。みんなそれぞれの良さがあるから、それぞれの最高がある」

「綺麗事じゃない。現に私は今日だって」

「『私らしさ』って言ったのは誰だっけ?」

 

 そう言って、入り口の方へ。君のいる方へ歩いていって、二人で外の光に照らされる。

 

「『私らしさ』があるならさ。その人なりの『最高』がある。だから、私たちは誰かを否定しない。競い合っても、それで相手を認められる」

「否定、しないって」

 

 そう、そうなんだよ。誰も君を否定しない。だから、君は走っていい。だから。

 

「だからさ、キング。『向いてない』、なんてことないよ。……それが私からの、君へのエール」

「……なによっ、それ……! 私がそんな、そんなこと言われてっ……!」

 

 いつか見た泣き顔より、ほんの少し綺麗な顔。あーあ、由緒正しい良家のお嬢様を泣かせてしまった。けれど私は残酷にも、追い討ちをかける。

 

「私はキングに走って欲しい。一緒に走りたい。これからも、さらなる最高のために。ライバルとして、友達として」

 

 私たちは重ならない。私たちは誰かの代わりにはなれない。だけど私たちは補い合えて、だから私たちは一緒にいる。高めあうことで、最高を創り出し続けられる。最高が一つじゃないのは、私たちが独りじゃないから。時には喧嘩するとしても、時には自分には手の届かないものを相手の中に見てしまうとしても。別々の存在だから、私たちは私たちなんだ。

 

「いいっ、いいじゃない……! そこまでっ、言うならっ……!」

「『私と走る権利をあげるわ』、でございますか?」

「……おばか」

 

 そうして、しばらくの間。いつかと同じように、泣きじゃくる彼女を目の当たりにして。いつかと違って、ずっとそばにいた。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして。キング、これでひとつ貸しね」

「はあっ!? 何よそれ!」

「冗談、冗談」

 

 なんとか時間をかけて、ツッコミを入れるくらいの元気は戻ったみたい。なら帰ろうか、と思った時、キングが唐突に大声を出した。

 

「そういえば、スカイさん!」

「うわっ、急に何?」

「貴女、さっきの優勝タイム見たかしら?」

 

 優勝タイム、か。そういえばスペちゃんと喋るのに夢中でアナウンスも何も聞いてなかったかも。そう告げるとキングは呆れた顔で告げる。3:03:2。菊花賞のレコードタイム、らしい。……耳を疑った。3,000mにおける世界レコードだというのには、更に。

 

「今日の貴女は、紛れもなく『最高』だった。過去の全てのウマ娘より、貴女が一番速かった。最高は一つじゃないというのにも一理あるけれど、最高とは常に更新されゆくものでもあるのよ」

「なるほど、ね。教えてくれてありがとう、キング」

「どういたしまして」

「私今、すっごく嬉しいよ」

「……どういたしまして」

 

 全てに勝って、一番になりたい。そんな私の大望は、確かに達成されていた。本当に、夢のようだ。「最高とは常に更新されゆくものである」としたら、これから先これも超えられていくのだろうけど。それも含めて楽しみだ。私はいつだって、追われる方が性に合っている。

 

「でもね、スカイさん」

 

 そこで、キングがまた仕切り直す。顔を見れば涙の跡はあれど、いつもの強い瞳だった。いつもの、キングヘイローだった。

 

「今日、貴女は最高のレースをした。対して私は五着、惨めなものね」

 

 それは先ほどのリフレインに似て、まるで違う。言葉に込めた決意は、羨望とはかけ離れている。

 

「でも、私は私らしく在る。貴女でも誰かでもない、私でいる」

 

 挑み続けることが、彼女の強さ。泥に塗れても、また立ち上がれる。

 

「そう、今日は負けね。でも──」

 

 だからこの言葉は、ある種袂を分つもの。互いの『私らしさ』を認めることは、誰でもないということで。独りじゃないからこそ、己の最高を見ていられる。

 

「──明日は、どうかしら?」

 

 訣別とはそういうこと。最高は、一人じゃない。




不規則投稿ですみません……。
第二章 ライバルと友達 これにて完結です!
だいぶ遅くなってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました!
これで起承転結の「承」までです。
次回幕間を一話挟んだ後、第三章 杞憂とデクレタム に入っていきます。
ここでお詫びのお知らせなのですが、投稿の不規則さを鑑み、第二章を区切りとして、二週間充電してこようと思います……。
しっかり諸々整えて、更新頻度を上げるために一旦休む、という形です。
絶対完結させたいので、どうかご容赦ください……。
個人的にはこの二章まででかなりまとまった、と思っているのですが、それはそれとして完結まで持っていきたいので……。
もしよろしければ、ここまでの一区切りとして、感想評価をくだされば、充電中大変励みになります……。
よろしくお願いします!
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